第七話 最終決戦(前)

第七話 最終決戦(前)


 トルバラド王国内での戦闘は激化していった。

 反政府系武装組織の王宮に対する進行は一層激しさを増し、防衛する王国軍側もウォーカー部隊の増援を得てこれに応戦した。

 主力としているウォーカーは、反政府系武装組織が第二世代初期の〈コクレア〉。これに対する王国軍の主力機は同じく第二世代だが最良と言われる新型の〈ウルス〉だ。

 当初の戦闘においては数に勝る反政府系武装組織が有利に戦いを進めていた。

 しかし、ジュラルド率いる部隊が基地を奪還し、反政府系武装組織の一団が壊滅した。これに伴い王宮守護の増援を王国軍が送ることが出来るようになったことで、戦況が変化し始める。

 数に劣りながらも性能に勝ることで持ちこたえていた王国軍側が、徐々に数の不利を覆し始めた。これにより戦況は拮抗から、徐々に王国軍側の有利に変わろうとし始めていた。

 もっとも、王国内での戦闘は王宮周辺での攻防戦のみに留まるものではない。反政府系武装組織は、王国内の政治的重要拠点を制圧し支配下に置こうとしていた。これによって王の支配権威に重大な傷を与え、王宮攻略失敗時の籠城戦や交渉に用いることも考えていた。

 そのような反政府系武装組織の思惑は勿論王国側も理解している。各地での武力衝突の発生は時間を追うごとに激しさを増していった。

 特に、王宮に次ぐ激しい攻防が繰り広げられることとなったのは講堂前広場だ。

 先日学生運動が繰り広げられたことからも分かるように、ここはトルバラド王国の人間にとって極めて象徴的な意味合いの強い場所である。そのため、現在王国軍側の拠点として用いられていることも併せて、反政府系武装組織の矛先が向けられることは必然的な事だった。

 舗装されたアスファルトは無造作に踏み砕かれた。多くの建物が無惨に破壊された。王国の繁栄を対外的に象徴していたような城下町の景色を惨憺たる姿に変化させながら、二勢力の戦いは続けられた。

 しかし、両軍の無線へと想定外の状況が伝えられた。

「城下町に未確認のウォーカーが出現した。講堂前広場を目指して進行中。反政府系武装組織、王国軍の双方のウォーカーに対して攻撃を加えている。目的は不明。直ちに排除せよ」

 〈コクレア〉に乗り、講堂前広場の王国軍に対して攻撃を行っていたパイロットの一人は半信半疑だった。

「第三勢力だとでも言うのか? しかし、ウォーカー単騎で双方を敵に回すなど、そんな馬鹿げたヤツがいる筈など――」

 彼の思考は驚愕と共に中断された。

 ノイズを放っていた索敵モニターが突如として、一つの機影が手の届くほど近くの背後まで迫っていたことを表示した。鳴り響く接近警報を受け、反射的に振り返ったそこには、見たこともないような純白のウォーカーの姿があった。

 その名は第三世代相当試作型ウォーカー〈スヴァログ〉。

「――ステルスシステム解除、全ステータスを戦闘用に移行」

 操るパイロットは強き意思のもとに戦いに身を投じた少年、シオン。

 〈コクレア〉は迎撃行動をとろうとしたが、シオンの反応と判断はそれを上回っていた。振りかぶられていたジェットアックスの加速用ジェットブースターが点火し、次の瞬間には鈍い金属音と共に〈コクレア〉のコックピットが両断された。

 ショートした配線が燃料に引火し、切断された〈コクレア〉が爆散する。

 反政府系武装組織に混乱と動揺が広がる。

「なんだあの機体は!」

「報告にあった第三勢力か!?」

 事前に情報が伝達されていたこともあってか、反政府系武装組織の判断は速かった。

 王国軍側の押さえに数機を残し、それ以外が〈スヴァログ〉の迎撃に向かった。

 王国軍側のウォーカー部隊は講堂を背にし、縦を構えながら各種の射撃装備で弾幕を張り接近を阻んでいた。

 シオンはそれを回避しつつ、最初の攻撃対象として反政府系武装組織を定め攻撃を開始する。

「……邪魔だ。消えろ」

 極めて冷静に、そして確実に、シオンは反政府系武装組織のウォーカーに攻撃を仕掛ける。

 一番近くにいた〈コクレア〉に対しジェットアックスの刃が襲いかかる。

 有史以来進化を続けてきた兵器という人殺しの道具は、その強さを表す一つの尺度として射程というものが用いられてきた。刀から槍に、槍から弓に、弓から鉄砲にと進化を続けてきたその歴史を考えれば、『斧』を模した近接戦闘用装備というのは一見ナンセンスにも感じられるだろう。しかし、堅い装甲を有しながら極めて小回りが利くウォーカーという兵器においては、選択肢の一つとしてとても優れた装備だった。ましてや、その破壊力を極限まで高めたジェットアックスであればその有用性は絶大なものだった。

