幕間 DJCD vol.4 石川観光、金沢・加賀山中編

34. 1日目朝

夏の終わりが近い9月末。少し涼しくなったような気もする外を歩き、東京駅までやってきた。

今日は石川県まで"あおさき"のDJCD収録をしに行く日。7時過ぎの新幹線に乗るため、6時半頃には東京駅にいないといけない。朝早く起きて、昨日準備を済ませておいた荷物を持って電車に揺られてきた。


「……」


遅刻がだめなのは当然だとしても、こんな早朝からは疲れる。朝からの電車で眠気も取れてしまった。

今日収録に行くのはパーソナリティーのあたしと知宵ちよい。知宵のマネージャーである篠原しのはらさん。あたしのマネージャーこと峰内みねうちさんはどうしても外せない仕事があるから行けないときた。

この三人に加えて"あおさき"のスタッフ二人、史藤しふじさんと高凪たかなぎさんの合わせて五人。無駄に人数が少ないのはいつも通り。

がらがらがらがら、と荷物を引きずりながら歩いて集合場所に向かう。

まだ7時前だというのに人が多くてうんざり。都心の東京駅なだけあるわ。今の気分だけだと峰内さんが来なかったのも正解かなーって思っちゃう。冗談なしでほんとに。


咲澄さきすみちゃんおはよう」

「おはようございまーす」


先に到着していた史藤さんがあたしに気づいて挨拶してきた。さすがに2年半近く一緒に"あおさき"をやっているだけあって気安い。

史藤さんに続いて篠原さんとも挨拶を交わす。知宵と高凪さんはまだいないみたい。


「荷物持とうかい?」

「いいですよー。そんな重くありませんから」

「ほぉ、咲澄ちゃんにしては珍しい」

「む、いったいあたしをなんだと思ってるんですか」

「そりゃ…」


史藤さんは篠原さんに目配せして、笑いをこぼしながら続きを言った。


「お嬢様」

「お嬢様、ですかねぇ」

「篠原さんまで…お嬢様とかそんなことありませんから!」


二人揃ってなにを言うかと思えば"お嬢様"だって。たしかに荷物持ってもらうこと多かった…ていうか持ってもらってばかりだったかもしれないけど、きちんとお礼も言ってたし、押し付けてたわけでもないのに。まったく、あたしは別にお嬢様なんかじゃないわ。


「はは、そんなに気にしなくていいよ。僕らは全然気にしてないから」

「もともとお手伝いしたくてしているわけですから、気にするも何もありませんよ」

「ならいいです」


人に"そう思わせる"のも人柄、才能の一種だと思うの。どこかでそんな話を読んだ気がするわ。悪い方向じゃなくて良い方向で見てもらえるなら変える必要ないでしょ?


