第5話 彼らの思惑
4話 彼らの思惑
アリシア・エレオノーラはメルト市に来て初めて、そして、人生で初めてダンジョンの前に立った。
ほんの数時間前なら、こんな事は予想すらしていなかっただろう。
だが、現実には彼女はインキュバス、パーピィ、オーガという自分と同じ魔族と共にダンジョン攻略を今まさにしようとしているわけで、すっかり服装も貧相な麻の洋服からハンター用のラミア族特注アーマーに着替えている。
とはいえ、彼女自身未だに現状の理解と心の整理が出来ていなかった。
ーーアリシア達がダンジョンに着く数時間前の事……
「そ、そんな!
私、同じハンターから昇格は難しいって言われたのよ?
なのに、そんに簡単になれる何て絶対おかしいわよ!
腐りきっているわ!!」
「ちょ、ちょっと声が大きって!
万が一、誰かに聞かれでもしたら僕達ライセンス剥奪されちゃうよ………」
本日二度目のアリシアの怒声はエルフの碧風亭で飛ばされた。
だが、彼女が我を忘れてベータを怒鳴りつけるのにもちゃんとした理由があった。
「ご、ごめん。
あまりにも衝撃的な話だったから……」
ベータに窘められて、一時的に冷静になれたものの、やはり「ギルドの支部長に賄賂を渡して、ライセンスを昇格させる」なんて事が平気でまかり通っている事に苛立ちを覚えないはずが無い。
「アリシアの言うと通り、確かにこれは理不尽極まりない事だと思う。
でも、そうしないと僕達は一生、木ライセンスのまま不憫な生活を送ることになる。
だけど、銀ライセンスまで上がれば、クエスト報酬も上がるし、何より報酬が一般のクエストより遥かに高い個人への依頼クエストも頼まれる事だってある。
それに、ダンジョンにだって行けるんだよ?
人間の間では魔石が高価で、凄く需要がある物だって君も知っているだろう?」
終始、納得のいかない表情をしていたアリシアだったが、ベータが言った最後の言葉に、彼女の中で迷いが生じた。
「ダンジョン……。」
「そうさ、ダンジョンさ!
君もダンジョンに潜る為にハンターになったんだろ?
だったら、君もハンターライセンスを昇格させる事が、どれほど価値があるか分かっているはずだよ?
況してや、機会が殆どない魔族にとってはそれは又と無いチャンスだと思うんだけど?」
「で、でも……
だからって、悪い事をしてまでライセンスを昇格させるなんて……」
物は言いよう、言葉巧みに話す男にアリシアは既にその提案をきっぱりと断る勇気すらなかった。
「いいかい?君がどんな事情なのかは知らないけどね、この機会を逃しでもしたら、それこそ君は娼婦になるしか生きる術はなくなるよ?
それでもいいなら、僕達は無理に君を止めはしないけどね。」
その言葉が最後だった。
今まで、何とか理性と良識を保っていた彼女だっだが、それも一本の糸のように容易くプツンッと途切れてしまった。
それほど彼女の信念や信条が希薄であったのだろうか……
「ねぇ、その話本当なのよね?」
「あぁ、嘘偽りは無いよ。」
冷静な口調で返されたその言葉にアリシアは一拍間を置いて、何か意を決したように彼等へと伝えた。
「分かったわ。
私も貴方達のようにライセンスを昇格させるわ。
だから、そのやり方を詳しく私に教えてくれない?」
「あぁ、もちろんだよ。
でも、その前に君にはやってもらいたい事があるんだ。」
一連のやり取りを終えたアリシアの琥珀色の目は何処か虚ろで、全くと言っていいほど光を帯びていなかった。
そして、そんな彼女を男の後ろで不安げに見つめる男女とニヤリと不敵な笑みを浮かべながら見つめるベータの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます