第29話 受難の猫
セリカのバイト期間が終わった。
てっきり実家に帰るのかと思いきや、なぜか「街」の近くに軍仕込みの本格的なキャンプを張り、そこで生活する事にしたらしい。
「あなたももの好きねぇ。なにも、野宿しなくたって……」
私は三毛と細目を連れ、せっせとキャンプの設営をしているセリカの元を訪れた。
「いえ、この方が『街』になにかあった時にすぐに応援に行けますし、仕事があった時にいカレンのところまで救援依頼をする手間が省けますので」
「カレン?」
細目が怪訝な声を出した。
「そっか、前回はそんな暇なかったもんね。いわば、私の人間銘よ。カレン・ラリー。もしくは、カレン・ストラトス」
細目と三毛が目を見張った。
「ただ者ではないと思っていましたが、二つの名を持つ猫……」
三毛が感心したようにつぶやくが。そんなに凄いか?
「まあ、俺らは普通に狸でいいや。いわば、猫ネームってね」
細目がお気楽そうに言った。まあ、今さらコイツにカレンとか呼ばれても気持ち悪いだけである。
「そう言えば、そちらの猫さんは紹介して下さらないのですか?」
作業の手を休めて、セリカはニッコリ笑みを浮かべた。
「ああ、そうだった。こっちは三毛、何年も前に亡くなっていたんだけど、故あって私が蘇生させてね」
「はい、そのせいで一度狸さん死んでしまって……」
ピキッと音を立てて、セリカの笑みが固まった。
うわ、馬鹿。それはあかん!!
「ほぅ、また無茶をやったと……。やっぱり、行動制限付きの首輪付けておこうかな」
「や、やめろぉ!!」
半泣きで叫ぶと、セリカは大きくため息をついた。
「でも、いつもその無茶で助けられるのです。これは、否定できない事実なんですよね」
「私も本来は霧散して消える運命でした……。凄い巡り合わせだと思っています」
三毛が殊勝な事を言った。やめろ、なんかムズムズしてきた。
「医療に携わる猫として、どうしても放っておけなかったのよ」
私は白衣のポケットに庁手を突っ込んだ。
「それだけじゃないです。私は細目の元カノでしたから、今の彼女は狸さんですけれど」
うわ、三毛の馬鹿!!
セリカの表情が、笑顔から憤怒の形相に変化していく。こ、怖い。
「へぇ……人が泥まみれになっている間に、カレンは恋愛まで……」
瞬間、私は反射のレベルで両手を上に……うげっ、ポッケに引っかかって出ない!!
シャキーンっとまあ、音はしなかったが、そんなイメージで私の頭上……ではなく、細目の頭上でセリカの剣が止まった。
「ああ……」
完璧に油断していたらしい細目が、肉球から盛大に汗を流しながら固まっていた。
「……勝負です。あなたがカレンの彼氏にふさわしいかどうか」
コケていいのか。これは?
「あれ、想定外の展開ですね……」
何を狙っていた、三毛よ。
「尋常に、勝負!!」
「待て待て待てぇ!!」
セリカの鋭い攻撃から逃げまくる細目。初めて見た、細目の涙。
「あの、セリカさんとはどういう関係なんですか?」
そんな二人の様子を眺めながら、三毛が聞いてきた。
「そうねぇ、最初はお客さん、いつの間にか相棒に昇格して、現在は友人かな。多分」
「友人の行動じゃないですよ、あれ。明らかに、恋愛感情を持っています」
そうなのか? なにせ、鈍くてね。
「セリカのヤツ、猫に恋してどうする。猫好きとは聞いていたけどさ」
「ここは、割っ入るのがセオリーですが?」
……知らん。
「鼻血が出なくなるまで、殴り合いさせておけばいいよ。まっ、見てましょ」
「はい」
薄情な女猫二人は、適当な所に腰を下ろし、なんだかよく分からない戦いをひたすら見守ったのだった。どこか醒めた目で……。
勝負は唐突に終わった。二人揃ってぶっ倒れたのである。かれこれ、三時間ほど経過した頃だった。
「はい、お疲れさん」
私は二人に、体力回復のポーションを手渡した。
私特製のこれは、この程度の疲労なら立てる程度にまでは即座に回復出来る。
なんとかヨロヨロと立ち上がった二人は、同時に大きなため息をついた。
「さて、一息入れたらさっさと寝床作らないとまずいわよ。三毛、薬草茶の俺れ方は教えたわよね?」
「はい、バッチリです!!」
