第4話 迷宮の猫(第一階層)
迷宮第一階層
「ここはすでに探索され尽くされて、なにもないと言われています。だからこそ、何かがあるかもしれません……」
セリカが作った魔法の明かりの中を、私たち一行は慎重に進んでいた。ちなみに、小柄な車体が役に立ち、私は馬車ごと突入した。あっはは。無茶?
「その心構えは大切よ。例えば……あの穴」
床と壁が接する場所に、小さな穴が開いている。私たちの好奇心は、こういう時に働くのだ。こんなの誰も見向きもしないだろうが……。
パッと馬車から飛び降り、穴の中を慎重に覗き込むと、小さなレバーがあった。
……ほうほう、こうこなくっちゃ。
私は迷うことなく渾身の力でレバーを引いた。すると、ガコンという音と共になにかが動く音が聞こえ、ただの通路の壁だった一部が上にせり上がっていった。
「ほぅ、なにもないねぇ……」
そこには小部屋があり、見るからにお宝と分かる、金銀財宝の山。どこに目を付けているんだか……。
「セリカ、回収作業に入るわよ」
「は、はい!!」
なんの警戒もなく室内に入ろうとしたセリカを、手で制した。
「待って、いかにもお約束の罠がありそうよ」
なんの確証もない。いわば、猫の勘ではあるが、ヒゲを全て前に倒し、セリカを連れてゆっくり進むとコツン。
「ここにワイヤが張ってある。典型的なブービートラップね。一歩離れていて」
セリカが少し離れた事を確認すると、私は腰に下げている道具の中から、ワイヤカッターを取りだした。人間用に比べたらオモチャみたいなサイズだが、この程度の細いワイヤなら十分事足りる。
「行くよ!!」
バツという手応えと共にワイヤが切れると、頭上を黒い何か……矢の群れが通り過ぎていった。私たちの動体視力を甘く見てはいけない。
矢の群れは虚空を過ぎり、虚しく反対側の壁に当たって果てた。矢尻の色がおかしいところをみると毒が塗られているのが明白。色からして、恐らくヒラルキネだろう。触れただけで死ぬ猛毒だ。
「はい、一個終わり。あとは……」
どうやら、あれだったらしい。念のため部屋中探してまわったが、罠の類いはなかった。
「さて、大丈夫みたいだから、とっとと回収しちゃいましょう」
「承知しました」
雇い主との立場が逆転している気がするが、この際気にしないでもらいたい。
セリカが開けたマジックポケットに根こそぎお宝を放り込み……おっと、これを忘れちゃいけない。
私は薬品棚の仕分けように使っている、薄く木を削った札をセリカに差し出した。
「私って『共通語』を書くの苦手というが字下手でさ、こう書いてちょうだい。『お宝は頂いたぜ~。どこに目を付けているんだばーか by セリカ&カレン』って」
すると、セリカがくすりと笑った。
「それいいですね。では、さっそく……」
『お宝は頂いたぜ~。どこに目を付けているんだばーか。新人と猫をなめんなこの脳筋クソッタレ!! by セリカ&カレン』
……微妙に増やしたわね。別にいいけど。
結局、その後三カ所の「未踏領域」を発見し、体内時計を頼りに大休止を取る事にした。
この迷宮はガイドブックまで出るほど、人間の間では有名なものらしく、寝袋などを広げる場所も決まっているので呆れる。
そんな場所の一つに身を置き、カレンはせっせと寝袋を広げた。
「あれ、休まないのですか?」
寝袋に半身突っこんだセリカが聞いた。
「給料分は仕事しないとね。先寝ちゃって」
魔物避けの香油を撒きながら、私は答えた。正直、まだ眠くはない。
「はい、その神経が立ってしまって……」
そっか、無理もない。
私は鎮静効果のある液剤を取り出した。小瓶ではあるが、人間用に濃縮してあるので効果はあるはずだ。
「これ飲んどいて、味の保証はしないけどね」
私は彼女の枕元に、よっこらせと座った。
「あ、ありがとうございます。なるほど、シナモンですか……」
正確には、シナモンのような味。魔法で調整してある。元の味は猫も逃げ出す、凄まじいものだ。
「それにしても、カレン様はかなり迷宮馴れされているのですね。もし私だけでしたら……」
セリカが感心したようにいう。よせやい。
「仕事で何回か潜っただけよ。本業は薬屋さんなんで」
まあ、薬師の嗜みみたいなものだ。
「なにか、カレン様とコンビを組めば無敵な気がします。信じていますよ」
「そう簡単に信じちゃダメよ。私はあくまでも、仕事しているだけなんだし」
信じるか。ここ何年も聞いていない言葉ね。
「信じるも信じないも私の一方的な都合ですから、気にしなしで下さい。では、お休みなさい」
セリカはそのまま横になった。
「……そういう問題じゃないと思うけどなぁ。まあ、いいか」
私は特製マタタビ酒をチビチビ飲みながら、迷宮の闇を見つめたのだった。
「おっと、ストップ。おいでなさった」
「えっ?」
魔法の明かりには何も映されてはいないが、私の目と耳は誤魔化せない。
「魔物接近中。明かりを消して!!」
魔物避けの香油を盛大にぶちまけながら、私は素早く指示を出した。
「は、はい!!」
辺りに暗闇が落ちる。数秒後、ズルズルと音を立てて何かが通り過ぎて行く。いかな夜目が利く猫の目でも、完全な闇では何も見えない。そこで役に立つのが聴覚だ。音だけで、目で見ているのと、ほぼ同じ光景を脳裏に描けるほどの分解能がある。
……ムカデ型のデカい何かか。やり合ったら負ける。
最強必殺技の通称猫パンチはあるが、あれは相手を怯ませて逃げる隙を作るためのもの。積極的に攻撃するためのものではない。出すのは最終手段だ。
そのまま魔物はズリズリ遠ざかっていった。しばらく聞き耳を立てていたが、もう問題ない。
「いいわよ、明かりを」
小さく呪文を唱える声が聞こえ、再び通路は明るくなった。
「カレン様、私死ぬかと……」
ガタガタ震えながらセリカが言った。
「まあ、最初はそんなもんだって。私なんて……いや、なんでもない」
女の子的に言えない……。
「さて、落ち着いたら先に進みましょうか。小休止ってことで」
「い、いえ、大丈夫です。行きましょう!!」
早くも落ち着いた様子のセリカ確認し、私はゆっくりと馬車を進めたのだった。
「誰よ、『取り尽くした』なんて言ったの?」
ここまでの「未踏領域」はもう十を超える。ちょっと注意すれば分かるような仕掛けなのに、人間の目には見えないのだろうか?
「申し訳ありません。そう聞いていたもので……」
セリカがしょぼんとしてしまった。あー……。
「あなたに言ったわけじゃないって。それより、この階層終わったらもういいんじゃない? これだけ『戦果』があるんだから……」
新米冒険者なら上出来だろう。
しかし、彼女は首を横に振った。
「最奥部……第四階層の『奇跡の水晶』。これに触れなければ、この迷宮を踏破したことにはなりません。申し訳ありませんが……」
「はいはい、そんな顔しないの。クライアントの意向なら、とことんお供します」
なんだか泣きそうなセリカに、私は手をパタパタ振りながら言った。
最初から覚悟はしていたが、これは長丁場になりそうである。
「さて、じゃあ進みましょうか。……あっ、そこの窪み。なんで気が付かないかなぁ……」
迷宮探索のロマンは財宝のはずなんだけど、この無頓着ぶりは一体……もっと執念燃やせって。
こうして、私たちは無事に第一階層を抜けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます