第2話 ダンジョンと魔族と
1話 ダンジョンと魔族と
ダンジョンは、地球世界で言う石油や石炭などの天然資源と同等か、それ以上の価値を有している。
数百年か数千年、それよりもずっと昔に、ある地域を跋扈していた膨大な魔力を持つ魔獣や魔物達が、何百年後かに絶滅し、肉体と共に魔力が魔素となって地下に吸収される。
やがて、幾百幾千年もの時を経て蓄積された地下の魔素はある時突然、火山の噴火のように地上へと一気に放出され、それと同時に魔素は物体に変質し、様々な形状へと変化させていく。
それは超高層ビルのような高さを持つ巨大な塔であったり、アリの巣のように地下に延々とひろがる迷宮等である。
だが、それが人の目によって確認されたとしても、"ダンジョン"とは言えない。
全世界に支部を持つハンターギルドの公式団体"国際魔窟調査院"の厳密な調査によってダンジョンと正式に認定するか決めるのだ。
国際魔窟調査院がダンジョンと認定するには2つの条件がある。
1.その場所が200年以上蓄積された魔素によって生み出されている事。
※年数は魔素の濃度で求めることが出来る。
また、その年数によってダンジョンの種類は分けられる。
2.内部の魔素が大きい場所で100万マナ以上、小さな場所でも10万マナ以上(魔素濃度を数値化した場合に用いる記号)あり、その場所から大小それぞれ、魔物や魔獣が1日1000体・一日100体は生成される事。
これらの基準を満たして初めて其所はダンジョンと認定され、ハンター達の攻略の為公に開かれるのだ。
ダンジョンの価値とは魔石と呼ばれるこの世界での主要資源が多く産出される所にある。
先ず、魔石とは魔物や魔獣が生成される際に核となる為の魔素が結晶となったものである。
そして、その結晶は彼らの核としての物から外れると、(魔物や魔獣が死んだ場合)それは既に人々の手に渡る。
人間はそれらを生活、産業、工業などの多角的方面に運用した。
やがて、人は次第に利便性に優れた魔石に依存するようになり、今やこの世界の人々にとっては手放すことの出来ない、経済的価値のある貴重な産物となってしまった。
だから、ダンジョンのあるメルト市は破竹の勢いの如く、瞬く間に繁栄を遂げた。
ダンジョンから生み出される魔石とそれを求めにやって来るハンター達、そしてそのハンターという顧客を求めて、新たなる市場を開拓、進出しようとする商人達。
この循環がメルト市発展の源だ。
そして今日も、その街には冒険と魔石という一攫千金を求めて沢山のハンター達が訪れていた。
この世界には人間だけではなく、様々な種族が共生している。
亜人と総称されるエルフやドワーフ、獣人であったり、他にも魔族と呼ばれるラミアやケンタウロス、オーガ等がいる。
彼等は人の住まないような辺境の地や奥地で隠遁したり、或いは故郷のある集落から離れて、人間の住む都市部に移り住んだりしている。
そして、後者はここメルト市でも例外ではない。
なぜなら、ここは沢山の人々が行き交う場所なのだから。
だから、彼らも現地民と等しくここでの生活を満喫しているのだ。
だが、本当にそれは確かな事なのだろうか……
「一体、これはどういう事よ!
何で私の方が報酬が少ないわけ?」
メルト市中央地区にあるメルト支部ハンターギルドの1階ロビーにて、1人の女が酒場の座席に腰掛けていた長いし顎鬚が特徴的な短髪の男と何やら揉めていた。
1階のロビーは夜になると、ハンター達の酒場と化し、日が昇る迄、彼らの怒号と唸り声が混じったその騒々しさが止むことはないのだが、営業も終わった早朝には中もすっかり静まり返ってしまう。
だが、今日の朝はやけに騒がしい。
というのも、ラミア族の女が激越な口調で1人の男を前に喚いていたからだった。
「はぁ?飛んだ言いがかりだな!
