第11話 オペな猫

 自由と昼寝を愛する猫の「街」。

 どこにでも例外はあるように、ここをテリトリーの一部とする、いわゆる「飼い猫様」もいる。

 大抵は偉ぶってムカつくので、私は近寄らないようにしているのだけど、この茶トラのミックス様は違った。

「おーい、狸。メシはまだかいの?」

「アホ!!」

 私は手にしていた乳棒を思い切りぶん投げた。それはあっさり避けられ、店の柱にぶつかって粉々に砕け散った。あーあ、結構高いのに。

「全く、毎度のパターンで毎度同じツッコミをありがとう」

 店の軒先に置いてある縁台に座り、ズルズルとマタタビ酒をすすりながら茶トラ様が言う。

 ちなみに、一杯三十GCだ。コイツだけ倍付けにでもしてやるかな。

「つか、『茶色様』。こんな時間から飲んでていいの?」

 「茶色様」。誰が付けたか顔が見たいが、それがコイツの名前だ。つまり人間の飼い猫様なのである。クネクネのグリグリ尻尾が示す通り、コイツは代々野良の家系であったのだが、ひょんな事から人間と暮らすようになった。まっ、物好きもいたものだ。

「いいんだよ。近くに水瓶もないし、死ぬ事はないさ」

「……なんじゃそりゃ」

 なまじ人間と暮らしているせいか、茶色様は中途半端に博識なので困る。多分、意味も分からず言っていると思う。多分ね。

「というわけで、おかわりくれ」

「はいはい……」

 いつからうちは小料理屋になったのだ。まあ、いいけどさ。

「おい、狸。急患だ!!」

 担架を担いだ救急隊員が怒鳴りながら突撃してきた。

 ほい来た!! ……って待て。

「病院は隣、こっちは薬屋!!」

 アブね。受け入れるところだった……。

「ああ、そうか。間違えた。こっちだ!!」

 救急隊員が病院に突撃し、再び平穏が訪れた。

「おう、狸。そろそろ帰らないとメシの時間だ。いないとうるさいからな。またくるぞ」

 だいぶお酒が回っている様子で、ヨタヨタと茶色様が去って行った。

「やれやれ、なにか嫌な事でもあったのかねぇ」

 お猪口を片付けつつ、私はその後ろ姿を見送ったのだった。


「よいしょっと……ふぅ」

 閉店後、私は調剤室でひたすら分包機の掃除をしていた。ああ、あの錠剤とか粉薬を一回分ずつパックしてくれる機械ね。これがなかったら、さすがにキツい。

 まあ、ともかくだ。こいつは定期的に大掃除してやらないと、飛び散った粉薬の残滓で大変な事になる。まあ、洗剤は使えないので水洗いするだけだが、パーツが多いので面倒なのだ。

「これで、乾かせば終わりね」

 水を拭き取りあとは自然乾燥だ。一晩置いておけばいいだろう。

「さて、寝ますかね……ん?」

 店の入り口に気配を感じ、私は扉を開けた。

「なんだ、茶色様じゃん。今日は看板だよ……って、冗談かます雰囲気じゃないね」

 そこに立っていたのは、茶色様だった。昼とは打って変わってとても真剣な顔だ。

「まっ、入りなよ」

 私は茶色様に勧めた。

「悪いね。こんな時間に」

 茶色様はゆっくりと店内に入り、ベッドに腰を下ろした。

「なんかマジね。どうした?」

 私が問うと、茶色様はどこか遠くを見るような目になった。

「俺を拾ってくれたのは、アンジェリカっていう人間の娘なんだが、そいつの親父さんがヤバくてな。人間の医者ではもう手の施しようがないないらしい。俺だって、無茶なのは分かっているさ。だがな、可能性があるなら賭けたい。お前と隣の医師の腕は知っている。何とか診て欲しい」

 ……ヘヴィなの来たわね。この夜中に。

「……ちょっと待って」

 私は最近設置した赤い電話の受話器を取った。これで、隣の病院に自動的に繋がる。

『なんじゃい、今いいところなのに!!』

 ……なにがいいところなんだ? 怖いから聞かんが。

「三秒でこっち来て。患者よ」

 

