第33話 夏休みの猫(前編)
時は流れて夏。世間では、夏休みを取る習慣があり、みんなあちこち出かけているようだが、狸さんは今日も調剤室でせっせと栄養ドリンクをこさえていましたとさ。
「さすがに、売れるわね……」
「今年は暑いですからね」
瓶に一杯の栄養ドリンクをさっと新しいものにかえ、三毛が返してきた。
「参ったわねぇ……」
あまり好きではないが、魔力空調機で冷房全開だ。そうでないと、干上がってしまう。
その時、カラカラと鐘の音共に扉が開き、珍しいお客さんがやってきた。
「あれ、シロじゃない。涼みにきた?」
などと冗談を言ってみた。
「先生、お時間大丈夫ですか?」
「だから、先生はやめて。どうかしたの?」
どこか大人しいシロらしく、少しまごついてから、何か思いきったように言ってきた。
「あの、私のお店明日から夏期休暇なんです。それで、お隣の病院は明後日からしばらく休暇ですよね。先生はどうされるのですか?」
なぜ顔が赤いシロよ。そして、あくまでも先生なのだな、シロよ。
「照れるようなことじゃないでしょうに。そうねぇ、特になにも考えていなかったけど、隣が休みの間は休みにするではいたわよ」
狸さんにだって休みはいるのです。はい。
「あの、実は小さな島を持っていまして、みんなで行きたいなって……」
瞬間、私はスッコケ、三毛は瓶を落とした。
「し、島ってあーた、さらっと!!」
「シロさんってお金持ち様!?」
シロは俯いてしまった……あっ、いや。
「もうちょい詳しく聞かせてよ。なんか面白そうだし」
軽く咳払いしてから、私はシロに言った。
「はい、昔蘇生した方が所有されていた島なのですが、二度目の臨終の際に遺言で譲渡されたものです。ご存じと思いますが、蘇生出来るのは生涯に一度だけですので」
そう、二度の蘇生はない。魂がもう絶えられないのである。
つまり、一度蘇生されている私は、もう二度と生き返りはないのだが、それはいいとして、蘇生の礼に島を渡すとはどれほどの金持ち……下世話でごめん。
「なるほどね。三毛はどう思う?」
「ええ、面白そうですね」
どうやら乗り気のようだ。
「それで、その島はどこなの?」
私は地図を取りだして床に広げたのだった。
「街」近くのアデス港。その一角にあるイディア・マリーナ。金持ちがヨットやクルーザーを停泊させている、私にはとんと縁がない場所だ。
夜明け前に「街」を経ち、夜明け寸前の時間に到着した。
島には宿泊用の簡素な建物しかないということで、必要な食料等と参加メンバーを乗せてきた。
メンバーは私、シロ、三毛。そして、私のお目付役でセリカが緊急参戦となった。
申し訳ないが、猫サイズ馬車にはセリカは乗れないので、一人徒歩移動である。
当然、細目にも声を掛けたのだが、船は酔うから苦手とかで留守番をしてもらうこととなったのだ。
「なんか、別世界……」
私は思わずつぶやいてしまった。
マリーナーの門を通った瞬間、そこはブルジョアな世界だった。
細部まで凝った、いかにも高そうな船が並ぶ中をゆっくり馬車で進むと、少々年季の入った大形クルーザーの前で止まるように、シロに指示された。
「私の父が所有している船ですが、ちゃんと断ってあります。早速、荷物の積み込みを行いましょう」
父が所有って……まあ、いいや。
ここで力を発揮したのは、さすがのセリカ様だった。
私たちには重い荷物を、ひょいひょい運んでは船に積み込んでいく。
ちなみに、船はちゃんと人間サイズなので問題無い。
最後に、船には積めない馬車を預けに、マリーナの預り屋へ。
憤死ししそうなほどの料金を払って船に戻り、いざ出航……あれ?
「ねぇ、誰が船を動かすの?」
肝心な事を忘れていた。おおよそ、船を動かせる者がいるとは思えなかったのだが……。
黙って手を上げた者が二人。シロとセリカだった。
「シロもセリカも動かせたんだ」
これは意外な一面だ。
「私は商家の嗜みで……」
「私は花屋の嗜みで……」
そういいや、すっかり忘れていたけど、セリカって商家の娘だった。こっちは、まあいい。
しかし、なんだ。商家と花屋の嗜みって!!
「ま、まあ、いいわ。どちらでもいいから、出航しましょう」
シロとセリカ話し合いの上、行きはシロ。帰りはセリカになったようだ。
「それでは、行きます!!」
キーンと魔道エンジンの音が高まる。
これはもう十数年前に開発されたもので、魔力を動力源として動力を生み出す機械だ。
今はまだ船などの大形のものにしか搭載出来ないが、より小型化して自動車というものが開発中で、いずれ馬車と置き換わるだろうと言われている。
シロの操る船は、ゆっくりと横向きに桟橋を離れ、程よいところで前進し始めた。
その間、隣のセリカが「いい腕してる」とかつぶやいているのが怖い。
船はマリーナを出るとさらに増速し、港を出る頃には白波を蹴立てて走る、弾丸のような勢いでぶっ飛ばしていた。
なんて言うか知らないが、操縦席は甲板より数段高い所にある。
ちょっと覗きにいってみると……。
「あっ、先生。一時間くらいで着きますよ」
いつの間にサングラスを掛け、こちらを振り向いたシロは、女の私でも惚れそうなくらい格好良かった。
あー、ちなみに皆がシロシロと呼ぶので白猫を想像すると思うが、実は全身真っ黒の黒猫だったりする。「街」の連中はとことんいい加減なのだ。
こうして、私たちは無事に船出したのだった。
こういう休暇も、久々かもね。
さて、期せずして女子会となってしまったこの旅行。
シロが操船いている間にも、下のデッキでは何かとわいわい盛り上がっていた。
実はあまり得意ではない私は、デッキチェアに寝そべったまま目深に帽子を被って、半分昼寝をこいていた。一応、誰得の水着ではあるが、上に羽織っているのが白衣であるあたり、我ながら色々重症だと思う。
「狸さんも混ざりましょうよ~」
三毛の声が聞こえたが、狸ゆえに狸寝入りを決め込んだ。
ちなみに、ラグドールは狸面にならない場合も多いのだが、その場合はなんて呼ばれていたんだろうなぁ……。
「えっ、せりカさんと狸さんって恋人同士だったんですか?」
「はい。それなのに、名前は言えませんが、元同僚に名前までもらっちゃって……」
「それでいて、細目と恋仲に……なりそうになって破局ですか。やり手ですね」
……待てコラ。
「セリカ、分けの分からんこと言うな!!」
「ほら、起きた」
「さすがです」
……三毛。
「ったく、人をおちょくるのも大概にしなさいよ。あんまりやると、セリカのあんな事とかこんな事とか……」
「えっ?」
もちろんハッタリなのだが効いた。セリカが明らかに挙動不審になった。
「あっ、聞きたいです!!」
三毛が反応したが、そんな彼女にため息を送ってやった。
「口止めされていたから言わないでいたけど、あなたも結構……やめましょうか」
「えっ?」
三毛が固まった。
無論、これもハッタリだ。
誰しも、秘密の一つや二つはある物だ。簡単なトリックだが引っかかった。バーカ。狸様なめんなよ!!
こうして、まるで水を打ったような静けさの中、船は無事に島に到着したのだった。
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