第45話 猫を拾った猫
はい、鈍チンを自認する私ですら怪しいと思っていた教授とサクラだが、めでたくくっつきやがりました。
サクラの飼い主様にいたく気に入られたようで、つけられた名前が「かえで」。
しかし、猫的面倒くささで、皆からは「かえで教授」と呼ばれるようになった。
これは極めて珍しい例である。逆はよくあるけど……。
「かえで教授、今日はいつものストロング?」
私は栄養ドリンクの瓶をガタガタ弄りながら、私は縁台のかえで教授に声を掛けた。
「うむ、ちと疲れていてな、一番いいやつを頼む」
「ええ~、オメガゴールドエクストラ~? 高いよ~……よっと」
滅多に出ないので、棚下の奥の方にしまってある。
その瓶を引っ張り出した瞬間、私は恐るべき物を見た。
Gではない。猫だ。喋らない普通の猫!!
「ちょちょ、猫!?」
だいぶ衰弱しているようでロクに動かないが……って、急げ!!
その猫をそっと引っ張り出してベッドに載せ、私は赤電話でとなりの医師を呼び出したのだった。
「ふむ、これで大丈夫だろう。しかし、『街』に普通の猫が迷い込むなんて……珍しくもないか」
医師の言葉に私は頷いた。おおよそどこにでもいる。それが猫だ。
「しっかし、危なかったわ。なんだって、あんな場所に……」
「薄暗い隅っこの方とか好きだからな。ワシらだってそうだろう?」
……確かに。
「それで、この猫はどうするんだ。見たところ、野良猫のようだが……」
「うーん……セリカにでも相談してみるか」
私はこんな生活サイクルなので、ちょっと厳しいだろう。
「うむ、それがいい。ところで、オメガゴールドエクストラを……」
どこまでもマイペースなかえで教授がつぶやき、私の昼休憩は終わった。
珍しくセリカたちのキャンプをカモミールが訪れ、私が連れてきた猫のお披露目を行った結果、セリカ「以外」全員に懐いた。
「私って……私って……」
思い切り猫に威嚇されまくっているセリカの、高いプライドはズタボロらしい。
まあ、実家で多数の猫を相手に鳴らした彼女だ。これは痛い。
それにしても、猫は人を笑顔にするらしい。
普段、ぶっきらぼうな長剣兄ぃや杖姐まで、優しく笑みを浮かべたほどだ。
「それで、お願いなんだけど、誰かこの猫の面倒を見て欲しいの」
今になって気がついたが、この子クロブチなんだけど、まるでパンダ……。狸がパンダかよ……。
「そうだな……俺たちはこう見えて、持ち回りで王都との連絡業務をしている。誰かというわけにはいかんが、皆でなら可能……いや、ダメだ。次の任務もある。まさか、連れてはいけないだろう」
心の底から残念そうに、長剣兄ぃが言った。
猫好き確定。うん。
「私が面倒を見ましょう。調達のお仕事の時だけ、どなたか面倒を見て下されば……」
みんなの視線が、なぜか私に集中した。
「はいはい、分かったわよ。でも、基本夜しかダメだから、朝は……」
「この地に留まる可能性の高い者となると……セリカ、お前しかいない」
長剣兄ぃが無情の決断を下した。理にはかなっている。
「えっ?」
セリカが声を上げた。
「大丈夫よ。ご飯あげてトイレ掃除しておけば、格好は付くから」
「カレンの意地悪……」
猫好きセリカにとって、これは苦行でしかなかった。
その夜、私とセリカはカモミール宅にいた。
「セリカ、ダメ。欲望のまま突っ込んで行ったら!!」
こんな言葉がある。猫好きほど猫に嫌われる。
要するに、弄りすぎるのである。お前なんか知らんよ~くらいの体でいればいい。
あとは、寄ってくるのを辛抱強く待つしかない。
猫の私が言うのだ。間違いない。
「カレン、それは私に死ねと……」
……まあ、頑張れ。
「ところで、名前を考えたのですが……女の子みたいですし、ラフレシアというのは?」
「うーん、微妙ねぇ」
世界最大の花の名だが、腐った肉の臭いをぶちまけるらしい。
見た事ないから知らんけど。
「カレン様はなにかありますか?」
……。
「『街』式のいい加減なネーミングなら、間違いなく子パンダになるわね」
まだ、ラフレシアの方がいいか。
「……プジョー・スポール。決まり」
そこら中バリバリ引っ掻き傷を作ったセリカが、虚ろな視線で言い放った。
「ちょっと待って。それ何か……」
「男の子っぽいっです!!」
私とカモミールがそれぞれ声を上げたが……。
「決まりったら決まりです。スポールと呼んであげてください!!」
完璧に据わった目で怒鳴るセリカ。
……怖っ!!
