エピローグ 決意

エピローグ 決意


 サラに集められたジャーナリスト達は、講堂前の門の内側にいた。彼等は広場での戦闘が終結したことを感じ取っていた。

 そして、次に何が起こるのかを考えながら待ち続けていた。

 突然、何の前触れもなく全員の携帯端末が、電子メールの着信を告げた。

 そこには短く、次のように書かれていた。

『演説を開始する。これを世界に伝えてほしい。カメラの準備を』

 最早彼等の中に、その言葉を疑う者はいなかった。ジャーナリスト達は、各々が持つ撮影機材を講堂のテラスの方に向け、次の瞬間を待った。

 やがて、テラスに二人の人物が現れた。

 一人は一切の隙を見つけることが出来ないような、険しい空気を纏った白髪の男。

 もう一人は、略式ではあるが、王室の正装に身を包んだ、まだ幼さの残る金髪の少女だった。

 その少女が姿を現した瞬間、ジャーナリストの一人が呟いた。

「……あの少女は、あの時定食屋で……、まさか、そういうことだったのか!?」

 全員のカメラが二人に向かう。それに会わせたかのような完璧なタイミングで、少女が片手を天に掲げた。彼女のその手には拳銃が握られていた。


××× 


 サラは手にした拳銃を一発だけ撃った。

 それは自身が殺した兄への弔砲。

 或いは、自身と国と、そして国民が新たな一歩を踏み出すための決意を示す合図。

 聴衆は僅かな外国人ジャーナリストだけ。

(初めての演説にしては少し花がないけど、まあ、私にはこれくらいの方が似合っているのかもしれないわね。王族らしい振る舞いなんて、もうすっかり忘れてしまったわ)

 そんな自虐的なことを考えながらも、一方でサラは知っている。その僅かなカメラの先には多くの国民の、そして世界中の人間の目と耳と心があることを。

 意を決したサラは、拳銃とは逆の手に握るマイクのスイッチを入れ、一度大きく息を吸い込む。

 そして国民に、世界に対して宣言した。


「ガダル=トルバラドは崩御した。

 彼は、己が過ちを悔い、全ての責を負って自らの命を絶った。

 それに伴い、現王位継承権第一位であるこの私、サウラム=トルバラドが王室法に則り現王となる。

 前王ガダル=トルバラドの王令により、戦いは終わりを迎えた。

 私、サウラム=トルバラドも、罪無き臣民に銃を向けることは望まない。

 罪無き臣民の悲しみを望まない。

 王国臣民全員に告ぐ。

 我らの敵を見誤ってはならない。

 前王ガダル=トルバラドは、密かにゴルデア帝国の工作員と通じ、この国を売り渡そうと画策していた。

 これは、彼自身が語った事実である。

 彼だけではない。

 昨今のデモを扇動した者達の中には、トルバラド王国に傀儡政権を作り出し、自らの意のままに操ろうとしていた者達がいる。

 我々はこの悍ましき事実を理解する必要がある。

 しかし、ゴルデア帝国を初めとする多くの国に対して敵意を抱くことは、真に正しきことではない。

 我々が真に為すべきことは、国際社会の中において、我々が弱者であることを認め、しかし、決して誇りを捨てぬ事である。

 臣民よ。

我々が求めるべきは、誇りを持って対等な交渉を行える、力強き友人である。

 今日、この日。諸君等には、一人の友人を紹介しなければならない。

 この人物は、かの大国、ゼムリア共和国からの特使である。

 かの国こそは、我々トルバラド王国が、経済や軍事などのあらゆる部分において、互恵的関係を結ぶべき国である。

 ――ボリス殿、どうか一言」


×××


(なるほど、面白い趣向だ)

 突然話を振られたボリスは驚きつつも、一方で感心し納得していた。

 サラがジャーナリスト達を動かして何かしようとしていることは、ボリスも察してはいた。しかし、『計画の遂行に支障を来さないなら、互いの行動に口出ししない』という約束を結んでいたこともあり、ボリスはそのことに関わろうとはしなかった。

