第23話 追え!!……な猫(中編)
どこだか知らない森の中。一見すると、単なる掘っ立て小屋に見える建物の地下に、私は案内された。
「へぇ……」
白衣のポケットに両手を突っこみ、私はチョビ髭に連れられて歩いていた。
そこは、最新の設備が整ったまさに「ラボ」だった。薬師なら憧れるであろう機材が、当たり前に設置されている。薬学校を思い出すわね……。
「ここのブースをご自由にお使い下さい。助手を一人付けましょう」
チョビ髭が広いブースに私を連れ込んだ、中には人間の薬師がいて、すでに調剤の準備をしている。助手ねぇ……。
「素直に監視って言ってよ。少しは好感度が上がったかもしれないわよ」
軽口を叩きつつ、私はどうしたものかと思案してみたのだが……。
私が殺されるだけならまだいいが、セリカたちの事を考えると下手に動けない。
作るしかないか。フェロゲン爆薬。ただし……。
「あの、これってフェロゲン爆薬ですか?」
助手という名の監視が聞いた。さすがに出来る。
「いわば、フェロゲン爆薬改ね。私の自信作。計算上、爆発力がオリジナルの1.37倍になっているはずだから。なんなら、そのご立派な機械で検査してみたら?」
私の声に導かれるように、助手君は様々な機械に試作品を掛け……。
「凄い……どうすれば、こんな事が」
「企業秘密」
最強中の最強の爆薬。バカどもには、ちょうどいい目くらましだろう。
「いやぁ、素晴らしいです。さすがに、世界に名を轟かせる薬師ですね」
どこにいたのか、チョビ髭がブースに入ってきた。
……えっ、そんなに凄いの。私?
「おい、君。さっそく量産に入りなさい。あなたはこちらで待機願います」
チョビ髭の護衛が私を引っつかもうとしたが、それを手で制した。
「今さら逃げも隠れもしないわよ。こんなもん作っちゃったんだから。で、どこに案内してくれるのかしら?」
チョビ髭は目を細めた。
「なかなか肝が据わっていらしゃる。結構、こちらです」
複雑な施設の通路を通り、行き着いた先は……ん、客室?
「せめて、最期の時は穏やかにということで、この施設で最高のお部屋をご用意させて頂きましました。あなたが開発した爆薬で、最初に天に召されるのはあなたです」
……あっ、そういうこと。
「分かりやすい展開でどうも。先に言っておくけど、あの爆薬は凄くシビアだから、絶対に組成を弄っちゃダメよ。量産に失敗したら、この辺り一帯が吹っ飛ぶから」
チョビ髭の表情に、チラッと恐怖の色が見えた。さまぁみろ。
「で、では、これで……」
部屋の扉が閉められ、カチッと鍵が掛けられた。
瞬間、私は思いきりため息を吐いた。
「はぁ、なんだってこうなるんだか……」
私は街の薬屋さんである。こんな事をしている場合ではないのだが……。
「まあ、愚痴っていてもどうなるわけじゃないか。あとは、仕掛けるタイミングか……」
今は時を待つ。そう、猫は待つのは得意なのだ。
地下なので分からないが、運び込まれた食事の回数から考えて3日後、再びチョビ髭が現れた。
「ようやく量産が終わりました。最後にご協力頂いた事に御礼申し上げます」
「好きでやったんじゃやないけどね。まっ、扱いには気を付けて」
私はチョビ髭に軽口を返してやった。
「はい、それはもう……。この施設には、すでにあなたの爆薬が仕掛けてあります。ここに分かりやすいようにタイマーを置いておきますね」
00:30:00……長っ!!
「これが動き始めたら、起爆スイッチが押されたと思って下さい。あと、セリカ・ラリーとその仲間たちですが、監視対象から外しました。これは、信じて頂くしかありません」
チョビ髭は自分が圧倒的優位だと思っている。この期に及んで嘘は言わないだろう。その必要もない。セリカたちが大丈夫なら、後顧の憂いはない。
「分かった。ほら、とっとと行きなさい」
チョビ髭は一礼して去って行った。扉に鍵を掛ける事を忘れずに。
「さぁて、好き勝手やらしてもらうわよ!!」
私が虚空に「窓」を開いた瞬間、タイマーが作動した。そんな事より‥‥。
「まずは……うげっ!?」
私が作った爆薬にはいくつか仕掛けがある。その一つがこれ。「トレーサー」といって、普通に危険な薬品を生成する時に付けたりするのだが、その薬品がどこにあるのかを調べるために仕込むのだ。
特殊な探査系魔法で探すと反応があるのだが、私が使うものは一キロ圏内にあれば分かる。これでも長い方なのだが、それをひっそりと仕込んでおいた。気が付いていないか調べてみたら……この施設の壁全てに仕掛けてあった。
こんな量を起爆させたら、この辺りの地形が変わってしまう。何を考えている!!
