第3話 アルバイトの猫(準備編)

今日は定休日。

 といっても、暇はないわけで……。

「こんなもんか……」

 薬草の発注品リストを仕上げ、私は問屋に向かった。

「…………」

 三毛のスコティッシュフォールドさんが迎えてくれるが、無口なのはいつもの事。

 本人はスコなのに立ち耳である事を気にしているようだが、そこに生えた飾り毛が可愛い。うっかり言うと「フシャー!!」と怒られてしまうので、黙ってリストだけ渡す。

「……分かった。やってみよう」

 今まで聞いた事があるセリフはこれだけ。語彙がなさ過ぎるが気にしない。

 いつも通り、明日には入荷するだろう。もちろん、前金だ。

「さて、次は……」

 在庫がない薬がいくつかあるので、作っておかないといけない。

 店に戻ってみると、街の入り口を守っている衛兵さんたちが待っていた。

「よう、青目。例によってコード九十九。F一、二千三百Cだ」

「了解」

 衛兵さんたちは去っていった。

 はい、この暗号を解読しましょう。コード九十九は人間からの依頼。Fは女性で人数は一名、報酬は二千三百Cは人間の通過で二千三百クローネ金貨、猫が使うGC……グリファスコインに換算すれば十倍の二万三千になる。かなりの大金だ。どれだけ大仕事なのか……やれやれ。

 ともあれ、お客さんを待たせてはいけない。私は街の入り口に急いだ。

 ああ、ここは別に人間の世界と隔絶した異世界などではない。この猫の街はそれなりに有名で、たまにこうして立ち寄る猫好きさんもいる。猫サイズの街には入れないけどね。

 スタタタと久々に四足歩行ダッシュを決め入り口に行くと、そこには……正確な年齢は分からないが、多分十代の女の子が立っていた。

 茶色の髪の毛を短く切って、申し訳程度の革鎧と腰に帯びた長剣。なるほど、冒険者というやつかな。一人というのは珍しいけど。

「あなたが噂の『青目』様ですね。お初にお目に掛かります。私はセリカ・ラリーと申します」

 女の子は丁寧に頭を下げて自己紹介した。

「様はやめて。私は……」

 ……我が輩は猫である。名はまだない。

「ウフフ、名前がないというのは本当なんですね。では、便宜的に……カレン・ラリーでどうです?」

「別に構わないわよ」

 一時的とはいえ、名字まで。まあ、いいけど。

「では、カレン様。仕事の依頼なのですが、この近くに『ホライゾンの迷宮』というものがありまして、そこの探索に薬師として同行頂きたいのです。安い報酬で申し訳ないのですが、これが精一杯でして……」

