第44話 しつこいアイツな猫
私とポルン元大佐を乗せた高速馬車は、いずこかへ向かって走っていた。
「全く、狭いわね。乗り心地の改善を要求するわ」
私は猫用キャリーケースに押し込まれ、馬車の椅子の上に載せられていた。
「申し訳ありません。一番大きいものを用意したのですが」
向かいの席に座るポルン元大佐は、余裕の笑みを返してきた。
「フン……」
『ちょっと、みんな何やっているのよ!!』
もう一回。意識で呼びかけてみた。
『どうされました? なにか、街道を猛スピードで移動中のようですが……』
カモミールだった。
『ポルン元大佐にとっ捕まって、現在進行形でさらわれ中!!』
『えっ!?』
『ポルンだと? アイツは終身刑のはずだが……』
長剣兄ぃが割り込んで来た。
『脱獄したんだってさ。今目の前にいるんだから、多分嘘じゃない』
『なるほど、これから追跡を開始する。準備に一時間は掛かるな。なぜもっと早く言わん』
『言ったよ!!』
疲れたので、私は会話をやめた。この意思による会話、めっちゃ疲れる……。
「それにしても、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? なにさせるのよ……」
他に話題もないもないので、私はポルン元大佐に振った。
「いえ、なにもして頂かなくて結構なんです。強いて言うなら、お金になって頂くくらいですかね。何かと物入りでして……。あなたほどの猫なら、相当な高値が付くはずです」
……最悪だ。
「無論、通常のオークションには出しません。こういうことを専門とするブローカーには、すでに話しがついています。あとは詰めの交渉と引き渡しだけです」
……。
馬車はいずここかへ向かう……。
『そこは、陸軍第三八研究所だ。ポルンの息が掛かった一種の城だ』
長剣兄ぃの言葉が告げた通り、そこはいかにも研究所という感じだった。
「さて、面倒な連中が来る前に、取引を済ませてしまいましょうか。すでにバイヤーはお待ちです」
ポルン元大佐は私が入ったキャリーケースをぶら下げ、馬車から足早に建物に入った。
てっきり、地下の密室ででもやるのかと思いきや、入ってすぐのロビー的な所のソファにいた黒スーツ二名の所に向かった。
ポルン元大佐はその二人に異国語で話しかけ、私の売買交渉がスタートした。
体感的には三十分くらいだろうか。男の一人とポルン元大佐がガッチリ握手した。
交渉成立らしい。いくらついたんだか……。
もう一人の男が小切手をポルン元大佐に手渡し、引き替えにポルン元大佐がキャリーケースを手渡したとき、建物を揺るがす大爆発が外で発生した。
「な、なんですか!?」
ポルン元大佐と男二人が慌てる中、建物の中に入って来たのは長剣兄ぃだった。
「商談中悪いな。その猫を買い取ろう……」
その後、二人の男に近寄った長剣兄ぃは、異国語で何やら交渉を始め、金額は見えないが小切手を提示し……固く握手を交わした。
「えええええ!?」
ポルン元大佐が声を上げた。
「なにか不思議な事があるか。相手は売るためにお前から買い取った。俺はお前の二十倍提示した。それだけだ」
「に、二十倍!?」
いくらか知らんが、相当額だな。これは……。
「それより、我が身を心配したらどうだ。さすがに、今度は終身刑では済まないぞ?」
長剣兄ぃが言うが早く、ポルン元大佐を五人衆+セリカが取り囲んだ。
どこにいるのか来ていないのか、カモミールの姿は見えない。
「フン、お前たちに……」
「おっと、動かない方がいい。上を見ろ」
ケースからでは見えないが、一発拳銃の発射音が聞こえ、ポルン元大佐の足下で爆ぜた。
こんなオモチャを使うのは、カモミールしかいない。
どこにいるんだか……。
「お、お前たち、なにかパワーアップしていませんか!?」
冷や汗ダラダラでポルン元大佐が声を上げた。
「ねぇ、いい加減ここから出して。さすがに飽きた」
私は長剣兄ぃに言った。
「ダメだ。ここから先は、お前が嫌う行為になる。見ないでおけ」
キャリーケースの出入り口をひっくり返し、長剣兄ぃは床に置いた。
はぁ。そう言われたら、よけい放ってけないじゃない。
「……術式、12!!」
通称『麻酔』。バタと人が倒れる音が聞こえた。
「おい、狸猫。何かやったな?」
長剣兄ぃの声が聞こえた。
「ポルンちゃんに、ちょっとおねんねしてもらっただけよ。国軍でもなんでも呼んで、回収してもらったら?」
