第40話 ペット? を持った猫
なんだかんだで一ヶ月。
私は珍しく……というか、初めて調達屋のお姉さんに呼び出された。
彼女の店に行くと、いきなりお金の詰まった大きな革袋をポンと渡された。
「な、なに、これ?」
わけがわからず聞くと、彼女はジッとこちらを見た。
「お前の紹介で雇ったあの娘だがな、正直驚いた。かなりの無理難題を押し付けても、笑顔一つで片付けてしまう。これは紹介してくれた事に対する礼金だ」
「い、いやぁ……」
そんなフィードバックされてもねぇ。
「私は真っ当な仕事に対しては、正当な報酬を支払う主義だ。受け取れ」
「……はい」
怖いよ。その獲物を狙う猫みたいな目。猫だけど!!
「……話したくなければそれでいい。彼女は何者なのだ? 人間ではない事くらいはわかるが」
「そうね……ある国の王族で、私と友人というくらいしか言えないかな。ごめんね」
彼女が人に興味を示すのは、私が知る限りではかなりレアケースだが、あまり詳しい事話さない方がいいだろう。
「……分かった。それだけ分かれば十分だ。私もそのように対応しよう」
この時確信した。このお姉さん、カモミールの素性を知っていると。
どこでどう調べたか知らないが、恐るべきネットワークだ。
「まあ、よろしくね。私の大事な友人なんだから、壊しちゃダメよ」
「あれは壊れん。安心しろ」
お金袋を背負って店に戻り、へそくり入れに無理矢理ねじ込むと、私は三毛と共に通常業務をこなしていった。今日は、珍しくお客さんが少なめなのでのんびりしていると、教授がさくらと共にやってきた。
「おや、いつもより早いじゃない」
「うむ、サクラがイマイチ体調が優れないそうでな。栄養ドリンクでもと……」
確かに、さくらの顔色が悪い。呼吸も浅く乱れていた。
「栄養ドリンクじゃダメね。サクラ、ちょっとそこに横になって」
何でも、栄養ドリンクを飲めばいいわけではない。
私は店内の簡易ベッドにサクラを横にした。嫌な予感がする。
「三毛、隣行って一応、受け入れの準備しておいて!!」
「はい!!」
三毛が走って行く背中を見ながら、私は簡易診断を……こりゃいかん!!
「教授、そこの赤電話引っ張ってきて!!」
「う、うむ!!」
会計台の上にある電話を教授が引っ張ってくる間に、私はさらに必要な情報を集めて出来るだけスムーズに処置が出来るように対処していった。
「受け入れ大丈夫です!!」
三毛が帰ってきた。すでに屈強な看護師集団も来ていた。
「隣に搬送よ!!」
私は教授が持ってきた電話でとなりの医師に繋ぎ、状況を手早く説明した。
『分かった。あとは、こっちでなんとかしよう』
サクラはとなりの病院に搬送されていった。ふぅ。
「ど、どうしたんだ?」
教授がアワアワしている。
「危なかったわよ。もうちょっとで、シロの出番だった」
蘇生士の出番。治療もあるが、本来は蘇生である。
「そ、そんなに酷かったのか。取りあえず、栄養ドリンクを……」
「はいはい」
これが、私の日常だ。いつもスレスレ。なんとかならんものかと思うけど、猫って医者嫌い多いからねぇ。これは如何ともし難い。
結局、さくらは一命を取り留め、そのまま入院となった。
この数日間ほどタイミングが合わず、カモミールと会えないでいたが、明日は定休日という夜。ちょうど、仕事に出かけるところだったという様子の、彼女と出会った。
「よぅ、お疲れさん!!」
「あっ、お疲れさまです」
短く挨拶を交わし、私は邪魔しないように帰るつもりだったのだが……。
「これから、トハミンまで仕入れなんです。明日の昼までに」
「トハミンっていったら、片道で丸一日掛かるわよ。いくら何でも難しいと思うけど……」
トハミンはここからだと結構遠い街だ。何を仕入れるのか知らないが、かなり無茶な行軍である。
「実は薬草関係の仕入れなのですが、かなりマニアックなものでして……私の知識では太刀打ち出来そうになかったので、お声がけしようと思っていたのです。もちろん、報酬はお支払いします」
……マニアックな薬草ねぇ。確かに専門か。
「いいわ。どうせ明日休みだし、急ぎでしょ。すぐ出発しましょう」
「はい」
私が飛び乗るのと同時に、カモミールは馬車を発車させた。
「で、どうするの? 普通に行ったんじゃ間に合わないわよ」
問いかけると、カモミールは馬車を街道から外した。
「ちょ、ちょっと!?」
「ショートカットします。揺れますよ」
不整地にも関わらず、まるで馬車がぶっ壊れそうな勢いで、とにかくかっ飛ばすカモミール。
「た、たくましいわね」
「はい、鍛えられていますから」
さすが調達屋の姉さん、やりますな。
「お疲れのようでしたら、お休み下さい」
「この揺れで寝られるほど、神経太くないわ!!」
かくて、荒っぽい夜の旅は続くのだった。
「ん……」
慣れとは怖いもの。いつの間にか寝ていたらしい。
辺りはまだ暗い。何時間寝たんだろう?
