第13話 出立の猫

 「オメガの塔」は、「街」から馬車で十日という距離にある。

 そこに向かう前に、私には「街」でやる事があった。

 薬品名で書くと長くなるので、ザックリと「傷薬系」とか「体力回復系」などの薬品作りをしないといけない。人数が多い上に長期になるので、店の在庫はほとんどなくなった。

 そして、完成した膨大な量の薬品を馬車に詰め込み、薬品に出来ない薬草類などを満載し、今度こそぶっ壊れそうな馬車を眺めてから、鍵を掛けた店のドアに長期休業のお知らせを張り付け、隣の病院に行った。

「なんだ、じゃあこっちも休診じゃな。お前が休みじゃ仕事にならん」

 診察の合間に話したらそんな事を言い出し、スタッフに明日から休診である事を決めてしまった。

「金もなにも要らん、十分食えておる。単純な興味と万一に備えて、わしも同行しよう。長期戦に医師は必須だ」

「あの、シャレ抜きで死ぬかも知れないよ?」

 全く、このクソ医師は。

「だからだ。お前の治療では限界があるからな。医師あっての薬師、薬師あっての医師だ」 こうして、パーティーに面子が加わった。

 結局、二週間ほどの準備危険の間、人間チームは「街」の外で野営していた。

「上官殿、当方はいつでも出立可能です」

 簡略敬礼などしながら、長剣兄ぃがこちらの馬車を見やった。

「待たせたわね。こっちは医者だから心配しないで」

 私は馬車を止め、長剣兄ぃに言った。

「医者殿も同行して頂けるとは心強い限り。さっそく出立しましょう!!」

 さすがに人数が多いので早い。あっという間にテントが畳まれ、出発準備が終わってしまった。

「では……」

「あっ、待って!!」

 私は大きめの薬瓶を取りだし、自分を含めて八名の大所帯となったパーティー全員に香油をかけた。

「ベタベタするけど我慢してね。これで、大半の魔物は近寄らないわ」

 いちいち戦うのも無駄だし、なにより私はあまり戦闘が好きじゃない。

「こ、これは……あとで製法を教えて!!」

 罠士のお姉ちゃんが反応した。ほぅ、興味がおありで。

「いいですよ。えっと……」

 サラサラッとメモ用紙に材料と手順を書いて渡した。こんなの、薬のうちにも入らない。

「……ムズい」

 いきなり頭を抱えてしまった。そうかなぁ……。

「カレン様は専門家です。……えっと、名前は言えなかったんですよね。あなたは専門としているわけではないですから……」

 セリカ、その言い方はちょっとキツい。

「うぐぐ、無念……」

 ガックリと崩れ落ちる罠姉さん。あーあ。

「おい、いつまで遊んでいるんだ。行くぞ!!」

 あーあ、怒られた。

「上官殿、この先にリッツという村があります。今日はそこまで移動しましょう。今からでも、夕刻には到着すると思います」

「了解。それと、いい加減に上官殿は……」

 私は彼らの上官でも何でもない。雇われの薬師に過ぎないのだ。

「いえ、皆で相談して決めたのです。先だっての件もありますし、このパーティのリーダーは上官殿しかいないと」

「おいおい、大丈夫か。狸がリーダーって……。結構トチるぞ?」

 本気で心配そうにクソ医師が言った。

 ……否定できない自分が悲しい。

「副リーダーは私です。サポートするのが役目です」

 いや、あんたがリーダーだろ普通!!

