36. 道中お喋りタイム("あおさき"スタッフ側)
◇◇
「あっちは楽しそうですねぇ」
「あっちといっても席一つぶん挟んで隣じゃないですか」
「それはそうなんですが…」
日結花と知宵が座る席の反対側に史藤、高凪、篠原はいた。
きゃいきゃいとはしゃぐ二人を見て羨ましげに呟く篠原に高凪は話しかける。
「篠原さんも混ざればいいじゃないですか」
「いや無理ですよ」
「突然真顔になるのやめてください怖いです」
自らの方へ顔を向ける篠原に驚いて引き気味になる。
「あんな雰囲気に混ざれる勇気は持っていませんから」
目線で示す先には何を話しているのか、くすくすと笑って話を続ける二人がいた。
それを見て"あー"と納得の声を上げる高凪。あんな親しげな雰囲気に混ざるのは無理だなぁ、と思う。誰だって無理だと、そう思わせるものがあった。
「確かにあれは無理ですね。諦めましょう。今日は峰内さんもいませんから、お喋りは諦めてください」
哀愁混じりに肩を落とす篠原に追い打ちをかけていく。実際のところ、峰内がいるなら篠原にも"わいわいきゃあきゃあ'"する希望はあっただろう。しかしここにいるのは男のみである。
「わかってはいるんですけど…私も楽しく旅行したかったなぁと」
「それはそれは…あの二人みたいな親しい友人と旅行したことないんですか?」
手の届かないものを見るような哀しげな目をする篠原に問いかける。天然なのかわざとなのか、高凪の言葉に毒があるように聞こえた。その無自覚な毒を浴びた彼女はというと。
「う…すみません。そんな人いませんでした」
「……いやごめんなさい。今のは僕が悪かったです」
「いえ、いいんです。ほんとのことですから」
しょんぼりする姿を見て、良心が痛んだのか頭を下げる。
「慰めにならないかもしれませんが、僕は旅行ぐらいしたことありますよフレンドと」
「本当に慰めになりませんね!!」
「あはは!」
「笑い事じゃありませんよまったく!それにフレンドってなんですかフレンドって」
わざとらしい言葉で追い打ちをかけたところ、悲しさが怒りに転換されたのかぐいぐいと責めていく。とはいえ高凪は動じた様子もなく、むしろ楽しげに笑っていた。
「元気になりましたね。よかったよかった」
「え…」
「ほら、こういうときは楽しまないと損じゃないですか」
「…ありがとうございます」
高凪という人物は、自然と毒を吐きはするものの根は善人なのだ。そもそも"あおさき"にかかわる人は誰もが善人なわけで、そうでなければこんなにも親しげに話せはしないだろう。
「あ、惚れました?」
「…いえまったく」
一癖も二癖もあるのは愛嬌である。善人であることと個性が強いということは必ずしも比例するものではないのだ。
「そういうところがなければ、本当に惚れそうなんですけどねぇ」
「…あー、そうですか。それは嬉しいです」
「褒めてませんからね」
普段通りに戻ってピシリと言う篠原とは対称に、高凪は自身の動揺がばれずに済んだことにほっとしていた。
篠原がなんでもないように言ったセリフ。彼女にとってはただ自然と流れで放ったものなのかもしれない。しかし、女性に対する免疫をほとんど持たない男にとっては強い衝撃であった。そんな男の一人である高凪も例にもれず、美人の一言に悩まされていたわけだ。
「…はぁ。これだから女の人はずるいわ」
「はい?なんて言いました?」
女性に対する羨望と愚痴、それから軽々と揺り動かされた自分自身に対しての気持ちを呟いた。もちろん聞こえないように言ったため篠原も聞き取れない。しかし、隣に座っているのだから何か喋ったということだけは伝わったのだろう。
何も意識していない普段通りの顔で尋ねる。
「今どの辺にいるのかなーと」
「なるほど。そうでしたか…ええと、大宮あたり、ではないでしょうか」
「大宮ですか。遠くに来ているように感じますが、地理的にはまだ東京の上ですからねー」
「はい。ここからまだまだかかるかと」
胸の内に
大宮といえば埼玉県であり、さいたまスーパーアリーナ、通称SSAがある場所でもある。
高凪の話した通り、仕事でしか訪れない遠い場所のように感じるが所詮東京都の一つ上である。これから向かうのが日本海に面する石川県と考えればまだまだだ。
「改めて遠いですね、石川」
「ですねぇ。東京からするとほぼ反対側ですから。高凪さんは行ったことあります?」
「石川ですか。ありませんよ?篠原さんは?」
「私もありません。だから結構楽しみだったんです」
わくわくと語尾を弾ませて喋る。話している二人ともが石川には訪れたことがない。
行ったことのない場所に行くのは"そりゃ楽しみだよなぁ"、と高凪は思う。自分も観光するのを楽しみにしているのだから気持ちはよくわかる。
「僕もです。やっぱり仕事で観光するのが最高ですよね」
「気持ちはわかりますが、一応仕事ですからね?」
苦笑いしつつ
「わかってますよ。咲澄ちゃんと青美ちゃんの話聞きながら歩いたりしますよ。スケジュールは頭に入れてありますし持ってますから平気です」
「ふふ、そうでしたね。いつも高凪さんが作っているんでした」
事前にざっくりとした台本を作って予定を作り上げるのは高凪の仕事である。もちろん史藤とともに確認はするが、基本的にこの男が担当している。
それゆえに安堵の顔を見せる篠原だが、言われた側は気恥ずかしいのか頬を親指の平で掻く。
「あーいや。あんまり僕の書いたものについて言われると恥ずかしいので…やめていただけると助かります、はい」
「…へぇー」
「いやなんですかその返事。嫌な予感しかしないんですけど」
「ところで今回のロケですが、よく考えましたね」
「ええと、どこをでしょうか?」
「ほら、知宵ちゃんの家に行くことになったやつですよ」
「あーそれですか」
一週間前に日結花と知宵から実家に帰りたいと連絡があった。もちろんきっちり予定は作ってあったので色々と調整しなければならなかったが、石川県内ということでなんとかなった。
余談であるが、これは日結花による強い要望であり、
彼女らしい大変積極的な発言であり、高凪のシナリオを大幅に変更させた要因である。このようなトラブルもあったが、以前から加賀山中に行くことは決まっていたわけで、ちょっとした変更だけで済んだのだ。
「色々と調整必要でしたけど、どうにかできてよかったですよ」
「あはは…ご苦労様です」
「それにしても彼女たち、どうして実家に寄りたいなんて言い出したんでしょうかね」
「私は…わかりますよ。知宵ちゃん、あの子寂しがりですから」
「…なるほど」
言われてみればわからないでもない。冷静沈着で下手したら自身よりも大人に見える彼女ではあるが、実は寂しがり屋でホームシックであるのかもしれない、と。
高凪にとってなかなか信じられることではないが、知宵と親しい篠原の言うことだから間違いはないのだろう。
「ちょ、ちょっと篠原さん!何話してるんですかっ!」
「あはは!あんた全部ばらされてるわね!」
「ああもう、日結花は静かにしていて!」
「え、嫌よ」
「ど、どうしてかしら?」
「面白そうだから?」
隣で声を荒げる知宵と、それに対して茶々を入れる日結花を見て、三人掛けの椅子に座る二人は顔を見合わせる。
「ま、この調子ならあの二人も大丈夫そうですね」
「ふふ、はい。むしろはしゃぎすぎて収録前に疲れないか心配なぐらいです」
口では心配と言うも笑顔で話している。実際あまり心配などしていないのだ。篠原から見ても、今の知宵は心の底から楽しんでいるように思えるのだから。
「ええと篠原さん。とにかくあんまりそういうことは人に言わないでください」
「はい。わかりました知宵ちゃん、これからは気をつけますね」
「お願いします…」
ほんのりと頬を赤く染めている知宵をぼーっと眺めながら高凪は思う。
"ほんとに寂しがり屋なんだなぁ"と。
彼にとって知宵のイメージは頭の良い大人であり、寂しがり屋の子供ではなかった。今は簡単にそのイメージが覆り驚いているところ。ともあれ、それで何かが変わるわけでもない。年下であり仕事仲間であり、"あおさき"フレンドである。ただ、これからは少しだけ優しく接しようと心に決めた。
「青美ちゃんもお子様でしたか」
誰にも聞こえない声量で呟いたつもりだったが、幸か不幸か本人に届いてしまった。
フォローしておくと、高凪に悪意はない。他に言葉が思いつかずつい漏らしてしまった一言であり、知宵を馬鹿にしたわけでは断じてない。
もちろん、それが伝わるかどうかは別の話であり。
