第七話 最終決戦(中)

第七話 最終決戦(中)


「……よし、次は――」

 シオンは反政府系武装組織のウォーカーに攻撃を仕掛けるため、次の標的をレーダーと目視の双方で探そうとした。

「何だ? 何処に、どうして――」

 シオンは一つの違和感に気が付いた。いつの間にか、講堂の門を背にして弾幕を張っていた王国軍の〈ウルス〉の姿が見えなくなっていた。その代わりに、奇妙な物体が地中から出現していた。巨大な砲身のような『ソレ』に、シオンは心当たりがあった。

「あれが、サラの言っていたヤツか」

 彼の脳裏には、この作戦のための会議を行ったときのサラの言葉が思い起こされた。

(「講堂前広場の地下、門のすぐ側には王国が反乱分子に使うための秘密兵器が隠されているわ。講堂前広場でウォーカー同士の戦闘が発生すれば確実に『ソレ』が発動される。もしそうなったら、〈スヴァログ〉の例の装置を最大出力で発動させなさい」……確かにそう言っていた)

 出現した『ソレ』の温度が急激に上昇し、通常のビーム兵器を遙かに上回るほどの電磁波の反応が検出された。

 そのことを確認したシオンは、一切の躊躇無くリニアキャタピラを起動させた。そして反政府系武装組織のウォーカーを全て無視し、『ソレ』の方へ向けて一直線に移動した。『ソレ』と〈スヴァログ〉の間には数百メートルの距離がある。しかし〈スヴァログ〉のリニアキャタピラ使用時の最高移動速度は、カタログスペックでは整地で時速一三〇キロを誇る。瞬く間にその距離は詰められるだろう。

 しかし、ジェットアックスを振り上げた〈スヴァログ〉が突撃を開始するのとほぼ同じタイミングで、出現した『ソレ』は絶大にして強力無比な攻撃能力を、最大出力で解放した。

 講堂前広場に出現した『ソレ』の正体とは、巨大なビーム砲である。

 膨大な量の重金属粒子を、地下に専用に備え付けられた発電器で電磁加速し射出する迎撃用兵器。この兵器の恐るべき点は、移動や射角の変更を事実上不可能とする事を代償に、破格の攻撃力を得ているという部分にある。地下から門の正面に出現した『ソレ』は、あくまでも帯電粒子の放出装置に過ぎない。講堂前の広場そのものの地下と、左右に等間隔に配置された壁の中に帯電粒子制御用の金属プレートを埋め込むことで、巨大な『砲身』に変化させているのだ。

 分かりやすく言うのであれば、『講堂前広場全体を焼き払うためのビーム砲』である。

 自国民の反乱を警戒し、それらを一斉に迎撃する事を目的として作られたその兵器が、ついに力を解放したのだ。そして触れるもの総てに死をもたらす閃光の砲撃を容赦なく放った。

 植えられていた木が一瞬にして蒸発し消滅した。

 大半の装飾が瞬く間に溶解した。

 砲身の役割をはたす道路が高熱に焼かれ赤く変色する。

 この兵器はただ『起動させる』という手続きのみが存在し、『狙い撃つ』という概念が存在しない。

 講堂前広場に存在するあらゆる物体が、皆等しく閃光によって焼き砕かれるのだ。

 この場所で、つい先ほどまで死闘を演じていた反政府系武装組織の総てが、何が起こったのかを理解するよりも早く絶命した。搭乗していたウォーカーは、原型を留めないほどに破壊し尽くされた。

 この空間には一切の生命は存在しなくなり、ひたすらな死と破壊が在った。

 ――ただ一つの例外を除いては。

「ッ!」

 シオンが操る〈スヴァログ〉は、ビームによる一切を受け付けることなく、純白の装甲を深紅に輝かせながら進んだ。

 キャタピラがアスファルトを砕き、〈スヴァログ〉は放たれた矢のように、ただひたすら真っ直ぐに、ビームの発生装置を目指す。そこから放たれる膨大な熱と粒子量を誇るビームの影響の一切を受けることなく、一直線に駆け抜けた。

 振り上げられたジェットアックスの加速用ジェットブースターが点火する。それと同時にジェットアックスの破壊力を最大化させる為の最後の安全装置が解除される。

「スパイク展開、ジェットブースター最大加速、――終われッ!」

 シオンが叫ぶ。

 眼前に迫ったビームの発生装置に向けて、ジェットアックスの持つ破壊的な一撃を振り下ろす。

 ――ガンッ!