「まだ二人来てませんけど、このあとどうするんですか?少しだけ時間ありますよね?」

「そうだねぇ。お腹空いてる?」

「いえ、全然」

「篠原さんは?」

「私も空いていません」

「まあ、そうですよねぇ」


実際ここでやることなんてない。新幹線までの時間も短いから外に出るのも避けたいし、結局待つしかないわ。


「東京駅を見回るのはさすがにもういいよね?篠原さんもいいですか?」

「はい。何回も来てますから」

「私も仕事で何度も来ているので」


三人で苦笑いを浮かべた。仕事柄通り過ぎることも時間待ちすることも多くて、東京駅内はみんな見回り終えている。

わざわざ荷物引きずって歩いて回るくらいなら座って待ってたほうがいいわよ。ただでさえ早起きで疲れ残ってるのに、動きたくないわ。


「おはようございます」

「おはよー」

「青美ちゃんおはよう」

「知宵ちゃんおはようございます」


特に予定も決まらないままぐだぐだ話していると知宵がやってきた。


「知宵、遅かったわね」

「日結花もそう変わらないでしょう?」

「まあねー。それはそうと、体調どう?」


呆れ気味に話す知宵に尋ねた。

前回会ったときに元気そうだったとはいえ、一応ね。収録だから外を歩き回るわけだし、ここで微妙な感じならちょっと色々考えなくちゃ。


「健康そのものよ。…先週はありがとう」

「ん、元気ならいいわ」


小声でお礼を言ってきた。あたしも同じく小さめに返して、顔色をうかがう。特に辛そうな雰囲気もないので、本人の言った通り問題はないみたい。


「それで、さっきまで何を話していたの?」

「この後どうするかって話。時間まで20分以上はあるでしょ?」

「ふーん、そう。予定は決まったの?」

「ぜんぜん」


首を振ってから後ろに振り向く。その先の篠原さんと史藤さんは揃ってニヤニヤと笑っていた。嫌な予感に顔をひきつらせつつも一応問いかける。


「…聞きたくないんですけど一応。どうかしました?」

「いやちょっとね。ですよね篠原さん」

「はい、私も言われていなかったので驚きましたけど、良いことですよ」

「…なんですか?お二人とも。来て早々状況が読めないのですが」


笑い合う二人に不信感を持ったのか、あたしに続いて知宵も言葉を投げかけた。


「青美ちゃん、君と咲澄ちゃん少し変わったね」

「っ!?」

「…あー」


なるほど。そういうこと。雰囲気喋り方でわかっちゃうかー。あたしは全然気にしてない、というかウェルカムだからいいんだけど…知宵は。


「そ、そうですね。少し変わったかもしれませんね」

「「「おぉー」」」

「な、なんであなたまでそっちに回っているのよ!」


どうかと思ったところにこんな反応されたら声が出ちゃうってものよ。


「知宵がそう返すとは思わなくて」

「…いいでしょ、べつに」

「ん、まあね」


微妙に頬を赤くしている姿から目をそらした。

なんにしても、知宵と仲良くなれてよかった。呼び方ひとつで距離が縮んだように感じる。

これなら今まで話してこなかったことにも踏み込んで話せると思う。お互いに、ね。


「二人がいきなりそんな風に変わるとは、驚いた」

「…良い方向ですね、知宵ちゃんにとっても」


史藤さんは今のあたしと知宵のやり取りに本気で驚いた様子。篠原さんは穏やかな…それこそあたしがよく知る人と同じ柔らかな顔で知宵を見ていた。


「いったい何があったんだい?」


尋ねてくる史藤さんから視線を外し、知宵に向ける。目でどうするか聞くと"私が話すから"と訴えてきた。小さく頷く。


「秘密です」


ええ、嘘よ。アイコンタクトなんてできないわ。知宵が一歩前に出て頷いたからわかったものの、仕草がなかったら何一つ伝わってなかった。あぶないあぶない。それっぽく頷いてよかった。


「秘密かぁ。それなら仕方ないね」


もうちょい引き延ばすかと思いきやあっさり流れた。

史藤さんの声にも残念そうな感じはないし、本当に納得している様子。


「聞かないんですか?」

「あーうん。その必要はないから。ですよね、篠原さん高凪さん」

「はい。お二人の仲がいいことに理由はいりませんから」

「え…よくわかりませんけどいいと思います」


ぱっと振り向くと困り顔の高凪さんがいた。

今来たみたい。わからなくて当然かも。理由がいらないっていうのも…言われる側としてはこそばゆい。


「高凪さんおはようございます」


ひとまず空気を変えるために高凪さんに挨拶した。あたしに続いてみんな一言ずつ挨拶をする。


「あぁ、みなさんおはようございます。僕が最後みたいですね」

「はい。全員揃いましたし、どうしましょうか…15分くらいですか」

「やることもありませんから、待合室行きません?」


高凪さん篠原さん史藤さん、三人で集まって話をしている。

みんな仲良いわねー。前のDJCDだとここに峰内さんもいたからもっとにぎやかだったわ。よく考えたら峰内さんがいないのって"あおさき"の旅行…いえ収録で初めてかも。帰ってからちゃんと感想教えてあげなきゃ。


