第31話 魔法医な猫
私が巻き起こした恋愛騒動も幕を閉じ、結局は元通りになった。
なにかしこりが残るかと心配した猫目との関係だったが、さすが猫目様。
翌日から普通に私に接してきていた。これは、ありがたい。
「三毛、休憩入るよ!!」
お昼頃、ちょうど一段落付いたところで、私は三毛に声を掛けた。
「はい!!」
二人揃って店の軒先にある縁台に出て、弁当を広げるのがいつもの光景だ。お茶当番は決まって私だが……うーん、今日はカモシダを入れすぎたかな。
「それにしても……本当によろしいのですか? いつまでもご厄介になってしまって」
三毛が申し訳なさそうに聞いた。
そう、恋愛事件後も三毛は私の家に居候していた。
本人はさすがに気まずいようで、細目の力を借りずに物件を探しているようだが、ただでさえ過密なこの「街」での物件探しは、なかなかどうして容易な事ではない。
「……もし居づらいなら、馬車小屋の二階にでも住む? 私が最初に住んだ場所なんだけどさ。掃除すれば住めると思うよ」
お茶をすすると、そこには目を輝かせた三毛がいた。
「はい、ぜひ!!」
「ゲホゲホ……。これは大事ね」
店の隣にある馬車小屋。その二階は、贅沢を言わなければ住める程度の広さがある、ちょっとした部屋になっていた。
この扉を開けるのは何年ぶりか忘れたが、全然手入れしていないので、そこは埃舞う廃墟のような状態だった。
「ちょっと待ってね……」
私は魔法で窓を全部開いてから『風』をたたき込み、埃を外に放り出した。
そして、痛んだ床板や壁などを修繕し、最低限住める環境に整えた。
「こんなところか。家賃は給料から天引き。趣味があるだろうから、家具は自分で揃えてね。この条件でよければ、ここ貸すけど……」
ベッド一つない空き部屋だ。ここを住めるようにするのは、控え目に言っても一苦労だが……。
「ぜひ、お願いします!!」
三毛は二つ返事で了承したのだった。
「ああ、そうそう、家賃は……」
額は伏せるが、ほとんどあってないようなものだとだけ言っておく。
当然ながら細目も動員し、三毛の引っ越し作業が続く中、私はセリカに呼ばれて「街」の外に出た。
「……大きくなっている」
ちょっと見ないうちに、セリカのキャンプは規模が大きくなっていた。そして、なぜテントが全部で六つある?
「ああ、カレン。もう契約は切れているのですが、他のみんなも、なぜかここを本拠地にするみたいで……」
「こら、そのいい方だと、お前がいるからここに来たみたいだろう」
すぐ近くにいた長剣兄ぃにツッコミを入れられ、セリカは黙ってしまった。
「あー、すまん。俺たちは元々遊撃隊というか、国中を当て所なく彷徨うのが行動原則なんだが、先日立ち寄った街で王令を受け取ってな、猫の街近くに居を構えて、王都との連絡役を仰せつかったってわけだ。お前らも、『店子』である以上『大家』の大事は見過ごせんだろう」
……なるほど。
「しっかしまあ、随分大所帯になったわね。家でも建てちゃえば?」
冗談を飛ばすと、長剣兄ぃは小さく笑った。
「実は真面目に検討した。仕事を辞めて隠遁するには、なかなかいい場所だからな」
……おいおい。
「おっと、いかん。早速王都から連絡が来ていた。王子が病に伏せっているようでな。医師と猫を派遣しろとうるさくてな」
うぉい!!
「あほぉ。のんびり立ち話している場合じゃないでしょうが!!」
「それもそうだな。すまんが、準備してくれ」
私はもう「街」に向けてダッシュしていた。四足歩行で!!
