6.事件の後始末
死体を見つけたことを交番で伝えても、警官達は中々太郎を信じてくれなかった。
当然といえば当然かもしれない。
『小学生が死体を見つけた』というだけでも信じがたいのに、『河原で掘り返した』などと馬鹿正直に言えば、イタズラだと思われても無理はない。
それでも、しつこく言い続けたら、一番若い警官がおっくうそうについてきてくれた。
現場に着くまで、明らかに太郎をほら吹き少年扱いしていた。
何も見つからなかったら親や教師を呼び出すからなとしつこく言われたくらいだ。
が、死体を確認すると警官の表情は一変した。
慌てて無線を使って連絡を取り、あれよあれよという間に警官のみならず、良くドラマでみる鑑識さんみたいな人たちも集まってきた。
ちなみに、私服刑事はほとんどいない。ドラマと違って実際の現場にやってくるのは鑑識であって刑事ではないらしい。
ともあれ、太郎は警察署までパトカーに乗せてられた。
警官や刑事達は一様に厳しい顔をしており、なんだか恐ろしかった。
警察署に着くと個室に連れて行かれた。
祖母と翠子の霊も一緒についてきている。
しばらく待つと、小太りのおばさんと、厳つい顔のおじさんが入ってきた。
「木村太郎くんね?」
おばさんがたずねた。
「はい」
「生年月日と学校名、それに住所を教えてくれるかしら?」
「さっき、おまわりさんに言いました」
太郎の答えに、おばさんは少しイラっとした顔をした。
「念のための確認よ、協力してくれないかな?」
太郎は仕方なく、生年月日などを話した。
おばさんはそれをメモしていく。
「私は
「はい」
「もっとも、私はあんまり刑事っぽくはないかしら?」
「……はぁ」
にっこり笑う幸子に、太郎は曖昧な笑みを返すことしか出来ない。
「少し、質問させてもらえるかしら?」
「はい」
「あの死体は本当にあなたが掘り返したの?」
「そうです」
「どうしてあんなところを掘り返そうと思ったのかしら?」
「え……それは……」
太郎は口ごもることしかできなかった。
本人の幽霊に言われたからだなどと言っても信じてもらえるわけがない。
「別に責めているわけじゃないのよ。でも死体を発見した時のことはとても大切なことなの。あの死体は明らかに胸を……いえ、その、まあ普通の状態ではなかったから」
幸子は言葉を濁した。『胸を刺し殺されていたから』と言いかけたのだろう。
太郎は祖母の方を見た。どう答えたものか、アドバイスしてくれないかと思ったのだ。
『ごめん、太郎。私もなんて答えたらいいのかわからないよ』
祖母も困惑顔だ。
「あなたの家からあの川までは結構距離があるわよね。今日は電車であそこまで行ったのかしら?」
「……はい」
「なぜ、あそこに行ったの?」
「えっと、その、なんとなく川に来たかったから……」
ほとんどど答えになっていないと理解しつつ、そう答えるしかない太郎。
「そして、地面を掘り返した。それも『なんとなく』なの?」
「……それは……その、はい、そうです」
幸子はともかく、後ろの源吾はだんだんと苛立ちを顔に見せ始めた。
「太郎くん、これはとても重要なことよ? あの広い河原でたまたま穴を掘ってみたら、たまたま死体が埋まっていた。そんな偶然ちょっと納得できないのよ」
「あ、あの、でも、僕……」
正直、太郎はこんな展開予想もしていなかった。
死体を見つけたら、警察が来て捜査を始めるだろう。自分は死体の発見者として褒められる。ひょっとしたら表彰されちゃうかもしれない。そんなことすら考えていたくらいだったのだ。
だが現実はほとんど尋問みたいなことをされている。
「もう一度聞くわ。本当に全て偶然だっていうのね?」
「……はい」
か細い声で答えた太郎は、もう泣き出しそうであった。
そのときだ。
部屋の扉が開いた。
「太郎!」
そう言いながら入ってきたのは太郎の母だった。
「お母さん! あの、仕事は?」
「太郎が大変なものを見つけたって聞いて慌ててきたのよ。一体どういうことなの?」
「それは……」
太郎は母の問いにも口ごもるしかなかった。
「まあいいわ。今日は帰ってゆっくり休みましょう」