「おはようございます」
カモミールが小さく笑みを送ってきた。
「ああ、おはよう……。ここ、どこ?」
「トハミンです」
……はい?
慌てて進行方向を見やると、やや白んできた空の下に大きな街が見えた。
「えええ、どんな魔法を使ったのよ!?」
「気合いです!!」
き、気合い!?
「さて、行きますよ!!」
馬車は再び街道に戻り、速度を上げて街の門に向けて突っ込んでいった。
そして、巨大な門を潜り、まだ人影もまばらな通りを駆け抜けて行く。
程なく止まったのは、薬草を扱った市場だった。
「で、なにを探しているの?」
「はい、カトプレマイコマイシンという薬草なのですが、入手困難なようで……」
カモミールが不安そうに言った。
「ああ、『万能薬』の原料ね。確かに、入手は難しいかな……」
世の中には便利な薬があって、傷に塗ってもよし、簡単な病なら飲んでもよしという、これが調合できたら薬師として一級という薬があり、通称「万能薬」と呼ばれている。
この薬、その調剤技術も求められるが、材料を集めるのも一苦労なのだ。
極めつけが、このカトプレマイコマイシンという薬草。最大規模を誇る王都の薬草市場ですら、一年に数回入荷するかどうか……という希少なものなのだ。
「それで、量は?」
どうせ、まともな数字は出てこないだろうなと思いつつ、私はカモミールに聞いた。
「その、五十……キロ」
瞬間、私はフルジャンプのアッパーをカモミールの顎下に叩き込んでた。
カトプレマイコマイシンという薬草、通常は多くてもグラム単位だ。
「痛い……。でも、分かります。私も聞いたときは、ちゃぶ台ひっくり返したくなりました」
……だよね。うん。
「こりゃ、まともにやったんじゃ無理だわ。薬師的やり方でいきますか……」
私はカモミールを引き連れ、市場内をゆっくり歩く。アンテナ感度は最大だ。
そして、見つけた。いかにも流行っていなさそうな、ボロい店舗を。
私は店先で新聞を広げていた、冴えないオッサンに声をかけた。
「あんたが『ホーク』かい?」
オッサンは新聞から目を離し、こちらを見た。
「白衣を着た猫……聞いてるぜ。『サマンサ』」
「なら話は早い。ちと厄介だ、カトプレマイコマイシン五十キロだ。三十分以内に。ダメなら他を当たるが?」
私は馬車に積んである、クローネがギッシリ詰まった革袋を指差した。
「噂以上の無茶だな。いいだろう。在庫が百キロある。今すぐ取引出来るが?」
「よし、商談成立だ。カモミール、支払い」
「は、はい!!」
完璧に置いてきぼりを食っていたカモミールを促し、巨大な金貨袋を店主に渡した。
「ちと多い」
「迷惑料と手数料、後は時間にだ。取っておけ」
オッサンとガッチリ握手を交わし、私たちはあっさりと薬草を手に入れた。
「い、今の何ですか。全然ついていけなくて……」
市場から馬車で高速移動しながら、カモミールが聞いてきた。
「ああ、ちょっとしたお遊びよ。ああいう店ってね、普通に下さいなって言っても売ってくれないの。だから、適当に『設定』をでっち上げて、調子に乗らせて在庫を吐き出させるのよ。薬師のテクニックの一つね」
無論、私は「ホーク」なんて知らないし、『サマンサ』って誰じゃいってなもんだが、それは言わない約束だ。
「そうですか……てっきり、裏の顔があるのかと」
なぜか残念そうにカモミールがつぶやいた。
まあ、昔ならいざ知らず、今はただの狸猫です。はい。
「裏の顔で思い出したのですが、今カレン様の名前を考えているんです」
「えっ、また名前増えると面倒だし、いいよぉ」
人間名だけで、カレン、ストラトス。猫名は基本狸だけど、青目と呼ばれたり、色々ある。
「ええ、ですからあのお二人と昨日意思で協議しまして、人間名を統一しようという話になりまして、そのまま全部足して『カレン・S・コリアンダー』というのはいかがでしょう? 私の家は代々女性はハーブの名前なんです」
……そういや、カモミールもハーブの名だ。
「いいんじゃないかな。どう呼ばれても私は私。でも、豪華過ぎない? 狸だよ狸!!」
思わず笑ってしまった。
「猫名までは手が出せません……」
「はいはい、気にしない気にしない。帰りましょう!!」
申し訳なさそうな顔をするカモミールに、私は小さく笑みを浮かべた。
結局、「街」に着いたのは三時間後だった。驚異的な速さである。
一仕事終えた私たちは、カモミールの家で休憩する事にした。
