第3話 ラミアの事情と後悔

2話 ラミアの事情と後悔


ラミア族のアリシアが、ここメルト市に来たのは理由があった。


それはリアニス王国の西側の隣国、砂漠の国ゴルド王国にある彼女の故郷が、現在危機的状況に陥っていたからだ。


彼女の住む場所、つまりはラミア族の集落はゴルド砂漠と呼ばれる砂漠地帯にあるオアシスである。


ゴルドのラミア達はそのオアシスの地下水を生活源に生きていたのだが、数日前、突然地下から水が湧き出なくなってしまったという。


今現在、彼女達はその原因を究明しているのだが、その努力も虚しくなかなか解決出来ずにいる。


とはいえ、そうしている間も水は必要になってしまう。

もしもの時の為に、と貯水していた水があるというのだが、それも改善の見込みが得られない今ではいつ尽きてしまうか分からないだろう。


そこで、ラミア族の長の娘であるアリシアは村の水不足を改善しようと、市井へと向かい青の魔石を手に入れようとしたのだ。


青の魔石とは水系統の魔素が圧縮された魔石で、魔力を込めると、それが発生装置となり、大量の水が溢れ出す。

また、それに魔力を込めるのを止めれば、水の湧出は止まるので、人々はこの魔石を生活用水や産業用水を引くための道具として運用している。



とはいえ、魔石は本来都市部にしか流通していないため、それを仕入れる時は地方の町村民は大変苦労する。


だから、都会は初めての田舎住みのアリシアは当然の事ながら魔石を見たことがなかった。

というか、彼女の故郷は生活に関しては色々と間に合っていたので、魔石を買う必要はなく、実際に村で魔石を持っている者は誰も居なかった。


そういうこともあってか、アリシアはメルト市のとある市場に開かれた魔石商店の前で「うーん」と唸りながら、考え事をして立ち尽くしていた。


「で、どうすんの?買うの?買わないの?

たく、さっさっとしなさいよ」


店の壮年の女店主は、大事な客である筈の彼女に悪態をつきながら注文を急かす。


「ちょ、ちょっと待って!

買う前に少し聞いておきたい事があるのよ……」


「なんだい?

冷やかしならすぐに帰ってもらうよ。」


その会話から店員の方が明らかに客より態度が大きいことがわかる。

もはや商売における立場が逆転していたのだが、そんな事は今のアリシアにとってはどうでもよかった。


「どうして、こんな小さな魔石が大銀貨5枚もするのよ?」


アリシアがずっと唸っていたのも、それが原因だった。


彼女が指す魔石、其の大きさはビー玉ぐらいのサイズで、いくら魔石とはいえ日本円で5万円とは、見るからに吹っ掛けているとしか思えなかった。


「何!?私が設定した値段にいちゃもんつける気?

魔族の癖に随分と図太い態度じゃないの。」


「な、なによ!

私は客なんだから、それぐらい聞いてもいいじゃないの!!」


強情なアリシアの態度に女店主は、眉間のシワを寄せながら、強い語調で怒鳴りつけた。


「いい?アンタ何も知らないようだから教えてあげるけど、青の魔石は他のと比べて貴重なの!

元々、希少性が高いものだから、市場に出回る数は圧倒的に少ないのよ!!

それでもこの値が嫌っていうなら、他の店に行きな!

ウチはこれでも安くしてる方だからね!」


店主の迫力と強い威圧に押されて、アリシアは言葉を失ってしまった。


茫然自失としている彼女を店主は興味が失せたような目で見て、「あっちに行きな!他の客の迷惑だよ!!」とだけ注意して、早々に他の仕事を始めてしまった。


結局、アリシアは何も買わず店主の注意に素直に従い、その市場を後にした。






高地にあるメルト市の街は坂道が多く、その坂を挟むように所狭しと赤、青、黄色などのパステルカラーのカラフルな石造り建築の家が建っている。


上を見上げれば、向かいの家と家を繋ぎながら伸びていた紐に布や衣服等の洗濯物が青々と澄渡る空を独り占めするかのように、大胆に吊るされている。


そして、その眼下には幅の狭い一本の坂道が伸びていて、ポツポツと人がそこを往来する姿があった。



真っ白な石畳が敷き詰められたその一本坂の上を純白色の尻尾を器用に伸び縮みさせて、アリシアは登っていた。


道に隣接する二階建て住宅の高さほどはあろうか、其れだけの長い身長を持ちながらも、彼女は急な傾斜の坂を諸共せずにいた。


そのように確かに身体は先へと前進している。

だが、彼女の心はある地点でずっと止まっていた。


(こんな事なら、ママの言いつけを聞いておけばよかった。)


今更ながらに、彼女は自身の軽率で突飛な行動に後悔していた。


(私、一体なにしてるんだろ.....)


今日、彼女は如何に自分が世間知らずだったかを自覚させられた。


彼女は何も知らなかった。

世間の事も、自分達のことも


まさか、魔族が人間の世界ではあれ程差別を受けていたなんて、思いもしなかったのだ。


若干鬱気味になりながら、アリシアは肩にかけていた皮のポーチからトランプカード大の厚い木板を取り出した。


その木板の上部にはアリシア・エレオノーラ

と彫られていた。


それはハンターを証明するためのライセンスであり、同時にそれには持ち主の身分等も記されている。


彼女は其れを今一度見て、深くため息を吐いた。


(買うのもダメ、ダンジョンで見つけることも出来ない。

私はどうすればいいの?)


ハンターは能力と素養があれば、人間や亜人、魔族に関係なくなれる事が出来る。

だが、其れはつい最近に制度化された事で、以前までは人間と亜人以外のハンターライセンスの取得は不可能であった。


だから、此処に来て其れを聞いたアリシアはこれが村を救う為の千載一遇の好機だと思った。


というのも、ハンターはある一定のランクまでライセンスを昇格をさせると、ダンジョン攻略の特権を与えられるからだ。


場合によっては死という危険も伴うが、ハンターはダンジョンの魔石を恣に追い求め、好きなだけ蒐集することが出来る。


だから、彼女はハンターになったのだが……


ダンジョン攻略の許可が降りるのは銅のライセンスからだった。

危険を伴う仕事だから、経験を積んだハンターにだけ任せるというのも、妥当な事なのだが、アリシアにとってはそれは邪魔でしかなかった。


先の見えない将来に、彼女は再び深いため息を吐こうとしたその時、「ぐるるるる」と自身のお腹から腹を空かす音が盛大に鳴った。


(そういえば、朝から何も食べてなかったわ……)


朝からクエストの事と魔石の事で一悶着あった為に、食事すら取ることが出来なかったアリシア。


その数分前の事を思うと、悔しさで腸が煮えくり返るような気持ちになるが、それも既に後の祭り。


自分に何とか言い聞かせるように、アリシアは仕方なく近くの飲食店で遅めの朝食を済ませる事にした。


























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