「……ねえ高凪さん。今ひどい暴言が聞こえたのだけれど」
「……青美ちゃん落ち着こう。僕じゃない」
知宵が怒るのも当然の結果だろう。
"違うそうじゃないだろ俺!"と内心叫びはするが既に言葉は出てしまった後。彼にしては珍しく言い訳の選択を間違えたように見える。
「高凪さんじゃなかったら誰ですか!」
「ごめんなさい僕でした。わざとじゃないんです!」
篠原を挟んで怒りをぶつける知宵と平謝りで対応する高凪。
「まあまあ知宵ちゃん。そんなに怒らないでください。ほら、公共の場ですよ?」
「っ…わかってます。高凪さんには石川で色々奢ってもらいますから」
「…はい。僕が払います」
観念して言うが、
最初から怒ったように見せかけて高凪に買い物費を押し付ける作戦だったらしい。ずるがしごいというかせこいというか。演技力に定評のある知宵らしい行動である。もちろん心が前を向いているから行ったことではあるが。
「…あんたあくどいわね」
「失礼ね。行動的と言って欲しいわ」
さすがの日結花も知宵の行動には引き、"旅費は経費なんだから旅行先の買い物ぐらい自分で出せばいいのに"と思った。
知宵の私費を払うとなると、そのお金は高凪のポケットマネーから出ることになるのだ。不憫である。
「高凪さん…可哀想な人」
日結花が高凪へ
「…やれやれ」
「運が悪かったですね」
「ほんとですよ。どっと疲れました」
だるそうに首を振る姿に篠原が慰めの言葉をかける。
「まあでもそんなに怒ってなくてよかったですねー」
「えぇ?そうでした?」
「ふふ、知宵ちゃんが怒っていたらもっと怖いですよ」
「普通に怒ってるように見えましたが…そうでしたかぁ」
にこやかに微笑む篠原を見て納得の表情を浮かべる。高凪にわからないことでも彼女にはわかるのだろう。些細なことならなおさらである。
「ならいいです。たまには青美ちゃんに買ってあげるのもいいでしょう」
「石川ですからね。私も知宵ちゃんと咲澄ちゃんに何か買いましょうか」
「…それなら。買ったものでどれが一番よかったか聞いてみましょう。割と定番な企画になりそうです」
「それは、CDに入れるってことですか?」
「はい。どうでしょう?」
観光地を回っている間にお土産は揃うと踏んで話したらしい。
実際簡単にできる企画であり、パーソナリティの二人に負担はない。主な負担は高凪篠原、両者の
「いいんじゃないですか?まだ"あおさき"じゃやったことありませんでしたよね?」
「ええ、初めてです」
「私は企画作りには携わっていませんから、あとは史藤さんですが…」
彼女自身が言った通り、篠原は"あおさき"全般に大きくかかわっていない。そもそも彼女は知宵のマネージャーであって"あおさき"のスタッフではない。それでも色々と知宵のスケジュールやらなんやらで話し合うことも多く、たいていの話は篠原にも通っている。
また、日結花については峰内が同様のことをしている。
さて、CDへの収録内容を主に決定しているのは高凪ともう一人いるわけで、そのもう一人というのが。
「史藤さんは……」
そろーっと視線をずらすと、新幹線の椅子に備え付けられているテーブルにパソコンを置いて作業をしている人がいた。
何を隠そう今までひたすら液晶とにらめっこしていたのがこの史藤である。これがわかっていたから意図して話題に出してこなかったが…。
「…あー、いいですよ全然。だいたい高凪さんが内容ほとんど考えてるじゃないですか。大幅な変更でもないならどんどん入れちゃってください」
「あはは、はい。わかりました」
気まずそうに自分を見る二対の瞳に対して苦笑いで答えた。
その後再び画面に目を移し仕事を続ける。高凪と篠原は見なかったことにして話を続けた。
「気を取り直して、史藤さんのOKも出ましたからこれでいきましょう」
「はい。あとは石川に着いてからですね」
さらっと軽いイベントを決めたところで、"それはそうと"と篠原が続ける。
「今どの辺でしょうか?」
「あー、群馬ですかねー」
余談になるが、この後、史藤はぼーっと耳を会話に向けつつも仕事をきちんと終わらせることができた。そのため、心配は無用である。
◇◇
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