第43話 冒険の猫(後編)
隊列紹介の時に言い忘れたが、医師は私の背中にへばり付くようにして同行している。
「ふむ、普通の地下都市に見えるがな……」
医師がポツリと漏らした。
「いや、地下に都市がある段階で普通じゃないから……」
こんな場所まで白衣な私は、いつもの癖でポッケに手を突っ込んだ。
そう、目の前に広がる光景は、地下にある以外はどこかの大きな都市のようだった。
高度な魔法技術が使われているようで、建物などの壁がほのかに発光し、闇の中でもはっきりとその様子が分かった。
「ふむ、興味深いな……」
いつ登ってきたのか、長剣兄ぃが隣にいた。他の全員も揃っている。問題はない。
「気を付けて下さい。強烈な魔力を感じます。それも、かなり歪んだ……」
カモミールが声を低くしていった。
私は白衣の襟元を正し、罠姉さんと一緒に第一歩を踏み出したのだった。
「……ふぅ、行ったか」
斧兄ぃが息をついた。
複雑に入り組んだ都市内は、魔法生物たちのパラダイスだった。
罠こそないが、回避するのが面倒で仕方ない。
しかし、私の主義がどうこう以前に、リスクを犯して戦うことは、極力避けたかった。
「そろそろ小休止しましょうか」
適当な路地に皆で集まり、私と医師は全員の体調チェック……異常なし。
それから、カモミールに担いでもらっている荷物の中から、全員に体力回復のポーションを配った。味はともかく、効果はそれなりにあるはずだ。
「しかし、なんだここは。比較的新しそうだが……」
長剣兄ぃがポツリと漏らした。
「新しくないよ。『保存』の魔法が凄いだけ。例えば、そこの看板。普通に古代文字で書かれている。少なくても数千年前だよ」
罠姉さんの指差した先には、まるでミミズがのたくったような文字が書かれた看板があった。
「読めるの?」
罠姉さんは首を横に振った。
「読めないけど、形で大体分かる。罠士の嗜みってヤツかな」
罠姉さんは笑った。
……また出たよ。みんな嗜み倒してるな。
「ちょっと昔過ぎて、私も読めないです。ごめんなさい」
カモミールが申し訳なさそうにいった。
恐らく……いや、確実にこの中で一番長生きの彼女が読めないのなら、誰も読めないだろう。
「さぁ、行こうか。さっさと調査を終わらせよう」
長剣兄ぃの言葉に、反論するものはいなかった。
魔法生物こそ多かったが罠はなく、都市の見取り図は何とか完成した。
「さて、撤収だ」
長剣兄ぃが言った時だった。
背筋にざらつく感触がして振り向くと……。
「リッチだって!?」
空中に浮かぶ禍々しい巨大ドクロとその骨の体。
手には巨大な鎌を持った子供が見たら泣くレベルの巨大インパクト。
間違いない、行き場をなくした魂が拗れて出来た巨大な魔物。それがこいつだ。
「総員、戦闘配置!!」
こいつは生き物の魂を感知する。
姿消しの結界も意味を成さない。戦闘回避も不可能だ。
私は思わず叫んでいた。
「リッチには剣も通常の魔法も効きません。不死身の私が壁になります。皆さん逃げて下さい!!」
次いでカモミールが叫んだ。
あっ、そうだった……。
「全員待避。鎌に気を付けて、魂を破壊されるわよ!!」
「待避だ!!」
なにも言わず、長剣兄ぃが指示を飛ばし、皆が一斉に逃げていった。
「カモミール、不死身がここにもう一個いる。やるわよ……」
言った時、リッチと目が合った。
そして、鎌が私目がけて振り下ろされた。
「!!」
なんの衝撃も痛みもない。ざわつくような不快な感覚が全身を駆け抜けたが……それだけだった。
「フフッ、猫は九つの魂があるってね……」
今までなら、私はお陀仏だった。
改めて、本当に不死身になったのだなと思った。
「カモミール、適当に気を引いて。私が叩く!!」
「……はい!!」
一瞬、心配そうな表情を浮かべた彼女だったが、すぐに杖を出して光弾を撃ち始めた。
私はその彼女の背中に括り付けてあった杖を素早く引っこ抜き、魔法医なら誰でも知っている「儀式」を始めた。
随分とご機嫌斜めだが、相手が魂である事に変わりはない。ならば……。
「術式、125!!」
