第46話 日常の猫
ポーレイ王子を王都まで送った一行が、特にトラブルもなく無事に帰還した。
私は心に決めていた事が二つあった。
そのうちの一つを実行に移す事にした。
「……なんの騒ぎだ?」
長剣兄ぃが訝しんだ声で聞いて来た。
その背後では、「街」在住の猫総出で裏の森林から木々をちょっとだけ伐採し、テント群近くに集積していた。
人間よりは力に劣るが、数が集まれば何のそのだ。
「セリカの家を建てるのよ」
「えっ?」
セリカが声を上げた。
「あなたたちもいつまでここに留まるか知らないけど、部屋数はきっちり六つ用意しておくわ。それまで『間借り』すればいい。薬師として、衛生面でテントの長期戦はお勧めしないわ」
長剣兄ぃは小さく笑みを浮かべた。
「お節介なヤツだな……まあ、ありがたく受け取っておこう。さすがに、体に堪えてきたからな。建築までどのくらい掛かる?」
「うーん……、三十秒かな」
「なに?」
長剣兄ぃが聞き返した時、材料が集まった旨を伝える声が聞こえた。
「はーい、ありがとう。みんな、下がっていてね!!」
私は杖を手に取り、精神を集中させた。
カモミールと作った設計図は、すでに頭に入っている。
「おりゃあ!!」
気合いの声と共に、杖から膨大な魔力が放出され、切り出したままだった木々が次々に製材され、街道脇の空き地に家の形に組み上がっていった。
そして、予告通り三十秒後……。
「これは、驚いたな」
杖姐が声を上げた。
そこには、少し大きめのどこにでもある普通の家があった。
「まっ、薬師の嗜みってやつね」
言えた。やっと言えた。言ってみたかった「嗜み」!!
「カレン、たまに凄い……」
セリカのつぶやきは無視して、私は長剣兄ぃに向き直った。
「まっ、中に入って見てよ。一応、生活は出来るようになっているわ」
「あ、ああ……」
珍しく動揺の色を見せる長剣兄いに続き、みんなでぞろぞろ中に入ると……。
「これは、凄いな……」
長剣兄ぃがつぶやいた。
木目を活かした内装は、リビング兼ダイニングと台所、あとは六人分の寝室とお風呂などという至ってシンプルな構成。
メインとなるリビング・ダイニングは、あえて天井をなくして屋根まで吹き抜けにしてみました。
「さて、今日は宴会ね。猫ってさ、何かと騒ぐの好きだから……」
手伝わせておいて、何もなしというわけにはいかない。
今頃、調達屋経由でカモミールが食材の手配に奔走している事だろう。
あれ、こんなにいたっけ? というくらいの猫どもに囲まれ、六人はさすがにビビっている様子だった。
そりゃ「街」が超過密状態になるわけである。拡張計画はあるらしいけどね。
「こ、ここまで、多いと、さすがに猫好きでも……」
「怖い……」
セリカと罠姉さんがつぶやく声を聞いて、私は心に決めた事その二を実行に移す事にした。
「はい、セリカと罠姉さん起立。色々お世話になっているから、ささやかなお礼したくて……」
そして、二人の瞳をジッと見る。
秘技、猫好き殺し!!
「うっ……」
「その目をされると……」
ユルユルと二人は立ち上がった。
「……カモミール!!」
「はい!!」
どこに潜んでいたのか、私の声でカモミールが姿を現し、二人のうなじをトントンと指で触れた。
バチッ!! と電撃に似たような音が響き、カモミールはまた姿を消した。
「痛い!!」
「っつ……何!?」
セリカと罠姉さんが声を上げてうなじをさすり、お互いを見た。
「ぎゃはは、なにそれ!!」
罠姉さんが笑い声を上げた。
セリカの首を取り巻くように、こんな文字がある。
『私有物・触れるべからず カレン・S・コリアンダー』
「いえ、あなたもそれ……」
セリカが指差した先は、罠姉さんの首だった。
『私有物・触れるべからず カレン・S・コリアンダー』
「カモミールを道具に、私を散々弄ってくれたからねぇ。カレンさん、怒らせたね。うん」
一斉にわき起こる猫どもの笑い声。五人衆のメンバーまで吹きだした。
「かーれーん!!」
突撃してきた我姉さんを避けたところを、セリカに捕まった。
「……今すぐ消しなさい」
目がマジでやんの。怖い怖い。
「それ、無理。一生そのまんま。斬ってみる? 私は不死よ」
しばらく私を睨み付けていたセリカだったが、やがて私を放り捨てるとその場にひざまずいたのだった……。
勝った!!