「……ふむ、話しは分かった。しかし、人間か。手が届くかどうか」

 そう、猫は猫。人間には出来て、私たちに出来ない事も多いのは確かだ。

「まあ、診るだけ診てみましょう。結論を出すのは、それからでも遅くはないわ」

 患者を診もしないで結論を出すのは、私のポリシーに反する。やってみない事には分からない。

「そうだな。行くだけいってみよう」

 そうとなれば話しは早い。私は一般的に使いそうな薬をポンポン馬車に放り込み、医師と茶色様を御者台に乗せ、過積載でギシギシいう馬車をガタガタと走らせ始めた。

 街の門で陽気な門番に人間の家に行く旨を伝えて手続きしていると、どこからともなく細目が現れた。

「おや、デートにしては面子が濃いねぇ」

 ……

「悪い。今冗談に付き合っている気分じゃない」

 このオタンコナス!!

「分かってるよ。緊急だろ? 『街』のスタンバイは僕がやっておくよ」

 スタンバイって、何する気よ!!

「じゃあね、細目。今度暇な時に相手してあげるから」

「ああ、健闘を祈るよ」

 細目を置いて、馬車をひたすら茶色様の家に向ける。「街」からは三十分。前々から聞いている。

「なあ、狸。決めセリフを考えたんだが……」

「今はいいでしょ!!」

 医師が何か言ったがシャットアウト。どうせ、ロクでもない。

「それより、症状は?」

 私は茶色様に聞いた。

「ああ、俺が拾われた時はまだ体が痛いっていうくらいで、どうってことはなかったんだが、最近じゃ痛みで歩けなくなってずっと寝たきりだよ。あと三ヶ月もつかっていうのが、人間の医者の言うことだよ」

 ……嫌な予感しかしないわね。

「ねぇ、クソ医師」

「ああ、多分アレだ」

 さすが、こっちも見当が付いたらしい。決めセリフを言っている場合じゃない。

「ん、分かったのか?」

 茶色様が問いかけてきた。

「いや、最悪のパターンを想定しただけ」

 ほぼ確信を持っていたが、私はそう答えるに留めた。

 そう、診なければ分からないのだ。


 茶色様の家は控え目に言っても豪邸だった。「街」より広かったりして……。

「こっちだ」 

 茶色様に先導されて行くと、屋敷の扉が勝手に開いた。

「お帰りなさいませ……おや、お連れの方もいらっしゃるようですね」

 ドアを開けたのは、えっと……なんだっけ……ああもう、召使い的な人だった。

「ああ、医者と薬師だ。親父さんを診てもらおうと思ってな」

 茶色様が召し使い的な人に言った。

「ご主人様をですか? 失礼ですが‥‥猫が?」

 猫語を理解するとはなかなか。そして、その反応は当然だ。

「ああ、任せろ。こいつらはタダの猫じゃない。悪いようにはしないさ」

「分かりました。では、こちらへ‥‥」

 馬車なので階段だったら嫌だなと思ったのだが、どうやら部屋は一階にあるようで助かった。

 屋敷の奥にある部屋の扉が開けられると、蝋燭の明かりに照らされた室内には大きなベッドがあり、相応の年齢の男性が横になっていた。

「ん? 茶色様か‥‥」

 男性は起きていた。ちらっとこちらを見ると、か細い声で漏らした。

「ああ、おやっさん。医者を連れてきた。診てもらってくれ」

 茶色様が懇願するように言った。

「ん? ‥‥ああ、猫の名医か。噂には聞いている。しかし、もう助からん。自分が一番分かっている」

 また、お決まりのセリフを‥‥。

「……俺は飢え死に寸前のところを、あんたの娘に救われた。あんたに茶色様って名付けられた時は、正直ネーミングセンスを疑いもしたが、馴れてみれば悪いもんじゃない。この一家は、俺にとっちゃ居心地のいい場所なんだ。猫ってのは、自分の縄張りは死ぬ気で守るもんだ。これは、俺の勝手だ。勝手に診察してもらう。俺のためにやる事に、誰にも文句は言わせないぞ」