 鈍い金属音が響き渡った。

 それはジェットアックスから展開されたスパイクが、ビームの発生装置を、ただの一撃で貫通し、破壊し、その機能を喪失させ、ビームの放出を停止させたことを意味していた。


×××


 その場所には、撮影用の機材を持った数名が集められていた。

「君達もか?」

「ああ、あのメッセージを受け取って、それでここに来たんだ」

 彼等は講堂前広場で暴動があった日にシオン達が接触したジャーナリスト達の中で、今までに受け取ったメッセージを信じて行動した者達だった。

「……まさか、俺たちハメられたんじゃないだろうな? まとめて全員の口封じをするために」

「あり得ないとは言い切れないが、それにしては回りくどすぎる」

 そんな意見が出てきはするものの、これから先に何が起こるのか分からずに不安であるというのは、この場にいる全員に共通していた。しかし、それと同時に、彼等の中にあるジャーナリストとしての本能が、自分達が巨大な事件の生き証人になれる可能性を予感していた。

「何だ!?」

 突然、その場にいた全員の携帯端末が電子メールの着信を告げる音を鳴らした。一同は顔を見合わせた後、各々自身が受け取ったメールを確認した。

 そこには一つの画像データが添付されていた。

 画像データは地図だった。それを素直に読み解くのであれば、すぐ目の前にある地下水道の管理棟に入り、そこから地下に下って、地下水道の脇にある隠し通路を通り、後はひたすらに進め、というものだった。

 彼等はしばらくの間、無言でその地図を見つめていた。

 やがて、誰とも無く口にした。

「行こう」

 全員が頷き、そして歩き始めた。少なくとも彼等にとっては、それ以外の選択肢はあり得なかった。

 携帯端末の明かりと、そこに映し出される地図を頼りに、彼等は無言のまま歩き進んだ。

 暗い地下道を歩き続け、現れた階段を登り、扉を開けると光が飛び込んできた。

 やがてその光に目が慣れた時、彼等は自分達が何処に導かれたのかを理解した。

「ここは、講堂の目の前か!? 講堂前広場の、あの分厚い門の内側の」

 熱風が吹いた。それと同時に金属の焼けたような臭いを感じた。ジャーナリストの中の数人、戦場での取材経験がある者達は、それが高出力のビーム兵器が使われた直後の現象であることを理解した。

 門の向こうからは何かが砕け、溶け、破壊される音が断続的に響き続けていた。その僅かな後、一際大きな金属同士の衝突音が響き渡った。

 ジャーナリストの一人が講堂の方を見上げながら呟く。

「……今、講堂前広場では戦闘が発生してるんだろ? なら、俺たちがそこじゃなくて、広場じゃなくてさらにその内側、講堂の正面テラスを一番良く写せるこの場所に案内された、その意味は何だ?」


×××


 反政府系武装組織からの基地奪還を終えたジュラルドは、指示に従い講堂前広場へと向けて、〈テンペスト〉の飛行能力を用いて一直線に向かっていた。

「あの光は! まさか、あれを使ったというのですか。ならば、私を呼びつける意味などないでしょうに」

 ジュラルドはガダル王から、講堂前広場に備え付けられたビーム兵器について知らされていた。

 だからこそ、今講堂前広場を包む光がその兵器の発動を示すことも、その中に生存者が存在しないであろうことも容易に想像できた。

 だからこそ驚愕したのだ。

 そのビーム砲が何者かの操るウォーカーによって破壊されたということに。

 ジュラルドが上空から〈スヴァログ〉の姿を認識したのと同時に、シオンもまた上空にウォーカーが出現したことを察知した。

 両者は、本能的にお互いがお互いの倒すべき敵であることを理解した。

「死んでいただきますよ」

 ジュラルドがトリガーボタンを引いた。それに連動し〈テンペスト〉の装備するビームバヨネットから帯電粒子の弾丸が放たれた。

 確かな狙いによって放たれたその弾丸は、〈スヴァログ〉に命中することなく霧散した。それと同時に〈スヴァログ〉の装甲が、赤い閃光を放ち始める。

 〈テンペスト〉の姿を見据えながらシオンが呟く。

「無駄だ、ビーム攻撃は〈スヴァログ〉には届かない」

 上空から〈スヴァログ〉を狙うジュラルドは、〈テンペスト〉の右腕に装備したビームバヨネットと左腕に内蔵されたビームマシンガンから、廃熱限界が近づくも、それに構うことなく攻撃を続けた。しかし、総ての攻撃は霧散し、そのたびに〈スヴァログ〉の装甲が赤い輝きを増していく。

「なるほど。あのウォーカー、おそらくは強力な電磁波を放つことでビームの進行方向を歪めているようですね。まだ実戦投入されていない新技術と認識していましたが、どうやら世界は広いようです。ならば、あのビーム砲を難なく攻略できるのも道理だ」

 ジュラルドの推測は正しかった。

 〈スヴァログ〉に内蔵された、ゼムリア共和国の開発した新技術。機体の周囲に強力な電磁波のフィールドを形成し、ビーム兵器に用いられるあらゆる帯電粒子の進行方向を狂わせることで、それらの完全回避を可能とする『アンチビームフィールド』は確かに効力を発揮していた。その力の絶大さは、ビーム砲の直撃を正面から防ぎきったことからも証明される。