「私はいいですよ」

「僕もいいです」

「じゃあそうしますか。二人ともいいかい?」

「もちろん」

「はい、大丈夫です」


ある程度話していたこともあって決めることは決まった。最初からそうなるかなーと思っていただけあって疑問も何もない。


「あー、その前に切符渡しておきます。全員ぶん分けてきましたから、どうぞ」


それぞれ袋に入った切符と今必要な切符を史藤さんから手渡された。受け取った切符を見て疑問が浮かんだ。それはそう、改札の通り方について。


「ねえ知宵」

「どうしたの?」

「切符って先に入れて、そのあとミナカかざして入れればいいんだっけ?」

「そうだったはずだけれど」

「ん、そうよね。ならいいの」


歩きながら知宵に聞いてみれば思ってた通りの答えが返ってきた。これで安心。

"今日朝どうだった?"とか"あなた眠くないの?"とかそんな会話をしつつ改札を抜けて待合室まで進む。中の人数はそこそこ。椅子は二人並んで座れる席がちらほらある程度。


「咲澄ちゃん、青美ちゃん、座る?」

「知宵、どうする?」

「座らせてもらいましょ。私たちが座っても座らなくてもこの人たち座らないわよ」


知宵の言葉に従って椅子に腰掛ける。

演者が座らないと座れない、っていうよりもこの人たちからするとあたしと知宵が子供みたいなものだから…もう諦めたわ。


「日結花」

「んー?」

「忘れ物したわ」

「…え?」


突然のカミングアウトに知宵以外の四人でぎょっとする。

焦った様子もなく真顔で言ったあたりが紛らわしい。一瞬何言ったのかわからなかったわ。


「ち、知宵ちゃん。何忘れたんですか?」


当の本人ではなく、マネージャーの篠原さんがおろおろと問いかける。


「…携帯です」

「う、うーん。それならセーフ?ですかぁ」

「…大丈夫じゃないですか?」

「基本的に五人で行動するから大丈夫だよ…はぐれたら別だけどね?」


携帯電話を忘れたらしい。みんな大丈夫というも、携帯がないと不便は不便なはず。

だって写真も撮れないしメール電話は…知宵に繋がらないと篠原さんに行くか。はぐれたときは…はぐれたりなんてしないわよ。少なくともあたしは一緒でしょ。


「割と余裕かも?」


結局個人的な写真撮れなかったりゲームできなかったりするだけ。あたしが忘れてたら峰内さんいないしちょっと困ってたかもだけど。


「そう、ね」


あたしと同じ結論に至ったのか諦めたように言葉を吐き出した。


「すみません、私の不注意で…」

「いいよいいよ。そんな困るようなことでもないからさ」

「何か必要なときは私に言ってくださいね。電話でもメールでも貸しますから!」


忘れたのが携帯でよかったわ。他に大事なものが……ある?お財布くらいしか思いつかないわ。一人旅なら色々必要なんでしょうけど、今回は五人もいるし全然大丈夫だと思う。


「ま、お財布じゃなくてよかったじゃない」

「お財布でも私が貸しますよ?」

「ふふ、ありがとう篠原さん。そのときはお願いするわ」

「はいっ」


仲良さそうに話す二人。

知宵と篠原さんはそんなに年も離れてないって聞いたし、マネージャーだから仲良くなるのも当然。あたしだって峰内さんとこれくらいは仲良いわ。お財布の貸し借りはしたことないけど。