 茶色様は私たちの方を見た。

「やってくれ。どんな結果だろうと、受け入れる準備は出来ている」

 私は黙ってうなずいた。そして、医師と共にベッドに飛び乗った。

「助手、アレをやれ」

「誰が助手よ」

 私は文句を言ったのちに、素早く呪文を唱えた。男性の体を頭からつま先まで、0.5ミリ間隔で「輪切り」にした無数の詳細探査結果画像が、虚空一杯に広がった。これぞ、秘技「画像診断術(仮)」。便利な代わりに、ま、魔力が……。

「な、長く、もたないよ……」

「そんな事はわかっとるわい」

 猫界トップクラスといわれる名医の目は、膨大な画像データを凄まじい速度で追っている。ただのボケ猫ではない。やるときはやるのだ。

「よし、大丈夫だ」

 その声を合図に、私は術を解除した。クラクラくるが、ヘタっている場合じゃない。

「一言で言おう。予想通りガンだ。それも末期のな。そこら中に転移しておる。治療は困難だな……」

 医師は静かに告げた。

「そうか、分かった。助かったよ……」

 茶色様はそっと目を閉じた。

「こら、早とちりするな。『不可能』って言ってないでしょ?」

「ん?」

 私の言葉に、茶色様はパッと目を開けた。

「そういうことだ。やるだけやってみよう。助手、薬剤の準備」

「分かった。『街』に戻って取ってこないと……」

 基本セットでは足りない事は明白だ。往復で一時間も掛かってしまうが、やむを得まい。

「ほら、スタンバっておいて良かったよ」

「細目!?」

 私が部屋を出ようとした時、細く開いていた窓から細目が入ってきた。

「『街』では茶色様の事はわりと有名でね。みんな快く引き受けてくれたよ。狸の店を勝手に漁って、ありったけの薬剤やら材料やらを運んでいる最中だ。街中の馬車がガンガン来るよ」

「こら、なに勝手に漁ってるのよ。危ないでしょうが!! ってまあ、今回は助かったわ」

 危険な薬草もあるのだが、今回は話しが早くて助かる。

「先生、行きますか……」

「無論、さっさと準備せい」

 私は魔法陣を描くべく、ポケットから特殊チョークを取り出したのだった。


 三時間経過……


「よし、あと五カ所だ。かなり痛むはずだから、クラレンで麻痺させとけ」

「はい」

 私は点滴のチューブに注射針を突っ込み、指示通りの薬剤を適量打ち込む。

「やれやれ、ここまでのは久々だな。魔法医冥利に尽きる」

「いいから次!!」


 六時間経過……


「次、鯛焼き!!」

「はい!! って、あるか!!」

「よしよし、まだ元気だな」

「あんたもね」

「俺、このオペが終わったら、お前と結婚するんだ……」

「いいよ」

「嘘だよ嘘!! いや、マジ勘弁」

 私は心に深い傷を負った……。


 十二時間経過……

「……」

「……」


 十四時間四十五分後、無事に処置は終わった。医師はオペというが、私はあくまで薬師なので処置である。

「よし、大丈夫だな……」

 私が最後の力で放った術で、画像診断を終えた医師が大きく息を吐き、私はその場にぶっ倒れた……死ぬ。

「茶色様、もう大丈夫だ。一週間も寝ていれば歩けるようになるだろう。このヘボ薬師が薬の調合を間違えていなければ、あと一時間もすれば目が覚めるはずだ」

 ……誰がヘボだ。このクソ医師!!

「なんていうか、すまねぇな。まさか、こんな大事とは思わなくてよ」

 茶色様が、どうしていいか分からないような顔をしている。私はポケットを漁り、体力と魔力回復のポーションを二本一気飲みした。みなぎるパワー。ふぅ、我ながらいい腕してるわ。

「じゃあ、私たちは仕事があるから帰るわ。また飲みにいらっしゃい」

 言い残して、私と医師は馬車に飛び乗った。屋敷の外に出ると、おびただしい数の馬車が並び、大歓声が巻き起こっていた。

「細目の野郎、触れて回ったな……」

 神出鬼没スピーカー男の姿はない。あるいは、もう「街」に戻ったか。

「そう言えば決めセリフなんだが……」

「却下」

「まだなにも言ってないのに……」

 全く、このクソ医師は……。

「さて、帰るわよ。ああ、その薬瓶は金庫に入れて置いた毒物指定薬品なんだけど、誰よ開けたのは!!」

 かくて、猫の集団は今日も騒がしいのだった。

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