第12話 万能薬師な猫
それはある日の事だった。
珍しくお店を訪れる患者さんもまばら、となりの病院も覗いたが医師が人間たちが観ている医療物ドラマを観て、こんなオペしてぇとかいや無理だろ!! と叫んでいた。要するに、暇なのである。
「まあ、こんな暇な時はマタタビ酒(仕事中)でも……」
そんな事を言っていたら、カラカラと店の扉が開き、警備兵が顔を覗かせた。
「ん。どうしたの?」
「ああ、面会希望者だ。セリカとかいったな。人間の女性と連れが何人かいるぞ。あまり待たせるもんじゃないぜ」
セリカとは懐かしい。連れということは、パーティーか?
ともあれ、私は店から出ると看板を「休憩中」にして、私は街の門に急いだ。
「お久しぶりです。カレン様」
そこにいたのは、一端の装備に身を固めたセリカだった。そのほかにもいる。
何を叩き割るんだというくらいのバカデカい戦斧を担いだ、「漢」という文字がふさわしいゴツい兄ちゃん、スマートでイケメン(多分)の兄ちゃん、弓を背負った……うぉっエルフとは珍しい兄ちゃん。杖をもったいかにも魔法使いなお姉ちゃん、職業は多分、罠解除などの専門家の罠士であろう元気そうな小柄なお姉ちゃん。セリカも入れて六人か。標準的ではある。
「元気そうね。セリカ」
声をかけると、セリカは笑みを浮かべた。
「はい、みんなよくして下さいます」
「紹介くらいしてくれるんでしょ?」
私も笑みを返した。
「もちろん、こちらの斧を……」
いきなり平和な空気をぶち壊す、けたたましい警鐘がなった。
「な、なに!?」
一瞬、うろたえてしまうと、ちょっと離れたところにいた門番がすっ飛んで来た。
「スコークセブンセブン、コード九十九。N二、W五」
それだけ言い残し、自分も大慌てで詰め所にすっ飛んで行った。
「まずい、最優先緊急事態!!」
それだけ言い残して、慌てて店に引き返す。道すがら解説しよう。スコークセブンセブンはこれ以上ない最優先の緊急事態発生を意味し、コード九十九は対象が人間である事。N二は北に二キロ、W五は西に五キロを意味する。少し遠い。
店に戻ると、早くも馬車に医師が乗っていた。
「薬品や薬草、材料は後続が届ける。まずは、急ぐぞ!!」
あれま、用意のいいことで。
スクークセブンセブンが発令されると、「街」は総出で現地に向かう決まりだ。馬車で混み合う前に、私たちは街の入り口をすり抜けた。
「ごめん、行かなきゃ。また別日に……」
「なに言っているんですか。緊急事態となれば、駆けつけるのが冒険者の定めでしょう。私の勝手ですけれど、皆さんよろしいですか?」
セリカはパーティー全員の顔を見渡した。
「ったく、また始まったぜ。一文にもならねぇのによ」
斧の兄ちゃんがニッと白い歯を見せる。
「是非もないな」
リーダーなのだろうか。長剣の兄ちゃんがさらっと言うと、皆一様にうなずいた。
「分かった。トラブルの内容は不明。ここから。北に二キロ、西に五キロ。猫ってざっくりしてるから、いつもこんな感じでさ。行くよ!!」
私はそれだけ言って馬車を急発進させた。人間のそれより遅いとはいえ、馬車は馬車だ。置き去りにするつもりでいたのだが。
「ぬわぁ!?」
ザッザッザッザッと一定周期の足音を立てながら、六人が馬車の真後ろにピタリと付いて走って来る。しかも、隊形を乱さずに。こ、これが、手練れの冒険者か……。
「ほれ、もっと飛ばせ!!」
「煽るなクソ医師!!」
北に二キロ、西に五キロ。馬車を操りながら地図を確認するが、なにもない平原だ。近くに街道はあるが……。のんびり街道を行っていたのでは日が暮れる。私は街道を外れて平原を突っ走る。冒険者チームも顔色一つ変えず付いてきた。なんていうか、猫医学的に異常な連中である。それにしても、これに付いてくるとは、セリカも強くなったなぁ。
「ちっ、川か……」
突き進む先に見えてきたのは、サラサラと流れる川だった。回避するにも近くに橋はない。大きく迂回する事になってしまう。クソ!!
