どこかの町

 ――さて、ここはどこの町だろう? これからどうしよう?

 こうなったら一人で王子様を探すしかないが、今のところ手掛かりは何もない。名前も、どこの国の王子なのかさえわからない。

 思えば最初から、とにかくついていなかった。いきなり危険な森に足を踏み入れ、トリルとはぐれてしまうなんて。選択が間違っていたのだろうか。ドアか、ドアノブか、或いは両方の……。

 途方に暮れていた時、突然、後ろから声を掛けられたのだった。

「剣術大会?」

 ユーシャは鸚鵡返しに聞いた。

「うん。私も出場するんだ。そんなに立派な剣を持っているんだから、お前も腕に覚えがあるんだろう?」

 どうやら剣を腰に差しているせいで、剣術使いだと思われたらしい。

「これは護身用なの。私、剣は全く使えないのよ」

 ユーシャは慌てて取り繕った。

「何だ、そうなのか」

 少女は屈託なく笑った。

「だったら試合を見においでよ。面白いよ」

 ――剣術の試合か。正直なところ、あまり面白そうだとは思えなかった。

「試合って、真剣を使うの?」

「当たり前じゃないか」

 当たり前なのか。

「死者が出たりしないの?」

「あはは、大丈夫だよ。そんなことは滅多にないから」

 たまにはあるのか。

「やっぱり、やめて置くわ」

 ユーシャが誘いを断ると、少女は首を傾げた。

「なぜ? 何か急ぎの用でも?」

「えーと、人を探しているの」

「どんな人?」

「黒い髪で、目は緑色で……」

「名前は?」

「それはわからないの」

「この町にいるはずなのか?」

「それもわからないの」

 少女は顎に手を当て、考え込む仕草をした。

「悪いけど、知らないな。私も遠方から旅をして来て、数日前この国に着いたばかりなんだ」

「そう……」

「剣術大会、覗いて行ったら? 人がたくさん集まってるし、誰か知ってるかも」

「そうね……」

 ユーシャは少し考えた。

「どっちみち、このミッションをクリアしないと日常には戻れそうもないし」

「ミッション?」

 少女がユーシャの呟きに反応した。

「何か密命でも受けてるのか?」

「まあ、そんなところね」

「極秘任務なんだね。わかった。詳しい事情は詮索しないよ」

 極秘かどうかはわからなかったが、「悪魔に攫われた王子様を探している」などということは、軽々しく口にしてはいけない気がしたのだ。

「闘技場はあっちだよ。あ、私はフォルテっていうんだ」

 先に歩き出しながら、少女が自己紹介した。

「私はユーシャよ。よろしくね」

 ユーシャもフォルテと並んで石畳の道を進んだ。

「ユーシャの探している人も、試合を見に来てるかもしれないよ。国が開催する大きな大会だからね。あっ、ロン――!」

 のんびり話していたフォルテが、突然声を上げた。

「私と同じ宿に泊まってる奴なんだ。あいつも試合に出るんだよ。おーい、ロン!」

 見ると、通りの反対側に一人の若者の姿があった。フォルテが大声で呼んでいるのに、まるで聞こえないかのようにすたすたと歩いて行く。

「おかしいな。ロンじゃないのかな」

 フォルテは小走りになって、若者に近付いた。

「ロンってば、おーい!」

「何だよ」

 若者がやっと足を止め、ぶっきらぼうに言った。

「やっぱりロンだ。呼んでるの気付かなかった? 意外とぼんやりしてるんだな」

「何か用か?」

「用ってわけでもないんだけど。ユーシャに紹介しようと思って」

 相手は迷惑そうだったが、フォルテは構わず話し続けた。

「ロンは変わった剣を持ってるんだよ。氷みたいに透き通ってて、暗闇で光るんだ。ロン、ユーシャに剣を見せてやってよ」

 ユーシャは思わずロンを凝視した。

 氷みたいに透き通っていて、暗闇で光る剣――といえば、王子様が持っていたという剣そのものではないか。

 ロンは怪訝そうにユーシャを見下ろしている。

 ――この人が王子様なのだろうか。だが、ロンの髪は濃い茶色で、目は金色に輝いている。上着の色ははくすんだモスグリーンだ。王子様の特徴とはまるで違う。

 ユーシャは用心深く切り出した。

「その剣、どこで手に入れたの?」

「買ったんだよ」

「買った……?」

 そういえばトリルは、王子様は剣を手放したかもしれないと言っていた。ならば、ロンに剣を売った人物が、王子様……?

