第41話 吸血姫に転がされる猫

「このぉぉぉ!!」

 ベッドに座ったカモミールの首に巻き付いた憎いアイツに両手をかけ、精一杯引っ張っても千切れる様子もない。

 ハサミ(猫用)、金槌とノミ(猫用)、ペンチ(猫用)、ニッパー(以下略)、ノコギリ……ヤケクソで『バールのようなもの』でこじってみたりしたが、道具が先に壊れた。

 なんなんだ、これ!?

「聞いた話しによると、芯にアダマンタイトを使っているみたいです。どうしましょうか?」

 すっげぇ楽しそうに言うカモミールの前に、私はガックリ膝を突いた。

 ……アダマンタイトとは、実在する最強の金属とも言われ、加工は難しいが最強の生物であるドラゴンすらボコれる武器となるほどの逸品だ。

 そんなもの相手に、『バールのようなもの』じゃ刃が立たない。

「ちなみに、接合部は魔法で潰してありますので、もう外せません」

 追い打ちかけるな!!

「ね、ねぇ、なんでこんなバカな事をしたの?」

 私はカモミールの目をジッと見て聞いた。

「……自分でも分かりません。気がついたら話に乗っていたとしか」

「あ、あのね……」

 聞いた私がバカだった。

「そんなに嫌ですか?」

「うん、泣きそうなくらい。ってか、泣いてる……」

 私はカモミールにそっと抱きかかえられた。

「あなたは私の所有物じゃない。対等の友人でいたいのに…;…」

「ならば、そのように接して下さい。これは私の我が儘なのです。私は居場所が出来たようで安心できます」

「……変な人」

「よく言われます」

 ダメだ。どうしても理解出来ない。

 これは、私が野良猫ゆえか?

「乗る方も乗る方だけど、乗せる方も乗せる方ね。あの二人とは、当分口聞いてやらない!!」

 狸さん怒ると怖いよ。本当に。

「あのお二人を悪く思わないで下さい。カレン様を傷つけてしまった事は、本当にごめんなさい……」

 優しく私の背を撫でながら、カモミールが言った。

「謝って済む話しじゃないでしょうに……」

 ブー垂れてみたが、撫でられているうちに不思議と落ち着いて来た。

 これが王族の空気なのか、はたまた猫好きの手腕か……なにか、いいように転がされている気がする。

「まだ、自分が首輪される方がいいよ。蕁麻疹出るくらい嫌いだけど…;…;」


 最低限、有言実行の私である。

 セリカと罠姉さんを徹底的に無視しまくった結果、二日後にカモミールも交えて三人でお笑い抜きで土下座してきたので、ビビった私はうっかり許してしまった。

 「街」では主に狸、外に出ればカレン・S・コリアンダーである。使い分けが面倒臭い。

 ちなみに、コリアンダーの別名はパクチーだ。こっちの方が馴染みがあるかな?

 ……癖が強い? フン!!

 そのパクチーさんは、今日もまたカモミールの家に来ていた。

 今日はセリカと罠姉さんも同行である……というか、引っ張って来られた。

「なによもう。また変な事したら、セリカを泣かせた怖いカレンさんになるよ?」

 私は腰に帯びてきた短刀の柄に手を置いた。

 言っておくが……本気だ。

「まぁまぁ、そう殺気立たないで。これ、本人の希望だよ。私たちは止めたんだけどさ……カモミールがどうしても猫の街に入りたいんだってさ」

「えっ?」

 予想外だった。

「はい、これでも吸血鬼なので、姿が変えられます。基本的にはコウモリですが……」

「……やめた方がいいよ。食われる」

 猫の上空をひらひら飛び回るなど自殺行為だ。「街」の全猫が寄ってたかって追っかけ回すだろう。

「ええ、分かっています。そこで、痛い思いをさせてしまいますが、血を一滴か二滴頂けませんか? 一時的にですが、猫に姿を変えられるようになります」

 な、なんと、そんな便利機能が!!

「痛いのは構わないけど、なんでまた急に?」

「興味本位」

 私は思わずスッコケた。

 ……おいこら、お前は猫か!!

「一応、引率者として私たちも『変化』の魔法を使ってもらって同行するし、いいかな?」

 ……まあ、いいか。

「何かあっても責任取れないけど、それでよければいいんじゃない。大して面白くもないけど……」

 私は短刀を抜き、その刃を手に軽く押し当て……。

「ああ、それには及びません」

 カモミールの姿が一瞬消えた。

 ……ん!?