「急ぎましょう!!」

「は、はい」

 なんかもうどうでもよくなった。私は歩く速度で馬車を進めた、前衛を長剣兄ぃと斧にぃ、セリカが固め。馬車のサイドには杖姐とエルフの兄さん、背後は罠の姉ちゃんだ。

「なんか、すげぇな」

「私も思った」

 これだけ、鉄壁の防御を固められての移動なんて、そうそうあるものじゃない。

「魔物だ。戦闘態勢」

 狼のような魔物。ウォーウルフ。この辺では普通に出る。皆が一斉に散るが。

「ストップ。戦闘態勢解除。やり過ごしましょう」

 戦ってしまっては、先ほどの香油の意味がない。一瞬戸惑った面々だが、再び馬車の元に戻ってきた。

「姿勢を低くして、呼吸は浅く……」

 小声で指示しながら、自分も同じ事をした。すると、ウォーウルフはいずこかに去って行った。

「まっ、無駄に戦う事はないってね。嫌いなのよ」

 思わず苦笑してしまった。戦闘は好きではない。これは嘘ではない。

「やはり、リーダーに選んで正解でしたね。ウォーウルフは大して強い魔物ではありませんが、仲間を呼ぶ習性がある。戦っていたら、こちらも手傷を負っていたでしょう」

「そうだな」

 エルフの兄さんに次いで罠姉さんに言われ、私は居心地が悪くなってしまった。怒られるのはいつもの事だが、褒められるのは馴れていない。

「さ、さあ、いきましょう!!」

 こうして、あるときは魔物を香油の力でやり過ごし、あるときは爆音を立てるだけの薬で追い払い、リッツの村が見えてきた時、ついに回避不能の魔物が出現してしまった。

「ゴーレム……」

 目の前の土人形四体を見て、私はため息を吐いてしまった。

 もはや、コイツに関しては説明不要の感もあるが、魔法によって作られた動く人形である。素材によって呼び名が変わるが、目の前にいるのは土を素材にした基本形だ。

「さて、どうしようか?」

 杖姐が杖で肩をトントンやりながら言った。その顔には、好戦的な笑みが浮かんでいた。

 「ゴーレムには、物理攻撃も魔法攻撃もほとんど効かない。体のどこかにある『核』を探さないと……」

 言いながら、私はすでに簡易探査を開始していた。

「分かっている。『核』はここ!!」

 杖姐が杖を振り、握り拳大の火球がゴーレムの一体に穴を開けた。瞬間、声もなくただの土塊と化すゴーレム一。マジかい!!

「『核』の魔力は微弱だけど、感知出来ないほど弱くもない。ただそれだけよ」

 ……格好ええ。

「おい、あと三体……!!」

 ズンと振り下ろしのパンチが来た。アブね。

「エルフの兄さん、射撃準備。長剣と斧の兄ちゃんは待機してて、セリカと罠の姉さんはバックアップ!!」

 叫びながら、私はゴーレムに向かって突っこんだ。パワーはあるが恐ろしく鈍いのがゴーレムの特性。一気に間合いを詰めて、その巨体をスタタと登ると、胸の辺りでぶら下がるように止まった。

「エルフの兄さん、私の尻尾の先が『核』の位置だから、そこに矢を撃って!!」

 一秒も経たないうちに、矢が刺さる音がしたが、これでは火力不足で「核」まで届かない。しかし、予想済みだ。

「攻撃!!」

 待機していた長剣と斧兄さんが動く。器用にゴーレムの体を登り、矢が刺さった場所を思い切り武器でぶっ叩いた。

 「核」ごと胴体を真っ二つにされたゴーレムはそのまま倒れ、その間に杖姐がもう一体を吹き飛ばした。これで、残るは一体……って!?

「なにやってんのよ、クソ医師!!」

「オペ」

 ゴーレムの頭部に取り付き、何やら魔法陣を描いてバリバリやっている医師は、事もなげに言い放った。オペって……。

「セリカ、もう少し左じゃ。よし。そっちの姉ちゃんは上……よし」

 いつの間にか、セリカと罠姉ちゃんも加わっているし!!

 医師が何か握り拳くらいの石のようなものを取り出すと、ゴーレムは音もなく崩れ去った。これで、戦闘は終わりである。

「みんな、怪我ない?」

 なにはともあれ、みんなのコンディションチェックは基本だ。

「ええ、無事です……」

 セリカが私の首根っこを引っつかんで、ビローンとぶら下げた。

「カレン様、無茶しすぎです。無事だから良かったものの……」

 えっ、怒られてる?

「な、なによ、あなただって結構危ない事していたじゃないのさ」

 セリカの手に力がこもる。いだだだだ!?

「ああ、もうごめんなさい。なんかわかんないけど、ごめんなさい!!」

 瞬間、セリカはパッと手を放し、私は慌てて逃げた。世の中、不条理だ。

「上官殿、怪我人いません。バイトの身でありながら、上官殿に狼藉を働いたセリカには、厳罰を科しておきます」

 剣を鞘に戻しながら、長剣にぃがさらっと怖い事を言う。セリカの顔色が急速に悪くなった。

「い、今のはスキンシップです……問題はありません」

「ほう、あまつさえ、そこで最終決戦のような表情でお前を見上げながら、普段なら絶対抜かないであろう短刀を抜いているのだぞ。大したスキンシップだな」

 ……。

 はい、撃沈。お疲れさん!!

