まずは「お友達」からよろしくお願いします!

ソラ

まずは「お友達」からよろしくお願いします!

 俺は某都立高校の2年生。

 電車通学をしてるけれど、○〇駅で始発の電車に乗ってる。しかも各駅停車。準急や特急もあるけれど、俺はこいつに決めたんだ。そう、誰が何といっても!!


               ※


 それは、丁度一週間ぐらい前になるのかな。ホントは準急を使って通学してたけれど、各駅停車のホームに、俺の心を“ズキューン”と射貫く彼女と出会っちゃたんだ。

 髪はベリーショートでちょっとブラウンが入っている。たぶん地毛だと思う。瞳はくりっとしていて大きいのに、小ぶりのメガネを掛けていて、またそれがかわいい! ワイシャツにセーター、そしてチェックのスカート、襟元には赤い細い紐で結ばれたリボン。

 もう同じ列車に乗るしかないでしょって感じで、使う電車を変えた。ホームでは、彼女の立つ列車の乗り口のとなりに立つようにしたんだ。

 始発電車が入る前から、彼女は文庫本を読んでいた。手作りなのか、かわいらしい淡いブルーとグリーンの、クローバー柄のブックカバー。俺は一度でいいから、あのブックカバーになりたい。


                ※


 電車に乗ると必ず彼女はシートの端に座る。スクールバックを膝の上に置き、引き続き本を読んでいた。

 俺はというと、向かい側のシートのちょうど対角線上の端に座る。

 これが彼女と俺の毎朝の座る場所。

 あと何人か乗ってるけど3~4人程度。まばらだ。

 きっと彼女は静かに読書をするのが好きなんだろう。

 俺はスマホにイヤホンをつけて音楽を聴きながら座っている。そして一曲のうちに、2~3回は彼女をチラ見するんだ。

 正直、彼女と友達になりたい。楽しく話ながら電車通学を楽しみたい。

 でも、もう彼氏でもいるのかなとか、好きな人いるのかなとか、いろいろ考えてしまうんだ。早く、何かアクションを取らなければ・・・。

 でもさ、そんな勇気ないんだよね。


               ※


 とある日、自分の部屋でくつろいでいる時だった。自分の机の上から、いきなり煙がたった。

『?!』

 何だろうと思った瞬間だった。いきなり目の前に小人が現れた。

『何だこりゃ?』

 そいつは身長10センチほどで、モーニング姿にシルクハット、右手には白と黒の縞模様のステッキを持っていた。

 俺は今、目の前にある現実を理解できなかった。

『なんすか・・・これ・・・』

 小人は、ステッキを持ち替え、シルクハットを脱ぐと深々とお辞儀した。顔つきは20歳前後の好青年っていう感じだった。

「こんばんは、滝川たきがわ光輝みつてる君。」

 なんで俺の名前が解ってんの?

「わたくし、『アル』と申します。」

「あなたの恋焦がれる気持ちに応援したくて現れました。」

 へ、どういうこと?

「私はこの世の中に悠然と旅する心理です。そして私はこの小人の紳士となってあなたの前に現れました。あなたのとっても強い恋焦がれる感情に引きずられてしまいました。」

「素晴らしいですね。一人の女の子をまだ話もしていないのに、そこまで好きになれるとは。でも、そのままで終わりにするのですか?」

 くそ、この小人、こっちが黙ってりゃ言いたいことを言いやがる。

「あのねえ、そりゃね、俺だって話しかけたいよ。二人でキャッキャ笑ってさ、手つないでさ、遊園地でも行ってさ、そんでもってそんでもって・・・・」

 って、なんでこんな得体のしれないアルっていう小人に本音を言ってるんだ? 

 でもいいや。この際だから俺の気持ちをぶちまけちゃえ。

「まずは友達になりたい!!」

「今の俺は、同じホームの隣の列に立つだけで心臓バクバク、そして離れてるけど向かいのシートに座るのが手いっぱい、彼女の顔や姿を見るのもチラ見。どうしてくれる? この恋心。」

 アルはちょっと首をかしげて、右手であごをさすった。

「それは何とかしたいですね。」

「それこそ早く目の前に立ち、強引にでもその本をどかせ、『あなたのことが大好きです!』とか、『お友達からお願いします!』とか言うだけでよろしいのでは?」

 アルのやろう、軽く話しやがって。

「それができれば話は早いよ。」

 アルは頷きながら

「確かに、確かに。」

「ですから、このわたくしめがやってきたのです。」

「それでは、今から真面目に聞きましょう。」

 ・・・こいつ、今まで真面目じゃなかったのか・・・

「彼女、松浦まつうら七海ななうみのことが大好きでたまらないですね。」

「はい!ってなんで名前知ってんの?」

 こやつ、何者なんだ。

「わたくしは心理と申しました。これぐらい朝飯前というか、あなたをからかいたいというか・・・こほん。」

「もう一度聞きます?」

「だから何!」

「七海ちゃんに告白してお友達に、あらずんば彼女にしたいですか!!」

 もうやけくそだ!

「なりたいです!!!」

 アルは大きく頷き、

「解りました。」

「それでは、一つだけ約束してください。」

「明日の座る場所はいつものシートの七海ちゃんと対角線ではなく真正面で・・・」

 え!!!

「そんな勇気ないよ。」

「ただ座るだけでいいのですよ、話しかけなさいなんて誰も言っていないし、まさか光輝君。君は・・・チキン?」

 こんな小人にそこまで言われる筋合いはない!

「分かった、座ってみせるよ!」

「必ずですよ。」

「それでは、明日は勇気を持って・・・臨んでくださいね、クックックックック、あ、コホン。」

 そう言うと、アルは不覚な笑いとともに消えていった。


               ※


 緊張するなあ。

 ちょうど真正面に七海ちゃんが座っている。ちょこんとした感じで、両手に持った文庫本を、かわいい小ぶりの眼鏡越しに読んでいる。

 そういえば、あの小人、アルって言ったけ。ほんとに出てくるのかな?

 正直半信半疑で仕方がなかった。

 ちらっと彼女を見る。たまに目が合う時があって、お互いすっと目をそらす。

 く~、胸がキュンキュンする!!

 そんな時だった。何か聞こえてきた。

「ちゃんと約束を守ったようですね。」

 俺のブレザーのポケットから『ヨッコイショ』とアルが出てきた。

 俺は小声で

「なんでそんな所から出てくんの?」

「この方が雰囲気があっていいかな、と思いまして。」

「ダメでした?」

「いや、そんなことないけど、アル、そんな堂々と出てきて大丈夫なの? まさか、俺以外の人には見えないという超ご都合主義になってる?」

「さようです。」

「話し声も?」

「もちろんです。」

 俺は列車の天井を見た後、大きく息をついた。

「まったく、まあいいや。 これからどうするの、アル。」

「これから私はある行動をとります。その対応に七海ちゃんは、正直困るでしょう。」

「え!」

 俺はちょっと嫌な気分になってきた。

「それをうまくカバーしてくださいね。」

「ちょ、ちょっと待て、アル!」

 そういうと昨日と同じ恰好をしたアルが、俺のポケットから飛び出し、すたすたと“空中”を七海ちゃんの顔に向かって歩きだした。

『何考えてんだあいつ。』

 俺は頭を抱えた。

 そしてアルはなんと、七海ちゃんの顔の真ん中の位置、5センチほど手前まで接近し止まった。

『何考えてんだよ、あいつは~!!』

 何しでかすか分からないと思うと、すっごく心臓に悪かった。

 アルは一度俺の方を向いてニヤっとすると、こともあろうかあの細長い縞模様のステッキで七海ちゃんの鼻の中にすっと入れてくすぐりはじめた。


『あんの、バカ!! なんで、そんな事が出来んのよ?』


 七海ちゃんは急に鼻がムズムズしたので、目をつぶり指で鼻の頭をつまんでいた。

 でも、アルがステッキの動きをやめないものだから、いよいよくしゃみがしたくなってきたようだった。

『こんな他人のいる中で、まさか・・・ あいつ。』

 俺は心の中でつぶやいた。

 どんどんくすぐるアル。背中越しでもわかる。あいつのにやけた表情が・・・

 もう我慢に達する手前の目をつぶってこわばる七海ちゃんの顔・・・

 どうしていいかわからない俺・・・


 そして、とうとうその時が来た。


「ハ、ハ、ハクション!!」


 結構大きく鳴り響いてしまった。


 と同時にアルは、七海ちゃんの持っていた文庫本を、俺の方に向けて蹴とばした。七海ちゃんの本は、俺の足元まですっ飛んできた。

 七海ちゃんはくしゃみをした恥ずかしさと文庫本を落としてしまった? 恥ずかしさで顔も耳も真っ赤だった。

 俺はとっさに、その文庫本を席から立ち取り上げて、七海ちゃんの前に行いった。

 そして七海ちゃんの三倍の大きさでわざとくしゃみをした。


「はっくしょ~~~~ん!!!」


 もうそうなると視線は一気に俺の方だ。こんなことで注目浴びるのは俺の方が慣れてる。七海ちゃんはうつむいたまま、まだ顔と耳を真っ赤にしていた。

 ただ、小さく一言、

「アリガト。」

 と言ってくれた。

 天にも昇る思いだった。

 少しして、多少は落ち着いたかなと思い俺は文庫本を手渡すと、七海ちゃんはまだうつむいたまま、

「アリガト。」

 とお礼を言った。

 俺は

「そんなにお礼言わないで、もう大丈夫だから。」

 そのとき初めて顔を上げた彼女が、俺と視線を合わせ。

「ハイ。」

 と、ちょっとはにかみながら、返事をしてくれた。初めての会話だった。

 俺は席に戻ろうと思い後ろを見たが、もう座る場所は埋まっていた。

 そしてアルが笑顔で手を振り

「後はご自身のお力で。 うまくいくよう、お祈り申し上げます。」

 と言って、笑顔でいなくなった。

『もうこの先にチャンスはない』

 と、思った俺は、話し始めた。

「俺、滝川光輝ていうんだ。」

「もしよかったら、名前教えてもらっていい?」

「松浦・・・松浦七海です。」

「今日はご迷惑をかけてごめんなさい。」

 七海ちゃんは小さく頭を下げた。

「いいって。」

「俺、実を言うとさ、ずっと松浦さんと、話して・・・見たかったんだよね・・・」

 ちょっと横を向き、ほほを指でかきながら話してしまった。正直、正面を向けなかった。

 七海ちゃんはちょっとびっくりした様子で俺の顔をじっと見てた。

 俺はもっと勇気を出した!

「もしよかったら、明日から僕と友達になってください!」

 俺は正面に向きなおし、頭を大きく下げた。下げたままにしていると七海ちゃんから小声で話しかけられた。

「もうお互い名前を教え合ったのですから、お友達ですよ。」

「?!・・・・・・」

「ハイ!!」

 つい、でかい声で頭を上げてしまった。

 また皆さんの視線の的になってしまった。

 でも、松浦さんは屈託なく小さくクスクス笑っていた。

「あ、明日から、よろしくお願いします!」

 俺がそういうと、松浦さんは、

「もうお友達ですよ。滝川クン。」

 彼女は軽く微笑んだ。

 そして

「そっか。」

 と言いながら照れ隠しに頭をかくと、二人して笑い合った。


               ※


 朝6時54分発の始発、各駅停車の電車に乗る。いつものお約束だ。俺の横にはナナがちょこんと座っている。今はもう愛称で話しているんだ。

 お友達になって半年、一か月前からは、お互いごく自然と付き合うようになっていた。

「こら、ダメじゃない、居眠りしちゃ。しっかり読んで! このページの数式、ミツはそこが弱いんだから!!」

「ハイハイ。」

 ナナはキッとした目で、

「ハイは一回!!」

 と注意された。もうこうなると素直になるしかない。

「スミマセン。」


 今じゃ俺の方が毎朝、本(問題集)を読んでの通学になっちまった。この前赤点だったのがばれちゃって、『しっかり勉強しなさい!』って渡されたのが、この問題集・・・はあ、まいったな。

 じゃあ彼女はって? 俺のスマホとイヤホンを使って、俺の好きな曲を聞いていますよ。 両手を耳にあてがい、目をつぶって心地よく微笑んでる。

 そんな彼女を横目で見ると、俺も頑張らなきゃって思うんだ。


 な、アル!!

 

               Fin

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