 右腕の辺りに軽くチクッと痛みが走り、再びカモミールが姿を現した。

「……カレン様、少し中性脂肪とコレステロールが」

「やかましい!!」

 しかし、今の一瞬で?

 こりゃ狙われたら逃げられんわ……。

「よし、こっちも準備してくる!!」

 かくて、人間(吸血鬼)が猫の街に入るという、前代未聞の珍事が発生しようとしていた。


「……猫だね」

 揃った面々を見て、私は思わずつぶやいてしまった。

 もはや、誰が誰だか外見では分からない。

「しかも、全員ラグドールじゃ見分けつかないって!!」

 狸四人衆ここに見参!! なんで柄まで私と一緒なのさ。

「お揃いでいいじゃないですか」

 この声は罠姉さん。今は横一列の真ん中だけど、シャッフルされたら分からないぞ。

「カレンだらけ。素敵です。一個持って帰っていいですか?」

 このバカはセリカだな。

「これはこれで、面白いですね」

 最後はカモミールか……。

 ええい、もうなんでもいいや。

「出発!!」

 私は一同を匹いて、陽気な門番が立つ門へ。

「おう、たぬ……き?」

「あれ、お前。分身出来るようになったん?」

 馬鹿野郎にサンキュー!!

「乱視じゃない?」

 適当に言い返して「街」の中へ。三人にとっては偉大な一歩だろう。

「細目、どっかにいるんでしょ?」

 呼びかけると、どこからともなくにゅるりと細目が現れた。懲りないヤツ。

「ぎゃははは、狸だらけだ」

 笑うな!!

「私は店があるから、この三人を適当に案内してあげて。間違っても、警備隊に捕まらないように」

「分かってるよ。じゃあ、皆さんこちらに~」

 やれやれ……


 ……なんで、ずっといるかなぁ。

 昼休み明けにやってきた三人の狸さんは、オリジナル狸さんの仕事っぷりを食い入るように見つめていた。

 今日に限って忙しいのなんの。相手もしてやれないまま時は流れ、最後のお客さんが帰った時には、私は半ば燃え尽きていた。

「あー、マジキツい……」

 まるで戦場のような調剤室を見て、私はげんなりした。

 片付けながらやっているとはいえ……はぁ。

「先生、手伝います!!」

 そこになだれ込んできたのが、三毛とコピー狸たちだった。

「分かる?」

 三毛に聞くと、彼女はうなずいた。

「いつも見てますから。では……」

 三毛の指示のもと、三人の狸が手早く片付けていく。

 私は栄養ドリンクをがぶ飲みして……待合室の椅子にひっくり返った。

「終わりました~!!」

「速っ!?」

 椅子から跳ね起きると、確かに綺麗に片付いていた。

「よし、締めでみんなで飲みにに行くか!!」

 こうして、猫の街見学は無事に終わったのだった。


 狸さん一行は、カモミールの家で元の姿に戻った。

「なんていうか……プロの薬師の仕事だった……」

 罠姉さんがポツリと漏らした。

「アマチュアの薬師なんていないって。ちょっとバテたけど、大体あんな感じよ」

 調子に乗って飲み過ぎた。私ともあろう事が、クラクラしている。

「カレンって、やっぱり薬師だったんですね」

 セリカ、私を何だと……。

「フフフ、実はカレン様の仕事を見たかったのですよ。興味本位で」

 カモミールがそう言った時が限界だった。

「ごめん、ちょっとベッド借りる……」

 フラフラとベッドに向かって倒れ込むとそっと目を閉じ、文字通り狸寝入りを決め込んだ。

「あーあ、寝ちゃった。よっぽど疲れたんだね」

 罠姉さん、飲み過ぎなだけです。

「……今のうちに持って帰ろうかな」

 蹴飛ばすぞ。セリカ。

「今日は素敵でした。猫の街もカレン様の働きも」

 それはなにより……やべ、眠い。

「そう言えば、あの細目って人面白いよね。なぜか、いきなり辺り構わずプロポーズしてくるし」

 罠姉さんが笑った。

 アイツ、いっぺん魂剥がした方がいいかな……ダメだ。意識が。

「そう言えば、カモミール。そろそろ言ってもいいんじゃない。カレンは……」

 私の意識は、そこで途絶えた。


「うにょぉ!!」

 なんか変な夢を見て起きた。

「あれ?」

 気がつくとセリカと罠姉さんはいなくなっていて、もう明け方近い時刻である事が分かった。

「起きてしまいましたか?」

 すぐ近くでカモミールの声が聞こえ、そちらを見ると、私に添い寝するように横になり、そっと私の背中を撫でている彼女の姿があった。

 まさか、一晩中こうしていたとか?