母はそう言うと太郎の手を引き、立たせようとした。
が、源吾がそれを押しとどめる。
「なんですか、通してください」
「お母さん、申し訳ありませんが太郎くんにはまだ聞きたいことがあるんです」
「死体を初めて見て動揺している小学生を、これ以上追い詰めようって言うんですか」
「そんなつもりはありません。
しかしですな、今回の死体発見は不可解な点が多すぎる。なぜ太郎くんが死体を掘り起こせたのかがわからないと、色々と面倒なことになります」
「面倒なこと?」
「あの遺体は殺されて埋められていたのです。ならば当然犯人がいます。我々は犯人を全力で捕まえるつもりです」
「それは私たちには関係ないことです」
「いいえ、そうはいきません。
太郎くんがなぜ死体を発見できたのか? これはとても重要な点です。
あるいは彼は犯人が死体を埋めるところを目撃していた可能性もある」
源吾の言葉に、母は太郎を振り返る。
「太郎、犯人を見たの?」
太郎は首を横に振った。
「ほら、見ていないと言っているじゃありませんか。もういいでしょう?」
「そうはいきません。ここできちんと調書がとれないと裁判になったとき、太郎くんに証人として出廷要請がかかりかねません」
「裁判って、太郎はまだ小学生ですよ」
「しかし、もう証言できる年齢でもある。そんな事態を避けるためにもご協力をいただけませんか?」
源吾の言葉は依頼だったが、声は強制だった。
「ですが……」
「こう申し上げては何ですがね。我々はあらゆる可能性を考慮して捜査します。
その中には太郎くんが犯行に関わっていたという可能性も完全に0ではないのですよ」
その言葉に、母は息をのんだ。
太郎も耳を疑った。
(まさか、僕、殺人犯だと思われているの?)
いくらなんでも、そんな展開になるとは思ってもみなかった。
『違うわ、私を殺したのは……』
翠子が叫びかけるが、太郎以外の人間にはその声が聞こえないと気づき、黙る。
「な、なんてことをいうのですか。太郎が事件に関わっているなんて、そんな……」
母が動揺した声を上げた。
「まあ、落ち着いてください。これはあくまでも『例えば』です。我々はもうすでに別の犯人を特定しつつあります」
太郎はほっと息をつく。
「ですが。死体発見の経緯は間違いなく裁判で争点になるでしょう。不自然な証言のままでは警察や検察側はともかく、弁護側が太郎くんの出廷を要求するかもしれない。
それを防ぐためには何度も言いますように、きちんとした証言が必要なのです。ご協力、いただけますな?」
そう念を押され、母はうなずくしかない様子であった。
「じゃあ、改めて質問するわね」
源吾と母も見守る中、あらためて幸子が口を開いた。
「とにかく、あなたは死体を掘り返した。横にあった嘔吐物――吐いた物はあなたのよね?」
「はい、その、死体を見たら気持ちがわるくなっちゃって」
「かわいそうに……」
太郎が答えると母が太郎を抱き寄せた。
「掘り返して、吐いた。それ以外に現場で何かした?」
「何かって?」
「現場の物を動かしたとか、何か物を見つけたとか、そういうことはない?」
「ありません」
「そう、このあたりは素直に答えてくれるのね」
幸子はそう言って笑ったが、その笑みには若干の皮肉が見え隠れしていた。
「じゃあ、もう一度最初の質問に戻りましょう。
あなたはどうしてあの河原に行って、あそこを掘り返したの?」
「それは……だから、なんとなく……」
太郎はそう答えるしかない。
「お母さん、太郎くんのお小遣いはいくらですか?」
幸子は母にそう訪ねた。
「1ヶ月500円です。それが何か?」
「太郎くんの家の最寄り駅から、あそこまでは小児料金でも片道260円かかります。
往復すると1ヶ月分のお小遣いを超えますね。そこまでしてどうして1人であそこに行ったのでしょうか?」
「それは……その、お小遣いを貯めて……」
太郎はごまかすようにそう言ったが、幸子は納得しなかった。
「だとしても、せっかく貯めたお小遣いを1ヶ月分以上使ってまであそこに行った。やっぱり何か特別な事情があったとしか思えません」
(どうしよう、どうすれば納得してもらえるんだろう?)