何も、この額は俺でも無ければ、ギルドの受付が決めた訳でもないんだぜ。
報酬額を決めたのは飽くまでも依頼人だ。」
その説明が、最もな理由であるかのように話す男の口元には、歪んだ笑みが零れていた。
「だ、だからって、私と貴方は同じクエストを受けているのに、報酬額が小銀貨3枚も違うのってやっぱりおかしいわよ。」
小銀貨とはこの世界に於ける共通の貨幣で、少ない方から
鉄銭→小銅貨→大銅貨→小銀貨→大銀貨→小金貨→大金貨→白金貨
となっており、それぞれ10進法で上がっていく。
円で表すならば、一円→十円→百円→千円→一万円→十万円→百万円→一千万円となる。
「寝言言ってんじゃねぇよ。
それは俺じゃなくて依頼人に伝えろべきだろ。
まぁ、言ったところで無駄と思うがな……」
そう吐き捨てるように言った男の言葉にラミアの女は眉根を寄せた。
「それ……、一体どういう意味?」
強い語気で言い放ったその言葉は言いえぬ畏怖すら感じさせた。
その時、クエスト受注やその達成報告の為、彼ら以外に其所に来ていたハンター達は一瞬びくついていた。
だが、そんな彼女を前にしても男は物怖じどころか、些とも動揺した素振りを見せず、泰然としていた。
「たぶん、お前まだ最下級の木ライセンスだろ?」
「それがなんだって言うのよ。」
それを聞くや否や、男は心底人を見下したかのように鼻で笑い、嘲るように言葉を続けた。
「お前、何も知らねぇようだからいい事教えてやるよ。
魔族のライセンス昇格はな、俺達人間より遥かに難しいぞ。
元々、ハンタークエストは人間や亜人の為に作られた物だからな。
対して、魔族じゃあ報酬額は少ねぇし、ハンター貢献度も雀の涙に等しい。
だから、悪いことは言わねぇ。
まだ賃金の高い娼婦にでもなって、せいぜい男を悦ばせてやった方が自分の為にもなると思うぜ。」
男はそう言い終えると、女に下卑た笑みを向けた。
その光景を傍観していた他のハンター達は、鞭で叩かれたように驚いていた先程の様子とは打って変わり、男の荒んだ雰囲気に飲み込まれて、彼等も彼と同じようにラミアの女を見て、せせら笑っていた。
その中には相手を馬鹿にするだけでは飽き足らず、彼女を勝手に揶揄したり、酷い者は罵声を浴びせる奴らもいた。
「魔族がクエストだけで食っていけるわけがねぇだろ!」
「故郷に帰れ!」
「魔族はここに入らねぇ!失せろ!!」
もはや、其所は1人の女に対する嘲笑と罵詈雑言が飛び交うだけの人間の醜い面を表した地獄と化していた。
魔族に対する差別はこの世界に於ける深刻な社会問題だ。
魔族がこの世界に誕生した時期は、人間や亜人よりも圧倒的に新しい。
それ故か、古参の者達は新参の者達を下に見る傾向があった。
また、魔族は彼等とは違った独得の文化や慣習を持っている。
それが人間達にとってはとりわけ気味の悪いものだと思ったのか、独自の文化を持つ彼等を「邪習」或いは「紛い物」とまで揶揄し始めた。
そのような固有な性質とかつては人との交友を断っていたという歴史が、今や彼等を社会的差別対象へと貶めるまでに至った。
その為、何も知らずに安易に都市部に出てしまった魔族は、魔族差別が強く蔓延った公の職や高賃金な職種に就けることは難しく、彼らの殆どは娼婦や富裕層の奉公人等の下級職にしか就けなくなってしまった。
そのような差別のスパイラルが今日、魔族が不当に扱われ、非常に息苦しい環境での生活を余儀なくされた原因であった。
だから、例えハンターになれたとしても、魔族であるラミア種の彼女はハンターギルドどころか、このメルト市で安定した生活を築くことは不可能に近かった。
非常に残酷で、醜悪な空間の矢面に立っていた女のその表情からは、悔しさと屈辱が入り組んだ複雑な心境が窺えた。
「ふざけないで!
貴方達に私の生き方をどうこう言われる筋合いはないわ!!」
絶対的に不利な立場に居ながらも、彼女が彼等に大して威勢よく反駁出来たのは、彼女がラミア族の長の娘であったからで、他の者よりも高い地位に就いていたからこそ、強情とも言えるほど強気に振る舞えることが出来たのだ。
「私は貴方達の憂さ晴らしをするための都合のいい人間じゃないわ。
私は私のやり方で生きていく。
だからもう、私に構わないで!」
彼女を侮蔑をしていた男と他のハンター達は、思いも寄らない彼女の言動に一瞬目を丸くしていたが、直ぐにその目は忌々しい物でも直視しているかのような、酷く冷ややかな輝きを帯び始めた。
「ラミアが、てめぇを人間だって?」
するとその時、男のその一言で辺りの雰囲気がガラッと変わった。
そこには、もはや罵詈雑言や下品な笑い声はなく、背中が凍りつくような冷たい視線と、ねっとりと纒わり付くような殺気がたった一人のラミアの女に注がれていた。
「それはお前の唯の戯れ言なのか、それとも俺達人間に対する侮辱なのか、返答次第では二度とここでの仕事が出来なくなるぞ?」
彼女は戦慄を覚えた。
男の冷徹な目、自分に注がれる幾人の殺気。
これが唯の悪ふざけであると思うなら、それは愚かな思い込みだ。
彼等は本気だ。
数分前の自分の言動を後悔するほどに、ラミア本来の動物的本能が現状の危機を察知していた。
彼女は、魔族が世間でどのような扱いを受けているかを本当の意味でよく知らなかった。
だから、ここまで自分が人間から敵意と蔑みを受けるなどとは、思いもよらなかった。
此処に自分の居場所はない。
怖い。
早く故郷に帰りたい。
心の内ではそう嗚咽しそうなほど願いながらも、彼女はまだ自分の居場所へと戻ることは出来なかった。
それは、彼女には果たさなければならない事があったからだった……。
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