5.霊感能力者太郎の初仕事
一度ランドセルを置きに家まで帰った後、太郎は自宅からほど近い急王線の駅へ向かった。
小笠川の近くの駅までは子供料金で260円。
小遣いだけでは足りないので、祖母が残してくれたお金の中から財布に1万円だけ入れて持ってきた。
「なんだか、1人で勝手に電車に乗るなんて、緊張するなぁ」
『何を言っているんだい、6年生にもなって。それに1人じゃないだろ』
駅前で祖母と話す太郎を道行く人々が不思議そうに見る。独り言を言い続けている変な子と思われているのかもしれない。そのことに気がついて、太郎は祖母との会話を中断した。
電車に揺らと30分。駅から歩くこと5分。
太郎は小笠川の下流にたどり着いた。
年の水源ともなっている川はかなり幅が広く、川原も広い。
線路の高架下まで駆け下りていく太郎。
「いったい、ここになにがあるの?」
『さあ、そこまでは聞いていないけど……』
祖母が言いかけた時、太郎は気がついた。
「あ、あそこっ!」
橋のたもとに20歳くらいの女性が佇んでいた。
しかし、その足は地面についていない。
幽霊だ。
「ね、ねえ、どうしよう」
『近づいていって声をかければいいだろう』
「えーでも、ちょっと恐い」
『何を言っているんだい、男の子だろう?』
そうだ、こんなことで恐がってはいられない。僕はこの特別な力を使って世の中の役に立ちたいんだ。
太郎はゴクリとつばを飲み込んだ後、その幽霊に近づいていった。
「あのー、お姉さん?」
太郎の声に女性が振り返る。
なんだか薄暗い顔だ。同じ幽霊でも、祖母や駄菓子屋のおばあちゃんよりもずっと表情が暗い。
正直、ちょっと恐い。
『あなた……私が見えるの?』
女性がそう言った。
「うん、見えるよ」
女性は太郎をじっと見つめ……そして泣き顔を見せた。
『お願い、私を見つけて』
「は?」
見つけてと言われても目の前にいるのに意味がわからない。
『私には私を見つけられない。だから、このままじゅ永遠に土の中。お願いよ……私を見つけて』
そう言いながら、太郎にすがるようにもたれかかってくる幽霊。
もっとも、太郎の身体をすり抜け倒れ込む。
「あ、あの、お姉さん?」
明らかに大人に見える人(幽霊だけど)に泣かれ、困惑するしかない太郎。
『ちょっと、あんた落ち着きな。相手は小学生なんだから、もう少しわかりやすく説明してやってくれ』
祖母があきれ顔で言った。
『そうね、ごめんなさい。私は
「こ、殺されたぁ?」
いきなり刺激的な言葉を聞いて、太郎の声がひきつった。
『はい。そして今も私の遺体はここに埋められたままです。このままではずっとわたしはここに埋められたまま』
女性の幽霊――翠子は悲しげに目を伏せた。
『知り合いの幽霊によると、死体が見つからないから警察もただの行方不明と考えて、まともに捜査してくれていないらしいんです。
だから、私を殺した彼はまだ捕まっていません。
お願いです。私の死体を見つけてください。死体が見つかれば他殺だとわかって警察も動いてくれるはずです』
翠子は涙ながらにそう頼んできた。
『どうする? 太郎』
祖母が太郎に尋ねる。
殺された翠子。
彼女のことを認識できるのは僕しかいない。
だったら、僕は彼女を助けたい。いや、助けなくちゃいけない。
せっかく霊感を手に入れたのだから、それを
「わかったよ。まかせて!」
太郎は答えると、翠子の足下の土を手で掘り返そうとした。
『あ、だめです。私が埋められているのは50センチ以上の深さですから、小学生が手で掘り返すのはちょっと難しいと思います』
確かに、いまちょっと掘ってみてもここの土はけっこう固い。
素手で50センチも掘るのは無理だ。
「そっか、どうしよう?」
『駅の近くに園芸やさんがあったからスコップでも買ってきたらいいんじゃないかい?』
太郎が首をひねると、祖母がそう言った。
「そうだね。翠子さん、ちょっと待ってて」
太郎は祖母の言葉に従い、駅の方へ走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
園芸やさんに行く道すがらには交番もあった。
「ねえ、おまわりさんに話せば僕が掘らなくてもいいんじゃない?」
太郎は祖母に相談したが、
『どう話すって言うのさ? 河原に死体が埋まっているって幽霊から聞いたんですなんて言っても信じてはもらえないよ。まずは死体をみつけないとね』
「そっかぁ」
『でも、太郎、大丈夫かい?
「うん? なにが?」
『死体を掘り返すなんてさ、小学生にやらせてもいいことなのかどうか……。太郎は死体を見たことはないだろう?』
「おばあちゃんのお葬式で見たよ」
『太郎が見た私の死体は、死に装束で整えられていただろう? でも、殺されて埋められた死体となると……』
「うん、でも、まあ、半年前の死体だし、たぶん骸骨だと思うし……」
それでも恐いと言えば恐い。
「……それに、翠子お姉さんを放っておく方が気分悪いよ」
『そうかい、確かに私も彼女を放っておくのが良いことだとは思えないし、太郎がそう決めたなら応援するよ』
太郎は園芸屋さんでスコップを買い、橋のたもとに戻った。
(スコップより大きなシャベルの方が良かったかな?)
そんなことも思ったりもするが、なんとか掘れる。
『がんばるんだよ、太郎』
『おねがいします』
幽霊2人に見守られながら、太郎は黙々と掘っていく。
9月の太陽が暑い。どんどん汗が出てくる。
(お茶かジュースも買ってくれば良かったかな?)
そんなことを思い始めたときだった。
スコップの先に何かがぶつかった。
『それです。私の死体です』
翠子はそう言った。
「じゃあ、もう少しだね」
太郎はそう言ってさらに掘り進めた。
やがて、太郎の目に翠子の遺体の顔が飛び込んでくる。
「うぅ」
その瞬間、太郎はその場に跪いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自分の掘った穴の横に学校で食べた給食を吐き出してしまった太郎を、祖母が心配げに見つめる。
『大丈夫かい? 太郎』
「う、うん、まあ、なんとか……」
掘り進めた先には確かに翠子の遺体があった。
ただし、太郎が想像していたような骸骨ではなく、腐りかけた皮膚がかなり残っていた。
それは小学生に太郎にはあまりにも強烈で――
――結果、太郎は胃の中の物を全て地面に戻してしまったのだ。
『ごめんなさい。私……』
翠子の霊も太郎が苦しんでいるのを見て、罪悪感を感じているらしい。
『あんた、じぶんの死体の状況分かっていたのかい?』
『ここまで酷いとは思いませんでした。でも、そうですよね、小学生に死体を見つけてもらおうなんて、考え無しでした』
『まあ、あんたの事情も分かるけどね……』
(うう、今晩夢に見そう)
「大丈夫、翠子お姉さんのせいじゃないし、もう気持ち悪いのも治ったから」
本当はまだ吐き気がするが、これ以上自分が苦しんでいると翠子が辛く感じるだろうと、太郎は懸命に立ち上がり歩き始めた。
『どこに行くんだい?』
「交番」
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