蓄財したお金で買ったのか、家具などがだいぶグレードアップしていて、外見のぼろ家とのギャップが凄い。もう少しで、文字通り王族の部屋だ。
「お陰様で、羊や山羊が自分で買えるようになりました」
ちらっと窓から見ると、柵を埋め尽くす勢いで羊や山羊がいる。世話も大変だろうに……。
「あのさ、怖い事聞いていい?」
「はい?」
カモミールがキョトンとした表情を浮かべた。
「その……吸血した羊とか山羊って、やっぱり……」
「はい、ちゃんと美味しく頂きますので、ご安心下さい」
……生々しい!!
「うん、興味があっただけで、深い意味はないんだ。そうか、やっぱり……」
「カレン様も吸われてみます?」
「ほげっ!?」
私は固まった。カモミールが、牙を出してニコニコ笑っている。
「や、やめて、話せば分かる!!」
「冗談です」
カモミールは牙を引っ込めた。
「わ、笑えないから、その冗談!!」
あー、ビックリした……。
「ウフフ……。そう言えば、品種と言ったら失礼かもしれませんが、カレン様はあまり見ない猫なので、ずっと気になっていたのですが……」
「ああ、私はラグドール。自分で言うのもなんだけど、生み出すのに一番手間が掛かったって言われている種でね、青い目が最大の特徴の大形猫よ。ちなみに、これでも『抱き猫』らしいから」
無駄に胸を張ってみた。本当に無駄だけどさ。
「なるほど、そういう猫もいるのですね。抱き猫ということは、さぞ抱き心地がいいのでしょう。あの、抱かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
カモミールが問いかけて来た。
「改まってどうしたの? 別に構わないわよ」
カモミールは私をそっと抱き上げ、顔をポスっと埋めた。
長毛なので、モフモフするには最適だ。喋らないラグドールならね。
「あ、汗臭いから、あまり……」
「そんな事ないですよ。なんだか、ホッとします」
カモミールは顔を上げると、私を抱いたまま随分とグレードが上がったベッドにボスットと腰を下ろした。
「……私、一度だけですが、人間に復讐しようと考えてしまった事があるのです。例え一人でも、人間相手なら根絶やしにする事も決して不可能ではありませんから」
……。
「でも、そんな事をしても意味がありません。なくなった国が戻るわけではないですしね。ですが、私にも心はあります。そこで、その拠り所をカレン様に求めてしまったのです。ご迷惑なのは分かっていましたが、一方的に押し付けてしまったのはそれが理由です」
……。
「今では仕事も出来てだいぶ楽になりましたが、私の気質なのでしょう。加えて、国では父に絶対的に従うように教育されました。カレン様の事は友人と思っているのですが、同時に従者であるという意識が抜けません。困ったものです」
カモミールは苦笑した。
「あのさ、気まぐれ猫を拠り所にした挙げ句、それに付き従ってどーすんのよ。他になんかいるでしょ。なんで私かなぁ。それと、これだけは言っておくわ」
私は小さく息をついた。
「私はあなたの事を友人と思う事にした。もう、あなたは王族じゃないから。こう見えなくたって頑固だからね。手遅れ」
小さく笑みを送ると、カモミールはそっと私の背を撫でた。
「はい、我が主」
「いや、せめてカレン様で……」
従者を持つ猫。
前も言った気がするが……何じゃそりゃである。
「そう言えばさ、あなたの銃の腕って見た事ないのよね」
「では、お見せします。家の裏に練習場を作りましたので」
「へぇ……」
家の裏はまさに射撃練習場だった。
人形の的が五つほど立ち、同心円状に円が描かれた紙が貼ってあった。
「では、オーソドックスに正面の的を……」
的までの距離は、五十メートル以上あるだろう。拳銃で狙うには、かなり遠いといえる。
……何で知っているかは聞くな。
まるで流れるような動きで拳銃を抜いたカモミールは、二丁の拳銃を続けざまに発砲した。
「こんな感じです」
的に張られた紙を持ってきたカモミールは、さも当たり前のようにしているが……。
「わ、ワンホール・ショット……」
紙に空いた穴は一つだけ。
一見するとヘボだが、私の目は誤魔化せない。合わせて十二発の弾丸を正確に同じ場所に当てたのだ。人間じゃないけど、人間業ではない……。
「これほどとは思わなかったわ。間違っても敵に回したくはないわね」
「いえいえ、従者の嗜みです」
出た、嗜み。なんでも嗜むな!!
