35. 道中お喋りタイム
「…ねえ知宵、あんた柔軟剤なに使ってる?」
「私はレミングのを使ってるわ」
「え、あのシリーズってこんな匂い残るの?」
「意識してなかったけれど…そうみたいね」
胸のことは無視して匂いの話をする。
レミングね。CMじゃ見ないから考えてなかったわ。でもこの匂いなら使いたいかも。
「レミングのどれ使ってるの?」
「確か…バニラパール?だったと思うけれど…ごめんなさい、うろ覚えで」
「ううん、いいわ別に。今度教えてもらえばいいし」
バニラパールねぇ…これ眠くなってくる。シーツとか枕カバーとか匂いつけたら寝心地良さそう。
「んー、やっぱりいい匂い」
落ち着く香りを十分堪能してから離れた。
こんな近くで匂い嗅いだことなかったから、つい、ね。やっぱ匂いってすごいわ。かなり気分良くなるもの。
「…あなただって十分いい香り漂わせているじゃない」
「え、そう?」
「ええ。シャンプー何を使っているの?」
そっちか。あたしも使ってる柔軟剤の話するのかと思った。髪の毛ね髪の毛。シャンプーなら…。
「
「…なに、それは」
「え?シャンプーだけど?」
得体の知れないものを見る目であたしを見ないでほしい。そんな変なこと言ったつもりないし。ただのシャンプーよ。
「初めて聞いたわ。その…なに?」
「桜鈴よ!さくらすず!」
「その桜鈴。そんなもの売っていたかしら?」
眉間に
残念ながら売ってないのよ知宵。あたしも桜鈴のシャンプーは通販しか知らないわ。デパートの化粧品売り場とかにならあるかもね。知らないけど。
「ちなみに聞くけど、知宵の売ってるってどこでのこと?」
「ドラッグストア?」
「……うん。ないわね」
「なによその間は」
「それは置いといて。これもついでなんだけど、あんたどこでシャンプー買ってるの?ていうかシャンプーなに使ってるの?」
「ドラッグストアよ?あと以前使っていたのはフルーナのシャンプーね」
フルーナ。なによそれ……まあ、仕方ないか。あたしだってシャンプー通じゃないんだから名前言われたってわかるわけないわ。頻繁にCMやってる有名なシリーズは別として。ともかくドラッグストアのシャンプーを使ってるってことだけわかったからいいのよ。別にドラッグストアが悪いとかそういうんじゃないから。
「ええと、なんの話だっけ?」
「日結花のシャンプーが良い匂いって話よ」
「ああ、そんな話…結局お互い名前聞いてもピンとこなかったわね」
「そうよ。一つ聞くけれど、あなたの使っている桜鈴?値段は高いの?」
どうしておそるおそる聞いてくるのか。別に高くもなんともない。
「2000円くらい?」
「たっか!高いわよ!」
「そ、そこまで声を荒げること?」
この子そんな貧乏でもないでしょ。実際住んでる家もボロ家じゃなくて綺麗な街の綺麗な家だったじゃない。あたしも住みたいくらいに綺麗な街だったわ。
「私の2倍以上よ?」
「あんたのやっすいわね」
さすがドラッグストア。
「シャンプーなんてどれでも変わらないわよ」
ふっと吐き出すように言い放った。
知宵…仮にも女性として生きてるんだからそれはだめだと思うの。髪は女の命っていうでしょ?それに。
「髪長いんだから気にしなきゃもったいないでしょ」
そう。知宵の髪は長さでいう背中半分くらいまで。さらっと癖っ毛がないストレートでつやつやな髪をを首後ろあたりで一つに縛って垂らしている。
そこまで伸ばすのは時間かけたと思うし、お手入れだって苦労してそう。あたしが肩甲骨より上までしかないから長い髪の人はすごいと思う。洗うのとか絶対面倒くさい。髪を乾かすのだってすっごく面倒なはずよ。あたしには無理ね。
「そうかしら?私、髪の毛なんてほとんど気にしていないわよ?」
「…嘘?」
「本当よ。シャンプーしてコンディショナーしてドライヤーするだけ。最近は予防もできるシャンプーがあるからシャンプーだけになったわ」
「…それでこの髪質なの」
知宵の長い髪を手にとって触る。さらさらと流れ、指通りもまったく抵抗がない。
なにこれ。シャンプーだけでこれ?
