第七話 最終決戦(後)
第七章 最終決戦(後)
〈テンペスト〉と〈スヴァログ〉の、ジュラルドとシオンの戦いが始まった。
「破壊する」
最初に仕掛けたのはシオンの方だった。
シオンは〈スヴァログ〉の右手にサブマシンガン、左手に超硬質ブレードを装備した。そして迷うことなくトリガーボタンを引くと共に、いくつものフェイントを混ぜた複雑な乱数軌道で〈テンペスト〉への距離を詰める。
これに対してジュラルドは後退を選択。弾丸を回避しつつ、講堂前広場の中央から少し外れた、ビーム砲による破壊を免れた場所へと〈テンペスト〉を移動させる。
その姿を追う〈スヴァログ〉のコックピットに、突如として警報が響いた。
「王国軍の生き残りか」
少し離れた場所で、〈スヴァログ〉の死角となるように左右の壁の陰に隠れていた王国軍の〈ウルス〉の中の一機が姿を現し、装備していた一二〇ミリ滑空砲を構えた。
「だけど、遅い」
シオンは自身の集中力を、追いかけていた〈テンペスト〉から一二〇ミリ滑空砲を構える〈ウルス〉の方に移す。〈ウルス〉のパイロットがトリガーボタンを引き、滑空砲から大口径の弾頭が放たれる。しかし、シオンはその時点で、本能とも反射とも呼べる早さで、周辺の地形状況と敵の位置から安全位置の算出を終わらせていた。
シオンは滑空砲を回避しつつ、二射目までの再装填に時間がかかることを知っている。だからこそ十分な余裕を持って、間合いを一気に詰める。
だが、この状況はジュラルドが意図して作り出したものだ。
「背中ががら空きですよ」
ジュラルドは無防備な〈スヴァログ〉の背後に向けて、〈テンペスト〉の固定装備である一二.七ミリ内蔵機銃二門を一斉に打ち込んだ。
無論、シオンも〈テンペスト〉が背後からの奇襲を仕掛けてくることは想定していた。
「当たれ!」
シオンは一二〇ミリ滑空砲を撃ってきた〈ウルス〉に対して、有効射程に入ると同時に、牽引用アンカーを打ち込んだ。アンカーの先端にある電磁吸着装置が〈ウルス〉の装甲に喰らいつく。それを確認したシオンは、牽引用アンカーを逆回転させ引き寄せる。そして引き寄せた〈ウルス〉を自身の背後に放り投げた。
ジュラルドが驚きの表情を見せる。
彼が撃った一二.七ミリ内蔵機銃二門の曳光弾が示す輝きの先には〈ウルス〉の姿が現れ、弾丸の総てが吸い込まれていった。
断続的な破裂音と金属音が響き渡る。
シオンは追い打ちをかけるように、引き寄せて身代わりに使った〈ウルス〉の背後から、コックピット部分に向けて超硬質ブレードで刺し貫くことで盾として利用した。
パイロットが確実に絶命したことを確信したジュラルドは、尚一層間合いを詰めながら、一二.七ミリ内蔵機銃を撃ち続けた。
「ッ、こいつ!」
シオンは舌打ち混じりに、突き刺していた超硬質ブレードを〈ウルス〉から引き抜き後退する。
その直後、〈テンペスト〉の一二.七ミリ内蔵機銃に含まれていた焼夷弾と炸裂弾が〈ウルス〉の装甲を喰い破り、駆動用燃料に引火した。
爆音が響き渡った。
〈ウルス〉は無惨に四散し、黒々とした煙が立ち上る。
その煙の中を貫き、超硬質ブレードを構えた〈テンペスト〉が〈スヴァログ〉に迫る。
「逃がしはしませんよ」
「あのブレード、さっきのヤツから奪ったのか。あの一瞬で」
振り下ろされた〈テンペスト〉のソレを、〈スヴァログ〉も超硬質ブレードで受け止める。シオンは同時にサブマシンガンでの反撃を試みるが、〈テンペスト〉はその攻撃を容易く回避する。そして少し間合いを離してから腕部に内蔵されたビームマシンガンでの攻撃を試みる。
「今更無駄なことを」
シオンはそれに一切怯むこと無く突撃し刃を振り下ろす。
ビームは総て無力化され、〈スヴァログ〉の装甲は赤い煌きを増していく。暴力的ないくつもの攻撃を捌きながらジュラルドは冷静に思考する。
「こんなタイミングでも無力化しますか。自動発動と考えた方が良さそうです」
ビームマシンガンによる攻撃を中断。勢いよく振り下ろされた斬撃を紙一重で冷静に回避し、カウンター気味に超硬質ブレードを振り抜く。刃が〈スヴァログ〉の装甲を僅かに切り裂き火花が散る。ジュラルドは凶悪な笑みを浮かべながら叫んだ。
