第21話 閑話 ~この猫にも歴史あり的な猫~

 本日、お隣の病院は休診日。うちの店は開けているが、普段よりかなり暇である。

 私は「作業着」である白衣を着込み、せっせと作り置きの薬を作っていた。営業は再開したが、なにせ根こそぎ在庫がなくなったので、やる事はごまんとあった。

「ふう、お昼休憩しようかな……」

 ちらっと時計を見ると十五時時半。昼というには遅すぎる。

 調剤室から出ると、店の入り口に前にチラッと栄養ドリンクだけ買っていった、マンチカンの「教授」がいた。もう一度言うが、顔が人間の教授っぽいというだけで、別に特段切れ者というわけではない。

「ふむ、いかんな。お前が疲れていたら、皆が安心できん」

 店内に入ってきた教諭は、私をじっと見て言った。

 これはこの子の癖。何か二集中すると、じっと見つめるのだ。

 ちなみに、こんな喋り口だが、教授は女の子だったりする。

「あれ、顔に出ちゃってた?」

「うむ、はっきりと出ておった」

 あちゃー、プロ失格。どんなに疲れていても、顔はいつも涼しくね。嫌でしょ、今にも死にそうな疲労困憊の薬師なんて。

「まあ、朝一でずっと作業していたからね……で、どうしたの?」

 まさか、立ち話しにきたわけでもあるまい。教授はうなずいた。

「うむ、いつもの栄養ドリンクなのだが、今日はストロングが欲しい。あるか?」

 ノーマルは作ったがストロングか。よし。

「五分待ってね」

 そう難しいものではない。必用な薬草を揃えて刻んですり潰して……仕上げに超小型魔法陣で整えれば出来上がる。

「おお、本当にきっかり五分。やりおるな」

 計るな!!

「はいどうぞ」

「うむ、頂こう」

 代金と引き替えにカップを渡すと、教授はそれを一口で飲み干した。

「ふむ、やはりいい腕ををしておる。……これだけの腕があれば、医師にもなれたろうに、なぜ制限が多い薬師を選んだのだ?」

「それは、私もずっと気になっていましたわ」

 やんわりとした女の子の声が聞こえ、私は反射的に入り口を見た。

「あれ、さくらじゃないの。。珍しいわね」

 足の短さでこの街が誇る、二大マンチカンの「教授」と「さくら」が、偶然だろうがこの店に集まってしまった。

 さくらは「飼い猫様」ではあるが、気さくな性格で人気もある。同性である私ですら引き込まれるほどの、色香漂う女の子らしい女の子だ。

「薬師をバカにしているわけではありません。しかし、医師として第一線で最前線に立てるだけの能力があって、なぜ制約が多く出来る事に制限が多い薬師を選んだのか、ずっと謎だったのです。あなたの性格上、やらないはずがないのに……」

 さくらは、ただ黙っている女の子ではない。ガンガン攻める時は攻めてくる。

「まあ、考えたけどさ、私に向いていると思う? そりゃ制約は多いけどさ、薬師だって捨てたものじゃないわよ」

 私は白衣のポケットに突っこんでいた両手をそっと抜き、さりげなくその肉球を見た。

 もう、何年前かねぇ……。


 猫の魔法医師学校は三年制だ。人間は知らないけれど、その間に必用な知識をみっちり叩き込まれる。しかし、これはまだ第一段階に過ぎない。馬車免許で言えば仮免だ。次にある研修という名の実地演習期間。これをクリアして、初めてひょっこ魔法医の完成となるのだが、この研修期間には期限がない。つまり、合格レベルに達するまで延々と続くのである。まあ、この期間は医師からよく使われるもので、立場的に弱いのでどうにもならないのだ。

 そんなある日、研修中の私とベテラン薬師がペアになって当直をしていた。本来はベテラン医師がつく決まりなのだが、適当に理由を付けてどこかに遊びに行ってしまった。今までは、それで何とかなっていたのだが……。

 その日運ばれてきた患者さんは、明らかに私の力量では対処出来なかった。頭の中が真っ白である。何をしたかも覚えていないのだが、そこにベテラン薬師の存在があった。

 ヘボとはいえ指揮官はこの私。「提案」という形で、薬師に矢継ぎ早に指示される通りに動き、気が付けば……。

「……死亡確認」

 全てが終わった瞬間だった。なにもかも……。

 医師である以上は、こういうことも覚悟しないといけないのだが……。

「よし、センセ。当直開けるし飲みに行くベ。日報には、ありのまま書いておいたから、サインだけよろしく」

「は、はい……」

 ベテラン薬師に促され、私は日報にサインした。どこぞで遊んでいたベテラン医師をボロクソに書いてあり、これがきっかけでクビになったと知ったのはずいぶん後だった。

 それはともかく、ベテラン薬師の押しの強さに負け、勤務を終えると病院近くの飲み屋に入った。

「いやー、お疲れ。研修生にはヘヴィだったわね」

 運ばれてきたジョッキの中身を空けながら、薬師は言った。

「……なにも出来なかった。なにも」

 私は両手の肉球を見た。役立たずの。

「あのねぇ、あれでなんとかできたら、医者の研修やってる場合じゃないわよ。奇術師にでもなった方がいい。誰にも救えなかったと思う。あなたがなにか出来ると思う事自体が、大いなる奢りよ、研修生!!」

 ……

「なぜ、薬師なんですか? あの処置は的確だったと思います。医師になればいいのに……」

 私の言葉に、薬師は派手に笑い超えを上げた。

「私がドクターとか呼ばれちゃうわけ? 気持ち悪いって。私はね、ヘボいドクターの尻を蹴飛ばしているのが何より楽しいの。あなたもなかなか蹴り甲斐があって楽しかったわよ」

 片目を閉じて見せる薬師に、私はなにも言えなかった。


 それから間もなく研修期間卒業となり、普通はそのまま医師の道へと進むのだが、私は薬学校に入学し、医師免許を持つ薬師という変な道を歩むことになった。ヘボい医師の尻を蹴り上げたくなった……とでもしておくか。

 医師免許は薬師免許の裏に入れて額で店に掲示しているが、卒業しましたよ程度の役にしか立たないだろう。医師の実務経験は研修の時だけ。使い物にならない。この事実を知っているのは、私以外にはいない、


「なにか納得いきませんわ。本当の理由を言っていない」

「いかにも」

 さくらと教授が結託したらしい。面倒臭いなぁ。

「私がドクターとか呼ばれちゃうわけ? 気持ち悪いって。私はね、ヘボいドクターの尻を蹴飛ばしているのが何より楽しいの。分かった?」

 秘技、セリフパクり!!

「なるほど、そういう嗜好があると」

「狸はやるときは徹底的に責めるからな」

 な、なんか、変な方向に納得されたんですけど……。

「ま、まあ、いいわ。面倒だからそうしておいて」

 否定するのも面倒なので、私ため息を吐いた。

 結局、昼ご飯は食べ損ねてしまったが……まあ、たまには昔語りもいいか。

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