第14話
準備を整えた青年と吸血鬼が彼の町を後にして、森にある吸血鬼の家で共同生活を初めてあっという間に半年が過ぎた。
元々何も期待していなかった共同生活だが、本当に何事もなく、朝採取や猟に行き、火の管理のために薪割りをしたり、散歩と言って出かける吸血鬼を見張るために、その散歩に青年が同行したり、時たま思い出したように彼女が青年をあおってくるので、静かな森に少しだけ派手な対吸血鬼用拳銃の発砲音が鳴り響く程度だ。
この日も彼女が青年を茶化して怒らせ、派手な発砲音が鳴り響いたような朝だった。
「相変わらず、私のことを殺せないのねぇ」
にやにやと、残念がっている口ぶりのわりに嬉しそうな表情の吸血鬼は、まるでいたずらに成功した少女のような無邪気さだ。それに対し、青年は目の前で実の親を殺されたかのような殺意を彼女に放っている。
「・・・朝から何の用だ」
「あら、こんな美人の口付けで目覚めるなんて、世の殿方の夢だと思わない?」
青年のために訂正しよう。これは彼女がやろうとしただけで、成功するすんでのところで青年が目を覚まし、失敗している。だが、目を開けた青年の頭が働く前に、挨拶と共にキスを続行しようとした吸血鬼に対し、青年が頭突きをかまし、布団ごと巴投げのように彼女を投げ飛ばし、護身用として肌身離さず持ち歩いている拳銃をぶっ放した・・・といった具合である。
そして対吸血鬼用の弾――銀弾は、吸血鬼なら当たったら死なずとも致命傷間違いなしの代物であるので、笑顔の彼女がいると言うことは、彼の弾が外れたことしか意味しない。
「はぁ・・・朝から最悪の気分だ」
「失礼しちゃうわ!あ、もしかして貴方って同性あ・・・」
「同性異性以前に、サル相手に欲情する嗜好は俺にはない」
吸血鬼を化け物と表現する人間は五万といるだろうが、サルと同一する表現は流石の彼女も初めて聞いた。声を出して、質の良い髪の毛をふわりと揺らして笑う。
「貴方ってやっぱり変わってるわ」
青年が着替えて広間に行くと、作られた朝食が綺麗に並んでいた。テーブルの中央には程よい薄さにスライスされ、丁寧にバターが塗られたフランスパンが存在感を放っている。更にそれぞれの椅子の前には、一つずつ薄いピンクのハムが二、三枚ロール状に巻かれて差しこまれた、水滴を垂らさないほどフレッシュな野菜盛りだくさんのサラダと、焼き立てであろうほんのりと黄身の部分がピンクに染まった目玉焼きが、パンの取り皿と三点セットで並んでいた。
「今日はかなり丁寧に作ってみたのよ」
ふんっとドヤ顔を決める吸血鬼をよそに、青年は冷蔵庫を覗き込む。何かをじっくりと見ると、瓶に入った牛乳を手に取って一口飲んだ。
「・・・何だ」
青年のことをじっと彼女が見つめている。身長的に彼の首元を見ているようにも感じられ、ぞっと悪寒が走った。
答えない吸血鬼に、とうとう頭がおかしくなったかと、瓶を近くにあった調理台に置き、ベルトに止めた銀銃をいつでも引けるよう、彼は構える。
しばしの沈黙が走る。共に動くこともなく、表情一つ変わらない。
沈黙を破ったのは、吸血鬼の方だった。
「反応は?」
「・・・は?」
「反応はないの?!私のこの、完璧な朝食を見て!そりゃスープとかあったらもっといいとは思うけど、でもでも、かなり良いと思わない?食べたくなるでしょう!」
鋭い目つきだった青年の表情が、まさにハトが豆鉄砲を食らった顔と言う表現がこれほど似合うものは無いだろうというほど間抜けなものに変化した。
彼女は、自分の作った朝食を褒めてほしかったのである。
かくいう半年間、彼女はほぼ毎食、かならず作って用意している。しかも初期に比べて圧倒的にグレードアップしているのだ。「誰かと一緒に食事ができるなんて何年ぶりかしら」などとそわそわしていただけの当初から、今はもはや意地になっているところがある。もちろん彼が彼女の食事を褒めないからというのもあるのだがそれ以前に・・・
「吸血鬼の作った物など、どれほど豪勢でも飢えていようと、食べようと思わん」
これである。料理や配膳を褒めるどころか、もはや口にすらしない。「そんなぁ」と落ち込んでいる吸血鬼をよそに、青年は空になった瓶を洗う。
半年経った今でも、彼が吸血鬼に警戒を解くことは無かった。もちろんそれを面白がっている吸血鬼もいるのだが、食事すらこうして、彼女が触れたものは食べない。先ほど冷蔵庫を覗き込んでいたと言うのも、昨晩自分が設置したところから動かされていない食品を探していたのである。なんとこの家の近くの使っていなかった倉庫を改良し、鎖の代わりに銀を織り込んだロープを使って閉めて、自分だけの食材の管理しているという徹底ぶりだ。
「ニーナは喜んで食べてくれたのに・・・」
ニーナとは、落ち込んだ彼女の口から良くこぼれてくる名前だ。きっと、前に話していた妹の名前だろう。姉妹の場合、姉は妹を名前で呼び、妹は姉を「お姉さん」と呼ぶので、彼女だけが名前を忘れたとしてもなんらおかしい話ではない。
ただ、吸血鬼に関心も持たない青年が、彼女にその名について尋ねることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます