第49話 緊急出動の猫

 しらばくして、五人衆に動員が掛かったようだ。

 なぜ他人事かというと、今回は私に依頼が来なかったからだ。

「本当に薬師がいなくて大丈夫なの?」

 五人衆の出発前、私は長剣兄ぃに聞いた。

「ああ、今回はすでに踏破された遺跡の追調査だ。資料もあるし散歩のようなもの。お前の力は必要ないだろう」

 長剣兄ぃから渡された分厚い資料を斜め読みしてみたが、すでにある程度調査が完了しているようで、特に危険はなさそうだった。

「分かった、いってらっしゃい」

「何かあったら、呼びかけるからバックアップは頼んだ」

「料金高いわよ」

 長剣兄ぃとハイタッチし、私はセリカを含む六人を見送った。

 まあ、あの六人ならよほどの事がなければ、バックアップの出番はないだろう。

「さて、仕事すっかぁ!!」

 私は大きく伸びをしたのだった。


 薬屋ということを考えると、幸か不幸か分からないが、いつも忙しいうちの店である。

 ……いや、油売ってばかりいるようだけど、ちゃんと仕事はやっているからね。

「三毛、ちょっと待ってもらってて。調達屋に行ってくる!!」

 滅多に出ない薬草が大量に出たため。少しばかり、量が足りない。不覚である。

 調達屋のお姉さんは顔見知りの客としか取引しないため、三毛をお使いにやるわけにはいかないのだ。

 店からダッシュで三分。

 知らないとそうと分からないような、木造建物の地下が彼女の城だ。

「挨拶はいい。用件に入ってくれ」

 いつも通り、挨拶すらさせてもらえない。もう馴れきっている。

 そして、何度も言うが耳の飾り毛が可愛い。

「これがリスト。現金取引がルールなのは知っているけど、今回は本当に急ぎだから、小切手で……」

 私は結構な金額を書いた小切手をお姉さんに渡した。

 私だって店をやっている身。小切手帳くらいはもっていますとも。はい。

 お姉さんは小切手を受け取り、リストをさらっとチェックした。

「十分……出来れば三分」

「いいだろう。三分後に来てくれ」

「よろしく!!」

 この結果、カモミールが奔走する事になるのだが、それが彼女の仕事だ。

「先生、栄養ドリンクが足りません!!」

 店に戻るなり、三毛が叫んだ。

「えっ、そこに予備が……」

「かえで教授が全部飲んじゃいました。鼻血を出して隣です!!」

「アホか!!」

 全く、アホ猫め!!

 そんな、今日もバタバタの一日を終え、私は一度自宅に戻ったのだった。


「……」

 カモミール宅地下のラボ。私はようやく一つの薬品を完成させた……風邪の特効薬を。

「……ちょっと飲んでみるか」

 ちょっと前に風邪でこっぴどい目に遭ったばかりなので、完成が遅れたのが悔やまれてならない。

 理論上は問題ない。ならば……。

 私は試験管の中に入った、透明の液体を一気に飲み干した。

「んがっ!?」

 苦い、苦いよぅ!!

「っだ、はぁはぁ……。まだ改良の余地はありそうね」

 良薬口に苦しとはいうが、苦くて飲めないのでは話しにならない。

 そんなときだった。脳裏に何か囁いた。

『……救援依頼……頼んだ』

「えっ?」

 今のは長剣兄ぃの声だったが、それっきりぷっつり途絶えてしまった。

「カレン様!!」

 普段は遠慮して来ないカモミールが、血相を変えて降りてきた。

「出発準備、私も一度『街』に戻る!!」

「はい!!」

 こうして、五人衆+セリカの救出隊が急遽結成される事となったのだった。


 夜を徹して馬車は行く。運転するのはカモミールだ。

 猫用馬車で隊列を組んでいる場合ではないので、今回は人間用の馬車一台。

 集まった猫のうち細目と三毛には、「街」に残って病院と私の店にくる患者さんやお客さんの交通整理をお願いし、私と医師とシロは現場へ。カモミールは今馬車を運転しているし、ロゼッタも当然のように同行している。もちろん、薬品や薬草類は満載だ。

