第47話 閑話 ~狸と愉快な仲間たち~

 ……最悪だ。

 あろうことか薬師たるものが、ものの見事に風邪を引いたのである。

「うー……」

 自宅のベッドでゴロゴロしながら、私は一人唸っていた。

 時々細目や三毛が様子を見に来てくれるが、これで二人まで風邪を引かれたら事なので最低限の接触だけに留めていた。

「……たまらん」

 私はフラフラと冷蔵庫まで歩き、中に入っていた猫用の猫印牛乳をがぶ飲みしたが、だからどうというものでもない。

 再びベッドに横になったが、メチャメチャ調子が悪い。今日が定休日なのが、せめてもの救いだった。

「それにしても、なんで寝込んでも白衣なんだろう……」

 そう、私は寝間着の上に白衣を羽織っていたのだ。ここまで来ると、ちょっとアレだ。

「せめて、これ脱ごう……」

 白衣を脱いで畳んだ時、玄関の扉がノックされた。

「また、細目か三毛か……」

 あまり来るなと言っておいたのだが……。

「はいはい……」

 扉を開けると、そこにいたのは……。

「のわぁ!?」

 いつぞやの「狸軍団」だった。

 恐らく、杖姐が姿を変えたのだろうが、三人の狸……罠姉さん、セリカ、カモミールだ。

「全く、風邪なんて情けない」

 罠姉さんの声が聞こえた。

「大丈夫じゃないので大丈夫ですかなんて聞きません。横になっていて下さい」

 これはセリカだ。

「待って下さい。今私の血を……。あっ、この手ではナイフが……」

 間抜けな事を言ったのはカモミールだな。

「みんな、感染しちゃうから、気持ちだけで……」

「そうはいかないよぉ」

「明日、店が開かないと困ります!!」

 さらに細目と三毛が加わったが、集まった所でどうなるわけでもないだろうに。

「やれやれ、お前さんともあろうものが……」

 さらに医師まで加わった。

「カモミール、ちょっと手を出してくれ」

「はい」

 狸一人が動いた。

「ちょっと痛いぞ」

 医師はカモミールから注射器で少しだけ血を抜いた。

「ほれ、ベッドに横になれ」

「え、ええ……」

 私は黙って横になった。

「飲ませばいいんだな?」

「はい」

 なんて言うか、やる事はグロいが医師は私の口の中にカモミールの血液をドバっと垂らした。

 ……あれ?

「うむ、効いてない!!」

 医師が断言した。

「はい、体力が落ちていると効きが鈍いです。それに、多すぎです。ゆっくり治さないと反動が……」

 ……は、反動って!?

「よし、ワシは帰る。あとはよろしく!!」

 なにが「よし」なのか分からないが、医師は颯爽と帰っていった。

「さて、なにか作ろう!!」

「消化器系が弱っている時は……」

 残ったみんなで何か始めてしまったが、なんか知らんが全身が猛烈に熱くて眠い。

「まずいです。効き過ぎでもう反動が出ています!!」

 チラッと私をモニタリングしたカモミール狸が、慌てた様子で叫んだ。

「反動ってどうなるの?」

 罠姉さん狸が聞いた。

「普通は死にますが、幸い不死です。高熱でのたうち回るだけかと……」

「あ、悪化させて……どうする!!」

 全身の力を込めて叫んだが、それが限界だった。

「あーあ……」

 あーあじゃねぇ。罠姉さん!!

「高熱には冷やすのが一番。水風呂!!」

 セリカ、また魂剥がすぞ!!

「栄養ドリンク取ってきます!!」

 三毛が外に走っていったが、意味あるかなぁ。それ。

「みんな落ち着けよ。シロに頼んで、魂剥がして治して貰えばいいじゃん」

 細目の一言で、みんな納得したようだが、嫌な予感しかしない。

「それ、やめた方が……」

 何とか絞り出した私の声は、誰の耳にも届かなかった……。


「これは……」

 呼ばれてやってきたシロは、大変困った顔で固まってしまった。

「どうした?」

 細目が聞いた。

「……やれば先生は二度と肉体に戻れません。というより、魂を粉砕しないと剥がせません!!」

 ……よせ!!

