第32話 はた迷惑な猫
私はしがない街の薬屋さんである。
……嘘じゃない。嘘じゃない!!
なのに、なのに!!
「先生、ここでいいですか?」
朝から王家の飼い猫様が二名ほど訪れ、看板の設置作業を行っていた。
看板にはこうある。
『王家御用達 医師・薬師』
ご丁寧に、人間の公用語と猫語併記である。
例の王子は無事に回復したそうで、それは良かったのだが、やたら国王様に気に入られで、いつの間にかこんな事態になってしまった。
隣の病院でも同じ作業が進められていて、こっちは『医師』だが本業なので問題ない。
しかし、シロは花屋である。あちらの肩書きは『蘇生士』だが、さぞ戸惑っているだろう。
現場を三毛に任せて、私はシロの店に向かった。目抜き通りの猫混みをかき分けながら進み、私の店からは十分ぐらいの距離にある。
「あっ、こっちは終わったみたいね……」
可愛い看板の脇に、まるでなにかおっかない組織の看板のようなアレ。うーん、可哀想なことしたな。
「あっ、先生!!」
店先にいたシロが声を掛けてきた。
「先生はやめて。狸でいいから」
思わずため息をついてしまった私に、シロは小さく笑った。
「私も似たようなものです。あの看板が付いてから、蘇生依頼が多くて……」
困ったような様子で、シロは看板を見上げた。
「……蘇生士憲章三条 いたずらに蘇生術を行使するべからず」
シロはうなずいた。
「本来、イレギュラーな術なんです。全うな蘇生士は、自らの事を蘇生士とは名乗りません。必要な時に『蘇生が出来るかもしれない』と言います。そのくらい慎重なんです」
「看板外しちゃえば?」
無理と承知で言ってみたら、シロはカラ笑いするだけだった。
よし、ここは……。
「私の店で蘇生の受付業務やるよ。巻き添え食わせちゃったようなもんだしね。ちょうど、暇してるバカがいるし。細目、カモン!!」
瞬間、私のやや背後の空間がゆらりと歪み、細目が顔をみせた。
「なんだい?」
「うわっ、細目さん!?」
シロが驚きの声を上げた。
「ああ、気にしないで。こいつは、私の後を追っかけ回すのが日課だから。それより、細目。話しはもう分かるでしょ?」
細目は黙ってうなずいた。
「分かった。僕は蘇生するに相応しいかどうか調査でもなんでもして、該当したら狸に言うよ。シロは、もし希望者が来たら、僕に言うように伝えてくれればいい」
「分かりました。助かります」
この瞬間、シロが蘇生する誰かは、細目に委ねられる事になった。
そんな権利があるのかと言われればない。だが、死者は普通は蘇らないものだ。
元々、イレギュラーな話しなのである。
あの看板の効果は、当然うちにも波及した。『薬師』だけなら良かったのに、『医師』とまで書かれてしまったので、普通に隣の病院で待ちきれない、診察希望の患者さんが殺到してしまったのである。
「くすりやさん、くすりやさん……ふふふ~♪」
調剤室で踊っていると、三毛が飛び込んできた。
「先生、なに現実逃避しているんですか」
「先生はやめて……。それで、どんな感じ?」
軽く頭を振って意識を現実に戻し、私は三毛に状況を聞いた」
「はい、ほとんど診察です。薬は一割以下ですね」
よし!!
「診察は専門外だから、隣に回ってもらうしかないわね。死んでもいい人と、急患のみ診るって言って。薬は通常通りにやるから」
「はい!!」
すると、やはり大ブーイングが起きた。やれやれ……。
私は調剤室から出るついでに壁の額を取り、中から薬師免許と魔法医免許を取り出した。
「はいはい、静粛に。私は確かに魔法医の免許を持っています。ですが、研修時代の事例は数に数えませんので、今までに治療した人数は二人だったかな。そこの三毛の心臓と、人間の王子のヤバい病気くらいです。それでも、身を預けますか?」
……
「……また、極端な」
誰かが言った。
そりゃそうさね。そうせざるを得ない状況でしか、やっていないんだから。
「さぁ、どうします?」
さすがにブーイングは止んだ。
こんな医師に診てもらうくらいなら、隣で並んでいた方がいいだろう。
よし、これで収まったか……に思えたが。
「先生、子供が呼吸していません!!」
三毛が叫んだ。
「だから、先生……なに!?」
私は店内の患者さんをかき分けて三毛の元に駆け寄ると、画面蒼白の母親に抱えられたブサカワイイことエキゾチックショートヘアの子供が……呼吸、脈なし。くそっ!!
