第2話
自室でがりがりの猫と向き合いながら、私はどうしたものかと呟いた。
この猫を飼おうという明確な意志がある訳ではない。
私は元来動物が苦手である。それゆえ幼い時分から近所の犬猫を避けて生活してきた。それが今、自分の部屋でどこの馬の骨ならぬ猫の骨とも分からぬ猫と向き合っているのである。どうしたわけなのか私にもわからない。
しかし連れ帰ってきた以上、飢え死にさせるわけにもいくまい。
私は女中さんにちいさな焼き魚一匹と茶碗一杯の飯をたのんで猫に食わせてやった。
ばりばりと骨まで食っているところを感心しながら眺めていたら、女中さんが襖を開けて、お母様が呼んでおりますと言った。
私は猫をおいて母の部屋へと向かった。
襖を開けると母がおり、その向いに初めて見る顔の、身なりのいい紳士とお嬢さんが正座していた。顔かたちとおおよその歳を見る限りふたりは父娘であるらしかった。ふたりは私の方を見て黙ったまま頭を下げた。私も会釈を返して母の隣に座る。
改めて「こちらは息子の陽一です」と言った。
つづけて向き直ると、こちらは隣町の商家の雪谷さんとそのお嬢さん、と私に言った。
紹介が終わると二人はまた深々と頭を下げた。つられて私も頭を下げる。
その姿にどことなく見覚えがあり、しかし思い出せずに悶々としていると、母が言った。
「先に申しておりました通り、陽一さんとそちらの薫さんには今日から正式に婚約を交わして頂きます」
その言葉で、ようやっと私はこの
十年前の春のある日、私は庭で座って遊んでいた。動物は苦手だが虫や蛙は好きであったから、そこらの蟻とか蝦蟇やらを突っついたりしていた。
そこに薫さんがやって来たのであった。
恐らくは彼女のお父上だか母だかに私と一緒に遊ぶよう言われたのであろう、もじもじとして目を滑らせていたと思う。
私も人見知りする方であったし、何より幼かったので、彼女の顔を見たり目を逸らしたりしつつ様子を見ていた。
それから後私たちが何を話したかは覚えていない。ただ「かおる」と彼女が小さな声で名乗った事だけは覚えている。
そのひとが再び、今度は婚約者として私の前に現れたのである。
私はまじまじと彼女の顔を見た。
あの時の内気な少女の面影がない代わりに、毅然とした大人の女性の表情があった。薫さんはこちらに気づいてにこりと笑いかけた。朗らかな微笑みだった。私は急に恥ずかしくなって下を向いた。すると「婚約者」という言葉が脳裏でだんだんと大きくなって響き始めた。
私はこの人と結婚するのだ。
猫の子、子猫のコ、コネコの子猫のコ 油女猫作 @Batter_cat
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