「ま、まあ、名前なんてどーでもいいけど。少しは仲良くなれたの?」
セリカに問うと、彼女は撃沈したのだった。
「それでは、お願いしますね」
カモミールは勢いよく馬車を蹴立てて仕事に出かけた。
今日の夜から明日の昼頃まで、彼女はこの家を留守にする。その間は、私とセリカで猫の面倒をみる事になった。
『細目』
『あいよ』
『セリカのサポートよろしく』
意思でのコンタクトで、私は細目と短いやり取りをした。
もちろん三毛の承諾は得ているが、イマイチなセリカの塩梅を勘案して、あらかじめ細目にサポートを頼んでおいたのだ。
朝になればセリカが来るはずだ。
「しっかし、あんたはどっから来たのかねぇ……」
食事も終えて一息、毛繕いをしている猫に話しかけても返答はない。
「本物の猫語忘れちゃったからなぁ。さて、おいで……」
私がベッドに向かって行くと、テテテと付いてきた。
そのまま横になると、猫も丸くなって寝に入った。
「猫の面倒を見る猫か……。なかなかない経験ね」
「……遅いわね」
もう夜は明けて結構な時間なのに、セリカはやってこなかった。
彼女の性格を考えて、逃げたとは思えないのだが……」
すると、ガラゴロと馬車の車輪が転がる音が聞こえてきた。
「お待たせしました。ちょっと、実家まで行っていたもので……」
馬車は私の前で止まり、御者台からセリカが行った。
荷台に満載されていたものは、猫じゃらしなどの猫グッズだった。
「これさえあればバッチリ猫のハートを掴めます!!」
……あっ、猫が家の中に逃げた。
そんな単純じゃないぞ。猫は……。
「では、状況開始。ぎゃあ!!」
ほらね。
『細目……』
『分かってるよ~』
私は二人に全てを押し付け、自分の店に向かったのだった。
「へぇ、セリカってば泣いちゃったんだ」
「はい、申し訳ない事を……」
店を閉めたあと、ラボに行くためにカモミールの家に行った。
そこで、彼女が帰ってきたときの状況を聞くと、セリカが傷だらけで泣いていて、細目が猫をビローンっと抱きかかえて困っていたらしい。
普段セリカにやられている身としては……ざまぁみろ!!
「あの、なにか凶悪な笑顔が浮かんでいますが……?」
……はっ!?
「コホン。ラフレシアでもスポールでもいいや、おいで」
同じ猫同士、そうそうサイズは変わらないが、椅子に座る私の前のテーブル上に飛び乗ると、そのまま箱座りした……ん?