「この先は悪路です。あまり速度が出せません」

 カモミールに言われなくても、馬車の激しい揺れで分かった。

「無茶しないで。馬車を壊したら、それこそ遅くなるわ!!」

「はい!!」

 馬車の速度が落ち、ジリジリと悪路を進んで行く。

 こればかりは、焦っても状況が良くなることはない。

「全く、救助したら思い切り笑ってやるか」

 暗くなる一方の馬車の空気を払拭すべく、私はあえて明るい声で言った。

「それにしても、どうしたのでしょうか。あの六人が救援など……」

 馬を操りながら、カモミールが心配そうに言った。

「なんとも言えないけど、これだけは言っておく。戦闘は極力回避で。私の主義じゃなくて、リスクを負うことはしないでね」

 全員から了解の返事が返ってきた。

 しかし、そんな事が言っていられるか?

 あの六人が救援を出す事態である。生半可な事ではないだろう。

 一抹の不安を乗せ、馬車は進んで行った。


「さて、これが遺跡か……」

 古くはあったがしっかりした建物で、馬車が悠々通れるだけの入り口もあった。

 到着したのはちょうど日が昇ってすぐ。薄暗い明かりの中に、はっきりとその姿が見えた。

「カモミール、微速前進!!」

「はい!!」

 資料を斜め読みだったため、なんの遺跡だか知らないが、馬車が通れるならそのまま突撃するまで。なにより、時間が惜しい。

 探査魔法で慎重に探り、入り口付近がクリアである事を確認した。

「みんな、臭いけど我慢してね!!」

 まさか、カモミールにこれ以上負担をして貰うわけにはいかないだろう。私は改良型「ステルス君」をぶちまけた。

「カモミール、突撃!!」

「はい!! そして、想像以上に臭いです!!」

 ……ヘコむぞ。

 カモミールは馬に鞭を入れ、馬車を全速力で遺跡に突っ込ませた。

 魔物の類いから姿や熱は完全にシャットアウト出来るが、音まではカット出来ない。

 このガラガラいう車輪の音は誤魔化せないが、ないよりはマシなはずだ。

「杖兄ぃ、遺跡到着。誘導して!!」

『……すまん。一階層の奥に……転送の魔法陣があるから乗れ。一つしかないから……迷わんはずだ』

「了解!!」

『俺たちは……二階層の奥にいる。気を付けろ……』

「無理しないで、今行く!!」

 短い会話を終え、私は探査魔法で探った。

「……チッ、前方に魔物っぽい反応。気がついたみたい」

「撥ねます!!」

 馬車が結界魔法の光りに包まれた。

「ちょ、ちょっと!?」

 間もなく見えてきた、なんかナメクジっぽい魔物にドカーンっと馬車ごと体当たりした。

 さすがにこれは堪えられなかったらしく、ナメクジっぽいやつはどっかに吹っ飛んでしまった。

「カモミール様……またいつものイケイケ状態ですね」

 ロゼッタがポソッと漏らした。

 イケイケって……。

 肉球から変な汗が出た。

「ガンガン行きます!!」

「皆さん。こうなったカモミール様は止まりません。ご覚悟を……」

 確かに、戦闘は避けろと言ったが……。

 まあ、いいか。多分。

「十二時方向に敵!!」

「砕きます!!」

 ドカーン!!