「さあ、楽しく殺し合おうじゃありませんか!」
×××
「廊下に見張りはいない。行くぞ」
サイレンサー付きの拳銃を構えるボリスの言葉を受けて、サラ達は物陰から姿を出し、歩き始めた。
サラの予測が正しいならば、トルバラド王国国王、ガダル=トルバラドはこの場所にいる。だが、そうとは思えないほどに講堂の中には人の姿が見当たらない。
「敵を騙すなら味方から、って言葉もあるわ。本当に信用している人間にしか、彼がここにいるという情報は伝えていないはずよ。ほら」
最上階の中央。外にテラスのあるその部屋の入口には、武装した二人の兵士が見張りとして立っていた。講堂前広場ではウォーカー同士の戦闘が発生しているらしく、破壊音と振動が響き続けていた。
ボリスが拳銃を構える。
「ここから先には一切の失敗が許されない。ワシが二人を仕留めたらカリムとライルは武装と服を奪って見張りをしてくれ。中には予定通り俺とサラで入る。サラ、準備はいいか?」
サラは、運び込んできた子供一人が入れるほどの大きさのバッグに入れていた『あるもの』を取り出しながら応じる。
「大丈夫よ。それとカリム、シオンに無線で連絡してもらえるかしら。私が今から決着を付けに行くことを」
「いいのか? 不用意に無線を使えば、俺たちの存在を探知されるリスクもあるぞ」
少し心配そうにそう聞いたカリムに対して、サラは自信を持って回答する。
「今から私がやることを考えれば、そんなリスクなんて些細なものよ。それよりもシオンに伝えてほしいの。後少しで、私が約束を果たすと言うことを」
×××
「これは、無闇に踏み込めないな」
〈スヴァログ〉と〈テンペスト〉の戦いを離れたところから見つめる王国軍の〈ウルス〉のパイロットはそう呟いた。講堂前広場での戦闘は、ビーム砲の使用で決着が着くものだと彼は考えていた。
「……化け物どもめ。あれが本当に人間の動きだとでも言うのか?」
彼の予想は見事に裏切られた。仕留め損ねた一機のウォーカーは空から現れたもう一機のウォーカーと戦闘を繰り広げている。
空から現れたウォーカー、〈テンペスト〉が自分達の味方だということは彼も十分に理解している。だが、〈テンペスト〉を支援しようとした一機のウォーカーが、瞬く間に無惨な鉄屑になるのを見せつけられたことで、彼は自身が傍観者になることを選んだ。
「ウォーカーの操縦に特化するという新たな才能、噂には聞いていたが、あれがその才能だとでもいうのか?」
弾丸を紙一重で回避し、鋭い斬撃を華麗に受け流し、二機のウォーカーは彼の知るウォーカー同士の戦闘における常識を、遙かに超える戦いを繰り広げていた。
×××
講堂前広場では〈スヴァログ〉と〈テンペスト〉による一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「……こいつ、強い」
シオンはヘッドセットディスプレイに映し出される〈テンペスト〉の姿を睨む。そして、珍しく悔しさを乗せた言葉を口にしていた。
生身であろうと、ウォーカーに乗ろうと、シオンが得意とする戦闘スタイルは変わらない。
ブレードで切り込む、後退する敵に対して弾丸を浴びせ、それで仕留め切れなければ瞬発力で一気に間合いを詰めて切り込む。
中、近距離で常に攻撃を加え続け、反撃を許さずに素早く殺す。
そんなシオンだが、〈テンペスト〉に対してはただの一度たりとも致命傷を与えることが出来ない。
「落ちろ、いい加減に」
〈スヴァログ〉の構えるサブマシンガンに対し、〈テンペスト〉は乱数軌道で射線を避けながら後退する。シオンは〈テンペスト〉の動きを制限するためにサブマシンガンを撃ちながら、脚部のリニアキャタピラを起動させ一気に間合いを詰めようと試みる。
電磁加速されたキャタピラが高速で回転し、あらゆる地形を高速で移動する。それにより一瞬にして〈テンペスト〉に対して間合いを詰め、本命である超硬質ブレードによる刺突を行う。
――筈だった。
「ッ!?」
電磁加速されたキャタピラが接地した直後、片方の履帯が破断した。
