どこかの海Ⅱ

「お前は何だ?」

 ラルゴはぱっと起き上がり、ユーシャに詰め寄った。

「何者だ」

 今度はユーシャが後ずさる番だった。

「エート……」

「正体を明かせ!」

「……」

 ユーシャが仕方なく変身を解くと、ラルゴは目を見張った。

「人間……? お前は魔術師か?」

「私はユーシャよ。あなたは王子様でしょ?」

 ラルゴはユーシャの腕を掴み、甲板の隅に引っ張って行った。

「確かに僕は王子だが、その話は不用意に口にしないでいただきたい。あなたは何を知っているんです?」

 ユーシャは相手の緑の瞳を見上げた。

「……王子様が攫われたことと、その王子様が、金の髪に緑の目をしているっていうこと」

「誰に聞いた?」

「トリルよ」

「トリル? そいつは王子を知っていたのか?」

「ええ。私はトリルに、王子様を助けて欲しいって頼まれたの。……彼とはすぐにはぐれてしまったけど」

 ラルゴは眉を寄せ、僅かに俯いた。

「王子の身であっても、あいつが従者を連れて歩くことはなかったはず……何者だろう、そのトリルというのは」

 ユーシャは首を傾げた。

「あの……あなたが王子様なのよね?」

「王子は王子ですが、あなたの探している王子ではありません。それは多分、僕の弟のことです」

「弟……」

「はい。髪の色も目の色も同じ、よく似た兄弟なので」

 ラルゴは微笑んだ。

「本名は伏せますが、僕はある国の第一王子です。東の国の王が海賊退治に行かせる勇者を選ぶと聞き、剣術大会に参加しました。海賊に攫われた弟を救うために」

 ユーシャはまた首を傾げた。

「海賊に攫われた? 悪魔ではなく?」

「悪魔かもしれませんね。王子を誘拐するなど、悪魔のように卑劣な輩です」

 ロンの話では、海賊の首領は怪しい術を使う魔術師だ、ということだった。つまり、海賊の首領が悪魔、ということ?

「弟は自分から王子だと名乗ることは滅多にない。トリルという者に身分を明かしたなら、よほど信頼している相手だということだろう」

「王子様が海賊に攫われたってことを、あなたはどうして知ったの?」

「王宮に脅迫状が届いたんです。王子を助けたければ、金を用意して西の海へ来いと」

「それであなたが来たの? 第一王子であるあなたが、わざわざ? 国には兵士も勇者もいないの?」

「信じる者がいなかったんですよ。弟が誘拐されたことを」

 ラルゴは海の向こうを見やった。

「弟は自分から身分を明かしたりはしない。にも関わらず、海賊は弟が王子であることを知っている。ならば、脅迫状を書いたのは王子本人なのではないかと」

「海賊の首領はどこかの国の王子だというわけね」

「弟は自由気ままでいたずら好きで……何をやらかすかわからないところがあったから、そんな疑いを持たれたんでしょうが……」

「あまり王子様らしくない人なのね」

「そんなことはありません。王に信頼され、民には慕われる立派な王子でした」

 その時、上の方から間延びした声が聞こえて来た。

「どうしたー、何かあったのかー?」

「何でもない! ちょっと外の空気を吸いに出て来ただけだ」

 ラルゴが首を曲げて叫び返し、それからまたユーシャを見て声を低めた。

「どうやら見張りが目を覚ましたようだ。今夜はここまでにしましょう。僕は金髪に戻るので、あなたも鸚鵡に戻った方がいい」

 ユーシャは言われた通りにしたが、ふと気になった。

「ミハリッテ、ズットオキテルモノジャナイノ?」

「この時間の見張りは居眠りしていることが多いんです」

 ラルゴは苦笑しながら手早く髪を整え、バンダナを巻き直した。



 明くる朝、いつものように空を巡回していたユーシャは、いつもと違ったものを発見した。

「フォルテ!」

「どうしたんだ、ユーシャ」

 甲板にいるフォルテがユーシャを見上げた。

 ユーシャはフォルテのそばまで降りて行き、出来る限り声をひそめて報告した。

「フネガミエル、ニシノホウカラ、コッチニムカッテクル!」

「ええっ、本当?」

 フォルテは船縁に駆け寄った。

「本当だ。あれは船だね」

「カイゾクセン?」

「わからない。ただの商船かもしれないし、海賊退治に行く別の船かもしれない。とりあえず隊長に知らせて、様子を見よう」

 ――その後、船との距離はじわじわと縮まった。まっすぐこちらに向かって来ている。やがて船上の様子が確認出来るようになると、どうやらそれはただの商船ではないと判明した。小型の帆船だが、甲板の上にはずらっと、手に手に武器を構えた男たちが並んでいたのだ。

 こちらの船の甲板にも皆が集まっていた。

「襲って来る気満々だな」

 フォルテが言い、ロンを見やった。

「どうする? ロン」

「迎え撃つしかないだろう」

「だよな」

「気を緩めるなよ」

「この状況で緩むことはないから大丈夫だよ」

 言葉の割に、フォルテの口調はけろっとしていた。ロンも落ち着き払っている。緊迫した場面なのに、二人共すごい度胸だ。いや、顔に出ないだけか?

 そうこうするうちに船が目前まで迫っていた。ぎりぎりまで近付くと、向こうの船の者たちは一斉にこちらの船に乗り移り始めた。剣を携えた敵があとからあとから甲板に上がって来る。

「ユーシャ、逃げて!」

 剣を抜きながら、フォルテが叫んだ。

 いざとなったら一緒に戦おうと思っていたユーシャだったが、ひとまずは飛び上がって逃げるしかなかった。カチン、と剣が打ち合わされる。敵も味方も入り乱れ、何が何だかわからない。

 しばらく上から眺めていると、船首の辺りにラルゴの姿が見えた。二人を相手に一人で戦っている。ユーシャは急いで下降した。

「ラルゴ!」

「大丈夫です」

 ラルゴはユーシャを庇うように前に出た。

「あなたは隠れていて下さい」

 そう言われても、不利は目に見えている。ユーシャは変身を解き、決死の覚悟で剣を抜いた。

 更に二人の敵が背後から現れ、ラルゴを囲んだ。

 ユーシャは剣を思い切り振った。咄嗟のことで加減が出来なかったのだ。炎が盛大に噴き出す。幸い海の方に向かって発射されたため惨事は免れたが、近くにいた海賊が振り返り、もろに炎の柱を目撃してしまった。体型からして若い女性のようだが、なぜか一人だけ覆面をして顔を隠している。彼女ははっと息を呑み、それから、こちらに向かって来ようとした。

 ユーシャはもう一度剣を振った。が、今度は何も起こらない。見ると刀身が白くなっており、見ているうちに先端からゆっくりとまた赤く染まり始めた。何度振っても、火は出ない。女海賊が迫って来る。まずい。

 ところが、どういうわけか彼女は突然身を翻し、船縁を乗り越えた。それを見た他の海賊たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「どうなってるんだ?」

 ラルゴが呆気に取られて呟いた。

 あっと言う間に、船の上の敵は残らず消え去っていた。海賊船が遠ざかって行く。あとを追うのは無理そうだ。

 ユーシャは手元に目をやり、剣が完全に赤くなっていることに気が付いた。軽く振ってみると、また炎が噴き出し、また刀身が白くなった。どうやら一度火を出すと、刀身が再び白くなるまで一定の時間、火を出す機能は使えなくなるらしい。

 ラルゴがユーシャを振り返った。

「ユーシャ、その剣は……」

「トリルが持たせてくれたものなの。私もあんな大きな火が出るとは思わなかったけど、海賊たちもかなりびっくりしたみたいね」

 ラルゴは微かに笑った。

「ユーシャに恐れをなして逃げ出すとは、肝の小さい海賊ですね」

 その時、ラルゴの足下で何かが光った。

 ――あれは?

 ユーシャは走って行って光るもののそばに膝を突いた。

「トリル……」

 甲板の上に落ちていたのは、何と虹色の巻き貝だったのだ。

 ――なぜこれがここにあるのだろう? さっきの海賊が持っていたのか? だとしたら、あの海賊は、やはり……。

 ユーシャは巻き貝を拾い、耳に当てた。何も聞こえない。

「トリル……?」

「ユーシャ、人が来ます」

 船尾の方に目を向けていたラルゴが言った。

「早く鸚鵡の姿に。今見つかったら、密航者どころか、海賊の一味と見なされますよ」

 ユーシャは貝殻をマントのポケットに突っ込み、鸚鵡に姿を変えた。

 走って来たのはフォルテだった。

「ユーシャ!」

 フォルテはユーシャに気付いて駆け寄った。

「ここにいたのか。ラルゴも。良かった、二人共無事で」

「そちらの様子はどうですか?」

「大丈夫だよ。誰も怪我もしていない」

「ナニカアッタノ?」

 船尾の方が騒がしいので、ユーシャはそう聞いた。

「海賊の一人を捕まえたんだ。今船長室で、プレスト隊長が尋問してる」

 フォルテの話を聞き、ラルゴは眉をしかめた。

「まだ西の海に入ってもいないのに、なぜ海賊が現れたんでしょうか」

 ロンの聞いた話が本当なら、海賊は自分たちを狙っている船の前には決して姿を現さないはずだが……。

「東の国の精鋭部隊となるとさすがに放って置けないから、始末するためにはるばる出向いて来たんじゃないか?」

「だったら用心しなければ。また奇襲があるかもしれないし、西の海でも、待ち伏せされていたら厄介です」

 途中でロンも合流し、四人は話しながら船長室まで行ったが、中に入る前に、捕虜の叫び声が耳に届いた。

「だからあ、俺たちは海賊じゃないって言ってるでしょー!」

「ならばなぜこの船を襲った?」

 プレストが厳しい口調で問い質している。

「海賊船と間違えたんですよ、大きな船だから! 俺たちは西の海の海賊退治に来たんですっ!」

 どうでもいいが、やたら声を張り上げる人だな、とユーシャは思った。

「西の海はまだ先だ。なぜ海賊だと思った? その理由はどう説明する?」

「それは……西へ向かってたから……」

「海賊を追っている船だという可能性もある。むしろその可能性の方が高い。確認もせずに襲って来た理由はどう説明する?」

「それは……」

「ライバルを消そうと思ったのか?」

「違いますよ! お頭がそうしようって言ったんです! 俺は雇われたばっかで詳しいことはわかんないけど、海賊じゃないことだけは確かです!」

「なぜ言い切れる? その理由は……」

「お頭がそう言いました!」

「信用出来んな」

「本当ですってばー、離して下さいよー……」

「まずは他の仲間の潜伏している場所を教えてもらおう。数はどれくらいいる?」

「だからあ、俺たちは海賊じゃないって言ってるでしょー!」

 ロンがため息をつき、堂々巡りだな、と言って離れて行った。

 しばらくして、プレストが船長室から出て来た。

「どうです?」

 ラルゴが近付いて聞いた。あまり期待はしていない口振りだ。

「仲間のことは一向に口を割らん」

 プレストはげんなりと言った。

「本当に何も知らないのかもしれませんよ。下っ端には、自分たちが海賊であることは隠しているのかも……」

「かもしれんな。だが、首領の名前はどうにか聞き出した。トリルというそうだ」

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