「これが、転送陣か……」

 幾多の魔物をひき逃げし、辿り付いた第一階層の奥。

 そこには、黒色に輝く魔法陣があった。

 一応、罠チェックはしたが、特に問題はなかった。

「カモミール、ここから先は慎重に」

「はい」

 どうも嫌な予感がするが、行くしかないのが現状である。

「よし、馬車を転送陣に……」

「はい」

 カモミールが馬車を転送陣に載せると、一瞬酩酊感を感じ、明らかに違う空気が漂う空間が広がっていた。

 ……これは、なにかいる。

「カレン様、この階層には強大な力を持った何かがいます……」

 カモミールの手綱を持つ手が震えていた。

「……」

 ロゼッタが静かに拳銃を抜いた。

 やたらゴツい、大口径のフルオートタイプのものだ。

 何を撃つ気だ、全く……。

「よし、探すか」

 ここにいても始まらない。私たちはゆっくり進み始めた。

 不思議な事に、この階層には細かい魔物の反応がない。

 慎重に進むそのうちに、探査魔法で六人の反応を捉えた。

「発見、そこの角左!!」

「はい!!」

 程なくして、壁に出来た窪地でボロボロになっている六人を発見した。

 馬車から素早く医師とシロが飛び降りて状態を確認し、カモミールとロゼッタが周辺警戒。最後に私が馬車から降りようとしたときだった。

 いきなりロゼッタが発砲した。

「カレン様、待避!!」

 続けてカモミールも発砲した。

 嫌~な予感がしてそちらを見ると……。

「出たな、ドラゴン!!」

 そこにいたのは、巨大火吹きトカゲことドラゴン様だった。

 しかも、かなり歳を取ったエルダー・ドラゴンである。

 若い奴に比べて、その力は比較にならないくらい強い!!

「撤収。いくら撃っても無駄だから、取りあえず六人を馬車に放り込んで。猫チームは薬品とか薬草とか全部ぶん投げて!!」

 現状取れる策はただ一つ。「逃げる」のみ!!

 馬車から薬草や薬品類を叩き落とし、代わりに六人を乗せ、私たちはその場から全速力で撤退を開始した。

「来ます」

 ロゼッタの声と共に、逃げる私たちの馬車の後方を掠めるように真っ白な光線が床に突き刺さって爆発した。

「のわぁ!?」

 馬車が跳ね上げられ、私は咄嗟に適当な場所に爪を突き立てた。

 他の面子なんて気にしている余裕はない。

 まさか、アレと戦ったのか。この六人は!?

「危険手当、貰うからね!!」

 私の叫び声と共に、ロゼッタが発砲した。

 しかし、文字通り面の皮が厚いドラゴンには効かない。簡単に弾かれた。

「無駄だって!!」

「はい。でも、ムカつきます」

 ……おいおい!!

 こうして、私たちは第二階層を延々と走り回り、どうにかこうにか遺跡の外に逃げ出す事に成功したのだった……。


「……まずいわね」

「ああ」

 遺跡を出てすぐ、私と医師は額をくっつき合わせるようにして全員の様子を見て回った。

 主に重度の火傷と激しい外傷。かろうじて意識があるのは長剣兄ぃだけ。

 薬草や薬品を捨てたのは痛かったが、馬車にはスペースがある。あの時はそうするしかなかった。

 生半可な回復魔法では効かないし、魂を剥がして治療するには人数が多すぎる。

 あれは、膨大な魔力を使うのだ。

「あの、私の血液で……」

 カモミールが申し出てくれた。

「いいの?」

 聞くと、カモミールは静かにうなずいた。

「うーん、ちょっと待て。この状態で飲める力があるか……。医療セットも捨ててしまったからな。注射も打てん」

「えっ、捨てちゃったの?」

 そこまでは言っていない!!

「うむ、行きがけの駄賃だ」

「アホ!!」

 薬がない薬師と医療道具がない医師。限りなく、ただの猫だ。

「合成儀式魔法で『街』まで繋ぎましょう。今は、それしかありません」

 シロが毅然として言った。

「合成儀式魔法か……この三人で上手くいくか?」

 医師がシロに言った。

「やるしかありません」

 シロが断言した。

 合成儀式魔法とは、複数人で同一魔法を使う高等の中の高等テクニックだ。

 例えば、今は私と医師、それにシロだが、今までにやった事がない。

 お互いに癖も違えば呼吸も違う。習得するには、チームを編成して数年かかると言われている。

 それを、今即興で……やるか!!