太郎は再び泣きたくなってきた。
その時だった。
部屋の扉がまた開いた。
「すみません、杉田さん、ちょっといいですか?」
部屋に入ってきた男が源吾に言った。
「なんだ?」
「その、お電話です」
「今、取調中だ」
「そうなのですが……その、相手が……」
「なんだ、はっきり言え」
「はい、その長官からなんです」
「長官? ……まさか警視総監か?」
「はい」
源吾はあわてて部屋から出て行った。
『太郎、ちょっと様子を見てくるね』
祖母はそう言って源吾の後を追っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらくすると、源吾が戻ってきた。祖母も後ろから付いてくる。
「太郎くん、もう帰っていい」
「え、ですが……」
戻ってくるなり言った源吾に、幸子が慌てた声を出した。
「もういい。どうせこれ以上は何も聞けないだろう」
あまりの態度の急変に、むしろ太郎と母の方が戸惑ってしまう。
「お母さん、太郎くんを連れてお帰りください。なにか思い出したことがあればご連絡を」
「は、はぁ。それじゃあ……」
母は釈然としない表情ながら席を立ち、太郎の手を引いて部屋の入り口へ向かう。
(一体何があったんだろう?)
祖母にたずねてみたかったが今は聞けない。
と。太郎はトイレを見つけた。
「お母さん、僕、ちょっとトイレ」
「しかたないわね、行ってらっしゃい」
太郎はトイレに駆け込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トイレの個室に入ると、太郎は祖母に小声でたずねた。
「ねえ、何があったの?」
『それがね、長官っていう人からの電話で、太郎を解放するように命令されたみたいだったよ』
「でもなんで?」
『電話相手の言葉までは聞こえなかったし、そこまではわからない』
それからちょっと沈黙が流れ、やがて翠子が言った。
『……太郎くん、ごめんね』
「え? 何が?」
『私が考えなしだったわ。小学生が死体を見つけたらショックなのは当たり前だし、警察に色々聞かれることだって予想できたのに』
「翠子さんのせいじゃないよ。僕も考えもしなかったもん」
『ありがとう、それで、私は少し捜査の様子を見守りたいの。悪いけど、刑事さん達のところに戻っても良いかしら?』
翠子がいいにくそうにいった。
「うん、いいよ。そうしなよ」
『ありがとう。幽霊の私にできることがあるかはわからないけど、いつかお礼をしたいわ』
「うん、ありがろう」
太郎がそう答えると、翠子は天井に消えた。
「太郎、本当にどうしてあんなところにいたの?
刑事さんじゃないけど、私もちょっとおかしいと思うのよ。だいたい、勝手に電車に乗って遠出なんてしちゃダメじゃない」
トイレから戻ると母が太郎に言った。
「その、ごめんなさい」
太郎はそう答えるしかなかった。
警察署を出て、母に手を引かれるように警察の敷地から出ると、そこには意外な人物が待ち構えていた。
「太郎くん、少しは懲りたかしら?」
そこにいたのは和服を身にまとった少女――佳恋であった。
「太郎、お友達?」
「転校生だよ」
母の問いに答えてから、太郎は佳恋に向き直る。
「懲りるってどういう意味だよ」
「今回は私の方で処理しましたわ」
「どういう意味だよ?」
「さあ、どういう意味でしょう? でも何の後ろ盾もないただの子どもが余計な事をすればどうなるか、少しはわかったのではなくて?」
佳恋はそう言うと太郎達に背を向け歩き始めた。
「何なの? あの子?」
さすがにいぶかしがる母に、太郎も答えようがなかった。
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