第50話 終わりの猫(終話)
二週間後、五人衆+セリカが退院してきた。
「すまん。世話になった」
まだ包帯巻き巻きの長剣兄ぃが、代表して礼を言った。
「全く、手間かけさせおって……。まっ、生きててなにより」
私がそう言っても、みんなの表情がどこか暗い。
……ん?
「王都がカモミールの存在に感づいた。俺たちにも、確保の命令が出ている」
カチリ……。
カモミールとロゼッタが同時に拳銃を抜いた。
おいおい、いきなりこれかよ!!
「……見くびるな。そんな命令に従うつもりはない。だが、国王は正規の騎士団を動かした。このままだと、ここは戦場になっちまうぞ」
……いきなりヘヴィだな。おい。
「そこでだ、狸猫。なにかいい知恵はないか?」
「わ、私!?」
一介の薬屋にどうしろと?
「細目ぇ!!」
私は堪らず叫んだ。
「なんだい?」
にゅるっと出て来た細目の野郎は、知らない振りを決め込みやがった。
「聞いていたでしょうが。なんかない!?」
「そうだねぇ。一時的になら猫の街に待避出来るだろうけど、いずれにしてもここにはもういられないんじゃないかな。なんで、国王がそんな命令を出したかによるけど」
細目にしては歯切れが悪い。
やはり、そうなるか……。
「恐らく、吸血鬼の不死性に目を付けたんだろうさ。捕まったら、カモミールもロゼッタも実験動物扱いだな」
吐き捨てるように長剣兄ぃが言った。
……許せん。
「……最悪の薬があるけど、試してみる?」
私の口は……きっと凶悪に歪んでいたに違いない。
「これが……」
カモミールが短く言葉を発した。
オメガストリキテロトキシン……あらゆる者を殺す超絶猛毒だ。
それが、私が持つ試験管に入っている。
全く素性を明かすかのように、その色は真っ黒だった。
「吸血鬼の不死性が勝つか、これが勝つか分からないけど……これは、体内に入るとあらゆる場所を壊疽させて数秒で殺す。こんなもん作りたくはなかったけれど、これで死んだと見せかけるしかない。すっごい苦痛を伴うはずよ……」
私は声のトーンを落として言った。
「……やるしかないでしょう」
「はい」
カモミールとロゼッタ、二人の瞳には決意の色が点っていた。
「……ダメでしたじゃ困るから、不死の私が試験する。それが、責任よ」
くそっ、一気に飲めば……。
口に試験管を付けた時、その手をロゼッタが押さえた。
「無用です」
「その通りです。私が最も信頼する薬師です。大事な時に、ヘマはしないでしょう」
カモミールが、ニッコリ笑みを浮かべたのだった。
一週間後、ついに騎士団の先遣隊が接近中と長剣兄ぃから連絡があった。
「いよいよね。私は成功を祈るしかないわ」
二人はうなずいて、試験管の中に入った黒い液体を飲み干した。
これから先は、とても見ていられない。
私が家の外に出ると、中からのたうちまわる音が聞こえて来た。
確認したいが、隠れる必要がある。
私は家の周りにある茂みに隠れた。
「先生……」
そこで、あらかじめ待機していたシロと合流。
あとは、様子を伺うしかない。
「……泣いてます?」
「当たり前でしょ!!」
確認するな!!
そこに、鎧を着込んだクソ野郎(失礼)の集団が現れた。
カモミール宅の扉を開けた瞬間……。
「うわぁ、何だこれ!?」
一人が情けない声を上げると、散っていた鎧どもが集まり、状況の確認を始めた。
「……死んでいるな」
「おいおい、吸血鬼って不死じゃなかったのかよ」
……押し勝ったか。なんて毒だ。
喜んでいいのかは微妙だが、助かった。
「よし、報告だ。これ以上、無駄な行動をするわけにはいかん」
そして、鎧どもは去っていた。
さて、これからが私たちの仕事だ。
茂みから飛び出て、カモミール宅に飛び込むと……。
「こ、これは、夢に見るわね」
なんて言うか、アレだった。
さっさと蘇生してしまおう。
「シロ、蘇生!!」
「ハイ!!」
吸血鬼は元々不死である。
シロがちょっと弄るだけで二人ともあっさり蘇生し、私はその場に崩れたのだった。
「あー、もうダメ。さすがに休む。これは無理……」
翌日、私は自宅のベッドで伸びていた。
なんて言うか、もうダメだった。
こんな状態で薬なんて作ったら、何を作ってしまうか分からない。
玄関の扉がノックされた。
「はーい……」
元気なく答えると、細目がやってきた。
「なーにー、今日は冗談聞く余裕もないよ~……」
「あーあ、ヘタレてるねぇ。カモミールとロゼッタが呼んでるよ~」
あうう、こんな時に……。
「分かった、今行く……」
私は目をコシコシ擦りながら、寝間着のまま家を出た。
「街」の外に出ると、ニコニコ笑顔のカモミールと、いつも通り控え目なロゼッタが待っていた。
「やはり、いざという時信頼に足る薬師でした。そして……」
カモミールは私を抱き上げた。
「永遠に追いかけます。吸血鬼はしつこいですよ。叶わないと分かっていても……覚悟して下さいね?」
……うっ、目が覚めた。
「あの、私からも一言……。その寝間着ですが、正直申し上げてダサいです。すぐにお作りしますので……」
ロゼッタ……ダサいって。
「なんかもう、好き勝手言ってくれちゃって……」
私はため息しか出なかった。
「なんで医師にならないんですか?」
三毛が聞いた。
「前も言ったでしょ。柄じゃないって」
じゃあ、なんで免許取ったかっていう話しもあるが、物の勢いというかなんというか……。いーじゃん!!
私は、隣への弟子入りを正式に断ったのだ。
なにより、あのクソ医師に師事するなんて、まっぴらごめんである。
「それより、あんた本当に薬師の免許取るの?」
「はい」
そう、最近になって、三毛が妙な事を言い出したのである。
私の影響だと思うが……。
「三毛、年齢的に厳しいかも?」
「はごぉ!?」
薬学学校入学試験の参考書の山に頭を突っ込む三毛。
実は、三毛は私より年上である。魂だった期間があるからね。
別に年齢制限はないが、卒業する頃には……あーあ。
「大人しく事務の資格を取れば?」
「ううう……負けないです!!」
「やれやれ……」
猫の街三十二番街二十二丁目四十五番地。
そこが、私の店の住所だ。
変なお客さんばっかりだけれど、それなりに楽しくやっている。
まあ、時々シリアスだけどね。
もしお困りなら、ぜひご相談を。
ああ、猫以外の皆さんは、どうにかして猫に変身してから来てね。
それじゃ!!
(完)
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