 申し訳なさそうに頭を下げるセリカさん。はて、困ったな。そうなると長期休暇になるなぁ。

「他に仲間は?」

 一応、聞いてみた。

「いえ、私みたいな駆けだし冒険者は、誰も相手してもらえなくて……」

 ほら、来た。

「その迷宮がどんなだか詳しくは知らないけど、私とあなたでどうにかなるかなぁ」

 これは、諦めさせるために遠回しに言ってみた言葉。この程度で揺らぐなら、止めた方がいい。

「いえ、そうはいかないのです。ラリー家のしきたりで、十五才になれば旅をしなければなりません。避けて通れないのです」

「ファイナル・アンサー?」

 私は彼女の目を見て魔力を放つ。

 これは、人間の間でかつて流行った呪文。その効果は、否応なしに最後の決断を迫らせるだったか……。

 ともあれ、ここで私がいいと言えば、もう行くしかない。最後の診断だ。

「ファイナル・アンサーです!!」

 しばしその目を見つめる私。この決意、何があっても曲げそうにない。

「分かった。その代わり、この人数じゃまともな戦闘なんか出来ない。私は戦えないしね。だから、指示には従ってもらうわよ。これが条件」

「承知しました!!」

 ホッとしたように、セリカさんは手を差し出した。握手というヤツね。

 私が手を差し出すとそれをポスッと掴み、その場に崩れ落ちた。やれやれ、大丈夫かな。まだ「遠足」は始まってもいないのに。

「じゃあ、色々準備するから待っていて。人間用の薬も作らないといけないから、その辺にキャンプを張っていてちょうだい」

「承知しました」

 セリカさんは、さっそく野営の準備を始めた。危なっかしい手つきでテントを立てている。初々しいのう。

 さて、私もやりますか。人間用の薬など久々である。三日は掛かるかな……。

 こうして、突如降ってきた迷宮探索の仕事に、急ピッチで取りかかったのだった。


「ごめんね。このサイズの馬車だから、人間は乗せられなくて……」

 当たり前だが、何もかもが私たちサイズである。十五才といえば私たちはかなりのご高齢だが、人間はまだ少女のはずだ。それでも、とても乗れない。馬は特別に品種改良された超小型サイズだ。

「旅は歩きが基本です。気にしないで下さい」

 セリカさんは笑って見せた。うん、いい子だ。

 その馬車には、薬草や薬の類いが山ほど積んである。

「カレン様はこういったお仕事はよくされるのですか?」

「様はやめてよ。まあ、一年に一回あるかないかかな。猫の薬師を頼る人間なんて、そんなにいないわよ」

 まあ、よほどの猫狂いか猫好きである……あれ、似たようなものか。まあ、普通は人間の魔法使いか薬師を頼る。当たり前だ。

「カレン様は相当な腕利きと伺っております。ゴロツキのような薬師は頼れません」

 比較対象がゴロツキかい!! まあ、いいや……。

「セリカさんはまたなんで迷宮に。旅なら普通に歩いても良さそうなものだけど」

「セリカでいいです。それではダメなのです。どこかで武勲を立てないと……」

 厳しいね。うん。

「まあ、お金もらって仕事している私が言うことでもなかったか。さて、あれかな?」

 行く先にまるで村のようにテント群があるのを見つけた。

「地図を見る限りそうですね。端の方にテントを張りましょう」

 異論はない。私たちはテント群の中に入った。

「おいおい、猫かよ」

「アイツが死ぬ方に百万クローネ」

「いくらなんでも甘く見すぎだろ……」

 そんなヒソヒソ声が聞こえてくるが、別に何とも思わない。猫は猫であって人間にはなれない。言いたいように言わせておけばいい。

 セリカが剣に手をかけた。

「やめなさい。馬鹿を見るだけよ」

 私は即座に止めた。こんなところで剣なんて抜いたら、袋だたきにされるのがオチだ。

 不承不承といった感じで、剣から手を離すセリカ。それでいい。

 テント村の端っこに空きスペースを見つけ、私たちはテントを張った。

「さてと、探索は明日から始めましょう。取りあえず、今日はこれで……」

 私は背負っていたザックの中から、まあ、人間にしたら小瓶であろう琥珀色の液体を取り出した。

「なんでしょう?」

 私は瓶を一つセリカに渡し、自分用の瓶も取り出した。

「滋養強壮効果がある薬草を漬けたお酒。確か、十五才で成年だったわよね?」

 私は瓶の蓋を開け、中身を少し飲んだ。おおう、体が熱い。コイツは効く!!

「確かに十五才で成年ですが、まだお酒は飲んだ事が……」

 困り顔のセリカだったが、やがて意を決したように一気に全部飲んでしまった。

 ば、馬鹿者、全部飲んだら!!

「こ、これは、ききまひゅ……」

 あーあ、鼻血吹いて倒れちゃった……。

「どうしよう、これ……」

 酔いざましの薬はあるが、これはただのお酒ではない。一種の薬に近いのだ。まず、効かないだろう。

「……放っておくしかないか」

 最終的に下した結論だった。

 結局、夜中の変な時間に起きるまで、セリカは目を回していたのだった。かえって疲れたという……。何事も、過ぎたるは及ばざるがごとし。うん。

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