「あの、もうお仕置きはよろしいのでは?」
ここはカモミールの家。心配そうに彼女が言った。
「うんにゃ、まだまだ。今解除したら、何されるか分からないし……」
実は、二人の首の文字は『幻影』の魔法による、単なるハッタリである。
一瞬でかき消せる程度のものだし、もしかしたら杖姐がやっているかもしれないが、いずれにしても、私の方から解除するつもりはない。
そんな話をしていると、タイミング良くドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
カモミールの声に導かれ、中に入って来たのは情けない文字が首に書かれたままの罠姉さんとセリカだった。
「もう許してよ!!」
罠姉さんが泣いた。
「私もお願いします。ごめんなさい……」
私はカモミールと一瞬目を合わせてから、ため息をついた。
「ったく、あんたらは……。カモミール、解いてあげて」
「はい」
カモミールは二人のうなじを再びトントン。すると、文字が消えた。
「……フフフ、掛かったな!!」
「カレン、教育が必要ですね!!」
この馬鹿二人……。
「はぁ、術式さん……」
一発の銃声が場を収めた。
ニコニコ笑顔のカモミールの手には、拳銃が握られていた、
「お二人とも。いい加減になさらないと、カレン様がシャレにならない事をやりそうですよ」
ゴクリと唾を飲み込む二人。
私はニヤッと笑みを送るだけ……。
二人は逃げるように家から出ていった。
「あの、何をされようと?」
カモミールが聞いた。
「術式三百七十七、『魂強制剥離術』。肉体から問答無用で魂を引っぺがすの。死ぬ思いでもさせようかなぁって」
カモミールが苦笑した。
「程々に……」
「いいのよ、このくらいで。どうせ、また懲りずに何かやってくるからさ」
全く、ため息の一つも出ようというものだ。
「やれやれですね。さて、遅めの晩ご飯にしましょう。お疲れさまでした」
カモミールは、相変わらずニコニコ笑顔だった。
……これは。
街道のど真ん中。私の目の前にはひっくり返した竹カゴがある。
その片方がつっかえ棒で開いていて、中には猫缶が置いてある……馬鹿にされたものだ。
「一応、引っかかってあげた方がいいのかしら、これ?」
まあ、今日は休みでやる事もない。余興に付き合ってやってもいいか……。
私はどっこいせと竹カゴの中に入った。
すると……つっかえ棒がカゴに引っかかって取れない。
……グデグデもいいところね。
「やれやれ」
私はつっかえ棒を取ってやった。
パタッとカゴが閉じ、どこかに隠れていたセリカと罠姉さんが出てきた。
「フフフ、やはり猫ですね。この罠は覿面に効くんですよ!!」
……どこの間抜け猫だ。全く。
「さて、どうしようかな。思い切り恥ずかしい事……」
「術式三百七十七!!」
セリカと罠姉さんはパタリと倒れた。
その体の上を、小さな球体が右往左往している。
私はカゴをどけて、外に出た。
「はーい、シロ。馬鹿二名魂離脱。二週間ほど反省させてやって」
私は意思でシロに呼びかけたのだった。
五人衆の力を借りて肉体を家まで運び、そのまま寝室に放り込むと、私は大体の事情を説明した。
「まあ、お前の事だから大丈夫なのだろう。寝かせておけばいいんだな?」
長剣兄ぃに聞かれた。
「いえ、大丈夫ではありません。毎日ケアしないと、三日くらいで取り返しの付かない事に……」
シロが私をチラッと見たが、あえて気がつかないフリをした。
「……それは、お前でも出来るのか?」
長剣兄ぃが私に問いかけてきた。
「一応ね。最悪、シロもいる。まあ、猫は気まぐれだから、飽きたら戻すわよ」
私は手をパタパタ振って答えた。
「分かった、後は任せた。お前がここまでやったということは、よほど腹に据えかねたのだろう」
てっきり怒られるかと思いきや、長剣兄ぃはあっさりと話しを締めくくったのだった。
「えっ、やってしまったのですか?」
その夜、カモミールに話した結果、予想通りの反応だった。
「うん、いい加減キレた」
言うほどキレてはいないのだが、そろそろ私の力を見せておこうと思ったのだ。
はい、立派な暴力です。でもね、誰だって我慢の限界はあるよ?
