キッチン・キラー、合羽橋へ買い物に出かける

 あたしはキョウコ。専業主婦だけど、パートタイムで殺し屋もしている。

 使う凶器エモノは包丁以外のキッチン用品だから、警察は“キッチン・キラー”と呼んでいる。

 今日は三連休初日。久しぶりに単身赴任先から戻った夫と合羽橋までお買い物だ。

「はぁ、早く赴任期間終わらないかなあ。キョウコさんの手料理を毎日食べたいのに。いくらなんでも赴任先が離島だなんて! 気軽に帰れないよ、とほほ」

「そんなこと言わないで。あなたがいない間にさらに腕を磨くから」

「本当に君は料理好きだよね。休日の行きたい所が合羽橋なんてさ」

 そう、上野と浅草の中間にあり、キッチン用品の卸問屋が連なる合羽橋。ここは一度来たかった所なのだ。夫が行く場所を好きに決めていいというから、ついここにしてしまった。

「だって、いろんな道具があって面白いのだもの」

 この菜箸は勢いよく頸椎に刺せそうだし、この麺棒は、かなりごつくて殴るのに適している。一緒に売っている業務用の大きなボウルで顔を覆って視界を遮ってから麺棒を使う合わせ技もいいかもしれない。

「キョウコさんは本当に目がイキイキとしているね」

「ええ、そりゃ、もちろん!」

 仕事殺しに使えそうな道具がたくさんあるのですもの!安いから買いだめもできそう!あ、でもあまり沢山同じもの買うと夫に不審がられてしまうか。


 しかし、今日の目的は買い物だけではなかった。この合羽橋の中にターゲットがいるのだ。ある商店の店主として身を潜めているが、組織のデータによると15年前に世を騒がせた連続殺人事件の被疑者であった。しかし、不可解なことに無罪の判決が下りて釈放。しかし、その男の周辺では年に一度の頻度で女性が行方不明になる事件が発生しており、組織独自の調査では死体の運搬も確認しているとのこと。

 多分だが、客として来た女性も手にかけているのだろう。組織ももっと早く気づけば犠牲者も少なく済んだのにとも思うが、今はそんな批判をしても仕方ない。

 さて、カムフラージュ兼ねて夫と来たのはいいが、夫をどうやって足止めすべきか。外で待たせておいていつもの道具エモノで仕留めて帰る?いや、それだとあたしがやったとすぐにバレる。集合場所を決めていったん自由行動?それではアリバイ作成ではなくなる。

 使う道具エモノにしてもそうだ。あまりにも大きなものではだめだ、それに血の付いた道具エモノを持って出たらバレるし、現場に置いたら買ったものが無くなっていることに夫が気づいてしまう。でも、こだわりでもあるキッチン用品エモノを使いたい。

 だから、今日はちょっと工夫をしてみた。

「あら、この店も寄りたいわ。いいかしら」

「ええ~、ちょっと大荷物で移動するの疲れたよ。僕はここでコーヒー買って飲んで待ってるよ」

 よし!計算通り。大荷物を持たせてあちこち歩かせた甲斐があった。

「そう、わかったわ。なるべく早めに見てくるわ」

 そうしてあたし一人でターゲットのいる店内に入る。店主一人だけでやっている商店であること、この時間には客足が退く傾向にあることは事前に下調べ済みだ。

「いらっしゃい」

 店の奥から店主が挨拶をする。客が女性一人だと確認するとジロジロと確認し始めた。どうやらあちらさんはあたしがターゲットになりえるか見定めているのだろう。こちらが逆に命を狙っているとは思ってもいないのだろうな。

 さて、長居するつもりはない。さっさと行動に移すか。

「きゃっ!」

 ガシャン!

 素早く皿の見当をつけ、大きな音を立てて棚の皿を割る。以前、本当にうっかり割ってしまった時に知ったが、某パンメーカー景品の皿は破片は通常のお皿より細く鋭くなるのだ。だが、今回はこれじゃないとだめなのだ。

「ああ、触っちゃだめ。私が片付けるから」

 店主がこちらへ近づいてきた。その目の中に獲物を狙い定める狂気の光が宿っているのを見逃さなかった。殺し屋こういう仕事していると常人と殺人鬼シリアルキラーの区別がつくようになる。やはりこの店主は何人かっているなと確信した。

「い、いえ、少しは欠片を片付けないと」

 あたしは手を切らないように、ハンカチ越しに欠片を包もうとする。そこを店主の手が割り込んできた。お互いの手と欠片が交差する。

「ああ、いいからいいから。私がやっとくよ。痛っ!」

「まあ、大丈夫ですか? 血を止めなきゃ」

 あたしは予め用意したウェットティッシュを取り出し、血を止めようと傷口に当てる。

「ちっ、欠片で切ってしまったか。いや、ティッシュはいいよ。ちょっと絆創膏を貼ってくるよ」

「本当にすみません」

 店主が奥に引っ込んだのを見て、あたしは店を出た。

 あの欠片を包んだハンカチ、手当に使ったウェットティッシュには水ではなく遅効性の毒が含まれている。欠片に素早く毒を塗り、片付けるふりをして店主の手を切った。さらに毒入りティッシュを傷口に当てた。だから2回に分けて毒が体内に入ったはずだ。

 今すぐとはいかないが、致死量なのは確実だからやがて死に至るだろう。その時には皿の欠片は既にゴミに出しているだろうから凶器エモノが割り出されることはない。もちろんあたしは薄い手袋を着用している。

「ただいま」

「やあ、何か買ったかい?」

「ううん、あまりいいものが無かったから出てきちゃった。そろそろ帰りましょうか」

「ああ、そうなのかい。じゃ、帰るか」

今日は仕事もこなせたし、たくさん道具エモノも買えたいい一日だった。

「ええ。もう歩き回ってクタクタ。疲れたから外食でいいかしら」

 そういうと夫はぶんぶんと首を振って拒否した。

「だめだ! せっかくキョウコさんの手料理を食べられる回数は減らしたくない!」

 子供のように駄々をこねる夫の目はどこまでも真っ直ぐだ。それを見ると安心する。

「まあ、それもそうね。じゃあ、ちょっと歩くけどアメ横で何か材料を買いましょう」

 あたしたちは微笑みながら、アメ横へ向かって歩き出した。

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