「ドクタ~!!」
王都までは、杖姐の『転移』での移動となった。
王都内に直接『転移』する事は禁じられているらしい。
私と医師、薬草てんこ盛りの馬車と、人間用の馬車を乗せた馬車を、同時に『転移』させた杖姐の実力は凄い。
この魔法、転送対象が多いほど精度が下がり、距離が遠いほど難易度が上がるという特性があるのだ。
「さて、行きますか」
私の声と共に、二台の馬車が王都の門目がけて突進してゆく。
今回は「優先通行パス」があるので、特に問題はない。
また、編成も少し変えてある。
治療には関係のない細目と三毛を外し、見事な蘇生術を持つ蘇生士のシロを連れてきている。人間チームに変更はない。
「あ、あの、人間の蘇生なんてやった事が……」
シロが自信なさそうに言った。
「基本的には一緒。ただ、デカいからパワーに引っ張り回されないように」
「おいおい、お前さんたち。診察の前から蘇生の話しなんてするもんじゃない」
医師に怒られてしまった。
まあ、そりゃそうだ。
こうして、私たちは無事に王城までの道を駆け上ったのだった。
王城に辿り着くと、私たちを出迎えたのはなんと国王様だった。通常ではあり得ない。
軽く挨拶をしたのち、国王様の先導で私たちは隊列を組んで廊下を進んだ。
ちなみに、薬草運搬の都合があるので馬車を……と言ったら、王子付きの侍女集団
ワサワサと手で運んでくれた。けっこう、重いはずなんですけど……。
「ふむ、一ヶ月前からですか……。きになりますな。急ぎましょう」
私が余計な事に気を取られているうちに、医師は国王様から事情聴取を終えたようだ。
……やべ。まあ、行けば分かるさ。
私たちは、立派な扉の前に案内されたのだった。
そこには、顔色が悪い青年が寝ていた。
呼吸もかなり怪しい。早く手当しなければ……。
「おい、狸。アレやれ!!」
「りょーかい!!」
アレとは、私のもつ必殺技。全身を細かく『輪切り』にして、その画像を無数に表示させる魔法だ。
普段は見せない真剣な顔で無数の画像を見ていた医師だったが、やがて目つきが変わった。
「こいつは……狸なら分かるだろ?」
「え? ……これって」
面倒な病気だった、薬では治せない。
「端的に申し上げます。手術でしか治せません」
医師の言葉に、国王様がよろけた。
「まだ一般的ではありませんが、魔法医学の進歩で成功率は上がっています。ここは、ぜひ……」
月並みな説得にかかった時だった。
「容態急変!!」
シロの叫び声で、私と医師は青年を見やり唖然とした。
青光りする霊体が体から抜け出そうとしている。ヤバい!!
「これはいかん!!」
必死に食い止めているシロに医師も加わった。だいぶ状態は安定したようだ。
「狸、お前がやるんだ!!」
「えっ?」
医師に言われ、一瞬何のことか分からなかった。
「お前だって、魔法医の免許持ってるだろう。ワシもシロも手が放せん。お前がオペをするんだ」
「ちょ、冗談でしょ。現場経験なんてほとんどないのよ!?」
「三毛の心臓治しただろう? あれとどう違う」
……うっ、どうしてそれを。
「分かったわよ。どうなっても知らないわよ!!」
言い合っている時間が無駄だ。私は宙に浮く霊体にそっと手をかざし、『魔法医』狸を起動させた。
「シロ、もうちょい頑張れる。バランス悪い」
「はい!!」
……よし。
一時間後。無事に青年の手術は終わった。
「よし、魂戻すぞ」
「はい!!」
ここから先は、シロの専門だった。
魂が無事に体に戻った青年の顔は見るからに血色が良く、呼吸も安定していた。
「意識が戻るまで三日ほど掛かると思います。私たちは猫の街に戻りますので、なにかあったらご連絡を」
白衣のポケットに手を突っ込んだ私は、急ぎ足で部屋を抜け出したのだった。
だったら、目を覚ますまで診ていけと言われる前に。
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