第八話 決着の引き金(前)

第八話 決着の引き金(前)


 その広い部屋にいるのは一人の男だけだった。

「ジュラルドの力は本物だ。ヤツに勝てる者などいるはずもない。城の方に攻め込んだ間抜け共も、ここに来た少しばかり頭の働くヤツも、全てまとめて排除する。反乱分子も、予定外の第三勢力も、全てを摘み取った後で磐石の体制を作り出す」

 男の名はガダル=トルバラド。現トルバラド王国国王である。

「ゴルデアの庇護下に入ることさえ出来れば、その強大な戦力を後ろ盾に、現体制の維持は可能だ。実質的な植民地となろうとも、我が命は保証される」

 明かりを点けず、カーテンも閉め、そこから漏れてくる日の光で僅かに照らされる薄暗いその部屋で、ガダル王は一人思案した。

 その薄暗い部屋に、彼の予想していなかった音が聞こえてきた。

 最初に聞こえてきたのは、分厚い扉の外で誰かが倒れる音だった。ガダル王は反射的に拳銃を取り出し、安全装置を解除した。

 ややあって、その分厚い扉がゆっくりと開き、廊下から冷たい風が入り込んできた。それと同時に、何者かが姿を現した。

 薄暗い部屋の中からでは、その姿の詳細を知ることは出来ない。

 背格好から判断するに、十代半ばの少女だろうか。身にまとう服は汚れ、あちこちが傷だらけだった。しかし、上品な刺繍や高級感のある生地から、これを着る者がおよそ貧民街出身の人間ではなく、確かな家柄の人間である事を容易に想像することが出来た。

 それを認識した次の瞬間、ガダル王は目を見開き叫んだ。

「やはり生きていたか! サウラム!」

 彼は躊躇い無く拳銃の引き金を引いた。

 弾倉の中身が空になるまで何度も、何度も引き金を引き続けた。静かだった薄暗い部屋の中に、狂気に満ちた銃声だけがこだまし続けた。

「…………」

 やがて弾が尽き、徐々に冷静さを取り戻し始めたガダル王は、自分が撃った血を流すことなく倒れる『ソレ』を見つめた。

「……これは、……人形、なのか?」

 彼が撃ったのは生きている人間ではなかった。十代半ばの少女を連想させる背格好の、服を着せたマネキン人形だった。

 いったい何が起こっているのか、ガダル王は状況を理解できずにいた。

 そして僅かな沈黙の後、扉が開け放たれ、二人の人物が入ってきた。

 一人は油断のない表情で目を光らせる男、ボリス。

 もう一人は、まだ幼さの残る顔立ちに反し、何処までも冷たい目をした少女、サラ。

 彼女はわざとらしく溜息を付きながら言った。

「本当に躊躇い無く撃つのね。予想を裏切らない行動は嬉しいけど、その器の小ささには相変わらず失望させられるわ」

 サラは腰に吊り下げていたホルスターから拳銃を抜き出し構えた。彼女の小さな手に合わせた小柄な、しかし確かな殺傷能力を持った無骨な凶器が、冷たい鉄色の輝きを放つ。

「久しぶりね、ガダル兄さん。貴方を殺しに来たわ」


×××


 シオンは、この戦いの果てに自身の命が無いことを、確かに予感していた。

 その覚悟を再認識した時、彼の脳裏にはかつての記憶が蘇った。

 それは、最初にサラと出会った日の記憶だ。

 浮浪者の男に奪われたパンを取り返すのに協力した時、サラが言った言葉だ。

「ねえ、貴方はこの世界を、もう少しだけマシなものにしてみたいと思わない? 今よりも少しだけマシな世界に。私にはそれが出来るわ。貴方が協力してくれるなら」

 その言葉に対してシオンは問いかけた。

「……信じていいのか? 本当にそんなことが出来るなら、俺達はお前に協力する」

「ええ、信じていいわ。……そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名前はサウラム=トルバラド。紛れもないトルバラド王国王位継承権の持ち主よ」

 それを聞いた瞬間シオンは、『笑み』と呼ばれるような凶暴な表情を浮かべた。

(そして、俺はサラの手を握り返した。あの瞬間に全てが決まったんだ。俺達の、俺の辿るべき道が)

 シオンはサラの復讐に協力することを誓った。それは、シオン自身が定義するところの『正しい』選択だった。多くの少年兵達と共にキャンプを抜け出したあの日の決断が、確かに正しい道だったと証明し、自身の存在意義をこの世界に見いだせる唯一の道だと考えていた。