「っと思い出した。今日のスケジュール渡してませんでしたね。高凪さんから詳細もらってコピーしてきたので、どうぞ」


言われて思い出したスケジュールを史藤さんから受け取る。おおまかな予定を以前打ち合わせしたときに教えてもらっていて、それの完全版。

スケジュールを見ながらみんなで軽い話をしていると、新幹線到着の呼び出しがあった。ようやくとばかりに車両に乗って座席までたどり着く。


「そういえば席ってどうなってるんですか?」

「君たち二人と僕ら三人でちょうどだよ?」


知宵と一緒に座ってからふと気になって聞いてみた。史藤さんから返って来た答えに知宵が聞き返す。


「いつ決めたんですか?」

「高凪さんが来たときにね……それじゃあ僕は作業があるから」


すっと遠い目をして"作業"と言った。

作業、ね。つまりお仕事か……お疲れ様です。


「「お疲れ様です」」


二人で同じことを言う。


「あぁ…うん。ありがとう」


やる気なく返事だけして自分の座席に向かって行く。疲労気味の史藤さんは高凪さんと篠原さんに"早く座ってください壁側なんですから"と怒られていた。

呼び止めたあたしたちが悪いんだけど、ごめんなさい。ちょっと面白かったわ。


「はー、それにしてもお仕事ねー」

「こんなところでもやらなきゃいけないなんて…私には無理よ」


くすくすと知宵と笑いあって改めて話す。

人数が少ないからか、仕事量が多いからなのか、理由は色々ありそう。頑張ってください。応援だけしておきます。


「あたしも。今日は休みよ休み」

「私もオフでいくわ。だからこの話は終わり。あんまり話していても気が滅入りそうでしょう?」

「そうね…ふふ、知宵結構楽しんでるでしょ」


新幹線に乗ったときから、どことなく知宵がうきうきしているように見えた。あたしが細かく見てなかっただけで、もともと今朝からテンション高めだったのかもしれない。


「べ、べつにいいでしょう。楽しんでたって」


ぱっと頬に赤みが差し、声を上ずらせる。


「なんだもう可愛いなぁうりうり」

「や、やめなさい」


あたしから見ても可愛らしい知宵の頬を人差し指でふにふにと押し込んだ。そのぶん逃げるように顔をそらして指を叩き落としてくる。


「……」

「ど、どうしたの?」


すべすべだった。何がってもちろん知宵の肌が。驚きの滑らかさに言葉が出ない。

なに今のつるっとさらっと…もち肌、っていうの?ずるくない?あたしもそこそこ悪くないけど今触った感じだと知宵には負ける。


「……」

「…日結花?もしかして痛かった?…ごめんなさい。悪かったわ」


考え事をしていたら知宵が心配そうにあたしを見ていた。ごめんね。なんにも聞いてなかった。


「あー、うん。ごめんね?ちょっと考えごとしてただけ。大丈夫だから気にしないで?」


あまりにもさっきの知宵との落差が激しくて、あたしもバツが悪く謝る。

それに、肌艶の良さに驚いてたなんて言えない。勝てない勝負はしない主義なの。


「そう。それならよかったわ」


ほっとしたのか一言呟いて笑顔を見せてくる。

可愛い。今日が楽しみだったからなのか、童心帰りでもしているみたい。いつもとのギャップがすごく可愛い。


「ふむふむ……えい」

「きゃっ!ちょ、ちょっと!」


なんとも愛らしい、まるで子供のような笑顔を見せられたので、ぎゅっと抱きつかせてもらった。

知宵と話していて、普段の大人っぽい姿とは違う言動や雰囲気を感じたことはある。でもここまで無邪気に自然な姿は初めてで、これが知宵の素だと思うと、嬉しさに混じって羨ましさが胸の内に広がった。さっきからの肌質も含め羨ましいことこの上ない。


「…ん?」

「どうしたの?」


じゃれついていたところで知宵の胸元からふんわりと、清潔ないい香りが鼻腔を通り抜ける。

洗剤か柔軟剤か。体臭は…さすがにないわね……それにしても、胸がちゃんとある。こう…イラッときた。

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