「あれ、このこ首輪してるじゃん。目立たないから、気が付かなかった」
本当によく見ないと分からないが、猫には半透明の首輪が付いていた。
「あっ、本当ですね。なにか、魔法文字が……!?」
私の隣に並んだカモミールが絶句した。
「どした?」
生憎、人間が使う高等魔法文字には詳しくない。
しかし、カモミールは読み解いたようだ。
「この子、猫じゃありません。『変化』の魔法……いえ、ここまでくると『呪い』ですね。それで、何かが猫に姿を変えられているだけです!!」
「なに!?」
私は猫をマジマジと見つめてしまった。
そういえば、ヤケに人なつっこい。セリカを除いて……。
「全員招集だね。これは」
「はい!!」
カモミール宅には、五人衆+セリカ。猫チームの全員が集結した。
「うわぁ、こりゃ厄介だねぇ」
罠姉さんが本領発揮とばかりに首輪を調べ、私はそのサポートに回った。
「どっかに留め具みたいなのが……」
「あるよ」
私は留め具に爪を引っ掛けた状態で、罠姉さんに言った。
「凄い。罠士に向いているかも……。それを外せば、解除出来ると思う」
「了解」
引っ掛けた爪に力を入れ、渾身の力で引っ張ると……。
カチッ……。
ビクともしなかった。固いよこれ!!
「ああ、それだな。叩き斬る……」
長剣兄ぃが剣を抜き、そして鞘に収めた……えっ?
スッと切れた留め具が外れ、引っ張る私の力で首輪がスルスルと外れた。
一歩間違ったら、猫や私の手まで……いいや。うん。考えない考えない。
「さてと……」
猫が光りに包まれ、その正体が露わになった。
人間だった。明らかに、上流階級っぽい服を着ている。
「ふぅ……ありがとうございます。私は……」
「アリハム王国のポーレイ王子?」
どうやら知人らしい。カモミールが声を裏返らせた。
「カモミール王女、お久しぶりです」
そして、ポーレイ王子とやらは私たちを見渡し……。
「何とお礼を述べて良いか……」
「構わん。それより、事情を説明してくれ」
長剣兄ぃが静かに言ったのだった。
アリハム王国は、お隣の大陸にある大国だ。
ポーレイはそこの第一王子。すなわち、次期国王だったのだが……。
「弟にハメられてこの様です。なんとかこの国に逃げ、噂に聞く猫の街に逃げ込んだものの、どうしてよいか分からず、餓死寸前のところを助けて頂いたのです」
ポーレイ王子の表情は暗かった。
「礼ならかえで教授に言ってあげて。普段、あんな所見ないから」
全く、危機一髪だった。
「ううう、王子ならなんで私の事を引っ掻きまくったんですか……」
セリカがポーレイ王子を睨みながら言った。
「あなたは欲望が強すぎます。あれでは、人も動物も逃げていまいますよ」
ポーレイ王子は苦笑した。
「はぐっ!?」
セリカは倒れた。安心しな。シロも来てるし、死んだら蘇生するから。
「さて、この馬鹿はどうでもいいとしてだ。これからどうするんだ?」
長剣兄ぃが話しを先に進めた。
「そうですね……まずは、この国に亡命を求めます。弟の側には、怪しい者が付いています。このまま帰国すれば、今度はどうなるか分かりません」
「賢明な判断だ。ならば王都だな。みんな、明日には出発だ」
五人衆が声を上げた。
「あっ、私も……」
訂正。プラス、セリカで六人だ。
「えっ、皆さん!?」
ポーレイ王子が声を上げた。
「どこに誰が潜んでいるとも限らん。王都まで送ろう。それから先は、お前がやれ」
「あ、ありがとうございます!!」
翌日、二台の馬車は明け方に出発していった。
それを見送り、私は店を開ける時間までカモミールの家で過ごす事にした。
「それにしても、こういう事態になるとは思わなかったです」
カモミールがニコニコしながらいった。
「私だってそうよ。久々に普通の猫を見たらこれだもん」
思わず苦笑してしまった。
意外かもしれないが、「街」周辺にはあまり普通の猫がいない。珍しいのだ。
「フフッ、なんだか猫が欲しくなってしまいました」
カモミールが、なんとなく名残惜しそうにいった。
「あれま。紹介しようか。細目とか?」
私が冗談で返すと、カモミールは笑顔で受け流した。
「さて、ちょっと休むかな。まだ早いし……」
ちょっと眠い私は、地下のラボに向かおうとした。
さすがにベッドは持ち込んでいないが、仮眠場所くらいならある。
「あっ、それでしたらベッドをお使い下さい。あの木箱の上では、キツいでしょう」
カモミールには、一応ラボの中身を見せてある。
入り口付近に積んだ木箱の上。そこが仮眠場だ。
「いいの? カモミールだって休むでしょ」
「はい。ですが、今さらです」
……まあ、確かに。
「じゃあ、お先に……」
布団の中ではなく上、それが猫の流儀だ。
箱座りでゴロゴロ言っていると、寝間着に着替えたカモミールがベッドに滑り込んできた。
「なにか、気の利いたイタズラをしようかと思っていたのですが……」
「黙って寝なさい」
……ったく、もう。
「……カレン様。私の首輪の名前の場所、手でなぞってもらえますか?」
「嫌な予感しかしないから嫌!!」
絶対、ロクな目に遭わない!!