「あー、いいもの見たわ。さて、少し寝よ……」
言いかけた時だった。
カン!! と音を立て、矢が的に命中した。
「えっ?」
恐らく、初めて見るカモミールの狼狽した声。
「おう、いいもん見せてもらったぜ」
現れたのは、長剣兄ぃだった。
その後、ゾロゾロと他のメンバーもやってきた。
「気配を感じなかった……」
かなりショックだったらしく、カモミールがその場にへたりこんだ。
矢を放ったのは、エルフ兄さんだろう。相変わらず涼しい顔だ。
「そりゃまあ、こういうのが仕事だからな。簡単に気取られはしないさ」
長剣兄ぃが当たり前のように言った。
まあ、この人たちも人間離れしているからね……じゃなかった。
「みんな、無事?」
思わず声が裏返ってしまった。
「ああ、大した事ない。とりあえず、テントを張るから待っていてくれ」
ついに、人間チームが帰還した瞬間だった。
一応、医師を呼んで診察してもらったが、少々の傷以外は全員異常なし。
派手な祝勝会はやらなかったが、身内だけでささやかな宴会をやった。
そして、願掛けの首輪も外してもらい、これで気分爽快である。
そう、私は大の首輪嫌いなのだ。
宴もたけなわという頃……。
「えー、真に勝手ながら、カレンの正式名が決まりました。カレン・S・コリアンダーです。本人の承諾を得ていませんが、決定事項です」
知ってる。そして、ひでぇ。
「それを祝しまして、この首輪を……」
セリカがこんな時だけいい仕事をして、背後からガッチリ私をホールドした。
「こら、ンなもん要らん。泣くぞ!!」
ピンクのムカつくくらい可愛い首輪を片手に、罠姉さんがわざとゆっくり接近してきた。
「だぁぁぁ、カモミール。命令だ。こいつらを撃ち殺せ!!」
「……色々ダメです。むしろ、私が首輪をして欲しいです」
ダメだぁ、従者がぶっ壊れたぁ!!
「なぁんちゃって!!」
私の間際まで接近してきた罠姉さんが、首輪を投げ捨てた。
「首輪はあっち」
クイッと私の首を向けると、そこには一見するとおしゃれとしか思えない黒い首輪を付けたカモミール。なぜかニコニコ笑顔。
……えっ?
「だって、あなたのものでしょ?」
「ち、違います!!」
か、勘弁しろぉ。まだ自分の方がマシだ!!
そう来たか。予想の斜め上をいかれたぁぁぁぁぁ!!
「あら、泣いて喜んでくれるなんて、せっせと作った甲斐が……」
「喜んでないわ!!」
「ちなみに、ちゃんとあなたの名前を刺繍してあるから」
……ごふっ!!
「お願いだから外してあげて。私でいいから!!」
「ダメ。これも極秘決定事項」
……ぐほっ!?
「カモミール、いいなぁ」
「セリカにも首輪付けたろか!!」
なにを口走っている。私。
「うん、頑張る」
頑張るな!!
「いいから放せ、お家帰る。帰って寝るの!!」
「ヤダ、面白い」
「お前らぁぁぁぁ!!」
翌日、私は店を臨時休業して寝込んだのだった……。
なんで、私っていつも。
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