「さて、行くわよ、村に!!」

 こうして、私たちはリッツの村に到着したのだった。

 

 村に宿は一件だけ、部屋は二部屋だけとなれば、男性チームと女性チームが分かれればもう満室だった、

 時間も時間だったので早々に夕食を取り、部屋に戻るとそれぞれがぞれぞれの時間を過ごしていた。

 ここは少し変わっていて、草を編んだマットの上に布団を敷くスタイルのため、割と好き勝手できるのだか……

「こりゃ猫には無理だ……」

 うず高く積み上がった布団を見て、私はため息をついた。

 人間用布団など大きすぎて敷けるはずがない。困った、誰かの懐を借りるか。ちなみに、セリカはいない。お仕置き中だとか。

「あっ、ごめん。気が付かなかったよ」

 真っ先に気が付いてくれた罠姉ちゃんと杖姐が、協力して私の布団を敷いてくれた。

「ありがとう」

 敷かれたばかりの布団に腰を下ろすと、二人が床を這うようにしてニュニョニョット顔を寄せてきた。

「は、はい?」

「さっきの短刀、もう一度見たいな」

 あー、びっくりした……。

「これね、武器じゃないの。調剤ナイフっていって、軟膏混ぜるときに使うのよ」

 見た目は刃物っぽくも見えるが、刃は付いていない。剣で言えば二刀流になるのだが、これで必用な薬をシャカシャカやって、最後は容器に入れ込むのである。とくにどうっていう作業ではないのだが、なんだか薬作ってます!! 気分が味わえて楽しい。

「でも、これ、材質がオリハルコン……」

 ほう、気が付いたか。

「色々材質を変え試したんだけどね、これが一番しっくりくるのよね。値段は聞いちゃダメよ」

 罠姉ちゃんがコクコクうなずく。

 さすがに分かっていらっしゃる。金より貴重なこれ一対で……やめよう。下世話な話しだ。

「それにしても、見れば見るほど変わっている。通常、魔力とういうのはその体の大きさに応じて、大体決まってくるものだ。それが、お前の場合は規格外というか、桁外れに大きい。猫という種族の標準偏差からも大きくはみ出ている。ちゃんと訓練すれば、人間を遙かに凌駕する魔法の使い手になれるのに……」

 私は小さく笑みを浮かべると、杖姐の体を詳細探査した。

「体内はいたって健康。ただし、魔法演習の失敗が原因かしらね。全身に無数の火傷痕がある。……ヒルサ、ミルワ、モハベリート辺りでいいかな」

 私は背負っていた大きな鞄の中から、軟鋼板を取り出した。これはその名の通り軟膏を混ぜるための板なのだが、これも材質にこだわって人工大理石です。使いやすさ。プライスレス。猫薬学校で習った魂百までもってね。

「ん、どうした?」

 杖姐が聞いてきたがそれには応えず、私は軟膏瓶を三つほど取り出して先ほどのナイフを使って、適量板の上に開ける。そのまま、混合に入りながら小さく呪文を唱えた。

「三つの薬剤とも、実はそんなに強い効果はない。ミルサは肌の代謝向上、ミルワは傷の治癒、モハベリートはまあ、いわゆる美肌効果狙い。それを混ぜて魔力を注いで魔法薬にすると……」

 完成。最後に容器に入れるのだが、この時のコツはまず最初に容器の底面のヘリにたっぷり軟膏を塗りつけてやる事。少しでも気泡が入りにくくするためだ。量は同じだけど、真ん中に気泡が入っていると少ないように見えるでしょ?

 トドメにトントンと容器を軽く打ち付けて入り込んだ気泡を抜いて蓋を閉め、それを杖姐に渡した。

「火傷の特効薬。風呂上がりにでも、ってうにゃぁ!?」

 杖姐は無言で立ち上がり、いきなり全裸になりやがったのである。そして、体中の火傷痕に薬を塗り始めた。ちょと、女の子なんだからさ!!

「おい、手伝え」

「はーい」

 馴れているのか、全く驚いた様子もなく、罠姉さんが背中の痕に塗っていく。おっと。

「その塗り方はいかん。薄くべたつかない程度に」

『イエス・マム!!』

 オイコラ……。

「三秒で効くはずよ」

 言ったそばから、最初の傷痕に光りが点って消えて行った。

「こ、これは……」

 杖姐が驚きの声を漏らした。

「すご……」

 罠姉さんも驚くそのパワー。杖姐の体は光に包まれ、全ての傷痕が綺麗に消えてしまった。

「ねっ、これが私の魔力の使い方。薬師を職業に選んだ時に、こういう使い方をしようって決めたの。これはこれでありでしょ?」

 杖姐がいきなりひざまずいた。

「弟子にして下さい」

「服を来て下さい!!」

 全く……。

「あの、実は私も……」

 罠姉さんがそっと言ってきた。

「分かってるって……ん、またずいぶん酷い古傷がいくつもあるわね。罠でやっちゃった系?」

 これは医師の出番だ。薬だけでどうにかなるレベルではない。

「うん、実は左目も……」

「分かってる。さて、やりますかね」

 こうして、臨時オペ……が始まったのだった。


 女子部屋のマットの上に魔法陣を描き、その中央に罠姉さんを寝かせる。最初は女子部屋に入れると喜んでいたオタンコナスも、さすがに真面目になった。

「ほぅ、こりゃなかなかじゃな」

 魔法では目が醒める恐れがあるので、私が薬で眠らせてある。その管理も薬師の仕事だ。

「モラルキリーネ使ってるから、あまり長時間はキツいわよ。チャッチャっとやりましょう」

「ふむ、分かった」

 魔法医の治療は切ったりしない。極限定的な小さな魔法陣を描き、そこに然るべき処置を魔法で叩き込む。「小窓」を開いて、状況確認しながらだ。なかなかに大変なのである。

 結局、全て終わったのは翌朝明け方近くなってからだった。


 さっそく進行予定に変更が出た。罠姉さんの回復を待たないと先に進めないため、この村にもう一泊となった。治療自体はすぐでも、体が追いつくにはそれなりに時間が掛かるのだ。

 スヤスヤと眠る罠姉さんと、こちらは一晩中罰で走らせ続けられていたらしいセリカが泥のように眠る中、私は杖姐と昼からマタタビ酒を酌み交わしていた。

「なかなか美味い酒だ。飲んだ事がない」

「そりゃ、マタタビ酒なんて人間には出回っていないでしょうからね」

 もちろん、酔いつぶれるような真似はしない。ほろ酔い加減は分かっている。

「それにしても、猫の力には驚きだ。失礼だが、本当に侮っていた」

「それが普通ですよ。中には不平を言う連中もいますが、私はそれでいいと思っています。侮られているくらいの方が、争い事に巻き込まれずに済みますから」

 ヘタに脅威と思われると面倒なのである。猫は猫。それでいい。

「私は攻撃魔法は得意なのだが、それ以外はまるでダメでな。お前みたいに何でも出来てしまう術者を、うらやましく思うのだ」

 どこか遠くを見る目で杖姐が言った。

「私はただのしがない薬師です。その領分から外れた事は出来ません。決して、なんでも出来るわけではないですよ」

 思わず苦笑してしまった。私など、出来ない事の方が多い。

 なんてな事を話していると、罠姉さんが目を覚ました。

「うー……。あれ、えええええ!?」

 いきなり絶叫する、罠姉さん。

 ど、どうした……!?

 彼女はそのまま飛び起きると、首をギギギっと動かして私をロックオンした。確実に。

「にゃぁ!?」

 次の瞬間、すっ飛んで来た罠姉さんに飛びつかれ、一緒になって壁までぶっ飛んだ。痛いっす!!

「すっごい、治ってる。治ってるよ。ありがとう!!」

 なーに、これくらい……治したの医師だけどさ。

「私、アンナ。あなたは?」

 ……あ。

 杖姐をチラッとみると、ただ苦笑するのみ。

「わ、私はなにも聞いていないからね。うん、聞いてない!! 私の名前は……カレンでいいのかな。そこのセリカが付けてくれたんだけど……」

「えー、セリカが付けたのぉ。じゃあ、お礼に私からのプレゼント……ストラトス!!」

「い、いや、名前増えると混乱するし……」

 二つの名を持つ猫。格好いいが、実用上問題ありだ。

「じゃあ、こうすればいいよ。えい!!」

 ポンという音と共に、首に違和感……嫌な予感しかしない。

「ほら、こうすればいい」

 ひょいっと見せてくれたのは、金属プレートに「カレン・ストラトス」と掘られたものだった。

「ついでに『街』の住所も彫り込んでおいたから、迷子になっても大丈夫!!」

 おおい!! そりゃ猫だけど、猫だけど……。

「首輪じゃ可哀想だから、取り外し式のネックレスにしておいた。本当にありがとう」

 まあ、悪い気はしない。しかしこれ、セリカが見たらまた暴発しないだろうな。

 それだけが心配な私だった。

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