「そうですか。やはり、このままでいろと言うことですね。分かりました」
……なぬ!?
私は飛び起きた。
「ちょっと、それどういう事!?」
「主にのみ与えられた権限です。物理的に外す手段は潰してしまいましたが、魔法的にはまだ外せます。王子の首輪の一件を見て、お話しておこうと思いまして……」
「よっしゃ、いくらでもなぞってやる!!」
カモミールの言葉を最後まで聞かず、私は名前をなぞった。
瞬間、首輪が淡い光りを放ち始めた……あれ?
「……右からなぞるとロック。左からなぞると解除。そう言いたかったのですが……ロックしてしまいましたね。これで、もう完璧にはずせません!!」
……注意一秒怪我一生。人の話は聞くもんだっと……やっちまった!!
「な、なんて事を……」
私はばったりとベッドに倒れ込んでしまった。
「フフ、今さらです」
……フフ、じゃない!!
「た、ただの輪っかじゃない。なにさ!!」
何に怒っているんだろう。私。
「はい、ただの輪っかです。カレン様は気にしなくていいのです」
……。
「無茶言いおる。全く……」
カチッ……。
「へっ?」
カモミールの首から輪っかが落ちた。
「えっ?」
これは、本人も知らなかったしい。
キョトンとした表情を浮かべた。
「……聞いていた話しと違います!!」
お、怒るな。カモミールよ。
「いや、待った。もっと悪い。鏡を見てきなさい!!」
カモミールはベッドから飛び出し、ニコニコ笑顔で帰ってきた。
その首元には、入れ墨のように文字が浮かんでいた。
『私有物・触れるべからず カレン・S・コリアンダー』
あーあ……。
「昇格ですね」
「降格だ!!」
私は今度こそ本当にベッドに倒れた。
ほら、ロクなことにならなかった!!
「……ただの文字です。ただの文字。特に何の効果もあるわけではないので」
私の様子を見て敏感に悟ったか、カモミールが言った。
「うん、視覚効果以外はね」
私はヨロヨロとベッドに起き上がると、そのまま腰掛けた。
「はぁ、こんな事なら私がカモミールに飼われた方がマシよ。苦手なのに……」
「……そうします?」
優しい声が聞こえ、カタッと何かの音がした。
背後に気配を感じ、首の辺りに大嫌いなアイツの感触……でも、抵抗する気はなかった。
「フフ、なんちゃって」
「えっ?」
首から感触が消えた。
「私の魔法構成は、全て主従関係で成り立っています。それを壊してしまうと、魔法が暴走してどうなってしまうか分かりません」
「……怖い事言うわね」
私はともかく、みんなにも影響が出る。迂闊な事は出来ない。
「はい、そんなわけで、カレン様はカレン様なのです」
「うぐっ……意地悪」
こいつはセリカ以上かもしれん。
そんな事を思った私だった。
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