「ごめん、寝るつもりはなかったんだけど……」

 よっこらせと起き上がろうとすると、カモミールにそっと抱き寄せられた。

「こらこら……」

 こちとら猫である。このくらいのスキンシップは慣れている。別に動じたりはしない。

「……一つ言っておきます。先に断っておくべきでしたが、吸血鬼に噛まれると……」

 顔面から血の気が引くのが分かった。

 それはシャレにならん!!

「……痛いだけで吸血鬼になる事はありません。あれは迷信です。ご安心下さい」

 ……。

「……今ね。ちょっと殺意芽生えちゃった。お互い死なないけど」

 まあ、私の早とちりだけどさ……。

「これは独り言です。私はある方に恋をしました。一目惚れです。しかし、それは実る事はないでしょう。ならば、せめてとその証を身につけたのですが、怒られ泣かせ傷つけてしまいました。独りよがりはいけませんね。私は馬鹿です」

「……多分、その方は恋愛というものを理解していませんよ。より一層馬鹿ですから」

 この日、私は初めてカモミールの小さな泣き声を聞いた……気がした。


 日が昇り、ついでといってはなんだが、カモミールと朝食を共にする事にした。

 明け方の事は、お互い独り言である。特に何ら意識する事もなく、私は毎度お馴染み焼き魚に取り付いていた。

「あつっ!!」

 焼きたての魚は熱い。当たり前だ。

 ちなみに、猫舌というのはあながち間違いではないが、結構熱くても根性で食べるので問題ない。

「あら、大丈夫ですか?」

「大丈夫!!」

 なんのこれしき。めげているようでは、猫はやっていられない。

「フフフ、毛が逆立っていますよ?」

 はぁう!!

「これは、きっと霊的な何かで……」

 私が言うと変にリアルだな。

「そういうことにしておきましょう。ところで、今日のご予定は?」

「んー、医師が腰痛で今日休むって言ってきたから、門前のうちも開けて半日かなって思っていたけど……」

 そう、あのクソ忙しい最中に赤電話で連絡があったので、何事かと思ったら明日休診の連絡だったので、思い切り受話器を叩き付けてやった記憶がある。

「もしよければ、またうちにきませんか?」

「分かった。午前中で閉めてまた来るよ」

 私は急いで朝ご飯を掻き込んだ。

 ……熱い!!


 病院が休みでもそこそこお客さんは来るが、やはりその数は比較にならないほど少ない。

 午前中が終わり、退院したばかりのさくらと教授と少し喋ったあと、私はカモミールの家に行った。

 ドアをノックすると、いつも通りカシミールが笑顔で出て来た。

「お疲れさまです」

「はい、おつかれ。まあ、いつもに比べたら大した事なかったけどね」

 カモミールに導かれるまま、私は家の中に入った。

「……あの、明け方の話」

「独り言なんでしょ? だから、私はなにも聞いていないよ」

 小さく笑みを送ってあげると、カモミールは顔を真っ赤にしてうなずいた。

「……私ね、恋愛って悲しいくらい分からないの。聞いているかも知れないけど、あの細目とやってみてよく分かった。きっと、大事なものを親のお腹に置いて来ちゃったんだな」

 冗談めかして言うと、カモミールは悲しそうな表情を浮かべた。

「そんな事を言わないで下さい。心配になってしまいます……」

「えーっと、あの、ここ笑い飛ばす所だからね」

 半ば本気で言っているとはいえ、本気で返されると困るのだ。

「さて、お昼食べよう。今日は弁当持ってきた」

 猫缶だけど……。

「はい……缶詰ですか?」

「うん、猫缶金印。ちょっと奮発」

 綿はプルトップに爪を引っ掛け、パカッと開けた。

 ふむ、やはり金印は香りからして違う!!

「ダメです。そんな缶詰だけなど……今からおかずを作ります!!」

 謎の迫力で叫ぶと、カモミールはキッチンにすっ飛んでいった。

 うーん、これだけで十分なんだけどな。私たち……。

「昨日の残りですが、どうぞ」

 それは、何かのトマト煮込みだった。

「昨日『一杯』飲んだので、羊の……」

「言わなくていい!!」

 生々しすぎるわ!!