「よし、魔法陣描くから二人は準備してて!!」

 かくて、失敗出来ない一発勝負が始まった。


 三人で同時に呪文を唱え、光り輝く魔法陣が強烈な魔力を放っていた。

 これが基礎段階。ここまでは順調だが、同時にここからが問題なのである。

 さすが現役医師というか、医師とシロは上手く同調しているようだが、私はそれにシンクロ出来ない。レベルが違い過ぎるのだ。

 ……くっ、術が崩壊する。

 本気で焦ったとき、誰かが私の肩に手を置いた。両肩に……

 しかし、見ている余裕はない。なぜかは知らないが、急に術が安定した。

 私、なにもしていないのに……。

「回復術千六十七番!!」

 そして、六人の状態はどうにかこうにか「街」まで持つレベルまで回復した。

「お疲れさまです」

 声が聞こえ見上げると、私の右肩に手を当てたカモミールの姿があった。

「さあ、急ぎましょう」

 そして、反対側はロゼッタの姿。

 なるほど、二人の力だったか……。

「助かったわ。どうなるかと……」

「行きましょう」

 カモミールの笑顔にうなずき、私は一つ息をついたのだった。


 六人は「街」に戻ってから本格的に処置をしたが、ちゃんとした入院が必要な状態だった。

 そこで、隣の人間の街の病院まで運んで入院させ、とりあえずは事なきを得た。

「あー、私もまともな回復魔法使えるようにならなきゃなー」

 仕事が終わったあと、カモミールの家で私はグデっていた。

「お薬の知識がありますよ。そうヘコまないでください」

 カモミールが、「体重が気になる猫用」猫缶を持ってきた……嫌み?

「そりゃそうだけど……薬草なければただの喋る猫じゃん。うー」

 そんな私を、カモミールがそっと抱き上げた。

「いいと思います。ただの猫で。カレン様はカレン様ですから」

 なんじゃい、そりゃ!!

「私など、姫を取ってしまったので、ただの吸血鬼です。猫の方が可愛くていいですよ」

「よくわかんないけど、そうしておくわ……」

 なにか、一生懸命フォローされているのは分かったので、私は引っ込めることにした。

「でも、不思議ですね。街の薬屋さんなのに、街の外でまで皆が頼る。薬師の仕事を遙かに超えても……。生まれる場所が違えば、王族としても立派に立ち振る舞えたでしょう……」

 なぜか、カモミールが楽しそうに言った。

「やめてよ。王族なんて柄じゃないって」

 私は薬師だ。王族は別のヤツがやればいい。

「はぁ、国があれば持って帰ったのですけれど……なんて」

「……持ってくな!!」

 冗談に聞こえん!!

「……人間たちは、全員銀の武器で武装しておりました。国王様と王妃様は……いえ、失礼しました」

 服をせっせと作りながら、ロゼッタがポツリと漏らした。

「もう分かっている事です」

「……」

 笑顔のまま首を横に振るカモミールに、私は何も言えなかった。

 私には多分真似出来ない。これこそ、本物の王族だ。

「カレン様、少しお願いが……」

「ん?」

 いきなり改まってカモミールに言われ、私は一瞬戸惑った。

「今夜、気持ちよく眠れるお薬を下さい」

「お安いご用で。吸血鬼用って作った事ないけど、多分人間くらいで……」

 ラボには適当な薬草がある。軽いのならすぐ作れる。

「いえ、これでいいのです」

 カモミールは私を抱きかかえたままベッドに座ると、そのままボスッと座った。

 そして、私を膝の上に乗せ、どこか遠くを見つめていたのだった。

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