「もう……。これはやらないと思っていたのですが、カレン様こちらを見て下さい」
「ん?」
見るとカモミールは相変わらずニコニコ笑顔で立っていた。
しかし、その瞳が怪しく赤く光っていた……。
「元に戻してきてください」
「はい」
私はセリカの家に行き、ドアをノックした。
……な、なんだ、体が勝手に!?
「なんだ、狸猫……ん?」
開いたドアの隙間から家の中に入り、私は床にチョークで魔法陣を描いた。
「術式三百七十八、『魂強制接合』」
二人分一発だ。ギャアギャア泣く声を聞きながら、私はカモミール宅に戻った。
「はい、お帰りなさい。つぎは……」
カモミールの家のドアを蹴破るように、セリカと罠姉さんが転がりこんできた。
「あら、みなさん。悪い猫を捕まえたので、これからお仕置きしようかと……」
「だ、ダメ!!」
「か、カレンはまずいです!!」
焦る二人と同様、私も焦っていた。
な、なにが、一体!?
「フフッ、人間は『邪眼』などと呼んでいましたが、私は一睨みで生き物の体を支配する事が出来ます。どうしました、今なら完全無抵抗でやりたい放題ですよ?」
カモミールは私を二人の前に立たせた。
……ま、待て待て待て!!
「い、いや、この上なく本気で怒らせちゃったし……」
罠姉さんがバツが悪そうに言った。
「なによりも、こういう力の使い方を嫌うカレンが、やったくらいですから……」
セリカもどこか及び腰だ。
「それでは、皆さん恨みっこなしで。ああ、カレン様はお休みになった方がいいですね。『邪眼』の拘束を解いたあと二時間は、とても気分が悪いそうなので」
……お仕置きって、それっすか?
私は胸中でため息をついたのだった。
「あー、気持ち悪い……」
私はカモミール宅のベッドでひっくり返っていた。
「フフッ、無茶をしたお仕置きです。まだ、甘いくらいかと……」
「うー……。それにしても、カモミールにこんな能力があるとは」
吸血鬼、その能力はいまだ謎だ。
「一応、『バケモノ』ですからね。このくらいの芸はないと」
笑顔でカモミールは言ったが、笑顔で言う話しではない気がするぞ。
「『バケモノ』って……それを言ったら、『喋る猫』だって、よそに行けば似たようなもんだけどね」
これでも多少は他国を知っている。一般に受け入れられているこの国が珍しい。
「さて、私は帰るかな。今日はラボに籠もる気分でもないし」
「はい、では街まで送ります」
私とカモミールは家を出て、「街」までの数分を歩いて……おいこら、カモミール。どこに行く?
「ちょっと、どこいくの?」
いきなり街道から外れたカモミールの後を追って、私は草むらに突っ込んだ。
カモミールは何も言わずに私の手を取ると、そのままくるりと向き直った。
「何とかに教えを説くではありませんが、霊術は危険なものです。今後、治療以外に使わないと約束して下さい」
じっと私を見る目は赤くはなかったが、とても真剣なものだった。
……これは、何より効くわね。
「分かった。今回はやり過ぎた。これでも反省はしているのよ」
すると、カモミールはニッコリ笑って私を抱き上げた。
「これは、聞き分けてくれたご褒美です」
私と軽く口を合わせ、カモミールは満足そうに街道に戻った。
……ど、どさくさに紛れて!!
こうして、私は「街」へと帰ったのだった。
「うーん……」
夜、店を閉めようとした矢先に駆け込んできた、ベンガルのお兄さん。
激しい腹痛を訴えているし、探査魔法で調べた結果でも……。
「三毛、隣に繋がった?」
カウンターの赤電話に張り付いている三毛は、首を横に振った。
「なにやってんのよ。あのボケ医師は!!」
私の手には余る状況だった。
しかも、一刻を争うような状況である。
すでにシロを呼んであるが、到着する頃には、かなりまずい状況になっているだろう。
「……やるしかないか」
過去に学んだ。手に余る事に手を出すと、双方に取って最悪の結果になると。
しかし、今はやるしかない。見過ごすわけには……。
私は震える手で特殊チョークを取り出すと、ベッド周りの床に小さな魔法陣を描いた。
そして、施術に入る直前で止まった。
成功率二割以下。やるべきではない!!
冷静な自分がすんでのところで止めたのだ。
それから、約一分後だった。隣の医師と連絡がついたのは……。
「馬鹿狸、何やっておる。ぼけっとしてないでサポート!!」
「は、はいよ!!」
慌てて飛び込んできた医師との共同作業により、ベンガルの兄さんは何とか窮地を脱したのだった。
「お前なぁ、気持ちは分かるが……。まあ、無事だったからよしとするが、お前が処置していたら、ほぼ確実に……」
「言われなくても、分かっているわよ」
ここは、隣の屋上だ。
珍しく昼休みに医師に呼ばれたので行ってみたら、こうしてお説教されているわけだ。
全くもって、耳が痛い。
「私は薬師。本分はわきまえているつもりなんだけどね……」
ヘボな医師の尻を蹴り飛ばす。残念ながら、まだその任務は果たせていないけど。
「同時に医師でもある。少し修行したらどうだ。お前なら、そこらの医師よりよっぽど名医になると思うが?」
おや、医師が持ち上げるなんて珍しい。
「買い被りよ、ドクター狸なんて柄じゃない。私は街の薬屋さんよ」
「そのわりには、派手にやっているようだがな。ワシも腰が良くなくてな、弟子を探しているんだ」
おいおい……。
「まさか、私に弟子になれとか言わないよね。このクソ医師!!」
冗談じゃない。なんだってまぁ……。
「わりとマジな話だ。考えておいてくれ」
こうして、昼休憩は終わったのだった。
私は薬師であり、医師ではない。
そりゃ医師免許は持っているが、薬師免許の下敷きくらいの役にしか立っていない。
緊急時を除き、そのスタンスは変えるつもりはない。よし!!
「あの、さっきからなにをブツブツと?」
調剤室の掃除をしていると、三毛が不思議そうに聞いた。
「うん、大した事じゃないわ。隣からリクルートされただけ。ほら、私って医師免許も持ってるから、弟子入りしないかってさ。もちろん、断るけどね」
「ええ、本気で医師になっちゃえばいいじゃないですか。私の心臓を治してもらいましたし……」
三毛が意外だと言わんばかりに言った。
「あれは気まぐれよ。栄養ドリンク作っている方が性に合っているの。さて、とっとと片付けちゃいましょう」
粗方片付いた時だった。
カウンターの赤電話が鳴った。
三毛が素早く受話器を取った。
「……分かりました。すぐ伺います」
受話器を置くと、三毛は私を見た。
「昨日のベンガルさんが急変しました。薬品を持ってすぐに!!」
三毛の言葉を聞き終える頃には、私はおおよそ必要そうな薬品をかき集めていた。
「あとよろしく!!」
すぐさまとなりに駆け込み、僅かばかりの病床エリアへ。
大騒ぎの病室はすぐ分かった。
「まだ店にいる時で良かったわ」
「挨拶は後だ。カミン、アンダモ、アドフェンの在庫が心許ない。そこに置いてくれ」
私は言われた薬品を取り出した。
「今度から、在庫補充は早めに言ってよ!!」
「心得ておく!!」
……こうして、ベンガル兄さんはどうにか持ちこたえたのだった。
ねっ、医師の側に薬師は必要でしょ?
これが、私の日常である。最近、忘れていたけどね。
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