(このサプライズは、利用されるだけだった事に対する、一種の意趣返しというわけか。そして、こちら側が何かを語るよりも早く、自立した国同士の互恵的関係という表現を用いて牽制する。しかもその発言は、今この瞬間にも世界中へと拡散し続けている。……全く、面倒なことを考えたものだ。だが、面白くはある)

 思案の後、ボリスはサラからマイクを受け取り、即興の演説を開始した。


×××


 シオンは、ジュラルドに向けていた拳銃を下ろした。

 次の瞬間にも死ぬかもしれないと思っていたジュラルドは、思わず怪訝そうな声を上げた。

「……撃たないのですか?」

「俺はサラのために戦った。サラに対する、武力的な脅威を排除するために。だけど、攻撃の中止命令がでた時点で、アンタ達は脅威じゃなくなった。だから殺さない」

「私が素直に従うと思いますか?」

 ジュラルドは意地悪く挑発的な言葉を投げかけた。対するシオンは、変わらない口調でそれに応じる。

「そこまでバカじゃないと思ってる」

「……確かにそうですね。雇い主は死にました。私の仕事も自動的にキャンセルです。前金を貰っておいて正解でした」

「前の王様に雇われてたんだ。だったらサラに請求してみたら?」

 シオンのそんな提案に対し、ジュラルドは〈テンペスト〉のコックピットにあるサブモニターに映し出される演説の様子に目を向けながら答える。

「このお嬢さんにですか? ……なるほど、中々手強そうだ」

 映し出されるサラは、いつもの話し方からは考えられない程の、強い口調で演説する。不安、迷い、弱さ、サラがそういった物を持っていないと言ってしまえば、それは嘘になってしまう。しかし、王として立つサラは、それらを見せることは決してない。

 サラがボリスにマイクを渡した。急に話を振られたはずのボリスだが、彼はそれを感じさせることなく演説する。内容自体は当たり障りのないことだが、ゼムリア共和国としてもトルバラド王国との友好関係を気づきたいという内容のそれは、トルバラド王国の背景に一つの大国が存在することをアピールできるという意味では、非常に重要な言葉を引き出せたことになる。

 しばらく無言で演説を聞いていたジュラルドが、シオンに話しかけた。

「戦いは確かに終わりました。私は交渉が終わったら荷物をまとめて帰り、次の仕事を探すつもりです。君は、次に何をするのですか?」

「……俺の、やるべき事」

 そう呟いたシオンは思案する。

 シオンは『やるべき事』と言ったが、本来今の彼にはそういった考え方をする必要など無かった。

(サラとの約束。マナとの約束。きっとこれは、ずっと守り続けないといけないことなんだ。たぶん、俺自身もそうしたいと思っている。それに、俺は見てみたい。サラが作る『少しはマシな世界』を。だとしたら……)

 今の彼には、自分の進みたいと思う道に進む自由がある。

「俺は戦い続けるよ。俺に意味を与えてくれた人を守る為に。そして、必ずそこに帰ってくる為に」


×××


「――我々は踏み出す。

 新たなる一歩を。

 我々は進む。

 ただひたすらに前へ。

 我々は戦う。

 この道を阻む、全ての害悪と。

 今こそ団結の旗を掲げよう。

 高く、高く、揺るぎ無い鋼の誇りと、砕け得ぬ鐵の決意と共に。

 我々の帰るべき場所を示す旗を掲げよう。

 そして我々は踏み出すのだ!

 その旗に刻まれた、団結と勝利のその先へと!

 ――これを以って、初心表明の演説とさせていただきたい。

 トルバラド王国万歳。

 全ては祖国の勝利と、栄光と、発展のために!」


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鐵―クロガネ― タジ @tazi0910

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