なぜか私にくっついてくるようになってしまった三毛には、せっかくだからと、薬師の◇がなくても出来る事を、手伝ってもらうことにしたのだ。
彼女は、覚えがいいので大変助かっている。
「セリカはお湯を沸かして。細目は……腕立てでもしてて」
相変わらず細目の扱いが酷いが、彼が出来る事がないのだからどうにもならない。
セリカが野外用のコンロでお湯を沸かし、それで三毛が薬草茶を淹れ、車座になって全員が一服入れる……。やはり、戦いは嫌いだ。うん。
「セリカ、私が荒事は嫌いだって知っているわよね。無駄に剣なんて見せないでね」
戦うなとは言わない。必要な戦闘だってある。わかっていはいるが回避したい。それが、私の想いである。そのための術も、最大限磨いてきたつもりだ。
「はい、申し訳ありません」
すっかりシュンとしてしまったセリカに、私の「昔話」を知る数少ない存在である細目も肩を落とした。
「分かればよろしい。じゃ、続きやっちゃいなよ」
「はい」
私が促すと、セリカは中断していた作業を再開した。
手伝いたいが、人間サイズの物品などそうそう運べるものではなく、逆に邪魔になりかねないのでやめた。
「それにしても、まあ、セリカも強くなっちゃって……」
三毛と並んで素早く動く彼女と、なにか手伝おうとして吹き飛ばされている細目を見ながら、私はポツリとつぶやいた。
「野宿なんて、本当にたくましいですよね」
三毛が関心したように言った。まあ、それもあるが……。
「さっきの剣の筋。あれは並みじゃないわよ。細目もよく斬られなかったものだわ」
そう、セリカの剣は並みではなかった。そういえば、彼女がまともに剣を振るところを初めて見た気がするが、ますますむやみには振らせられない。あれでは簡単に死者が出る。
「あっ、第二ラウンド始まりました!!」
三毛の声に我に返ると、何が発端だったのか、再びセリカと頬目の小競り合いが始まっていた。
しかし、先ほどと違う事は、細目が完全な戦闘モードに入っている事。そして、セリカの発する殺気はマジものだった。
「やれやれ」」
……ったく、この馬鹿どもは。
なんか使えそうな物……あった。
私はセリカの荷物にあった炭焼き用のぶっとい鉄串を二本手に取ると、まずは細目の背後に回り込み、その首筋に一撃入れて黙らせた。
「えっ?」
セリカが驚いた一瞬の隙を突き、私は鉄串を構えて一気に間合いを詰めた。
キン!!
反射的だったのだろう。セリカが繰り出した剣を、鉄串で払い除けた。素早く飛んで来た返す一撃も簡単にはね除けつつ、セリカが次の対応をする頃には、私は鉄串を放り捨てて彼女の背中をよじ登り、その首筋に爪を出した手を押し当てていた。
「……これがナイフなら、あなたは頸動脈を切られて死んでいた。まだまだね」
私がストンと地面に降りると、彼女はその場に崩れ落ちたのだった。
「別に私が強いわけじゃないわよ。あなたたちが弱すぎただけ」
正座する二人を前に、私はジト目で言ってやった。
「でも、てっきり戦闘はからっきしダメなのかと……」
よほどショックだったのか、失礼な事を失礼なまま言うセリカ。
「あのね、戦闘を知らないで戦闘するななんて言うと思う。後で腕立て千回!!」
「はい!!」
軍隊気質が抜けなくなってしまったのか、私の冗談に即座に反応するセリカ。
まあ、いいや……。
「良かったよ、首の骨折られないで」
これは細目だが、取りあえず無視した。そんなヘマするか。
「それにしても、これだけ戦えて戦おうとしないとは……もったいない気がします」
三毛がポツリと漏らすが……。
「薬師に戦いは要らない。だから、戦う事はない。それだけよ」
薬師が自ら怪我人を増やしてどうする。これは、薬師になると決めた時に、自ら課した規則だった。よほどの緊急事態を除いて……。
もしあのままだったら、どちらかが取り返しの付かない事になっていただろう。
力ずくでも止める必要があった。大いに反省してもらいたい。
「それにしても、鉄串で私の剣を防ぐなんて……」
「あなたの剣は並み以上だけど、素直過ぎるのよ。まだまだ実戦レベルじゃないわね」
ここぞとばかりに言ってやると、セリカは小さく唸った。
「さて、二人とも。これに懲りたらアホなことやっていないで、とっとと始末しなさい。日が暮れちゃうわよ」