「もう呼んである。しかし、分からんな。結果は同じだぞ」
長剣兄ぃが剣を収める音が聞こえた。
「あんたらが手を下す必要はない。ただそれだけよ。あとは知った事じゃないわ」
国軍の回収部隊が来たのは、それから六時間後だった。
なぜ最初から使わなかったって、それは、目的が分からないと対処のしようがないから。
延々と追いかけっこはご免である。
この事件後、私は一人で行動する事を許されなくなってしまった。
「街」の中では概ね細目が張り付き、外では罠姉さん、セリカ、カモミールのいずれが付き沿うという感じである。
しかし、混んだ店内でガードマンよろしく立っている細目というのも……邪魔だ。
実際、奥さんの三毛に蹴飛ばされたりしているが、それでもめげない偉い子ではあった。
「さて、今日も終りね」
いつも通り、戦場のような慌ただしい仕事を終え、私と三毛はダラダラと片付けをやっていた。
「適当なところでいいよ。あとはやっておくから。細目も帰りな」
細目・三毛宅はここのすぐ上だ。私の家より、通勤距離が近いのはムカつく。
「そうは、いきません」
「また狸が何かに巻き込まれたら、セリカに殺されちゃうよぉ」
三毛と細目がそれぞれ言った。
……否定出来ない自分が悲しい。
「じゃあ、うちで飲んでく? 無理にとは言わないけどさ」
たまにはいいだろうと誘ってみた。
「いいですね」
「へぇ、珍しいねぇ」
はい、珍しいですよ、細目。たまにはそんな気分の日だってある」
「じゃあ、チャッチャと片付けちゃうから!!」
こうして片付けを終え、徒歩数分の自宅に戻って扉を開けると……『それ』はいた。
部屋中を埋め尽くす勢いで発光する巨大球体……馬鹿みたいに歪んだ魂だ!!
「シロ、一式持って私の家に急行!!」
声に出す必要はないのだが、私は意識でシロに呼びかけていた。
『は、はい!!』
ただならぬ事態と察したのだろう。シロは短く返してきた。
「な、なんだよあれ!?」
「魂よ。相当な恨みをもったね。三毛も最悪ああなっていたかもしれない……」
「ええっ!?」
三毛が絶句した。
「とにかく待避。あれはヤバい!!」
遅かった。魂から発射されたトゲのようなものが、容赦なく私を貫いた。
「痛ったいわね……」
吹っ飛ばされそうになりながらも何とか堪え、私は球体を睨んだ。
もし、不死の体になっていなければ即死だっただろう。
「おかげで誰だか分かった。ポルン元大佐……いや、元人間か。極刑で処刑されてこうなったみたい……」
今の一撃で大体素性が読み取れた。どこまでもしつこい……。
さすがの狸さんも、これは本気になっちゃうよ。
「うげ、アイツかよぉ……」
細目が嫌そうな顔をしたが、私だって嫌だ。
「お待たせしました!!」
そこに、道具を担いだシロが到着した。
「目標はアレ。ぶっ壊すよ!!」
「はい!!」
シロは何をとは聞かない。見れば分かるからだ。
「さて、どの術式で行く?」
「……大きすぎます。二四、三六、八、九二、七八、一二五の順で」
……細かい説明は省くが、非常に高度な方法だ。
ざっくり言うと、一気に粉々にするのではなく、端からガリガリ削っていくような感じだ。
「分かった。細目と三毛は下がっていて。危ないから」
三毛が準備に入ると、さっそくトゲが飛んで来た。
それを体で受け止める私。今回の私は、ひたすら三毛を守る事が第一目標だ。
ここまで高度になると、魂の専門家である蘇生士のシロしか出来ない。
「ほい、この、痛ぇ!!」
バリバリ飛んでくるトゲをひたすら体で受けつつ、シロが魂を削っていく様子を見守る。しかし、痛い……。
そして、最後に残った握り拳大の魂が霧散した時、全ての作業が完了した。
「先生!!」
思わず玄関にぶっ倒れた私を、シロが介抱してくれた。
「なーに、大丈夫。ほら、不死身だから……」
そんなシロに、私は小さく笑みを送ったのだった。
ポルン元大佐の魂の消失。これをもって、私はあの爆弾事件に端を発する面倒事から解放されたのだった。多分ね。
「そんな事が……」
カモミールが絶句した。
「希にあるんだけどねぇ。久々だわ」
ここはカモミールの家。
私の家での顛末を話したところ、予想通り彼女は言葉を失った。
「暢気に話している場合ではないかと……」
カモミールが心配そうに言った。
「大丈夫、徹底的にぶっ壊したから。もう、この世界にはいないわよ」