「と、取りあえず、頂きます!!」

 何も考えず、私はご飯を食べたのだった。


 腹も満ちれば眠くなる。これは、私だけではないだろう。

 ベッドではなく、窓際の日だまりに蹲り、喉をゴロゴロ言わせてみたりする。うん、一応、猫だからね。

 まあ、他人の家に来て寝るなという話もあるが、カモミールはただ今羊や山羊の世話中だ。

 自宅に帰ってもよかったのだが、どうせ暇なのでズルズルと……。

 そこにやってきたのは、意外にも杖姐だった。

「あら、どうされましたか?」

 ちょうど世話が終わって戻ってきたカモミールが、にこやかに応対した。

「うむ。ちと気になる事があってな。そこの猫を少々調べたいのだが……」

「ん、私?」

 思わず声を上げてしまった。

「うむ」

「まあ、どうぞお上がり下さい。何かお話しがありそうですし……」

「すまん。失礼する」

 杖姐が一礼して上がって来た、

「早速だが、そのまま動かずにいてくれ……」

「よく分からないけど、分かった」

 杖姐は私に手をかざし、呪文を高速詠唱した。

「……やはりな。『不死の法』か」

 杖姐の言葉に、カモミールは静かに目を閉じた。

「バレてしまいましたか……」

「うむ、違和感を覚えてな。なに、魔法使い的な興味だ。誰かに言うつもりはない。しかし、見事な術構成だ。これなら、誰にも破れないだろう」

 杖姐が言うのだから、実際その通りなのだろう。

「はい、私の家に伝わる秘技です。今までに破られた事はありません」

 カモミールの言葉に、杖姐はうなずいた。

「うむ。善し悪しについて口を挟むつもりはないが、そこまで本気になるのは凄いな。私には真似出来ない。怖いからな」

「フフフ、吸血鬼は一途なんですよ。例え何万年過ぎても……」

 ……お、お子様な私にはついていけない。寝よう。

「寝たか……。なぜその猫なのだ、言っておくが、どう考えても鈍いぞ?」

 ……うるせー!!

「最初はお世話になっているので、せめてなにかお返ししなくてはという思いでした。他の皆さんもそうなのですが、特にカレン様にはお世話になりましたから。だから、従者としてお仕えして、出来る限りの事をしようと考えていたのですが……。どこで考えが変わってしまったのか、愛おしくなってしまったのです。しかし、カレン様は猫で私は吸血鬼、絶対に実ることはありません。馬鹿な友人のカモミール。それでいいのです」

 ……。

「私は『絶対』という言葉は嫌いだがな。一つ言える事は、お前はドが付くほどの大馬鹿者だと言うことだ」

「はい!!」

 ……どうしよう。起きるタイミングが分からない。

 まあ、一つ言える事は惚れられた。このくらいは、鈍い狸さんでも分かる。

 うーん、気持ちは嬉しいけど……。

「さて、長居は申し訳ないな。そこの鈍チン猫が起きたらよろしく言っておいてくれ」

「はい」

 ……鈍い鈍いって、当たってるから言い返せない。

「さて、カレン様。もう、狸寝入りは不要ですよ」

 バレてやんの……。

「分かってて、あれ言ったの?」

 私は目を閉じたまま言った。

「はい、スッキリしました」

「それは良かった。私はモヤモヤよ……」

 私はそっと目を開け、ため息をついた。

 ……どうしろっていうんだ。全く。

「気にすることはないですよ。普通の友人ですから」

「普通の友人は、相手を不死にしたり、首輪なんて付けないわよ。全く……」

 我ながら、気づくのが遅い。遅すぎた……不覚。

「あのさ、諦めるって選択肢は……」

「ありません」

 一言切り!?

「今までで、一番ヘヴィかも……」

「フフフ~」

 楽しそうだな、おい。

 猫は追うのは得意だけど、追われると弱いんだぞ。

「ま、まあ、いいわ。あなたは馬鹿をやらかす友人。私の中ではそうだからね!!」

「はい、それで結構です」

 カモミールは小さく笑みを返してきた。

「それと……よく見たら、その首輪ってあなたによくお似合いじゃない」

「えっ?」

 カモミールがキョトンとした表情を浮かべた。

「何するか分からない暴れ猫には、首輪でも付けておかないとね。なんか、そんな話しあったようななかったような……」

「そうですね、次は何をするか分からないですよ?」

 ニッコリ微笑むカシミール。

 ……シャレにならん。

「まあ、いいわ。猫に飼われる吸血鬼ってどーよ。全く……」

「今、おしゃいましたね。『飼われる』って」

「し、しまった……」

 やっぱり、なんだかんだで、カシミールの方が私を転がしている気がした。

 そんな真夏の午後だった……ちくしょう。

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