私は小さく笑みを浮かべたのだった。
まあ、流れというかなんというか、セリカの歓迎会を兼ねて、私たちはそのまま新設なったキャンプで一泊となった。
「街」からも暇人が押し寄せ、ここぞとばかりに栄養ドリンクを売ってみたら、なぜかバカ売れした。みんな、お疲れらしい。
とまあ、そんなこんなで夜。家に帰っても良かったのだが、初日くらいはと一泊する事にした。
「へぇ、細目さんって一途なんですね。何だか素敵です」
よく分からないが、セリカの中で細目株が上がったようである。
「うん、デートの時の三毛の話ししかしないし……」
セリカが半眼になった。
「細目さん、それは大減点ですよ。何やっているんですか!!」
「い、いやぁ、今さら狸となぁ……」
……悲しいぞ。私は。
「うーん、私は嬉しいですが、素直に喜べないですね」
三毛も困った様子だが、よけいに嫌だ……。
「やめよう、この話題は……」
たき火のパチパチという音だけが響く。悲しい……。
「そういえば、カレンはどこであの戦闘技術を。生半可ではないですよ?」
セリカが話題を変えてきた。よしよし。
「まあ、私だって昔から薬師だったわけじゃないからね。それなりに、荒れていた時期もあるのよ。ある時ね、敵対する連中と抗争だっていって、それなりの地位にいた私には拳銃が渡された。ガキのオモチャには過ぎたもの。ああ、これから殺しに行くんだって思ったら、急に醒めちゃってね。なんとかかんとか抜け出して、現在に至るわけです。その時に戦わない事をルールにしたわけ。こっちの方が難しいから、やり甲斐もあるしね」
そう、これが私が戦わない理由だ。
どちらに儀があろうが、戦えば死者が出る。いい格好するつもりはないが、そういうのに疲れただけなのだ。
「なるほど、つまり逃げる事で自分を守っている。というようにも聞こえますが……?」
三毛がポツリとつぶやいた。
「そうとも言える。正面から当たる事を、回避し続けているんだもの」
苦笑を返すしかなかった、
「……ですが、なかなかそれに徹しきれるものではありません。凄いと思います」
三毛は小さく笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ休みましょうか。もういい時間よ」
こうして、私たちは眠りに就くべく準備を開始したのだった。
その夜半過ぎだった。
軽く肩を揺さぶって起こされたのは、細目ではなく三毛だった。
彼は大いびきで寝ている。……阿呆。
「ん、どうしたの?」
目を擦り擦り起き上がると、三毛が寝ている細目を起こさないように、そっとテントの外までエスコートしてくれた。
そこには、たき火に当たっていたセリカの姿があった。
「こんな時間に申し訳ありません」
セリカがぺこっと頭を下げた。何だろう、凄く嫌な予感がする。
「単刀直入にお聞きします。細目と付き合ってみて、どうですか?」
これは三毛だ。その目は真剣そのものだった。
「どうもこうもないかな。今までと特に変わらないわよ」
そう、悲しいくらいに変化なし。ある意味気楽でいいが、ちと悲しい。
すると、三毛は小さくため息をついた。
「やはり、そうですか……干渉はしないつもりでした。大きなお世話というものですので」
「は、はい」
三毛の妙な圧力に、私は二歩ほど後ずさってしまった。
「……これから、カレンは私たちの『所有物』になってもらいます。三毛!!」
寝ぼけていた事もあるが、その速度が異常だったという事が大きい。三毛に羽交い締めにされ、何が何だか分からないまま、私の首にはピンクのやたら可愛い首輪が付いていた……」
「ちょっ、どういう!?」
思わず首輪を引っ張ったどころで、どうなるものでもなし。何しやがる!!
「細目はああ見えて、ヤキモチ焼きなんです。自分の彼女がこんな事されたら、さすがに動きますよ」
三毛~!!
「もし動かなかったら、私が責任持ちますので……」
いや、セリカ。あなたは引っ込んでなさい。
こうして、私の受難の日々が始まったのだった……。
「それ、無理矢理取ると電撃が……」
「……」
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