第22話 追え!!……な猫(前編)
「‥‥あんたらねぇ。こんなもん作らせて、ただで済むと思っているの?」
店を閉めようとした。変な連中がなだれ込んできた。脅されて変な薬を作らされている、以上。これが現状だ。さて‥‥。
「いいから、黙って作業しろ」
猫1が押し殺した声で言った。ふん。
渡された薬の組成を見れば、危ない物質。ぶっちゃけ、爆発物である事は容易に分かる。っていうか、分からないと作れない。
‥‥細目、早くしろ!!
実は、こっそり緊急通報装置のスイッチを入れてある。これで、この店の屋根の上に赤い旗が揚がり、非常事態が発生している事を示している。こういった危険なものを扱う場所や店には、装備が義務づけられている標準的なものだ。
こういう時は細目様なのだが、いまだに現れる様子はない。
「あと、五分で終わらせろ。出来なければ、他を当たる」
猫2がぶっきらぼうに言った。
「他ねぇ。どうせ、出来たって出来なくたって、私はあの世行きなんでしょ?」
なだれ込んできた連中は五人。一人でどうにか出来ない事もないが、少々手荒な事になってしまう。出来れば避けたいが……。
「そろそろ、時間だぞ」
猫……面倒臭い。誰でもいいが言った瞬間、店の扉を蹴破って何かがすっ飛んで来た。
そして、その何かは、見事な体捌きで待合室にいた三人を叩きのめした。
「ったく、遅いわよ!!」
私は乳鉢の中身を浮き足立った残り二人にぶちまけた。私が作っていたのは爆薬ではない。すこーしばかり凶悪な目つぶしの薬だ。
案の定、悲鳴を上げてのたうちまわる二人。本来、傷の消毒用に使う、アルファテリンという強い薬品だ。こんなもんがまともに目に入ったら、確実に失明するだろう。
「薬師に妙なもん作らせるからこうなるの……。にしても、細目。やけに遅かったじゃない」
待合室で変な構えを取っている細目に、私はため息を吐いた。
……何やっているんだか。
「うん、外に変なのたくさんいたからさ、ちょっと手間取ちゃったよ」
おいおい
「変なの?」
「うん、今は警備隊とやり合ってる。僕らは逃げた方がいいね」
……ったく、なんなのよ!!
「ちょっと急ぐよ!!」
細目の先導で、私は白衣のまま街中に飛び出した。普段は、診断用に使っている探査魔法を応用して周辺を探ると……。
「うげっ!?」
建物の屋根を飛びながら、十五名ほどこちらに接近してきている。
「細目!!」
「ああ、分かっているよ。このまま街の壁まで引っ張るから、狸はよじ登って街の外へ。門は使えない」
「うにゃあ。あれ登るの!?」
「街」の壁は人間ですら容易に越えられないくらい高い。ざっと三メートルはある。登れと……。
「それ以外に道はないよ。ここにいたら、じり貧だもの」
声とは裏腹に、細目の細目がが珍しくつり上がっている、超本気だ。
「……分かった。私も猫だもの、あのくらい越えてやるわ!!」
三メートルなら……、多分落ちても怪我をするほどではない。爪研ぎは毎日やっているし、相手は土壁だ、途中までジャンプして張り付いて、ガリガリ登れば行けるだろう。
路地の向こうに壁が見えてきた。よし、ここだ。
「細目、ありがとう」
言い残し、私は久々の全力疾走を開始した。遮るものはない。私はタイミングを見て思い切りジャンプした。
壁の上端近くまで跳んだ私は、すかさず壁に爪を思いきり突き刺して素早く登った。
「で、どうしようか……」
壁の上に立った私は、一瞬途方に暮れてしまった。
前にも言った気がするが、猫は降りるのが苦手なのだ。しかし、悩む暇はない。
「跳べ!!」
もうこれしかなかった。ズルズル壁を降りている場合ではない。
私は壁の上から地面に向かって跳んだ。着地と同時に全身のバネを使って衝撃を抑えたが……ちょっと痛い。
「いててて……!?」
いきなり首根っこ引っつかまれて持ち上げられ、私は声を上げそうになったが我慢した。
「やっと捕まえましたよ、先生」
そこには、恐らく護衛と思しき鎧を四名ほど連れた、チョビ髭がムカつくオッサンがいた。
なんだ、この展開?
「まあ、こんな方法を取ってあなたを確保した以上、名は明かせない事はお察し下さい」
……。
「まさかと思うけど、街で暴れている連中って……」
「はい、私の手の者です。あなたのお宅にお邪魔した連中がダメなら、この場所に脱出してくるように追い込むという作戦でした。見事に乗って頂いたようで……」
うなぁ、ムカつく!!
「で、チョビ髭。私を捕まえたって事はアレでしょ。絶対作らないわよ。フェロゲン爆薬なんて、オモチャにしては過ぎるわ!!」
フェロゲン爆薬とは、現在世界最強と言われている爆薬だ。一グラムあれば、猫の街が根こそぎ消滅するほどの威力がある。おいそれと作っていいものではない。
「そうですか……。残念ですね。では、あなたの人間の友達に死んでもらいましょうか。確か、セリカ・ラリーとその仲間たちでしたっけ?」
「!?」
わざとらしく虚空に『窓』を開け、セリカたちを映し出すチョビ髭野郎。
これは、セリカたちの位置を把握していて、いつでも攻撃出来るという意思表示だ。
「ふん、あいつらナメてるでしょ? 並の刺客を送ったところで返り討ちに遭うだけよ」
ここからはハッタリのやり合いだ。折れたら負けである。
「おやおや、甘く見ているのはそちらでは? 彼らの能力はあなたより私の方が知っています、それを見込んでの人選ですよ。試してみますか?」
「あいつらに勝てるのが、そうそういるとは思えないけどねぇ」
そこで、お互い睨み合って火花の散らし合い。しばし続いたが、折れたのは私だった。
「分かった分かった。あいつらを危険には晒せない」
「ご協力感謝致します。では、こちらへ」
チョビ髭オヤジの馬車に乗せられ、私はいずこかへと連れていかれたのだった。
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