真命線切断後の魂破壊術である。ここまでやって「死後処理」は完璧なものとなる。真命線切断だけだと、たまにこういうバケモノを生みだしてしまうのだ。
私が杖でトンと石畳を叩くと、リッチの体が淡い光りに包まれた。
そして、爆発するように四散した……。
「はい、お疲れさん」
カモミールに声を掛けると、彼女はここに潜って初めて笑顔を見せた。
「歪んだ魔力は消えました。お疲れさまでした」
そこに、皆が集まってきた。
「ご苦労。そして、お前。何か言うことがあるだろう……」
長剣兄ぃは、私を指差したのだった。
「……ってわけ。私だって、長生きしたいのよ。猫の寿命知ってる?」
もはや、回避不能だった。
私はカモミールの魔法で、不死の体になった事を話した。
但し、嘘をついた。私の希望で無理矢理そうさせたと……。
「か、カレン様!?」
カモミールが声を上げるのと、セリカが私を引っぱたいたのは同時だった。
「お前……医師免許と薬師免許をすぐに破り捨てろ。ここまで馬鹿とは……」
ついで医師が額に右手を当てながら、追い打ちを掛けてきた。
「言われなくてもそうする。もう、私に命をやり取りする資格はないわ」
私は医師に返した。
「……あの、みなさ」
「カレン……正直、見損ないました。化け猫には興味がありません。もう、いいです」
「同感」
セリカと罠姉さんが私から離れた。予想通りだ。
「ですから、話を……」
「分かった。国王には報告させてもらう。何らかのアクションはあるだろうが、覚悟……」
一発の銃声が響いた。
皆の体がピクッと動き、沈黙が訪れた。
「脅かしてすまんな。落ち着いて話しを聞いて欲しいのだが……」
カモミールは口調を変え、散々言われて引っぱたかれた私の嘘を修正した。
「……というわけだ。全て私が悪い」
どちらかがどちらかをかばっている。
皆の顔には、明らかにそう書かれていた。
私が次に取る手は一つだった。
「カシミール、かばう必要はないわよ。じゃあね、みんな」
私は姿消しの香油をかぶり、一歩先に「街」へ帰ったのだった。
……いや、帰るはずだった。
「なるほど、カモミールが正解だな。間違えてポーションをかぶるくらい、動揺している……」
……あれ?
「なんじゃい、驚いた。ただの『事故』なら仕方ないな」
医師の声などどうでもいい。
私は手にある瓶をみた。ポーションだった。
ば、馬鹿な。薬師が薬を間違えるなんて!?
「あーあ。セリカ、どうする? 引っぱたいた上に化け猫だって……」
「あ、あなただって、同感って!!」
罠姉さんとセリカの小競り合いはどうでもいい。
「な、なんで、みんな急に態度を……」
私は誰ともなく聞いた。
事情はどうあれ事実は変わらないのに……。
「お前が馬鹿じゃなくてホッとしたのだろう。今回は不幸な『魔法事故』だ。そうだろう、カモミール?」
「い、いや、私は狙って……」
「事故だ。そこの狸猫に免じてそうしてやれ。いちいち国王に報告するまでもないな。面倒だ。皆もそれでいいだろう?」
「異議なし!!」
皆の声が揃った。
……。
洞窟を出たところに張ったテントまで戻った私たちは、体力回復のために一晩明かす事になった。
食事も終わり、自由時間的な状態になると、地面に座ってぼへーっと空を眺めていた私の元に、ワイワイ喋りながらセリカ、罠姉さん、カモミールがやってきた。
「あっ、いたいた。間抜け」
罠姉さんの声に、私はちょっと傷ついた。
「全くです。いい格好しようとして外すなんて、カレンっぽいですが」
続くセリカの声に、私は深く傷ついた。
「なによ、みんなして笑いにきたわけ?」
ちょうど車座に座った二人を睨み付け、私は全身の毛を逆立てた。
「まぁまぁ、落ち着いて。こういうことで、嘘はいかんぞ?」
「……」
罠姉さんの言葉に、私は思わず俯いてしまった。
「カレン、私たちを信じなさすぎです。カモミールをボコボコに叩くとでも思ったのでしょうけれど……」
「……」
言い返せない。
「まっ、正直、やり過ぎだよ~とは思ったけどさ。一応、友達だし、悪いようにはしないって。私たち国王とか嫌いだし」
……おいおい。罠姉さん!!
