第10話 最終話の猫→からの継続猫

三日後……


 あれ、私どこにいるんだろう?

 なにか喉が渇いた気がする。いや、渇いている。間違いない。水が欲しい。食べ物は要らない。食べたくない……。

「だいぶ頭が冷えたようですね。カレン様」

 格子の向こうからそんな声が聞こえる。えっと、誰だっけ?

「全く、侍女の役目の一つとして主の教育という事がありますが……手間が掛かりますね」

「侍女……主?」

 はっきりしていない記憶だが、なにか致命的なエラーを発生させている。なんだ、何かがおかしい。しかし、そんな事より……。

「誰だか知らないけど水……死ぬ」

「ダメです。『街』から返答があるまで、そのままです。また、逃げるとかなんとか始まりそうなので、二度とそんな気を起こさないように、徹底的に追い込みます」

 逃げる……どこから? 私はここから逃げたいぞ。今はそれだけだ。

「それにしてにしても、迷宮であれだけ活躍したカレン様が、三日間絶食にしただけで、ここまで弱るなんて想定外でした。普通の猫さんなんですね……」

 霧散しそうになっていた記憶が、ようやく繋がった。この……。

「いい性格しているわ……。とりあえず、なんでもいいから水。さすがに死ぬ……」

 猫は肉食獣なので一週間くらいは食べなくても平気だが、水はさすがにヤバい。

「ダメです。泣いて懇願するくらいまで追い込む必要があります。そこまでやれば、さすがにもう逃げようとは思わないでしょう」

「くっ……」

 なんて非道な!!

「安心して下さい。あちらの猫さんと協力して、「すり替え」作業をしています。そろそろ結果が出るはずです」

 セリカはケージのスリットから、水が入った器とキャットフードを差し入れてきた。

 グダグダ言っている場合ではなく、私はどちらも空にした。ったく、最初からよこせ!!

「それで、私はいつまでここに?」

 情けないったらない。とっとと出して欲しいものだ。

「はい、万が一がありますので、街までそのままケージで送ります。全く信じていませんので」

「へっ?」

 それはあんまりである。なんかこう、違う意味で街にいられなくなる!!

「大丈夫、逃げないから。もう逃げないから。ねっ、ほら、お願いだから」

 私のお願いは無視された。タイミングがいいのか悪いのか、「街」から手紙が届いた。

「もう戻っても大丈夫だそうです。「細目」という方が迎えに来るそうですが……」

 うげっ、細目だと!?

「い、今すぐここから出して。アイツに見られたら!!」

 冗談じゃない。何を言われるか。

「なかなかお似合いの姿だと思いますが……」

 おいこら!!

「そ、そういう性格だったの?」

「性格ではなく性癖です。お気になさらず」

 ……もっと根深い!!

「このまま『街』の真ん中に、置いてもらうのも面白いかもしれませんね。カレン様はどのような顔をされるのか、個人的嗜好で大変興味深いです」

「もう、やめて……」

 なにかの刑罰ですか。全く。

「おーい、話しは聞いていたよー」

 開け放たれていた窓から、最悪のタイミングでノーテンキな声。

 玄関から入れ。馬鹿者が!!

「あら、細目様。様子はどうですか?」

 そちらを振り向き、セリカは細目に言った。まさか、協力している「猫さん」って細目?

「うん、俺のツテであちこち手を回して、もう「街」の話題は「別件」に向いているよ。今は狸の事なんかどうでもいいというか、なんかあったっけ? っていう感じかな」

 自慢するでもなく、細目が言って目をさらに細くした。

「それにしても狸。酷いじゃないか。待ってろって言ったのに、勝手に逃げ出すなんてさ」

「そ、それは……」

 返す言葉なんてあるわけない。

「細目様。それについては、きっちり教育してから「街」にお返しします」

 うん、その笑みすっごく怖いぞ。

「あはは、そりゃいい。ああ、そうそう。『街』にはそんなに大きなカゴを置くスペースがないから、なんなら檻でも作っておくけど」

「ぜひ!!」

「殺す!!」

 セリカと私で正反対の反応を返した。なんで檻に入らねばならんのだ!!

「あはは、冗談だよ。まあ、しっかり更生して戻っておいで。ここなら安心だ」

「お任せ下さい!!」

 私が何か言うより早く、細目は出ていってしまった。

「さて、カレン様。私は昔から憧れていたのです。『自分好みに徹底的に教育した主』を持つ事に……」

 セリカの目が据わっている。冗談ではないようだ。

「あ、あのさ、お茶でも飲んで落ち着いて……」

「そうですね、まずは言葉使いから。主たるもの……」

 ……いっそ殺せ。

 私がそう思うまで、三十分と掛からなかったのだった。


「ふう、なんかあったような気がするけど、全部忘れて帰ってきたか……」

 がらんどうだった店には薬草類を置いて元通り。「街」は今、空前のボンクラ薬師とその父親叩きの真っ最中で、私には被害者として同情票が多数寄せられている。

「まっ、世の中こんなもんか……」

 客足は早くも以前と変わらない勢いで、いや、変に目立ったせいで以前に増して増えた気がする。

 怪我の功名というかなんというか、暇であって欲しいという私の願いは叶いそうにない。

「さて、今日もいきますか!!」

 気合いを入れて、私はドアの鍵を開けた。

 今日は暇でありますように……。

 無駄と知りつつ、この願掛けは忘れない。

 そう、私はしがない街の薬屋さん。まあ、困った事があったら相談して頂戴。腕には自信があるのだ。これでもね。


完→じゃないんだな、これが。ウフフ。

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