(サラがそこにたどり着いたのなら、例え俺がここで死んだとしても問題は無い。一秒でも長くあのウォーカーをここに留める。俺は既に一つの戦闘単位として、十分すぎるほどの役割を果たし終えた。差し違えられたのなら尚良し、か……)

 そんな思考に基づいて己の次の行動を模索しようとした次の瞬間、もう一つの記憶が蘇った。

 視線の先にいる少女は、キャンプ脱出後に仲間に加わったマナだった。

 最後の準備をしていたあの日、駆け寄ってきたマナはシオンに言った。

「シオン、絶対に帰ってきて。そのことを約束して」

「……どうして?」

 マナの突然の言葉に、シオンはそう聞き返した。

 なぜならそれは、シオンにとっては当然の疑問だったからだ。シオンには命を懸けて作戦を成功させる理由があった。しかし、生きて帰ってこなければならない理由など何一つとして存在しなかった。

「だって……、だって私は、シオンに死んでほしくない。また会いたいし、また話がしたいから。死んじゃった人とはもう話せなくなって、私はシオンとそんな風になりたくなくて……」

 なぜマナがそんなことを言うのか、シオンには全く分からなかった。だが、マナが必死にそう願っているという事だけは、薄ボンヤリとではあるが、理解することが出来た。

「まだ話したいことも沢山あるし、これからもきっと沢山出来るから。だから……」

(……そうか。俺が生きていることを望んでくれる人間が、この世界には確かにいるんだ)

「だから私はシオンに死んでほしくない。絶対に、生きて帰ってきてほしいの」

 その時シオンは、曖昧に頷いた事を思い出した。

 その時マナは、確かに笑っていた。

(……そういえば、マナと約束していたんだ。なら、俺は二つの約束を果たさなきゃいけないか。全ての敵を打ち倒して、必ず生きて帰らないといけない。俺は、そのための戦いをしなくちゃいけないんだ。だとすれば――)


×××


 ジュラルドは、万が一の反撃に備えた距離からスヴァログの姿を観察していた。 

「なかなか良い強さでしたよ。しかし残念です。ここで終わりのようだ」

 〈テンペスト〉がビームバヨネットを構え、ジュラルドはターゲットスコープを覗き込んだ。彼は〈スヴァログ〉のコックピットに向けて、確かに狙いを定める。銃口へと帯電粒子が収束し、その攻撃能力が最大まで高められた。

「窮鼠猫を噛むとも言いますし、この距離から決着を着けさせていただきますよ。あの奇妙な防御装置は自動発動のようですが、裏を返せばパイロットの意志とは関係なくエネルギーを無駄使いする装置ということです。ここまで消耗した状態であれば、流石に発動できないでしょう」

 ジュラルドがトリガーボタンを引いた。

 だが、それとほぼ同じタイミングで〈スヴァログ〉が動いた。

 頭部の複合光学センサーを〈テンペスト〉が投擲した超硬質ブレードによって破壊された状態でありながら、〈スヴァログ〉は真横に飛びビームの弾丸を紙一重で回避する。自動発動した対ビーム用装置が光を屈折させ、〈スヴァログ〉の装甲が再び深紅の輝きを放つ。

「まだ抵抗しますか……――!?」

 第二射の為に構えるジュラルドだが、〈スヴァログ〉がとった予想外の行動に驚愕を余儀なくされた。

 〈スヴァログ〉は片方の手に超硬質ブレードを構え、もう片方の手で自身の頭部に突き刺さる超硬質ブレードを引き抜き、二刀流の構えをとった。

「――正面装甲強制パージ」

 シオンは〈スヴァログ〉のコックピットへの搭乗口も兼ねた、もっとも分厚い正面装甲を、緊急用コマンドを用いて強制排除した。それと同時に、まだ破損していない片足のリニアキャタピラを起動させ、片輪走行で〈テンペスト〉へと肉薄する。

 ヘッドセットディスプレイを投げ捨てながらシオンは叫んだ。

「頭を潰したぐらいで、勝ったと思うな!」

 コックピットを剥き出しにしたまま、目視で状況を確認し、シオンは戦いを継続する。

 〈テンペスト〉がビームバヨネットの第二射を放つよりも先に、間合いを詰めた〈スヴァログ〉の超硬質ブレードが振り下ろされ、ビームバヨネットを切断し射撃を封じる。

「ここまで足掻きますか!」

 怯んだジュラルドは後退を選択。同時に両腕の内蔵式ビームマシンガンを〈スヴァログ〉に対して向ける。だが、それに対するシオンの行動は決まっていた。両腕に装備した超硬質ブレードを双方とも投擲。どちらも〈スヴァログ〉の腕部に内蔵されたビームマシンガンに命中し、確実に破壊する。

 〈テンペスト〉が全てのビーム系装備を喪失した。シオンは尚も追撃の手を緩めない。

「左腕部接続、強制解除」

 強引に切り離した〈スヴァログ〉自らの左腕を、純粋な質量の鈍器として右手で装備し、〈テンペスト〉に殴りかかった。

 現在の機体の状況から考えるなら、〈スヴァログ〉側の不利は確実だった。正面装甲を失いパイロットが剥き出しとなっているこの状態では、普段であれば問題にならないようなダメージでも致命傷になりかねない。そんな状態で近接戦闘を行うなど、常識から考えればあり得ない。

 だが、その非常識な攻撃を〈スヴァログ〉は、シオンは続行した。

 左腕部を棍棒代わりに用いて殴打する。装甲を貫通することが極めて困難だと言うことを承知の上で、狙いを定めることなくひたすら七.七ミリ内蔵機銃を撃ち続ける。自分側の装甲が歪むことを厭わず蹴撃をくわえる。

 突如〈スヴァログ〉が戦場には余りにも似つかわしくない、鮮やかな色の煙を〈テンペスト〉に向けて噴出した。

「眼眩ましのつもりですか? 小賢しい!」

 確かに〈テンペスト〉の光学センサーは無力化された。だが、熱源や赤外線感知のセンサーは健在である。ジュラルドはその情報を元に狙いを定め、固定装備である一二.七ミリ内蔵機銃二門を撃ち込んだ。彼は、激戦の果てに限界を迎えようとしている〈テンペスト〉が各部に生じたエラーを示す警告音と共に、断続的に響く銃声を聞き続けた。

 やがて一二.七ミリ内蔵機銃の斬弾が尽きた。

 光学センサーだけは未だに回復しないため外の状況を知ることは出来ない。

「……ですが今の音、恐らくはあのウォーカーが倒れた音でしょう。剥き出しのコックピットにいる生身の人間に対して、あれだけの機関銃を撃ち込めば生存どころか原形を保つことすら不可能だ」

 ジュラルドは、既に限界を迎えている〈テンペスト〉を跪かせた。脚部にかかっていた負荷を考えれば、いつ倒れてしまってもおかしくはない状況だった。そして、一向に光学センサーが回復の兆しを見せないため網膜投射を切る。

 因みに、〈スヴァログ〉の放った煙の中身はシオン達が仕事用に使っていた速乾性塗料だった。光学センサーが回復しない理由はそれらが付着したことによるものである。とはいえそんなことは、今のジュラルドにとっては預かり知らぬ話である。

「面倒ですが、死体の確認ぐらいはしておきますか」

 ジュラルドはコックピットを開く。

 戦いを示す炎の臭いと熱を帯びた風が入り込み、汗にまみれた全身を冷やしていく。だが、ジュラルドがその戦いの終わりを示す独特の開放感を噛みしめることは出来なかった。

「――まさか」

 最初にジュラルドの視界に飛び込んできたのは拳銃の銃口だった。

 そして次に見たものは、それを構える少年の姿だった。

 その少年が〈スヴァログ〉のパイロットであるという事は、ジュラルドも既に理解していた。

「……こうして顔を合わせるのは二度目ですか。我ながら因果な人生です。久しぶりですね、シオン」

 シオンも驚きこそはしていたが、冷静な口調でこれに応じる。

「ジュラルド、あんただったのか」

「ええ。私はトルバラド王国に雇われた傭兵ですよ。ウォーカーのパイロットとしてね。一応聞いておきたいのですが、あの状況からどうやって生還したのですか? 確実に殺したと思っていたのですが」

 今、ジュラルドの生殺与奪権は確実にシオンが握っていた。そのことを理解しながらも、ジュラルドはいつもと変わらぬ口調で問いかけた。

 対するシオンも、油断無く拳銃を構えながら、変わらぬ冷静さを保ったまま返答する。

「スモークを使った後は自動操縦で囮に使った。あんたが自分の勝利を確認するためには、コックピットを開くしかなかった。……あんたはここで終わりだ。そしてこの国は、ここから前に向かって進む」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る