第13話

「これは?」

「いらん」

「じゃあこれ」

「不要だ」

「これは必要でしょう?」

「何処で使うつもりだ」

 市場に着いた二人はこんなやり取りを何度も繰り返していた。市場に売られているものは確かに、吸血鬼でなくとも不慣れな者が見たら面白いものであふれているだろう。だが、同時にいらない物であふれていることも多かった。

 断られては新しいのを持ってくる吸血鬼に呆れながら、「よくそんなものを見つけてくるものだ」と青年は思わず感心してしまう。おかげで市場に着くまでに抱えていた不安など飛んでいき、むしろまた「すぐにでも殺してやりたい」というイライラのほうが大きくなっていた。

 そんな心境の変化も知らず、彼女は新しく小さなツボを持ってきた。

「ねえ、これは…」

「だからそれを何に使うつもりなんだ」

「一輪挿しよ」

「いらん」

「私の部屋に置きたいの」

「金を持っているのか?」

「持ってないわ。金の概念は知っているけれど、私は使ったことないもの」

「なら戻して来い」

「雄が雌にプレゼントをあげるのは、動物ではよくあるでしょう?」

「同種間に留めろ」

「異種間でやったっていいじゃない」

 ぶすーっとむくれてみせたが、青年の眉間のしわが三つも増えたので、女性は諦めてとぼとぼと戻しに姿を消す。

 ふと、近くにいた屋台の店主が青年に声をかけてきた。

「おう、お前さんか。連れがいるたぁ珍しいこともあるもんだなぁ」

「連れじゃない。ただのストーカーだ」

「あら、こんなに美人なストーカーに不満があって?」

 しれっと会話に混ざってきた吸血鬼に、青年は視線も合わせず苦虫を噛み潰したような顔になる。さらに青年にとっては嫌なことに、吸血鬼のその台詞は店主のお気に召してしまったようだった。

「はっはっはっ!そりゃそうだ!お前さんみたいなのにこんな美人さんが付いて回ってくれたなら、感謝しなきゃなんねぇぞぉ!」

 大柄な体格に見合った豪快な笑いを見せた店主は、目の前に置いてあったペンダントを青年に差し出した。

「どうだい?その姉ちゃんにプレゼントしてやんな!今なら三割引いてやるぜ?」

「なんで俺が・・・いや、半額まで引くなら考えてやる」

「半額だぁ?そりゃこっちが困っちまうな。『効果』もある。三割が限界だ」

 ニヤリと笑い、値下げをする気を見せない店主に、青年はため息をついてから吸血鬼のほうに顔を向ける。

「残念だったな。お前の価値は三割引き程度だそうだ」

「あら、それってどのくらい凄いのかしら?」

「そうだな。いっぱしの美人なら三割引きだろうが、目を引くほどなら半額程度はいくだろう」

 ちらり、と青年は店主を見やった。彼の視線に気づいた店主は、だらだらと冷汗をかき、吸血鬼のほうを見る。道行く人が皆振り返るほどの妖艶でミステリアスな雰囲気を持った彼女が、しっかりと顔を見ることがなくとも他に引けを取らないどころか、勝るとも劣らないレベルの秀麗な姿であることは火を見るより明らかだった。

 そんな彼女へのプレゼントと言っておきながら、三割しかひかないのは褒め言葉と釣り合っていない。言い換えれば「お世辞で言っただけ」と認めたようなものだった。

 正直、青年にとっては店主の言葉がお世辞だろうと本音だろうとどうでもよかった。が、お世辞であれば吸血鬼は多少なりとも傷付くだろうし、本音であれば安く道具が手に入る。どちらに転んでも彼には得しかないと踏んでいた。

「ああ、もう!美人な姉ちゃんに感謝しろよ…っ」

 悔しがる店主をよそに、ふんっと満足げに青年は鼻を鳴らした。その愛想の無さをカバーするように、吸血鬼が店主に輝かんばかりの笑顔を向ける。

「ありがとう!親切にしていただけて嬉しいわ」

 たったそれだけで店主は耳まで真っ赤にして、デレデレと鼻の下を伸ばした。

 彼女を置いて歩を進めていた青年に吸血鬼が追い付くと、彼の上着のポケットをじっと見つめた。先ほど買い取ったペンダントがそこにあるのである。

「ねぇ」

「……」

 青年が無視をしたため、吸血鬼が彼の腕を引っ張り「ねぇったら」と声をかければ、「うるさいな」と目だけで返事をしてきた。

「さっきのペンダント、私の物でしょう?」

「…欲しいのか?」

「首に付けてくれてもいいのよ?」

 彼女は後ろ髪を搔き上げ、顔をくいっと彼に向け、ペンダントを付けやすいような体制をとる。青年は足を止めたまま面倒くさそうに見ていたが、観念したように、しかしどこか楽しそうな雰囲気でポケットの物を取り出した。

 その瞬間、彼女はばっと腕を下して後ろに飛び退いた。ペンダントをただ持っただけの青年を、らんらんとした、吸血鬼特有の瞳孔の小さな瞳で見つめる。

「どうした?」

 表情は相変わらずの鉄仮面だが、青年は明らかに楽しそうだ。それもそのはず。買い取ったペンダントは吸血鬼避けの加護を施された、吸血鬼の肌を焼くというシルバーのペンダントだった。

「善意って…優しくないものね」

「ここはそういう町だ」

 吸血鬼退治を生業としている者が多く住む町。必然的に吸血鬼避けやら銀の弾やら、吸血鬼退治を行う者たちをサポートするものが多い。そしてそれは市場でも日常的に売られており、彼女が吸血鬼だとばれて嫌がらせをされたわけでもなければ、青年に忠告をしようとしたわけでもない。純粋な善意以外の何物でもない。

 つけられないことにむぅっと彼女は頬を膨らませる。

「なんでそんなものを買ったのよ」

「純銀製のペンダントなんて高すぎて普段は買えないからな」

「そんなのなくたって、貴方は構わないでしょう?」

「あって損はないものだ。あんまり喚くようならお前に付けるぞ」

「ああ…そんな台詞でも、ロマンチックの欠片もないわね」

 不貞腐れた彼女は青年を置いてすたすたと歩き出す。その背中を見ながら、これだけ強力な吸血鬼避けを前にして、具合も悪くならず、平然としていた彼女の姿に、青年は改めて、彼女への警戒心を高めたのだった。

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