「買ったって、誰から買ったの?」

「どうだっていいだろう。俺はもう行くぞ、試合が始まっちまう」

 ロンはそれ以上何も言わず、再び歩き出した。

「あ、私も行かないと。ユーシャ、どうする?」

 試合は見たくなかったが、ロンにもっと詳しく話が聞きたかったので、ユーシャも闘技場へ行くことにした。

 闘技場には多くの剣士たちがひしめいていた。

「すごい数だなあ」

 フォルテが感嘆の声を漏らした。

「まあ、賞金もすごいらしいし。お役目ってのは何なんだろうなあ。まずは試合に勝たないとな。じゃ、ユーシャ。ちょっと行って来るね」

 まるで散歩にでも行くみたいだ。出場者の中にはがっしりしていていかにも恐ろしげな大男がたくさんいるのに、ちっとも怯まないフォルテはすごいとユーシャは思った。

 フォルテを見送り、入り口でうろうろしているうちに、試合が始まった。そこここで応援の声が飛ぶ。

 ロンも強かったが、目を見張ったのはフォルテの活躍だった。出場者の中では一番年少であると思われ、体も小さいのに、剣の技は屈強の男たちにも引けを取らない。次々と対戦相手を破って行く。観戦席では、フォルテが勝利する度に喝采が起こった。

 対戦は上位三名が決まるまで続けられた。勝ち残ったのはフォルテとロンと、もう一人は黒い鎧姿の剣士だった。黒いマスクで顔を覆っているためどんな人物かはわからなかったが、すらりと背が高く、どこか冷徹そうに見えた。

 入り口に立っていると、フォルテとロンは意外と早く出て来た。ユーシャはすぐに二人の元へ駆け寄った。

「何だ、またお前か」

 ロンはうんざりしたようにユーシャを見た。

「待ってたのよ。ロンに聞きたいことがあるの」

「俺には話したいことなんかねえよ」

「答えてやりなよ、ロン」

 横からフォルテが口を出した。

「ユーシャは人を探してるんだよ。ロンの話に何かヒントがあったのかも」

 ロンは二人を見比べ、軽くため息をついた。

「何が聞きたいって?」

「その剣、買ったって言ってたけど、誰から買ったの?」

「港で会った若い男だ。二か月くらい前だったかな、西の海へ行くために金がいるとかで」

「その人、黒い髪に緑の目をしていなかった?」

「ああ、そういえばそうだったな。黒髪に緑眼なんて、この辺りの国ではあまり見掛けないから気になったんだ」

「その人は西の海へ何をしに行ったの?」

「そんなことは知らねえよ。俺はただ、この剣を買わないかと持ち掛けられただけだ。船を買いたいが金が足りないってな。どこへ行くんだと何気なく聞いたら、西の海って答えた、それだけさ。その後、そいつがどうしたかなんてわかりゃしねえよ」

 ユーシャががっかりしていると、ロンは、ただ……と付け加えた。

「今、西の海では海賊が暴れ回ってるって話だ。それと関係があるかもしれない」

「その話なら私も聞いたよ」

 フォルテが口を挟んだ。

「海賊退治に賞金が掛けられて、賞金目当ての連中が西の海に向かったって。そいつもその類いじゃないかな」

 海賊退治に行く王子様? いまいちぴんと来なかったが、彼が西の海へ行き、そこで悪魔に捕まった可能性は高い。

 ユーシャは顔を上げた。

「ありがとう。私、西の海へ行ってみるわ」

「一人で?」

 心配そうに尋ねたのはフォルテだ。

「どうやって行くつもり? この国から西の海に行く船はほとんどないよ」

「飛んで行くわ」

 フォルテは目を丸くした。冗談を言っていると思ったようだ。

「何か力を貸せたらいいんだけど」

「俺たちにはお役目があるだろ」

 思案するフォルテにロンが言った。

「あ、そうだった。王宮に来いって言われたっけ」

「二人共ありがとう。話を聞かせてもらえて助かったわ」

 ユーシャはフォルテとロンに別れを告げ、闘技場を出た。

 フォルテが去り際に地図をくれたので、まずはそれを眺めてみる。

 今いるのは東の国だとフォルテは言っていた。大国トロイメンを囲んでいくつかの国があり、中でも特に大きい四つの国は、それぞれ『東の国』『西の国』『南の国』『北の国』と呼ばれているらしい。西の海は名前の通り、西の果てにあった。

 海の上を飛ぶなら渡り鳥がいいか。白鳥とか、雁とか。飛ぶ距離は出来るだけ短くしたいから、行けるところまでは陸地を行こう。

 早く移動するために変身したかったが、足の速い動物というとチーターかヒョウくらいしか思い浮かばなかった。町中をチーターが走っていたら大騒ぎだ。

 犬でもいいかなと考えていると、後ろから呼ぶ声がした。

「ユーシャ! ユーシャ!」

 フォルテだった。

「どうしたの、フォルテ」

「良かった、まだ近くにいてくれて」

 弾んだ息を整え、フォルテは言った。

「海賊退治だよ」

「え?」

「闘技場で話を聞いたら、試合を勝ち抜いた者に与えられるお役目って、西の海へ海賊退治に行くことだったんだ」

「本当に?」

 驚いた。すごい偶然だ。

「うん、だから、一緒に行こう。ユーシャ一人くらい、乗せてくれるよ。国の船は大きいもの」

 そんな簡単には行かないだろう。

「だって、私は雇われていないのに」

「下働きでも何でもするって言えばいいよ。何だったら、ユーシャは私より強いんだって言って、説得してやる」

 それはかなり無理があると思う。だが、フォルテが親身になってくれるのはとてもありがたかった。一人で飛んで行くより、船に乗って行った方が確実だし安全だ。ここは彼女の好意に甘えよう。

「ねえ、一緒に行った方がいいよ。ユーシャ一人じゃ心配だ」

「そうね……。じゃあ、こうするのは?」

「ん?」

 ユーシャはフォルテに顔を寄せ、そっと耳打ちした。

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