やったのは、シロだけどね……。
「そうですか……。それにしても、しつこい人でしたね」
嫌悪感も露わにカモミールが言った。
「うん、そういうのに好かれる傾向が……」
言って気がついたが、カモミールも結構アレだぞ。言わないけどさ。
「なにはともあれ、無事で良かったです」
カモミールはいつもの笑みを寄越した。
「あっ、そういえば、この家の地下って空いていたわよね?」
「はい」
カモミールは不思議そうに答えてきた。
「ちょっとラボとして借りたいの。店じゃ出来ないし、自宅でやるスペースないし……」
そう、私とてこれでも薬師の端くれ。
以前から思っていたのだが、ちょっとした研究スペースが欲しかったのだ。
三毛に貸した後に、あそこをそうすればよかったと思った辺り、いかにも私らしいが……。
「はい、構わないですよ。どんどん使って下さい」
カモミールは笑顔で答えてきた。
「賃料は、そうねぇ……」
「賃料なんてそんな。普段お世話になっていますから」
カモミールが慌てた様子で言った。
「ダメダメ。こういうのはしっかりしないと」
私が提示した額はそれなりだったのだが……。
「ダメです。受け取りません!!」
うぉ……。
「いや、だから……」
「嫌です!!」
この日、私はカモミールの屈強な頑固さを知った。
そして、私もわりと頑固なため……すったもんだした挙げ句、押し負けた……。
恐るべし、吸血鬼……。
薬学・薬草学の研究機材はそれなりの値段がする。
よって、ほとんど中古で集めたが、まあ何とかなるだろう。
それほどガッツリというわけでもないが、店が終わればラボに籠もって少し研究。休みの日は半日くらい籠もるという生活に変わった。
ちゃんと自宅には帰っているので、ご心配なく。
そんなある日、カモミールに誘われた。
「あの、今日時間はありますか?」
「うん、もうちょっとで風邪の特効薬が出来そうなんだけど、ちょうど頭を冷やしたかったし……どうしたの?」
風邪の特効薬。馬鹿にしてはいけない。誰も成功していない未知の領域だ。
ってまあ、それはともかく。なんだ?
「ちょっと出かけませんか?」
カモミールの笑顔には勝てない。
「うん、分かった。どこまで?」
「はい、猫の街の裏山などどうでしょうか?」
……裏山。山? っていうくらい低い。ぶらつくにはちょうどいい感じだ。
「いいね。行こうか」
こうして、私たちは裏山に向けて出発したのだった。
……ほらね。低山でしょ?
出発して二時間も経たないうちに、私たちは山頂に到達していた。
これですら、「街」の猫どもは面倒くさがって登らない。だから、運動不足になるのよね……。
「ふぅ、少しスッキリしました」
カモミールが遠くを見ながらつぶやいた。
「何かあったの?」
なんとなく毛繕いしながら聞くと、カモミールはうなずいた。
「昨日、仕事で少し失敗してしまって。調達屋さんからは、大した事ないから気にするなと言われたのですが、失敗は失敗ですから……」
……真面目ねぇ。
「雇い主が気にするなって言うなら、気にする事ないと思うけどな。私くらいのクソ薬師くらいでちょうどいいって」
反省はするぞ。念のため。
「カレン様は立派ですよ……」
カモミールは私をヒョイと抱え上げた。
「抱き猫」の本領発揮だ。デカいけどさ。
「あのさ、そろそろ『様』取ってくれないかな。むず痒い……」
「嫌です!!」
……出た。
「……分かった。不毛だからやめておく」
そのまま沈黙が落ち、カモミールが口を開いた。
「最近、寝られなくて……」
「軽い眠剤作ろうか?」
「い、いえ、そうではなく……」
困り顔のカモミール。
薬師にそういうことを言ったらこうなる。
「……どうしても思い出してしまうのです。国が襲われた日を」
「まあ、忘れられないか……」
当然だろうね。やっぱり。
「はい、不思議と悲しみとか憎しみは湧いて来ないのですが、虚しさのようなものがこみ上げてくるのです」
……。
「考えるなとも思い出すなとも言わないよ。でも、乗り越えなきゃね」
「はい」
私に言える事なんてない。これは……。
「でも……寝られないのは問題ね。やっぱり眠剤……いや、アレか?」
「い、いえ、大丈夫です……」
カモミールは強く私を抱きしめた。痛いけど我慢。
「これで十分です」
……。
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