「そっか……」

 みんなが思案に暮れる中、再び玄関の扉がノックされた。

「はいはーい!!」

 私の代わりに罠姉さんが出ると……のわぁ、狸が四人増えた!!

「全く、帰りが遅いと思ったら、何を騒いでいる」

 長剣兄ぃかよ!!

 って事は、他はもう分かった……。

「どれ、見せてみろ」

 杖姐狸が私を覗き込んだ……。

 みんなが見守る中、杖姐は呪文を唱えた。

「アイス・シャワー!!」

 ドスドスドスっと私の周りを囲むように、巨大な氷柱がベッドに突き刺さった。

 ……。

 ヒンヤリキモチイイ。

「熱は冷やすしかない。これでいいだろう。あとは、あんまり動き回るといけない。……バインド!!」

 魔法のロープが私をベッドに括り付けた。

 ここまでやられると、変に癖になるぞ。おい!!

「これでいい、俺たちは撤収する。大事にしろ」

 うん、あんたらがいなかったら大事。

 そして、最後に残ったのは、氷柱に囲まれてベッドに括り付けられた私と、責任を感じたカモミール狸。そして、病人食作りに精を出す罠姉さん狸とセリカ狸だった。

 な、なんだったんだ。今の嵐は……。

「ごめんなさい。一滴とお話したのですが、軽く十ミリリットルは……」

 ……あの藪医者め!!

「カモミールがあや……ダメ……」

 なんか、色んなものが回る。

 こうして、狸……だらけなので、カレンの風邪はなんか違うもののせいで、一晩寝れば治るレベルだったものが、三日間も寝込むハメになったのだった。


「ひ、酷い目に遭った……」

 仕事が終わってカモミールの家に行き、断りもなくポスっとベッドに横たわった私は、誰ともなくそうつぶやいた。

「ごめんなさい。あれが吸血鬼の力なのです。三日で収まったのは、まだ良い方なんです……」

 カモミールが申し訳なさそうに言った。

「……ごめん、もう言わないし思わないから一回だけ言わせてね。さすが『鬼』の力ね」

「はい。こればかりは……私も一回だけ。その『鬼』の力に耐えたカレン様は『バケモノ』です。肉体的には不死ですが、心は違いますので……」

 ……「バケモノ」か。

「まだ尻尾が九つに割れてないわよ。どこの国だったか……」

 思わず苦笑してしまった。

 私の隣に、ボスっとカモミールも飛び込んできた。

「なにか、疲れました……」

「うん、私も……」

 カモミールの言葉に、私は短く返した。

 お互いに何も言わないまま、時間は過ぎていった。

「カレン様?」

「ん?」

 カモミールに声を掛けられ、私は短く返した。

「王族の嗜みで最初から気がついていたのですが、なぜ白衣のポケットに毒薬を?」

「!!」

 今となっては無意味だが、非常事態用に持ち歩いているアレだ。

 今まで、誰にも気がつかれた事がなかったのだが……。

「自害用。いざという時の最終手段ね。今となっては意味がないけれど」

「……今すぐ捨てて下さい」

 カモミールの真剣な声に、私は白衣のポッケをゴソゴソやってカプセルを二つ放り捨てた。

「意味ないしね。捨てたよ」

「薬師は命がけなんですね……」

「いや、こんな事をするのは、多分私くらい……」

 再び落ちる沈黙……眠い。

「眠くなってしまいました。よし、なにか作りますね」

「起きていられる自信ないよ……」

 カモミールは軽く私の背中を撫で、ベッドから下りた。

 私はまだ知らなかった。セリカ宅で非常事態になっている事を……。


「だから、来なくていいって言ったのに!!」

 罠姉さん、セリカに端を発した風邪が蔓延し、六人全員が酷い風邪で寝込んでいた。

「猫風邪は人に感染しないと聞きましたが……」

 カモミールが困り顔でせっせと介抱している。

 私は薬作りで忙しかった。

「普通はね。でも、こうなっちゃったものは、こうなちゃったものよ!!」

 全く、面倒くさい!!

 こうして、一連の風邪騒動は続くのであった……。

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