キャタピラの走破性を確立するための無限軌道が、蓄積した疲労によって自壊を起こし、一瞬にしてその機能が失われる。
〈スヴァログ〉がバランスを崩した。
無論、シオンの操縦技能によってそれは一瞬にしてリカバリーされた。しかし、〈ジュラルド〉はその一瞬を見逃さない。〈テンペスト〉の装備する超硬質ブレードが煌めく。
〈スヴァログ〉の装備するサブマシンガンの残弾が尽きたことが、シオンのヘッドセットディスプレイに映し出される。予備弾倉はもうない。振り下ろされたスヴァログの超硬質ブレードに対し、シオンはサブマシンガンを振ってその銃身で攻撃を受け止める。
響く衝突音。
斬撃の軌道が逸れ、サブマシンガンの銃身が折れ曲がる。
(……勝てないのか? 俺は――)
〈スヴァログ〉と〈テンペスト〉は、どちらも試験的な最先端技術を用いて作られた機体である。総合値で判断すれば優劣を決めることは極めて難しい。また、シオンとジュラルドの二人を比較した場合にも、パイロットとしての技量を総合値で比較した場合には、やはり優劣を決めることは困難だ。
だが、ウォーカー同士の比較の場合であれば、開発国の豊かさ故の品質的な優位性や、安定性の高さという点においては〈テンペスト〉の方が優れていると言わざるを得ないだろう。
二十歳を過ぎた成人男性であるジュラルドと十代の孤児のシオンの間には、人生経験の長さによる知識の蓄積量の差がある。そして、それはそのまま判断力の正確性に明確な差異を生じさせる。
確かにこの二人は、ウォーカーという兵器の登場によって見いだされた『新たな才能』の持ち主かもしれない。だが、前述のような僅かな差異の積み重ねにより、ジュラルドと〈テンペスト〉は僅かでありながらも確実な優位性を確保していた。
気圧されたシオンが次に選んだ行動は後退だった。しかし、ジュラルドはそれを的確に読んでいた。
近接攻撃の間合いを離れた〈スヴァログ〉に対し、ジュラルドは〈テンペスト〉の装備する超硬質ブレードを投擲した。
シオンの回避動作は間に合わなかった。
飛来した鋼鉄の刃が、〈スヴァログ〉の頭部にある複合光学センサーを正面から貫く。
「――ッ」
コックピット内のシオンにも衝撃と破壊音が伝わる。ヘッドセットディスプレイが暗転し、一瞬にして視界が奪われた。
検知された無数のエラーと〈テンペスト〉の接近に伴い、いくつもの警告音が同時に鳴り響いた。千切れた配線が火花を放ち、歪んだ装甲が苦しげに軋む。
(――俺が時間を稼ぎさえすれば、サラは必ずやり遂げる。確かにその世界を見られないのは残念だけど、ここで俺が死んだとしても、今よりもマシな世界は絶対にやってくる。今は、一秒でも長く時間を稼がないと)
シオンは披露に満ちた身体(からだ)と精神(こころ)に力を込め、次に採るべき戦いの術を模索する。
シオンに与えられた、講堂前広場からの脅威の排除とは、サラ達が事を終わらせるまでの間の不確定要素の排除を意味する。今この場にいる唯一にして最大の脅威である、ジュラルドの操る〈スヴァログ〉を一秒でも長く留まらせる事が出来たのなら、それはシオンにとっての勝利を意味する。
(サラは必ず約束を果たす。この世界を、今よりも少しはマシなものに変えてくれる。俺は、その願いのために命を使うと決めた。俺自身の命が、無意味でなかったことの証のために)
その結果としてシオン自身の命を失うことになったとしても、彼にとっては勝利したことと何ら変わりない。
彼自身は、全くの無自覚なのかもしれない。だが、少年兵という『道具』として幼年期を育てられたシオンは、本人の意思とは無関係に、自身の利害や損得を無視して与えられた命令を遂行することに最適化した人格が形成されていた。
故にシオンは戦う。
命を賭けてでもサラを守り、サラに降りかかる傷害を暴力で排除せよという、他ならぬサラ自身の命令を遂行するために。
不意に通信機がノイズ混じりの音を鳴らした。
「……こちらカリム……現在講堂内……サラが後少しで目的を果たす……それまで持ちこたえてくれ……交信終わり」
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