「ああ、もう。これだから素人は!!」
頭を抱えたくなったが、それよりもやる事がある。
私は爆薬の追跡方向を変え、施設から急速に離れて行く一団を捉えた。
たった一キロ、されど一キロ。王都方面に向かった事だけは分かった。まずいな……。
「えっと……あと、約一五分か。以外と掛かっちゃったわね……」
タイマーをちらりと見やり、私は肉球をすり合わせて汗を拭いた。もはや、私に出来る事はない。地形と共に吹っ飛ぶか。神出鬼没のアイツに掛けるか……チッ、借りばっかりだ。
タイマーの数字は順調に減っていき、そして……。
ドバン!!と扉が開くと同時に、細目が転がり込んできたときには、タイマーの数字は「00:01:30」だった。あーあ、遅いよ……。
「狸~」
「話しは後。ちょっと待って!!」
私は軽く目を閉じて呪文を唱えた。一瞬閃光が走り、タイマーの数字が0になった。
「な、なに?」
目が極限までつり上がり、本気と書いてマジと読むモードの細目が、顔に似合わずのんびり問いかけてきた。
「この施設には爆薬が仕掛けられている。この辺りの地形が根こそぎ変わるほどのね。今のは仕掛け。たった一回だけ、十分間爆発しないように出来る。今のうちよ、急ぎましょう!!」
そう、これが仕掛けその二。私だって、色々工夫はしたのだ。
「ちょっと待ってくれ。ここから、僕が入った入り口までは二十分は掛かるよ……」
……
「どーすんのよ!!」
二人揃ってここで心中かい!!
「ま、待って。もしかしたら……」
私を置いて、細目はどっかに行ってしまった。おいおい!?
半ば死を覚悟したその時だった。私の敏感な耳は、複数の足音が接近してくるのを感知した。一つは細目だが……あれ、この足音。
「話しは聞いた。細かい事は後で」
まさかの再会。そこにいたのは、セリカと愉快な仲間たちだった。
「猫の街まで転移する。みんな、私の周りに!!」
杖姐の鋭い声が飛び、私は反射的にべったり張り付くような距離まで接近した。
私は使えないが、知識としてはある。転移の魔法はかなりの上級魔法だ。呪文詠唱に数分は掛かるはずである。間に合うか……。
そして、杖姐の詠唱が終わった瞬間、視界が一気に暗転したのだった。
視界が元に戻った瞬間、凄まじい爆風で吹っ飛ばされそうになった。「街」の壁が一部崩壊して吹き飛んでいった。以外と近い場所で、巨大なキノコ雲が上がっている。
あはは、さすが私。いい出来だわ。はぁ。
一通りの嵐が過ぎ去ったあと、セリカたち一行は私に向き治った。
「そこの猫からあらましは聞いている。そして、俺たちを狙っていたバカがいてな、締め上げてやったら大体吐いた。足りない情報はあんただけだ」
長剣兄ぃが前回とは違って、ごく普通に話してきた。そう、もう上官ではない。当たり前だが。
「それじゃ、情報交換と行きましょうか」
まあ、話しを要約するとこうだ。
あのチョビ髭はポルン大佐という軍の人間らしい。
名前はなんか可愛いが、今回企んだ事はなかなか大それた事で、建国一千九百七十年祭という中途半端な祭りに合わせて、クーデターを計画。大量の爆薬を王城に仕掛けて根こそぎ吹き飛ばして王家の人間を滅ぼし、自らが新しい国王であると宣言する……という、簡単に言えばそういう筋書きらしい。
ある事が荒すぎる上にあの爆薬の知識のなさ。王都が丸ごと吹き飛んで消えてもおかしくない。
ポルン大佐の計画を潰すべく猫の街を訪れた一行は、細目から街での事を聞き、周辺を虱潰しに探していたらしい。
「はあ、あんたらの力、信用しておくべきだったわ。バカにオモチャ与えちゃった」
結局、私が爆薬を作った理由は、セリカたちの存在が大きい。結果的に、それが裏目に出た形だ。たられば言っても仕方ないけど。
「はい、カレンの完全な失策です。私たちを甘く見すぎです。正直、ショックでした」
おうふ、セリカのストレートパンチ。横にいた細目が動いたが止めた。
「……ですが、私たちをないがしろにされていた方が、もっとショックでした」
面倒ね、全く。
「とりあえず、今は王都に向かおう。無効は危険物を運んでいる。まだ追いつけるかもしれん」
杖姐の提案に従い、私たちは彼らの馬車に飛び乗ったのだった。
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