「も、もう満足した?そろそろ離してほしいのだけれど…」
くすぐったいのか身をよじって居心地悪そうにする。
「うん、ありがと」
「…ふぅ」
ずっと触っていても仕方ないので、手を離してあげた。
ほとんどお手入れもしないでこんな髪質になるなんて……はぁ、天然物はずるいわほんと。あたしにもその素質ちょうだい。
「知宵がお手入れ
「…私の髪より綺麗な人はあんまり見ないから、これが普通だと思っていたわ。あなたの反応からすると違うみたいね」
「うん絶対違う。みんなしっかりお手入れしてると思う」
この子、元が良すぎるからお手入れなんて不要だったのね。あたしもそんな髪欲しかったわ。お手入れせずにつやっつやのさらっさらできらっきらに輝くCMみたいな髪。
「というか、周りなんていちいち気にしないわよ」
「あー…」
知宵だもんねぇ。もともと興味ないこともあってほとんど気にしてこなかったみたい。他の人たちより髪質がいいからタチが悪いわ。
「それに、髪を見せる機会なんてないじゃない」
「……んー」
たしかに…イベントとかライブとかお仕事は…そんな髪にこだわるわけじゃないわね。お仕事は服装の方が大事だから、ある程度綺麗なら別にって感じ。
「見せたいっていうか、自慢したい相手?とかはどう?」
「自慢って、また面倒なことを考えるわね」
「ほら、例えばあたしとか?」
「…はぁ。どうしてあなたと髪の良さを競わなきゃならないのよ」
「例えばよ例えば」
「自慢なんてしたくないわ。そういうあなたこそどうなの?」
「あたし?」
「ええ」
髪を見せびらかしたい相手……こんな話するくらい親しいとなると…いても二、三人かな。その中で話したら面白そうなのって郁弥さんくらいじゃない?あの人女性免疫なさそうだし、前にないって言ってた気がするもの。なんて返してくるかしら。
"前から思ってましたけどほんと綺麗ですよね。髪型もばっちり似合ってますよ"
とか
"僕の私見ではありますけど、髪が綺麗な人ってそれだけで何倍も印象よくなると思うんです。だから日結花ちゃんすっごく魅力的ですよ"
とかこんな感じに褒めちぎってきそうね!はーもうやめて!!恥ずかしいじゃないっ!……なんでこう、頭の中でさえあたしを照れさせようとしてくるのよ。なによ魅力的って…嬉しいからいいけど。
「あたしにも一人くらいいるわ。きっといい反応してくれそうな人がね」
「ふぅーん」
「人に聞いといてまったく興味ないわね…」
心底どうでもいいとばかりに流す知宵に呆れ気味で返した。
ほんのり顔が熱くなっていることには気づかれてないみたい。ほんと、いきなりかき乱すのやめてよね。困るわ。
「実際興味ないもの」
「はいはいわかったわよ」
あたしもこの話につっこまれるのは遠慮したかったからちょうどいい。郁弥さんの説明とか面倒くさい。あの人はあたしだけで完結していればいいのよ。…それに、知宵にあの人紹介したら
「……」
話に一区切りついたところでお茶を一口飲み、携帯を取り出す。ぽちぽちとメールやネミリを確認。
「あぁそうだ日結花」
「んー?」
声をかけてきたのと同時に携帯のカメラを起動。返事だけしてカメラを反転させて自分が撮れるようにする。そのまま顔を上げて知宵と肩をくっつけた。
「…ねぇ。何をしているの?」
「んー?自撮り?」
「…どうして私まで写そうとするのかと聞いているの」
「ん?……あぁ、大丈夫よ。SNSにアップしたりしないから」
さすがに許可なくそんなことしないわよ。心配性ねー。
「そうじゃなくて…私も入らなくちゃいけないの?」
「うん」
「…別にいいけれど。後で私にも送りなさいよ」
「当然。そのために撮るようなものじゃないの。携帯を忘れた誰かさんに対するあたしの心遣いよ」
「ふふ、ありがとう。気遣い上手なお嬢さん」
「お嬢さんって…ううん。とにかく撮るから」
軽やかに笑って頭を寄せてくる。
長々と携帯を構えているのも疲れるので、ぱぱっと一枚。
「ふむ…これでどう?」
撮った写真を見てブレがないか確認。綺麗に撮れている写真を見せた。
「どれ?…ええ、いいと思うわ」
知宵のOKももらえたし、これでいいわね。よーし。
「ふふ、とりあえず一枚ね。これからたくさん撮るわよ」
「はいはい、付き合うわ……それにしても」
「ん?」
投げやりに答えてあたしの携帯を、というより画面をしげしげと眺める。
変なところでもあったかな。あたしが見た限りさっきの写真は綺麗だったし、もしかして自分の姿に満足できなかったとか?…いやないわね。知宵だもの。
「あなた本当に良い笑顔するのね」
「え?普通じゃない?…写真撮るときは笑ってた方がいいでしょ?」
「そうね…」
「知宵だって自然に笑えてると思うけど…顔赤いのはともかく」
「気のせいよっ」
「…はぁ、これだから照れ屋さんは」
「だ、だから気のせいだって言っているでしょう?」
きゃーきゃーと話して笑って周囲の人の迷惑にならない程度に騒ぎながら時間は流れていった。こんなにも友達と楽しく過ごせたのは久しぶりで、知宵とは格段に仲良くなったんだと実感する。
これだけ楽しく話せるのは…あたしの気持ちが、心が前向き上向きになったことが一つ。お互い色々話し合ったりしたのもあると思う。
「はいはい気のせいね気のせい…それより知宵」
でもそれだけじゃなくて…うん。2年以上一緒にラジオやってきて、気安く気楽に話せる下地はできてたのよ。きっかけになったのが前のお見舞いなだけで。一歩踏み込めばそれだけで簡単に変われることだったのに、これまではその一歩を踏み出そうとしなかったのね、あたしたち……というかあたしが、かな。
「なに?」
いつも通りで、全然変わったところはない。
少しは伝えておこう…ようやくちゃんとした友達になれた気がするから。
「これからもよろしくね」
「え、ええ…こちらこそよろし、く…?」
よくわかっていない顔で返事をする知宵に笑いかけて、尽きない話題に花を咲かせていった。
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