「おい、やるぞ!!」
『はっ!!』
この速度で走りながら長剣の兄ちゃんが短くいい、それに応える全員。すると、あろう事か私たちの馬車を六人で担ぎ上げたのである。空荷とはいえ、結構重いはずなのだが。
そして、馬車を担ぎ上げた六人はそのまま川に突入し……さすがに、速度は大幅に落ちたが着実に前進していった。重たい装備のままでだ。なに者だ!?
「こりゃ愉快愉快」
「クソ医師……」
ともあれ、対岸に辿り付くと再び馬車とマラソンの旅が始まる。
結局の所、現場に一番最初に辿り付いたのは、私たちの馬車だった。
「うぅぅぅ、想定はしていたけど……」
一言で言って、最悪の現場だった。恐らく百名近い商隊だっただろうが、死体の山と負傷者の声で地獄のようになっていた。状況からみて、魔物にやられたのだろう。
「猫殿、指示を」
長剣の兄ちゃんに言われ、私は気持ちを入れ替えた。
「まず、怪我人をとりあ……わかんないだろうから、取りあえず片っ端から運んできて。あとは、まだ魔物がいるかもしれないから、何人か哨戒行動に当たって頂戴」
「分かった。皆聞け、今から我々の上官はこの猫殿だ。各人迅速に行動せよ!!」
『はっ!!』
……冒険者というよりは、まるで騎士団だね。まあ、いいけど。
「さて、行きますか……」
六人の手によって次々に負傷者が地面に整列されて寝かされていく。その動きのやたら手慣れている事。普通、一人ではまず運べないのだが、器用に引きずるようにして迅速に……マジで、騎士団か。この連中?
「おっと!!」
見とれている場合ではない。私は簡易探査の魔法で負傷者のチェックをして、腕に色が付いたリボンを巻いていく。これは、治療の優先度を示す。赤が最優先、最悪なのは黒「助かる見込みなし」だ。この怪我人は治療しない。私の診断魔法に全てが掛かっている、一体、薬師って何だろうって考える瞬間である。
「……」
出た、『黒』。私はなにも考えず、手首に黒いリボンを巻いて次に行く。結局、生存者七十五名のうち軽症三十名、重症二十五名残りは……言わない。
その頃になると、「街」からの材料や増援も揃い始め、人間の救援部隊も到着した。最先着の私たち……医師は魔法治療に入っているため、実質的には私が人員整理や指示を飛ばしながら薬の調合を行うという、大変な事になってしまった。
「遺体はあとで、とにかく、今は赤リボン優先で!!」
「おい、狸。クロリマイシン足らんぞ!!」
たくさんある抗菌剤の一つだ。化膿止めなどに使う。
「あいよ。材料足りない、そことそことそれ!!」
薬師の戦場ここにあり。結局、全ての生存者の処置が終わった時には、日が傾きかけていた。
「さて、もう一息。テントになるものあるかな……」
この時間から、人間の街に搬送するのは現実的ではない。ここで野営となるわけだが、怪我人の体力を考えると、布きれでもいいので雨風はしのげるようにしておきたい。
「上官殿。人間の増援部隊は第三十四騎士団です。戦闘よりも施設工作など支援に秀でた隊です」
「そ、そうなんだ……」
まあ、怪我人救助に戦闘部隊は要らないが……。
「全隊集合!!」
長剣の兄ちゃんがよく通る声を張り上げた瞬間、よく訓練された動きで人間の同園部隊と……なぜか、勝手気ままが信条の猫まで私の前に整列してしまった。猫はいいけど、人間ってこれ何人いるのよ……。
「団長、よろしくお願いします」
くらぁ、長剣兄ぃ!! ここで振るか? ってか、団長って……。
すっげぇ緊張するんですけど!!
