『宝くじ』『クリームパイ』『用心棒』
「お嬢さま、ちょっと待ってくださいよ〜。もう帰りませんか?」
「なによ、もう疲れたの?」
背の高い青年に腕をつかまれ、振り返る。
「違いますって。もうすぐ日が暮れるから言ったんですよ……」
「平気よ」
青年を見上げて、勝気な瞳を緩ませる。
きっぱりと言った少女に、不安そうな表情のまま、青年は視線を左右に揺らす。
「だって、あなたがいるじゃない。レッド」
「リムお嬢さま……」
全面の信頼を真っ直ぐに言葉で示すリムに、口をぱくぱくとやる青年・レッドは、困ったように頭に手をやる。
「あなたが守ってくれるんでしょう?」
「それは…そりゃ……当たり前なんですけどね」
照れたのか、頬を赤くして下を向くレッドの顔を、無駄にサラサラな黒髪が隠している。
「じゃあ、行きましょう?」
「あ〜〜、もう! 分かりましたよ…っ!」
叫ぶ青年の顔の前で、指を振る。
「ありがとう。あとでクリームパイを買ってあげるから」
「ほ、本当ですか!? 約束ですからね!」
声を弾ませる青年を横目でちらりと見て、ひっそりと笑う。
やはり、大好物のクリームパイには弱いのだ。
◇◇◇
リムがどこへ行くにも必ず付いてくる用心棒のレッド。
ある日、夜中に星を見ようとこっそり家を抜け出したときも、いつの間にか傍にいた。
──そのときの事を思い出し、口角を上げる。
「で、今度はどこに行くんです?」
隣で歩調を合わせながら聞いてくるレッドに、
「デザートを食べに行くのよ」
と答えた。
「あー、もしかして、最近オープンした所ですか?」
「ええ。よく分かったわね」
「昨日行きたいって言ってましたからね」
「き、聞いてたのね……」
夜遅くに店の写真を眺めながら、ベッドで足をバタバタと動かしていた自分の姿を思い出して赤面する。
「とても大きな独り言でしたからね」
クスリ、と笑ってそっとリムの髪を撫でる。
──一体、彼は何時に寝ているのだろう。
毎度浮かぶ疑問を振り払い、他に聞きたかったことを口にする。
「ねえ、レッドは何か欲しい物はある?」
「えっ……、急にどうしたんですか?」
「いいから」
答えを急かすと、少し考える様子を見せた。
「──クリームパイ」
5秒で答えが返ってきた。
「…あとで食べるでしょう」
呆れて声が小さくなってしまう。
「冗談です」
彼の言葉がまったく冗談に聞こえない。
「う〜ん、特にないですね」
「一つくらいあるでしょう」
「ありませんよ」
──即答しやがった。
「嘘っ、何かあるでしょう!」
「本当ですってば。俺が欲しいものは毎日もらっていますからね」
「えっ……、何かあげた?」
まったく覚えがないのだが。
首を傾げて見上げると、微かに微笑みながらこちらを見ていた。
「──毎日お嬢さまと過ごす時間です」
「なっ、ななっ………」
言葉にならずに舌が
頬が熱を帯びてゆくのを止められない。
「俺にとっては、毎日が宝物ですよ」
「そ、そう……」
そんな風に言われると、何も言えないから困る。
(困ったわね……)
──もうすぐ彼の誕生日なのに。
これでは彼が欲しい物をプレゼントすることが出来ないではないか。
◇◇◇
「で、そういうお嬢さまは何か欲しい物ってありますか?」
「宝くじ」
秒で答えたら、絶句されてしまった。
「いや…、他になにかあるでしょう。宝くじって………17歳の女の子の台詞じゃないですよ!」
「本気よ」
てっきり彼女は洋服だとか、本とか、もう少し一般的なものが欲しいのではないかと思っていたので、この答えは完全に予想外である。
困った。
新しいドレスをプレゼントするとしたら、何色のが良いかとか妄想──考えていたというのに。
「じゃあ、宝くじだとして。それは──何故ですか?」
すると、彼女は少し俯いて小さな声で呟いた。
「だって……そしたら、自分だけのお城が手に入るもの」
「…………」
あまりにも寂しそうなその姿に、レッドは何も言えなかった。
「──な〜んてね! 宝くじなんて嘘よ。ただ、当たったら楽しいだろうなって思っただけなの」
リムは冗談だと声に出して笑った。
「そうですね! そしたら一生クリームパイが食べ放題ですよね〜」
「ま、またクリームパイ?」
「好きですからね」
苦笑いするリムに、満面の笑みで返す。
綺麗な顔で嘘を吐くから。
その表情に何も言えなくて。
──いつも通り、二人で笑い合う。
「あ、着いたわね」
「はあ〜、ここですか」
「私はパフェが食べたいの。あ、でもね、ここってクリームパイもあるのよ」
「そりゃ楽しみだ」
二人で店に入っていく。
楽しみと言いながら、心の中では違うことを考える。
──きっと、今から食べるクリームパイは、苦い味がすることだろう。
三題噺──三つのお題から出来る物語── 杏堂 水螺乃 @mirano69
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