「なにやってるんだ、私は……」
やっと声が出た。
「うん、だから間抜け」
「フシャア!!」
思わず威嚇声が出てしまった。失礼。
「まあ、そのくらいにして下さい。泣いちゃいますから」
ここでカモミールが割って入った。
「泣いているカレンも可愛いんですよね。フフフ」
お前は黙ってろ。セリカ!!
「ところでさ、なんでいつも白衣なの?」
罠姉さんがいきなり聞いてきた。
「いや、仕事着だし……。なんだかんだで落ち着くのよね」
別に深い意味はない。
「女の子なんだから、ピンクとか……」
「却下。白衣は白だからいいの!!」
罠姉さんの言葉に即座に反応した。
ここは拘りだ。色々と色があるが、白以外は邪道だ。
「ふーん……」
それきり興味をなくしたようで、罠姉さんは地面に横になった。
「そういえば、カレンってカモミールとお付き合いしているようですね」
「ブッ!!」
私は思わず吹いた。
「ど、どうしてそれを……」
「私がお話しました」
カモミールがニコニコ笑顔で言った。
言うな!!
「全く懲りずに。カレンに恋愛は……」
「うるさ……分かっている。ってか、そういうセリカはどうなのよ!!」
「あぐっ!?」
私の言葉は、セリカの心を抉ったようだ。
「あら、刺し違えてしまったようですね」
カモミールののどかな声は、傷ついた心に……なんの効果もなかった。
翌日、私たちは「街」に戻った。
ちなみに、新婚ほやほやの細目・三毛は、私が貸している馬車小屋上の部屋に移り住んでいた。
細目の家だったアパートがあまりにも狭すぎたため、ちょうどいいということでそうなったらしい。
無論、家賃値上げ……なんて意地悪はしていない。破格の住処だろう。
さて、今日は薬草採取の日である。
調達屋のお姉さんに頼むまでもない薬草は、裏門を出てすぐの森で集めているのだ。
相変わらずぶっ壊れたままの門を馬車で抜け、森に入ると早速採取の開始である。
猫的いい加減さで、ポンポン馬車に薬草を放り込んでいくと、妙な気配が……五。
採取をやめ白衣のポッケに両手を突っ込んだ瞬間、五人の覆面猫が樹上からロープで、なんかジタバタ下りてきた。
うん、猫は下り苦手だからね……。
「はいはい、ご苦労さん」
私を取り囲んだ五人に、余裕で声を掛けた。
その手には短刀があるが、今の私はそんなもの怖くない。
「いやーお待たせしました。脱獄に手間取ってしまいまして」
正面から歩いてきたのは、見覚えのある顔だった」
「ポルン大佐?」
そう、あの爆弾事件の首謀者だった。しぶとい……
「『元』大佐です。軍はクビになってしまいましたからね」
「なに、また爆弾でも作らせようっての?」
『至急、街裏の森!!』
余裕たっぷりに答えつつ、私は意識で全員に非常呼集をかけた。
「そんなことさせませんよ。少しお付き合い願いませんかねぇ」
「あなたとデートねぇ、気が進まないけど……」
……なにやってるのよ、遅い!!
「まあ、そうおっしゃらず。馬車を用意しています」
私は小さく息をついた。
「はいはい、お付き合いしますよ」
……あとになって気がついたが、意識による通話は「誰に」を念じなければならなかった。
それがすっぽり抜けていたため、私の呼集は誰にも届いていなかったのであった。
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