「三毛、そこの赤い電話で隣呼んで!!」
指示を出しながら、私はその子供を床に寝かせて心臓マッサージと人工呼吸。あとで、狸とキスしたって泣くなよ!!
「ダメです。隣はオペ中で二時間は手が開きません!!」
だぁぁ、こんな時に!!
「仕方ない。細目、シロに連絡して。術式百七十五と三十四の準備って言えば通じるから!!」
「分かった!!」
細目が普段は見せない勢いでダッシュしていった。
「三毛、代わって!!」
「え、えっと、やった事が……」
クソ、当たり前か。
こういうとき、素人にやらせてはいけない。
「はい、お待ちぃ!!」
手が空いていたのか、隣のヤンキーお姉さんことベンガルの看護師さんが、三名ほど引き連れてきた。
「助かる。心マと人工呼吸お願い!!」
「任せろ。おい、掛かるぞ!!」
その間に、私は例の「必殺技」で子供の全身を「輪切り」にした。
「さて……どこだ」
言い忘れていたが、この輪切り画像はリアルタイムで動く。今現在の情報を常に流し続けているため、膨大な魔力を消費するのである。
「……どこだ?」
膨大な画像を次々に送りながら患部を探すが、これが見つからない。
「先生、大丈夫ですか?」
そこにシロが到着した。
やはり、私の腕では患部が見つからない。ならば、専攻していた分野で責めるしかない。リスクが高いので、やりたがる人はあまりいないが、蘇生術士がいれば話しは別だ。
「シロ、術式三十四。急いで!!」
「はい!!」
シロは担いできた布包みを解き、中から恐ろしく長く細い鍼を何本も取り出した。針治療の針をイメージすると分かりやすい。
私はその間に、置き場がなくて売り場に置いてある瓶の一つを持ち上げた。
これは、魔力を増幅刺せる効果のある薬液だ。それを床に置く間に、シロは針を子供のあちこちに刺していた。友霊針……霊体(魂)との……まあ、いい。
私はとにかく周りから人を押しのけてスペースを作り、床に特殊チョークで魔法陣を描き、先ほどの薬液を撒いた。
「シロ、準備はいい?」
「はい、いつでも大丈夫です!!」
私はそっと目を閉じ、軽く息を吐いた。ここから先は気を静めて……。
そして、目を開けた。
「剥離」
「はい、霊体剥離」
先ほどシロが刺した友霊針が淡く輝き、子供の霊体がゆっくり浮上してきた。
ここから先は時間との勝負。十五分が限界だろう。
魔法医学にはいくつか考えがあるが、病は魂の傷つきによるものというものがある。
霊体医療というが、私が専門としていたのはそれだ。案の定、すぐさま患部は見つかった。私は魔法で丁寧かつ迅速にその傷を治していった。
この治療法、霊体を一度体から剥離させる=一時的に死亡させるということで、毛嫌いする医師が実に多く、失敗のリスクも高いのでやる医師はあまりいない。
というわけで、全ての修復作業が終わった。
「蘇生」
「はい」
再び霊体は子供の体に戻り……安定した呼吸を取り戻した。
「三日くらい寝たままだと思います。ですが、大丈夫です」
放心状態の母親に告げると、私はシロと隣の援軍にうなずいて謝意を伝え、呆気にとられたような患者様の面々に向かった。
「はいはい、私はヘボだからこういう治療しか出来ないわよ。嫌なら、素直に隣に行きなさい」
さすがに、これは効果があったようだ。魂引っこ抜かれてまで治療して欲しいヤツなど、そうはいない。
皆が三々五々散っていき、それでも残った強固な薬の患者さんにはいつも通りの仕事。
私がどんな「医師」かは、あっという間に伝わるだろう。
……いや、伝わった。伝わったよ。
結果、どうなったか?
私のお店は一二を争う患者さんが飛び込み、その度に花屋の蘇生士が駆け込む、謎の薬屋さんとなっていまいましたとさ。
くすりやさ~ん、くすりやさ~ん、私は街の薬やさ~ん。ちょうし悪かったら~……医者行けや、コラ!!
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