スイーパー・キラー

 まずは私の自己紹介をしますかね。名前はキヨコ、六十六歳。夫は入院中だから一人暮らしの状態でございます。

 年金生活者ですが、清掃のパートをしております。

 そして、裏の顔は殺し屋。使う凶器エモノはいくつかありますが、全て掃除道具だから警察は“スイーパー・キラー”と呼んでいるそうです。

 なんで、この年になっても殺し屋をしているかって?そりゃ、夫の治療費を稼ぐためですよ。もう年ですから病気は仕方ないですが、少しでもいい治療を受けさせたいじゃないですか。

 それに、こんなおばあさんの清掃人が殺し屋と思われないから潜入も楽なのです。まあ、警察に追われないように変装しますがね。

 今回の組織からの依頼はなんと国税庁からの依頼だそうで、ある会社の社長さんだそうです。たびたび脱税を繰り返し、税金を徴収できずに困っているそうです。なんとか脱税の証拠を暴いて重加算税を課したのですが、今度は“たっくすへいぶん”という方法で税金を逃れてるとか。そういえば、以前カリブ海だかキューバだかの文書に名前があったとかで騒がれていましたねえ、この社長。

 税金が取れなければ、国の財政は困りますよね。医療制度だって成り立たなくなりますし、そうなると夫の治療だって立ち行かなくなります。

 依頼主国税庁は法人税は諦めて相続税から取ろうとしているのでしょうか。

 まあ、税金は詳しくありませんがいいですわ。今回はお国のため、ひいては夫のためでもありますわ。


 そしてただいまターゲットの会社ビルに清掃のパートで潜入しておりますの。表向きはお掃除のおばさんですから、そりゃあ、誠心誠意を込めて掃除させていただきます。そうすることで相手の信用も得られて、本来は立ち入りできない部屋の入室も許可されてお掃除ができるのです。

 そうして今回も社長室へお掃除に参ります。ええ、今回はゴミ清掃ではなく社長ターゲットの清掃でございます。あくまでも普通にノックさせていただきます。

「コンコンコン、お掃除よろしいでしょうか」

 コンコンと二回ノックはトイレノックといって失礼なのですよ。ビジネスマナーでは三回ノックが正しいのです。こういう小さな積み重ねが信頼を得るのに大事なことです。

「ああ、お掃除のキヨカワさんだね。どうぞ」

 もちろん、キヨカワは偽名ですよ、念のため。

 ドアを開けると、社長ターゲットと秘書らしい男性の二人がおりました。何か大事なお話していたのでしょうか。念のため確認しましょう。できれば殺すのは最低限にしたいものですから。

「打ち合わせ中でしたら、お掃除は後にいたしますよ」

「いえ、このままで結構」

 そう言い終わらないうちに、秘書らしい男性は銃を取り出し、私に向かって撃ってきました。

 おやおや、正体がバレていたのですね。


 ちっ、しょうがない。二人とも殺るか。


 あらやだ、はしたない言葉が出てしまいました。私は咄嗟に持っていたモップの柄で銃弾を弾き返します。

 跳弾となった弾はそのまま秘書の眉間に入り、あっけなく倒れました。あらあら、何と手応えのない秘書ボディーガード。もう少しましなのは雇えなかったのでしょうかね。

「やはり、どこかの差し金か。くっ! 婆さんなので油断した」

 社長が毒づくと懐からベレッタを取り出して連射してきました。まあ、日本なのに皆さん銃をお持ちなのですね。しかし、何発撃とうと私には無駄ですよ。私はさらにモップを振りかざしました。

「カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!」

 全ての銃弾を弾き返し、今度はランダムに跳ね返ったので、社長の体や足に当たったようです。血を吹き出しながら、その場に倒れますがまだ致命傷ではないですね。止めを刺さなければ。

「な……! なぜモップで銃弾を弾き返せるんだ!」

「もうすぐ死にますから特別に教えますけどね、これは特殊なチタン合金製なのですよ。まあ、使いこなすには鍛練が必要ですが。

 ところで、確かそれはベレッタM92のコンパクトMモデル。だから弾は8発しか入らないから弾は切れてますわね」

 図星だったらしく、驚愕と諦めの顔をしている社長ターゲットの元へつかつかと歩みより、モップの柄で思い切り殴ります。

『ガコォン!』

 鈍い音がして、社長ターゲットは事切れます。まあ、お菓子をくれたり、いいところもありましたが、そのお金も脱税悪どいことから出ているのですから、情けは無用です。

 さて、任務完了しました。返り血を浴びた作業着を着替えて、メイクして逃げるとしますかね。他のパートタイマーさんは夜に仕事することが多いですが、私は表の勤務中、つまり昼間に済ませるから、まさに私は『パートタイマーの殺し屋』でございます。


「あなた、具合はいかがですか」

「おお、お前か。まあ、今日は具合は楽だよ」

「そうですか」

 仕事の帰り道、私は夫の入院する病院へ見舞いに来ました。今日の夫は具合が良さそうです。

「ところで、清掃のパートは大丈夫なのか?」

「ええ、今日までの契約でしたから。また派遣会社から連絡待ちですから、しばらくは毎日通えますわ」

「そうか、済まないね。病気しなければそんな仕事させなくても何とかなるんだけどな」

「お金のことは心配しないでください。遠縁の遺産が入りそうだから治療費はなんとかなります。それより、今日は花月庵のどら焼きを買ってきたのよ。一つくらいなら大丈夫でしょ。一緒に食べましょう」

「おっ! うまそうだな。」

 お茶を入れながら、私は嘘をつくのが上手くなったなと心の中で独りごちるのでありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る