「あ~、はい。みんなお疲れさまでした。今日はここで野営になります。怪我人の皆さんを保護するため、雨風を凌ぐ簡易的な何かを工作したいのですが、できます?」
声が跳ね上がりそうになるのを抑えつつ、私はそっと人間チームに聞いた。
「はっ、もちろん可能であります。一時間見て頂ければ問題ありません!!」
人間代表……恐らく本物の団長さんが騎士式の簡略敬礼を送ってきた……私に。怖いよぅ!!
「では、お願いします。猫チームは……好きにして下さい。お手伝いしてもらえると嬉しいですが、スコークセブンセブンは解除でしょう。もちろん帰っていいですよ」
この事態の対処は、もう人間に任せてしまってもいいだろう。帰ったところで、誰も咎めない。
「おいおい、狸。つれないこと言うなよ。ここまで来たら、最後の弔いまでやらんとな」
「そういうこった。まあ、猫式でよけばだがな」
……いけね、遺体の弔いまで気が回ってなかった。
「お任せします。では、みなさん。解散!!」
瞬間、軽く百名は越えるであろう人間チームが動き出し、猫チームは……マタタビ酒で一杯やっていた。って、それうちの……ええい、奢ったるわ!!
「上官殿、お疲れさまでした」
長剣兄ぃが騎士式の簡略敬礼をした。
「……やっぱり、冒険者じゃなくて騎士だったか。セリカもそこに入団したのね」
「はっ、故あって所属は明かせませんが、我々は騎士団の一員です。セリカはバイト騎士です」
思いっきりスッコケそうになった。バイト騎士って……。
「しかし、セリカから聞いていましたが、非凡なる才の猫殿というのは真でした。失礼ながら、かなり侮っておりました。不徳の致すところです」
長剣兄ぃ!! そのケツが痒くなるセリフはやめろ!!
「ああ、コイツの言う通りだ。まさか、ここまでとは思わなかったぜ」
どこからともなく斧兄ぃが現れ、長剣兄ぃの方に腕を乗せた。
「ふむ、興味深い……」
今度はエルフの旦那だ。全くバラバラと……。
「すまんな。これも故あって名乗れんのだ。好きに呼んでくれ」
長剣兄ぃがそんな事を言ったが、すでに勝手に呼んでいるので問題ない。
「こるぁ、てめぇら炊き出しサボってると消し炭にすっぞぉ!!」
やや遠くで声が聞こえ、見るといくつもの大鍋でせっせと料理を作っている様子。杖姐、怖いぞ。
「おぅ、バレちまった。じゃあな」
斧兄ぃが残る二人の方を掴むように炊き出し現場に行ってしまった。
「やれやれ、『故あって』か。まっ、ツッコミは入れないでおきましょう」
私は地面に大の字になり、強烈な疲労感を味わっていたのだった。疲れたよ。うん。
ひとしきり片付けが終わったのち、私は六人に遺体を一カ所に集めるように頼んだ。
これをやらないと、全ては終わらないのである。猫に信仰はないが、死者を弔う儀式はある。対象は全生物。当然、人間も含まれる。
犠牲者七十名。とても少ないとは言えない数だ。すでに夜になっていたが、六人の動きに気が付いた人間たちが一斉に動き出し、ものの数分で綺麗に整列されて地面に横たえられた。
「……で、これ私がやるの?」
「街」に住むものの嗜みとして、儀式は当然出来るのだが、なんか私ばっかり仕事しているような……いやいや、昼間みんな元気にやっていた。仕事というより、遊んでたようにも見えたが。
「他に誰がやるんだよ!!」
誰かが言ったのをきっかけに拍手が起こる。こら、今はそういう状況では……。まあ、言っても無駄だけどさ。
「やれやれ……」
私は静かに目を閉じ、言葉を紡ぎ出した。所定の動きと合わせ、まるで踊っているかのように見えるはずだ。
まあ、これ。鎮魂の舞いという意味合いもあるのだが、もう一つ。ある魔法の『印』となっているのだ。先ほどからつぶやいているのは、純然たる呪文である」
「……レクイエム」
全てが終わった瞬間、遺体の全てが青白い炎に包まれた。
正式な儀式名はあるのだが、長いのでみんな勝手に「火葬の儀」と呼んでいるのだが、早い話しそれだけの儀式なのだ。大仰な割にはね。
「ふぅ……」
一息吐くと、背後に気配。振り返るとセリカがいた。
「やはり、ただ者ではなかったですね。これほどとは……」
「ああ、これ? 『街』に住んでる大人連中なら全員出来る。そのくらいメジャーなやつよ」
実際その通りなのだから、格好付けても仕方ない。
「いえ、やはりあなたしかいません。先日の迷宮でもお世話になりましたが、今回もまたお力をお借り出来ないでしょうか?」
「なに、急に改まっちゃって。どこ行くのよ?」
今さらだ、どこでも行ってやろうじゃないの。改まれると何か落ち着かない。
「『オメガの塔』です」
「……マジ?」
猫でも知っている三大遺跡「ベータの塔「「アルファの塔」「オメガの塔」の三塔シリーズ。そのうち、オメガの塔はまだ誰も最上階を見たことがないという、難攻不落の要塞と聞く。「街」からはほど近いが、これは難題だねぇ。
「……」
私の沈黙を拒否と勘違いしたか、セリカはその場に片膝をついた。
「あっ、いや……」
私は慌ててフォローしようとしたのだが……。
「私はバイトの騎士です。腕もまだまだで若輩者ではありますが、この剣に誓ってカレン様に傷を負わせるような事は致しません。何卒!!」
信じていいのかどうか分からない口上と共に、いきなり剣を捧げて見せるセリカに私はなにも言えなかった。
……どーすんだ、これ?
「抜け駆けはなしだ。それに、なんだその恥ずかしい口上は?」
これまたどこから共なく、長剣兄ぃが引き連れてきた五名が苦笑を浮かべている。
「お前の酷い体たらくに、上官殿がお怒りではないか。どうするのだ?」
いや、怒ってません。驚いただけです。猫は驚くと固まるんです。
「申し訳ありません」
セリカ、まともにヘコむな!!
「コホン、では改めて……騎士団とは関係ない猫殿を巻き込んでしまう事に対して、当方としても申し訳なく思うと共に不甲斐なさを感じております。されど、この任務に当たり貴殿の力が不可欠であり、是が非でも協力を仰ぎたいと考えております。無論、無料でとは申しません。国王様より、支度金としてこのようなものをお預かりしております」
「ん? !?」
長剣兄ぃが取り出したのは、国王様が発行した約束手形だった。そこに書かれていた金額が、あまりにぶっ飛んでいたのだ。
「あの、二桁くらい間違えていても、私はOKですよ」
弱気な私である。すまん。
「正当な仕事には正当な報酬を支払うというのが、国王様のお考えのようでして。それはあくまで支度金です。依頼を受けて頂いた段階で、前金をお渡し致します」
……大丈夫か。この国は?
「報酬は別として、セリカの依頼だったら受けるつもりではあったけれど……。これだけ期待されれたら、断れないわね……」
こんな場の片隅でやる会話ではないが、それだけ急いでいるのだろう。理由は知らないが。
「わかった、引き受ける。でも、上官殿は……」
遅かった。
六人が私を取り囲むように一斉に片膝をつき、それぞれの武器を掲げたのである。
おげぇ!?
「我らの剣は国王様に捧げたもの。故に上官殿に捧げる事は叶わぬが、切っ先が届く範囲でお護りする事をここに誓う。いずれも名うての者、必ずやお役に立つことでしょう」
……いや、ちょっと待て。それ私のセリフ。雇われてるのこっち!!
「わ、わ、わかったから、無駄に仰々しいの辞めて。ケツがムズムズするのよ」
苦笑しながらそう言うと、長剣兄ぃの顔色が変わった。
「むっ、ケツが痒い? まさか、寄生虫!?」
「へっ?」
嫌な予感しかしない。
「お前たち、直ちに駆除して差し上げろ。その辺の薬とか、多分効く!!」
「なんだその自信!! あれは麻酔……おぶ!?」
かくて、受難の夜は続くのだった……。
ちなみに、寄生虫なんていないからな。女の子になんて事しやがる!!
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