 強力な電磁波の発生と無力化したビームが光の屈折に想定外の影響を与えることで機体が謎の赤色発光現象を引き起こしてしまう。また、その電磁波がパイロットに与える影響が未知数である。この二点をクリアできるのであれば、すぐにでも量産し実戦投入することが出来るだろう。

 今の〈スヴァログ〉は〈テンペスト〉の繰り出す、あらゆるビーム攻撃を無力化できるという、絶大なアドバンテージを持っている。しかし、それでも尚、シオンは油断しなかった。

「アイツの攻撃が実弾に変われば、不利になるのはこっちだ」

 シオンの読みは正しかった。ジュラルドは〈テンペスト〉の装備をビームバヨネットからサブマシンガンに持ち替え、〈スヴァログ〉を有効射程に納めるために降下し始めた。それに気が付いたシオンは、素早く次の行動を開始する。

「叩き落とす」

 シオンは〈スヴァログ〉のリニアキャタピラを起動。広場と講堂を分断する壁の方に最大速度で向かった。

 ジュラルドは〈スヴァログ〉に対して銃口を向ける。

「いったい何をたくらんでいるのです? ……まさか、こちらに!?」

 彼のあまりにも突拍子もない予測は当たっていた。

 リニアキャタピラで加速した〈スヴァログ〉が瞬く間に壁を登る。

「壁をジャンプ台の代わりにして、私に対し空中戦を挑もうというのですか? 面白い」

 〈スヴァログ〉が宙を舞った。

 上段に構えていたジェットアックスを勢いよく〈テンペスト〉に対して振り下ろす。

「落ちろ!」

「当たりませんよ、そんな攻撃など!」

 ジュラルドは咄嗟の判断で方向転換し、振り下ろされたジェットアックスの一撃を回避した。

 〈テンペスト〉の飛行能力はあくまでも滑空の域を出ない。だが、ある程度前から攻撃を予測できていれば、それを回避するための方向転換程度は可能だ。

 攻撃を空振った〈スヴァログ〉は飛行能力など無く、為す術なく落下を開始する。

「残念でしたね」

 余裕の笑みを浮かべるジュラルドだが、シオンはまだ諦めていなかった。

「まだだ!」

 シオンはジェットアックスの加速用ジェットブースターを最大出力で起動。同時に、〈テンペスト〉の方へと向けて勢いよく放り投げた。

「なんと!?」

 ジェットブースターによる加速が行われたジェットアックスが、極めて読みにくい不規則な軌道で〈テンペスト〉めがけて襲いかかる。そうでなくても、急激な方向転換が不可能な〈テンペスト〉ではここから如何なる回避行動をとろうとも、直撃を避けるので精一杯だった。

 着地した〈スヴァログ〉の光学センサーを上空に向け、シオンは攻撃の成功を確認しようとした。

 だが、驚いたことに〈テンペスト〉は健在だった。

「侮らないで頂きたいですね!」

 ジュラルドは咄嗟の回避行動で直撃を避ける。投擲されたジェットアックスは惜しくも、〈テンペスト〉の片翼を破壊したのみだった。〈テンペスト〉のバランスが崩れ、墜落し始める。

「この程度のことで!」

 ジュラルドは残っていた推進材を総て放出。同時に片翼を破壊された飛行ユニットをパージする。そして推進材の放出で方向転換した〈テンペスト〉は、着陸してその様子を見ていた〈スヴァログ〉の方へと向けて降下を開始した。さらにサブマシンガンを装備し、照準が安定しないのを無視しトリガーボタンを引く。

 シオンもそれに応じる。戦闘中に反政府系武装組織の〈コクレア〉から奪っていた超硬質アックスを装備。乱れ降るサブマシンガンの弾丸を回避し、あるいは防御し、数秒の後に訪れる迎撃の機会を伺う。

「ッ!」

「ッ!」

 〈スヴァログ〉と〈テンペスト〉の姿が、地上で一瞬だけ交錯した。

 〈スヴァログ〉の装備する超硬質アックスが横凪に振るわれ、〈テンペスト〉はサブマシンガンを撃ちながら、脚部ローラーをランディングギアにして着陸する。

 ――ッ!

 火花と共に金属音が響き渡った。

 〈スヴァログ〉の装備する超硬質アックスは、〈テンペスト〉の装備するサブマシンガンを切り裂いた。そして、その衝撃に耐えられなかった超硬質アックスが根本から真っ二つに折れる。

 シオンは使い物にならなくなった超硬質アックスを捨て、即座に〈スヴァログ〉を一八〇度反転させた。

 ジュラルドは破壊されたサブマシンガンを捨て、〈テンペスト〉を一八〇度反転させると同時に着地の勢いを殺して停止させた。

「あれが私の敵というわけですか。面白い。楽しい殺し合いが出来そうです」

「あれが俺の敵。サラの計画を邪魔する、俺が倒すべき最後の敵」

 〈テンペスト〉に乗るジュラルドと〈スヴァログ〉に乗るシオン。

 二人はお互いに、それぞれの倒すべき敵の姿を、正面から見据えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る