第6話 罠師な猫(第二階層)
第二階層
「本気で罠しかないわね。この階層……」
ガイドブックは嘘をついていなかった。
まあ、「楽しいアトラクションがたくさん」という表記はどうかと思うが……。
何度目かの大休止に時だった。簡素な食事を終え、そろそろ休もうかという時だった。本当に微かではあるが、ヒタヒタと近寄ってくる足音が聞こえた。
「ん、この足音は……」
ほんの一瞬だけ警戒した私だったが、すぐに警戒を解いた。
「やぁ、狸じゃないか。こんな所でどうしたんだい?」
たき火の光りに現れ、のほほーんとした声でいうこいつは、アメリカンショートヘアの細目。生まれつき、目を開けているのかどうか分からないくらい目が細いので、この呼び名が付いた。……ってか、のほほーんと狸って言わなかったか、こいつ!?
「なに、細目。こんな所まで散歩?」
秘技、質問返し。失礼だが、細目などこれでいい。
「いやー、人間にガイドを頼まれてきたんだけど、この先にある罠で全滅しちゃってさ。罠が作動した後に、そこを踏むなって言ったんだけどさ。人間ってトロいねぇ」
……おいこら。
「トロいのはあんただって。作動する前に言うの!!」
全く、コイツは……。
「ああ、そうか。それもそうだね。あはは」
あはは……じゃねぇ!!
「ったく、あなたはいつもいつも……」
これがため息をつかずにいられるだろうか。
「あの、こちらの方は?」
もの珍しそうに、セリカが聞いた。
「ああ、うちの街に住むしょうもないやつよ。日向ぼっこの相手にはいいかもね」
間違っても、こんな迷宮のガイドを頼んではいけない。
「おや、そっちも仕事中か。狸が外に出るなんて珍しいと思っていたら……」
「誰が狸じゃ!!」
失礼な。
「狸じゃないです。今はカレン・ラリーですよ」
すかさずフォローするセリカ。よしよし。
すると、細目が細い目を限界まで広げた。
「これは驚いたねぇ。名前までもらったんだ。でも、勿体ないよ。どこが可憐……おぶゅ!!」
猫パンチ。以上。
「痛いじゃないか。さて、狸をからかうのはこのくらいにして、僕もここの端っこ借りるよ。疲れちゃった」
こちらの返答も聞かず、細目は勝手にスペースの隅っこに陣取ると、喉をゴロゴロ鳴らしながら、気持ちよさそうに「猫箱」スタイルで休みはじめた。寝たいところで寝る。これも私たちだ。
「可愛いですね」
なんだかのほほんとしながら、セリカが言った。
「まあ、いい奴なんだけど、頭のネジが何本か抜けているのよねぇ」
実は変に頭がキレる時があるのだが……滅多にない。
「さて、あの馬鹿は放っておいて、私たちも寝ましょう」
「はい」
セリカがが寝袋に潜り込み、私は張り番をしているわけではないが、なんとなく起きていた。まだ眠くないのだ。
猫という生き物は、寝ている最中ですら耳で周辺警戒を怠らない。まあ、臆病といってもいいだろう。それが生き残る道なのだ。
その敏感な耳が、ドヤドヤと接近してくる足音を探知した。人間、数は五、男三、女二……。
「おっ、先客か。悪いが、ちょっと場を借りるぞ」
いかにもなゴッツイお兄さんが、野太い声で言った。
「あれ、そこの女性。毒をもらっちゃってるわね」
五人のうち、一人のお姉さんの顔色が明らかに悪い。
「ああ、そこでスパイク踏んじまってな。少し休ませないと……」
スパイクとは、よくある罠の一種で、矢のような尖った物を床に埋め込んだもの。巧妙に隠されている上に、毒などが塗られている場合が多い。
「ちょっと診せて……。ああ、ストラトキシンか。このままじゃ、死んじゃう」
診断の魔法ですぐさま毒の種類は分かった。遅効性の毒で、人にもよるが、十五分もあれば死んでしまう。
「なんだと!?」
全員に動揺が走ったが、解説している暇はない。
私は即座に解毒剤を作った。
「解毒薬。信用出来ないなら、一口飲んでみるけど……」
こんな迷宮で初対面。信じろという方が難しい。
「いや、必要ない。貸してくれ」
ゴッツイお兄さんは試験官を受け取ると、顔色の悪いお姉さんに飲ませた。
「効き始めるまで五分はかかる。間に合うか……」
私のつぶやきに、辺りは緊張に包まれた。マイペースに寝ている細目を除いて。
長いような短いような時間が流れ、顔色が悪かったお姉さんの容態が回復してきた。よし、間に合った。
「ふぅ、肝が冷えたぜ……」
ゴッツイお兄さんが、額の汗を拭った。
「念のため、もう少し休ませた方がいいわ。体力使っているから」
それだけ言って、私は持ち場? に戻ろうとしたのだが……。
「おいおい、忘れ物だぜ」
ゴッツイお兄さんが小さな革袋を寄越した。
チャリチャリいうところをみると、中身はお金である。
「このくらい、お金を取るほどの事じゃ……」
「タダより高い物はないってね。気持ちだ。受け取ってくれ」
そう言われてしまっては、断る事は出来ない。私は素直に受け取った。
こうして、いきなり大所帯になった大休止場の時間は、ゆっくりと過ぎていったのだった。
すっかりお姉さんは復調し、お互いに名乗る事もなく、五人組は出立していった。細目も地上に向けていき、残るは私たちだけになった。
「さて、いきましょうか」
寝袋を片付け終えたセリカに声をかけた。
「はい、なんだかんだで、あまり眠れなかったです」
まあ、ゴチャゴチャしていたからねぇ。
「無理は禁物よ。休むなら、もう少し休むけど」
「つぎの大休止場は第三階層への階段近くです。そこまでは行きましょう」
「了解」
こうして、私たちも先に進み始めた。さすがに罠が凄い。いちいち解除し、時に回避し、時にわざと作動させて安全を確保し……もはや、薬師の嗜みレベルではなかった。
「はぁはぁ……シンドイ」
体力と気力回復のポーションを飲んでから、私は思わずつぶやいてしまった。
「大丈夫ですか? 心なしか毛並みが……」
セリカが心配そうに聞いてきた。
「なーに、このくらいイージーよ。さて、進みましょうか」
カチ……。
うげっ!? やっちまった!!
