第20話 薬師に恋愛は必要ない猫
私はささやかな奇跡に出会っていた。
なんと、あの卸しのキッツい三毛のお姉さんと初会話に成功したのである。
「うむ……。大半のものは三日で納品出来るが、一部入手が難しい薬草がある。一週間見て欲しい」
「五日で頼む。代金とは別に、調達手数料として十万、時間に十万払うわ……」
どのみち薬屋一軒分、ざっと数千万単位の買い物だ。二十万増えたところでどうって事はない。それで早く営業再開出来るなら安いものだ。まあ、口調はお姉さんに合わせたが。
「……お前、例えば、劇薬指定のアルレウネをこの量調達するのに、五日という期限がなにを意味しているか、分かっているか?」
私は信じられないものを見た。あの無表情のお姉さんが苦笑したのだ。
「も、もちろん分かっているわよ、限りになく不可能に近い難しい。でも、お姉さんの顧客に納期はいつです。はいそうですか。で買っていく客がいるの?」
「……わかった、やってみよう」
いつものセリフを聞いたのち、次は中古の馬車屋へ。薬草類でもらった報酬はほとんど飛び、これで馬車を馬付きで買ったら、下手すればマイナスである。
とはいえ、なければ困るものなので調達せねばならない。この『街』には、何件か中古馬車を扱う店があるが、取り合えず大きなところに行ってみるか。通りを歩こうとしたその時だった。
「よう、狸。馬車を探しに行くなら、いい店知ってるぜ」
毎度お馴染み、神出鬼没の細目殿である。
「あのさ、私の事をストーキングして楽しい?」
私は反射レベルの反応で、細目に聞いていた。
「そうだねぇ。今この『街』で一番ホットかもね。なにか事があれば、必ず狸がどこかでえ出てくるし、見ていて飽きないよ」
「あ、あたしゃ見世物じゃねぇー!!」
ったく、細目の野郎……。
「まあ、何でもいいじゃん。行こうぜ」
全然よくないのだが、細目に言ったところで意味がない。一つため息を吐いてから、私は細目の痕に付いて歩いていった。
途中、見知った連中とすれ違った。総勢五名。いつもつるんでいる、メインクーンというバカデカい種族たちである。
「よう、細目。今日はデートか?」
リーダー格だけ呼び名を知っている。『胴長』だ。猫ながらヒドい。
「そんなわけ……」
「ああ、天気いいからね。君たちも彼女くらい作りなよ」
な、な、ななな!?
「お、おいおいマジかよ」
「細目に女だって。しかも、狸だぜ?」
「細目も物好きだな」
「ああ。狸だけは勘弁だ」
「だって、なぁ」
……私、なんかしたか?
どーせ、『街』で彼女にしたくない女、堂々ぶっちぎりのワーストワンだよ。原因不明だけど、モテないよ。いいよ!!
「よせ、お前ら……」
顔を劇画調にして、細目が振り返った。元が抜けた顔なので、まあ、あんまり格好良くはない。
「な、なんだ、いきなりマジになりやがって……」
滅多に見ない細目の本気モードに、ビビるデカ猫。さまぁみろ!!
「……俺が悲しくなるだろ?」
辺りに落ちる沈黙、。哀れむような五人分の視線が私に集まった。
……うん、これは予想していたぞ。だって、細目だもん。そして、私だもん。
でも、狸さんも心はあるのです。なにかこう、深い傷を負ったっぽいです。
「じゃあ、僕たちは行くから。またな」
細目と私はさらに進んで行き、小さな中古馬車屋に到着した、
さて、気を取り直し、私は馬車の物色に入ったのだが……。
「こ、これは……」
どうやら、ここはいわゆる「プロ仕様」に特化した店のようだ。私は普通の荷馬車でいいのだが、これはちと頑丈すぎる。これを引く馬も凄まじく屈強そうだ。
「うーん、これはいくらなんでもオーバースペックかな……」
細目に言ってみたのだが。
「いやぁ、最近の狸はこのくらいじゃないともたないよ。ここはアフターサービスもしっかりしているし、俺のお友達割引で買えるから、ボロい荷馬車を買うより絶対得だと思うよ?」
……細目は元々細い目をさらに細くした。
まあ、そこまで言うなら……。
正直、こういったことは苦手な私だ。知っているヤツがここまで推すなら、拒否するを探す方が難しい。
「分かった。じゃあ、この中から適当なのを見繕いましょうか」
正直、お友達割引でも結構な値段になったが、私は馬車を手に入れた。
時刻は夕刻から夜に移ろうとしていた。
手に入れた馬車は中型クラスとだいぶ大きくなり、引く馬も二頭立てになった。馬の名前は「ついん」と「たーぼ」だ。私じゃないぞ。細目が命名した。思いつきらしい。
御者台に二人並んで『街』の中をガタガタ進んで行く。細目が送って欲しい場所があり、私もお礼をしたいという思惑が重なった。
「ねぇ、細目。私たちマジで付き合っちゃおうっか?なんてね」
昼間のお返しがてら、軽くパンチを入れておく。言われっぱなしは嫌だ。
「バカモン、断られると分かってて聞くなよ」
ちっ、効いてない。
「少しは驚け。一応、あれ傷ついたからな。あんたに謝罪は期待していないけどさ」
「じゃあ、言うなよ」
……こういうヤツなのだ。細目というヤツは。
「まっ、恋愛している私なんて、正直想像も出来ないし、このまま突っ走ってやるわ!!」
悲しいかなこれが本音だ。そんなもんより、やる事はたくさんある。多分。
「そうそう、狸に恋愛なんて百年早いよ……なんだい、お腹でも下したか?」
……てめぇ、いつかホルマリン漬けにしてやる!!
「で、でも、こんな時間に墓地なんていい趣味してるわね」
危うく御者台から落っこちそうになったが、なんとかこらえて私は細目に言った。
「うん、日課を忘れていたからね。昔の彼女の墓参り」
私は、今度こそ御者台から転げ落ち、危うく轢死体になるところ立った。
「ホントだ。墓標がある……」
細目の事だから冗談の線も捨てていなかったのだが、迷わず向かった先に確かに墓標があった。
「あはは、嘘だと思っていたんだ。残念でした」
本気で残念でした……。
例によって名前がないので呼び名だが、『三毛』。……おい。適当過ぎるだろ!!
しかし、その下に小さく『永遠に 細目』と掘られているのを見ると、これはもう私は邪魔者でしかない。
「馬車で待ってるから、ごゆっくり」
言い残して、私は馬車に戻った。
「あはは、こりゃ私には理解できん世界だわ。はぁ」
私は一生薬をこさえていよう。誰にでも得手不得手はある。
細目が帰ってくるまで、私はこれは夢に見るなと思い続けたのだった。
私の店が営業再開すると同時に、隣の病院も診察を再開した。
久々の事とあって、朝から大繁盛ではあるのだが、喜んでいいか嘆いていいか微妙な線である。……そう、これが私の生きる道だ。このまま一生を終えていくのである。よほどの事がなければね。とほほ……。
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