パートタイマー殺し屋

達見ゆう

キッチン・キラー

 その男は血を流して、路上に倒れていた。ピクリともせず、血も乾いて固まっているところから誰がどう見ても死んでいるのは明らかだ。

 現場検証に来た刑事と警官は検分しながら推測を交わす。


「また、“キッチン・キラー”の仕業か」

「“キッチン・キラー”?」

「ああ、台所にあるもので犯行を行うプロらしいのだが、変わっているのは包丁など殺傷能力が高いものを凶器に使わない」

「え? じゃあ何を凶器に?」

「俺が覚えている限りではしゃもじ、琺瑯のタッパー、特に変わっていたのはラップの刃かな。あ、金属じゃなく紙製の刃だぞ。このガイシャも殴られているようだが、鑑識にかければこのそばに落ちているヒノキのまな板の破片が出て一致すると思う」

「そりゃまた、ずいぶん手間のかかる殺し方ですね。なんだってそんなものを使うのでしょうか?」

「さあな、俺たち凡人にはわからないこだわりがあるのだろう」


 あたしはキョウコ。夫は単身赴任中、子供がいないことから世間ではお気楽な専業主婦と思われている。

 しかし、裏の顔は“キッチン・キラー”と呼ばれる殺し屋でもある。このことは夫も知らない。

 この仕事に就いたのはある事件がきっかけだった。ホームセンターの帰り道、暴漢に襲われたのだ。とっさに買ったフライ返しで反撃したら打ちどころが悪かったらしく、あっけなく倒れて動かなくなった。今だったら正当防衛を言えばよかったのだろうけどあたしは怖くなって逃げてしまった。

 翌日の新聞であたしが倒した男が死んでしまったのを知った。正直、捕まるかもしれないとしばらく震えていたが、捜査の手があたしに伸びることはなかった。

 しかし、見られていたらしく、一人の男があたしの元に訪れてきた。警察かと思って身構えたが、そうではないと言う。男はある組織に属していて、表ざたにできない事件の犯人を始末しているとのことだった。そしてあたしが殺してしまったあの男は組織が追っていた連続強姦魔であったこと、あたしの動きと凶器の使い方(凶器にするつもりはなかったのだが)に素質があると踏まれたらしく、一員になってほしいと頼まれた。つまりは殺し屋のスカウトだ。

 一瞬ためらったが、報酬はそこらのパートタイマーとは比べ物にならない額であったから、話を受けた。ただ、専業主婦は続けたいので契約はパートタイムにしてもらっている。

「さて、昨日はまな板を使ったから、新しいものを買わないと。しかし、現場に置いたのはちょっとまずかったかしら」

 あたしはいつものホームセンターに買い物に来ていた。

「あら、奥さん。またお皿割ったの? それともまな板か木べらを火のそばに置いて焦がしたの? 相変わらずそそっかしいわねえ」

「ええ、自分でも毎回しまったー!と思うのですけどね」

 すっかり顔なじみになった店員さんの嫌味まじりの挨拶をさらりとかわす。まさか、ここのお皿やキッチン用品が凶器になっているとは思わないだろうなと心の中で舌を出す。


 帰り道、嫌な奴に会った。同じ組織に属している同業者だ。あちらはなぜか対抗意識を燃やしているため、めんどくさいのだ。

「あら、“キッチン・キラー”キョウコさん。新しい台所用品凶器のお買い出し? 相変わらず優秀ねえ」

「うるさいわね、そういうあなたも“調達”帰りでしょ」

 彼女はあたしと同じパートタイマー殺し屋のヨリコ。私同様こだわりがあって一般的な凶器は使わずにホームセンターやドラッグストアに売っているものを使う。その凶器から“ランドリー・キラー”とあだ名を付けられていた。

「まったく、普通に凶器を使えばいいのになんでまな板なんかで殺すのかしらね」

「そういうあなたこそ、わざわざハンガーや洗濯紐を使うでしょ。こないだは器用に洗剤を掛け合わせて中毒死させるなんて煩わしいことしてたじゃない。余計なお世話よ」

「前から思ってたけど“キッチン・キラー”キョウコさん、あんた生意気よね」

 うわ、めんどくさいモードになったわ。こうなるとまた勝負を挑まれる。

「こんなところで勝負? 組織も仲間割れが発覚したら二人とも始末されるのは知っているでしょ」

「わかっているわよ。だからルールを簡単にして体に傷がつかないようにしましょう。お互いの抱えているエコバッグに切り裂き傷を付けた方の勝ち。それでどう? ちょうど、そこのドラッグストアでいい感じに切れそうなハンガーを買ったのよ」

 ハンガーでどうやって布を切り裂くのだろうか?疑問に思ったが、聞いたところで煽るだけだし、他人の手口には興味ない。

「わかったわ、すぐに終えましょう」

 あたしたちは自転車を飛ばし、いつもの場所へ向かった。


 勝負の場所はホームセンターからやや離れた人気のない廃工場だ。ここなら一般の家屋よりも音が響かないし、住宅もない。万一見つかっても主婦同士の修羅場だったと言い訳すればなんとかなる。

「行くわよ」

 そういうや否や、ヨリコはハンガーを構えて襲い掛かってきた。

「くっ!」

 済んでのところでかわす。ハンガーは体やエコバッグに触れてはいないがヒュンと空気が切り裂ける鋭い音がした。やはり同業者、動きは素早い。

「準備できていないのに卑怯よ、“ランドリー・キラー”ヨリコさん

 素早くあたしは買ったばかりの皿を割って破片を持って構えなおし、体を反転させる。しかし、いくら素早くしても皿を割る手間の分、コンマの差で不利だ。こうなったらカウンターで迎え撃つしかない。

 シュンッ!

 二人が素早くすれ違ったように見えた。しかし、勝負はついていた。

 あたしのエコバッグは無傷、対してヨリコのエコバッグには横一文字に切り裂き傷ができてパックリと開いていた。

「あー! また旦那に怒られるー! どうしてくれんのよ!」

 そんなことを言っても勝負を挑んできたのはあちらだ。

「そんなこと言っても、あたしも凶器にする予定のない食器を使ったのだし、ある意味おあいこよ。じゃ、今日は急いでいるから。帰るわね。“ランドリー・キラー”ヨリコさん

「こらー! 待てー!」

 まったく、とんだ寄り道してしまった。今日は夫が帰ってくる日だというのに。


「いやあ、君の料理が久々に食べられる。楽しみだなあ」

 今日は一か月ぶりに夫が帰ってきた。腕によりをかけたものを作らないと、と言うわけで鯛やマグロの刺身に挑戦する。鯛は奮発して丸ごとの魚から三枚におろして切っていく。

 一番気を使うのは魚を捌いて刺身にするときだ。簡単なようでいて、切り方を間違うと味が格段に落ちる。

 よし、うまく切れた、今日はちょっとだけ本格的に白身魚用の煎り酒も作ろう。

 そうして出来上がったごちそうを前にして、本当に嬉しそうに夫は食べていく。

「うん、うまい! やっぱり君の包丁さばきは絶品だな!」

「ええ、包丁は料理に一番大事な物なの。他のことには“絶対に”使いたくないわ」

 あたしはにっこりと微笑んで答えた。

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