第17話
森に似つかわしくない外観の屋敷の敷地に、一人の青年が入っていく。豪邸というほどの規模はないが、無駄な広さはありそうだ。血痕の量に対し遺体の数がほぼないことから、吸血鬼によって殺されたものだということが分かった。
吸血鬼が殺した後は体の水分が失われ、砂のように砕けてしまうことが多い。少なくとも腐らないというのが最低限の共通点と言える。
「うげぇ」
情けない声で泣きそうな様子の青年は、気の向かない足取りで建物の中に踏み込んだ。茶色のコートの裾をひっかけないように手繰り上げ、長年使い込まれた底のすり減ったブーツで血痕を避けて進んでいく。
最奥の部屋を覗き込んだ彼の目に、彼がここに踏み込んだ目的のものが映った。安心とともに、大きなため息が漏れる。
「お前さぁ、さすがに無鉄砲過ぎんのよ」
「いや、さすがに見つけられなくて今回は死ぬかと思った」
「その顔、思ってないのが丸分かりだから!」
部屋の奥には、手足の縛られた、彼と同じ年頃の青年が座っていた。首に傷を負ってはいるが、他はとりあえず健康そうである。先ほどまでの足取りが嘘のように、ずんずんと歩を進め、彼の横にしゃがみこんで持っていたナイフでその縄を切って開放する。
「毎回毎回、お前を探して歩かされる俺の身も考えてよぉ」
「すまんな」
「お前って俺に対して塩対応だよね?優しくないよね?俺は人間よ?」
「知ってる」
「だろうよ!!」
縄を解いてもらった青年 ―― ハンターは立ち上がって足元をガサガサと探し始めた。そこから何かを拾い上げ、パンパンと灰を払う。その様子を見ていたもう一人の青年 ―― ドクターはハンターの首根っこを掴んで近場のあった砂だらけの椅子に座らせた。
「ほら、治療するから座れ」
「はいはい」
「大体お前は自分が『抗血』であることをいいことに無茶をしすぎだ」
そんな文句を言いながら、ドクターは彼の首を手際よく消毒し、ガーゼを貼り包帯をぐるぐると手際よく巻いていく。
ハンターの体に流れている血液は、1億人に1人程度と言われるほどの特殊なものだった。その理由は未だ解明されていないが、吸血鬼を殺す力があることだけが証明されている。遺伝的なものではなく、ある時突然生まれてくるところなど、不明な点はかなり多いものの、吸血鬼に唯一「抗」うことのできる「血」ということから「抗血」と呼ばれ、希少に扱われていた。
またその反動からか、「抗血」の人間は決まって短命だ。その理由は分かっており、病気が悪化しやすいのである。病気にかかりやすいわけではないので、気を付けて過ごせば日常生活にあまり支障ない。
とはいえそれゆえに、抗血には必ず専任のドクターが付く。この二人はそういう関係だ。余談だが、実際に専任となったのは彼の父親だったが、亡くなったその後を息子が引き継いだ、という経緯があったりする。
「そういえば、なんでここが分かった?」
「そうだよ、お前置き手紙も残さず出やがって」
「それはすまない」
「…お前が女を連れてるって聞いてな。もう吸血鬼絡みでしかねぇだろ」
本当に彼女かもしれないじゃないかと言い返したい気持ちもわかないほど、ハンターに返す言葉がなかった。子供のころから付き合いのあるドクターには隠し事は出来ない。
「普通に退治してりゃいいが、お前は帰ってこねぇわ、その時に領主が森の吸血鬼を探しに行ったって聞きゃ嫌な予感もする」
森の吸血鬼。その姿はいろいろな噂があったが、あの吸血鬼は元々ハンターの過ごす街では噂がよく流れていた。だからこそ彼も貴族も、そこに吸血鬼がいると知っていたのだ。
そしてその二つの情報を組み合わせたドクターは、帰ってこない領主の捜索隊に混ざり彼女の家に向かい、そこで奇跡的に生き延びた一人の衛兵の話を元にこの屋敷に辿り着いたという。
