ランドリー・キラー

 私の名前はヨリコ。主婦でもあるが殺し屋でもある。でも、子供のお稽古のお迎えやら町内会の付き合いなどいろいろあるから契約はパートタイムだ。夫は私の副業のことは知っているが子供たちは私の正体は知らない。子供たちにはこんな闇の世界には関わらないでほしいと願うためだ。

 正社員だと全国を飛び回ったり、仕事は数日以内に終えなくてはならないなど大変らしいのだが、パートタイムの自分は仕事の範囲は県内か隣接する近県、時間もできる範囲、つまり仕留めなくてはならないが時間制限がないなど緩いものだ。もっとも、ターゲットを仕留めるのに何年もかけるわけにはいかないから、なるはやで済ませるようにしている。

 使う凶器エモノはハンガーや洗濯紐、時には洗剤を掛け合わせて毒ガスで仕留めることもある。だから世間では『ランドリー・キラー』と呼ばれている。


 そして“組織”から久しぶりに依頼が来た。相手は学校の教師だというがデータを渡されて納得した。驚くべきことに私の子供が通う小学校の教師であったからだ。確かに県内だし、いろいろと近いから下調べも楽ではある。データによれば行く先々で教え子に対する性犯罪を重ねているものの、お偉いさんの息子ということで揉み消しては転任を繰り返しているとのことであった。

 道理で授業参観した時、女の子達への視線がおかしかった訳だ、あのクソ教師。保護者会でもママ友達の噂で持ち切りであったが、あれは本当であったのか。これはなるはやと言わずに娘のためにも一刻も早く始末せねば。

 手口はどうすべきか。洗濯紐で首を絞めるか、ハンガーで首を掻っ切るか。以前は密室にして洗剤を掛け合わせて毒ガスを作ったが、今回のターゲットはお金持ちの息子らしく防犯カメラ付きのオートロックのマンションに住んでいるようだ。侵入は難しいだろう。

 かと言って、校内侵入はどうだろう、昭和の頃とは違って校内に入るには身分証明書を提示して入校時間と退校時間を記録されるしカメラもある。

 これは一筋縄ではいかない。しかし、パートタイマーとはいえプロの殺し屋だから諦める訳にはいかない。

 結局、仕事帰りを待ち伏せて始末することにした。最近の教師は深夜まで残業していると言うが、この教師は同僚に押し付けて早めに帰るらしい。

 そのためチャンスを掴むために数日間張り込む必要があったが、子供達には介護のために数日間ほどおばあちゃんの家に夕飯作りなどの世話をするから遅くなると言ってある。子供達には申し訳ないがこれも仕事、何よりも子供の安全の確保のためだ。

 張り込んで3日目、例のクソ教師ターゲットがしこたま飲んでキャバクラから出るのを確認した。ロリコンだけではなく、大人の女性も好みのようだ。ますます生かしておいては厄介だ。

 まあ、いい。酔っているならいろいろ好都合だ。

 そうして、ターゲットを尾行し、人気の無い路地に差し掛かった。この周辺には防犯カメラは無いのは確認済みだ。

 私は彼の後ろに素早く回り込み、洗濯紐で首を締めた。

「ぐあっ?!」

 いきなり何が起きたのかわからないターゲットはもがきながらも、締めている私の手に爪を食い込ませようとする。

 だが、こちらも防御創と手に付く紐の痕対策にドラッグストアで買った厚手のゴム手袋を着用している。だからいくらターゲットがいくら足掻いても私の腕にはダメージは付かない。

 それに男であっても所詮は酔っぱらいだから力はうまく入らないようだ。だんだん抵抗しなくなり、ついにぐったりとして動かなくなった。念のため心肺停止を確認する。

 よし、任務完了。今回は娘の安全確保もできたし、一石二鳥というところだ。



「ママ、お帰りなさい。おばあちゃんは大丈夫だった? それから留守の間に特売のトイレ洗剤とクエン酸、ゴム手袋を買ってきたよ」

「まあ、ありがとルカちゃん。重たいもの買わせてごめんね。おばあちゃんはね、大丈夫よ。軽い風邪なんだけど、ちょっとママのご飯を食べて楽をしたかったのですって」

 私はアリバイ用に買ってきたお菓子を開けながら娘をねぎらう。

「本当にママ、洗剤マニアだよね。おうちにたくさんあるのに買わせてさ。洗剤だけでなく、ハンガーも洗濯紐も洗濯ばさみもちょっと変わったもの売ってると買うよねえ。この家洗濯グッズ多すぎ」

 娘が呆れたように言うが私は構わず微笑んで答えた。

「ええ、ママは洗剤や洗濯が大好きよ。この世の“ありとあらゆる汚れ”を落としたいからね」



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