瞬間、床が消えた。
「のぉぉぉ!!」
私より後ろにいて無事だったセリカの体に、思い切り体当たりしてしまった。
背骨が折れそうな勢いで、私の体をホールドするセリカ。
「あ、危ねぇ……」
よくある落とし穴。底にトゲトゲ付きだ。
「……少し休みましょう。死にます」
「はい……」
罠と罠の狭間にある通路という微妙な場所ではあったが、私たちは小休止に入った。さっきの件もあってか、セリカは片時も私を離してくれない。まるで、一歩動けば死ぬというような勢いではあったが、実際死にかけた私は文句も言えない。借りてきた猫のように大人しくしているしかない。
「無茶するなって私に言って、自分が無茶してどうするんですか!!」
「はい、面目次第もございません……」
ううう、なに言われても反論出来ぬ。
こうして、どのくらい休んだか分からないが、気を取り直した私は行く先の罠を処理して、馬車とセリカを通すという作業をひたすら繰り返し……。
「だぁぁぁ、着いたぁ」
精根尽き果てた頃、ようやく大休止の場所に到着した。
「お疲れさまでした。ゆっくり休んで下さい」
セリカが寝袋……と調理器具を取り出しながら、マジックポケットを虚空に開いた。
「えっ、何するの?」
まあ、調理器具でやる事は限られているが、私は反射的に聞いていた。
「はい、疲れた時はちゃんと食べるに限ります。いつもの携帯食では味気ないですからね」
セリカは床に小さな魔法陣を描き、器具を温め始めた。
「あの、猫は食べちゃいけないものが多くて……」
イカやタコはダメ、ネギはダメ……かなり多い。
「もちろん把握しています。それ抜きでメニューは考えてあります!!」
どう見たっていいところのお嬢様なセリカなのだが……料理の手つきは、私が足繁く通っている、定食屋のオッサンより良かった。
「あのぉ、手伝うことは……」
「ありません。カレン様は座っていて下さい!!」
その鬼気迫る調理風景は、まさになんとかの鉄人だった……。
「はい、出来ました!!」
こ、これは……。
見た目、香り……パーフェクト。迷宮で食べるクォリティじゃないぞ、これ!!
「はい、冷めないうちにどうぞ」
ニッコリ笑うセリカの言葉と、この料理の誘惑に勝てる者などいないだろう。
ナイフやフォーク……専用のものなら使えない事はないが、そこまでは贅沢は言えない。皿からのダイレクト食いだ。あっつ!!
猫舌ではあるが、食べられないという事はない。がっついていると、何を思ったか、セリカが背中を撫で始めた。くっ、ここにきての猫扱い。いや、猫だけど!!
ペロリと平らげると、私は一息ついた。
「ごちそうさま。あのさ、マジで美味しかったんだけど、猫料理なんてどこで?」
普通、人間は猫料理なんて知らないはず。一体、どこで……。
「いえ、実家に猫さんが九匹ほどいまして……徹底的にしごかれたのです」
自分用の料理を作りながら、セリカが言った。
なるほど……。
猫と言っても色々いて、「街」で好き勝手やっている者もいれば、人間社会に溶け込んで暮らしている者もいる。
それはもう、散々しごかれた事だろう。頭数が九となれば大所帯だ。
「なるほどね……。どおりで、私が嫌と思うことをしないわけだ」
尻尾を引っ張るなんていうのは論外だが、色々と不愉快に思うことがある。セリカはそれを一切やってこないのだ。
「はい、鍛えられました」
鍛えられたか……。さそ、ネコ爪の餌食になった事だろう。あれは同胞の私ですら痛い。
「さて、私も食べちゃいますね。いただきます」
この休憩が終われば、第三階層。ガイドブックには、「罠はないが魔物の巣窟」と書かれている。さて、どうなるか。いよいよ、私たちの真価がが問われる事になる。
そう「戦わずしてクリアする」という……。
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