『花』

スマホ画面越しに、花が二つ

どちらにピントを合わせようか、迷っていた。


 正面玄関から正門まで向かう、どこの高校にもありがちなテニスコートと中庭に挟まれた石畳を歩いていた。

 前を行く友人らの合間を縫い、最後尾を歩いていた俺の鼻先を掠めるほどの近さで横切った蜜蜂に焦点を奪われ、行き先を追うと、

 中庭の奥に咲いている桜の木に目が止まる。春色の花弁から視線を下ろし、幹を辿ると、根本に腰掛ている同級生を見つけた。

 彼女は隣のクラスにいる。

 喋ったことはない。

 けれど、彼女の名前を知っていた。

 すれ違えば目で追ったし、聴覚の範囲内ならばどこにいたって声を聞き分けられた。

 恋してるとか、そういう寒い感情に自覚はない。別に好きだろうと嫌いだろうと、自分の行動が変わるとも思えない。

 誰かを好きになったことも、高校2年までの人生を振り返っても記憶にないし、俺という人間はそういうのに興味がないと思う。

 だから、どういう心境なのか、よくわからない。

 わからないけれど、気づけば、ーーーなんとなく、ーーー適当に、…意味もなく、スマホのカメラを起動して、構えていた。

 「那須?何してんの?」

 いつの間にか足を止めていた俺の存在に気づいて、友達の一人が声をかける。

 気付かずに歩き進んだ分だけ遠いところから、俺にだけ届くように続けた。

 

 「写真撮ってんの?いいもんでもいるか?」

 縦長のスマホ画面の上の方の、桜にピントを合わせるか、彼女にピントを合わせるか、俺の指先は迷っていた。

 迷いあぐねて 適当に シャッターを切って、保存した。

                    ピントぼけした桜と、彼女が、手元に残る。

「………別に。なんもねぇよ、桜が咲いてただけ。」

 ポケットにスマホを押し込み、友達の元へと足先を向ける。

 意味もなく、画面を親指でひと撫でした


蜜蜂は、まだ、彷徨っている。



(20150404)

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