「まったく、あの衛兵がいなかったらお前は本当に死んでいたかもしれないんだぞ」
「すまない。悪かった。以後気を付ける」
「同じ言葉を繰り返さなかったら適当さがばれないと思うなよ」
吸血鬼を退治し損ねても、抗血を持つハンターは襲われると同時に相手を殺すことができる。それゆえに今回のように無謀に動くことは多く、しかし傷口から病気に感染すると酷く悪化しやすいため、ドクターが毎回ハンターをこうして探して回っているのだ。
反省する様子のないハンターに、ドクターは諦めと呆れを足して二で割ったような表情で深くため息をついた。そして何かを思い出し、コートのポケットからハンターにさっと手紙を差し出す。
「そういえば吸血鬼の家にあったぞ。バレないようさっと回収したが…お前宛だ」
ハンターはその手紙を受け取り、その宛名を確認する。
『抗血の君へ』
―― やはり、知っていたのか
ハンターは苦虫を噛み潰したような顔をすると、彼は先ほど拾ったものをポケットにしまった。そして腰につけていた小型の道具入れから着火器具を取り出し、何も言わずに手紙を燃やす。
「おいおい…読むぐらいしてやれよ」
「興味ないな」
ハンターは相変わらずの淡白な表情で、部屋の外へ向かう。ドクターは「なんであんなに優しくない子に育ったんだ」とぶつくさ文句を言いながら、後に続いた。
町に向かう途中、ドクターが尋ねる。
「牙、二つ拾ったんだろ?一つくらい、手元に残すん?」
吸血鬼は死ぬと灰になってしまうが、何故か特徴とされる1対の牙だけが残される。ハンターはこれを役所に持っていくことで退治の証明とでき、強さによってこの牙の立派さが変わる。
彼女の牙は、ハンターが今までに得た牙の中でも最上級のものだった。もともと彼女は彼に銃などで殺してもらうつもりは一切なく、抗血で殺してもらうことが目当てだったのだと、今になっては彼も理解していた。むしろ銃では凶暴化した彼女を倒せなかっただろう。
だからこそ彼女は自分が死ぬために、彼を絶対に助けなければならなかった。吸血鬼によるハンターの青年の救出劇の真意は、彼への愛情などではなく、利己的な願望の実現のためだけのものだ。
それを決定付けたのがあの手紙である。中身を読んでもらえないことさえ、彼女は想定済みだっただろう。だからわざわざ「ハンター」ではなく「抗血」と宛名に書いたのだ。彼が読まずに捨てても、彼女の真意が伝わるように。
そんな相手のものをなぜ、手元に置かねばならないのかと、青年は眉間に深くしわを寄せた。
「どいつもこいつも、情だのなんだの…」
「戦利品を取っておくハンターは珍しくない。大物の牙なら普通じゃん?」
「…嫌がらせか」
「半分ご名答。残り半分はそれ見て今回の件を思い出して無茶をするなと言いたいところだよ」
そんな話をしているうちに、整備された道に到着する。ふと立ち止まったハンターをドクターは声もかけずに抜かしていった。ハンターはポケットに手を入れる。鋭くとがった、人の形をしたものから獲れたとは思えない牙の感触。
青年の記憶には、しっかりと吸血鬼が死んだその瞬間が残っていた。己の首に噛みつき、抗血を吸って少しずつ肌が割れ、灰になって亡くなった彼女。最後まで自我が戻ることはなかったが、気持ちいいほどに目的を完遂した吸血鬼。目隠しをとっても縄を解かなかったのは、青年を病に侵させ道連れにするつもりだったのか。その真意は分からないが…
―― 吸血鬼なんて、やはり俺は嫌いだ
ハンターの青年は、ドクターの後を追って、町へ戻っていったのだった。
これは、最後まである意味で「両想い」だった、青年と吸血鬼の話である。
青年と吸血鬼の話 神田 諷 @JWandSG
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