 反政府系武装組織の〈コクレア〉が切断され爆散する。シオンは雨霰の如く襲いかかる弾丸を回避しながら、次の標的に向かう。

 反政府系武装組織は最初の段階で、散会して包囲し射撃攻撃によって〈スヴァログ〉の撃破を試みた。しかし、その判断は結果から言ってしまえば過ちだった。

 無数の火線を回避しながら、〈スヴァログ〉は一機の〈コクレア〉に迫る。射撃装備による迎撃が不可能と判断した〈コクレア〉のパイロットは咄嗟の判断で超硬質アックスに持ち変える。〈スヴァログ〉が極めて予測の難しい複雑な乱数移動で攻撃間合いに入る。そして、ある一定の段階から反政府系武装組織の多くのウォーカーは射撃装備が使用できなくなった。

「クソッ、あのままじゃ味方に当たるぞ!」

 近接戦闘の間合いというのは、外から射撃装備による支援を行おうとしたときに同士討ちのリスクが極めて高くなる。敵対者が射撃装備の射線を正確に予測し回避できる技量があるならば、最終的には近接戦闘となる。そして一対複数の筈の戦闘は、一対一の戦闘を複数回というものに変化してしまう。

 超硬質アックスの攻撃間合いを既に把握しているシオンは、最小限の動きで支援射撃の弾撃を難なく回避する。そして、無情なる必殺の一撃を振り下ろす。

 それを見せつけられ、散会が失策だったと理解した反政府系武装組織のウォーカーは集合陣形へと移行しようと試みる。

 しかし、シミュレーターで一対複数想定の戦闘を多くこなしてきたシオンは、そういった状況の変化が起きることを十分に予測していた。

「今更、やらせはしない」

 シオンは、あくまでも各個撃破を目的に行動する。彼は、少し離れた所にいた移動速度の遅いウォーカーに狙いを定める。

 背面部に大口径の砲身を装備した、砲撃戦特化型に改修された〈コクレア〉だ。射撃時の安定性を高めるために、他よりも重く設計されているこの機体は頑強な装甲による高い防御能力を誇る。しかしその防御能力と引き替えに、機動性が致命的に劣っていた。装備していた自衛用のアサルトライフル、そして背面部の大口径砲の攻撃がシオンに向けて放たれる。

 砲撃戦特化型の〈コクレア〉が機動性に劣り間合いを詰められると危ないことは反政府系武装組織も十分に理解している。そのため一機の通常使用の〈コクレア〉を護衛に付けていた。そのコクレアも、接近する〈スヴァログ〉を迎撃するために武器を構える。

 だが、二対一程度で〈コクレア〉が〈スヴァログ〉をくい止めることなど不可能なことである。

 シオンはすぐさま、〈スヴァログ〉に搭載された試作装備の一つを起動させる。

「リニアキャタピラ、起動。超電磁加速開始」

 〈スヴァログ〉のカカトに折り畳まれていたキャタピラが接地し、電磁加速による高速回転を開始する。

 その急激な速度変化に対して、〈コクレア〉のパイロット達は対処できなかった。

 未来位置予測で放たれた大口径砲の弾丸は見当違いの場所に着弾し、アサルトライフルの狙いは定まらない。

 〈スヴァログ〉の装備するジェットアックスが、すれ違いざまに振り抜かれた。最早常人の反応速度では回避も防御も間に合わない。必然的な結果として、砲撃戦特化型と護衛の二機の〈コクレア〉は為す術なく切断され、大量の弾薬を抱えて爆散した。

 

×××

 

「戦闘が始まったようね」

 薄暗い地下道の先頭を行くサラが呟いた。

 地上からそれなりの距離があるはずの地下道だが、戦闘の衝撃は確かに伝わってきていた。

 大きなバッグを背負ったサラを先頭に、ボリス、ライル、カリムの四人は、城下町の地下に作られた隠し通路を進んでいた。

 懐中電灯の僅かな明かりを頼りに進む中、ライルが周囲を見渡しながら感心したような声を上げた。

「しっかし、噂には聞いてたけど、本当にこんなものがあったとはな。水道管の点検の仕事で地下に降りたことはあったけど、全然気が付かなかったぜ」

「王国の、それこそ上下水道が整備されるよりも前から、この地下通路の原型は存在したわ。インフラ整備を国主導でやったのは、そのノウハウを一番持ってるのが王族の側近で、地下施設の存在を国民に悟らせないようにするためでもあったし」

「なるほどな。でも大昔の王様は何でこんなものを作ったんだ?」

 ライルの問いかけにたいし、サラは皮肉げな笑みを浮かべた。

「こういう使い方をする為よ。勿論主な使い方は、王族か国内の反乱分子の情報を収集したり、奇襲を仕掛けたりするためよ。だけど、例えばお家騒動で消されそうになった王族が脱出するためだったり、それこそ悪政を敷く王を秘密裏に粛正したり、いろんな使い道があるわ」

「権力の内側は物騒だな」

 四人は淡々と地下道を進んだ。迷路のように、いくつもの分岐が現れるが、サラは躊躇無く道を選択する。

「ワシからも質問させてもらえるか?」

「良いわよ、ボリス。まだ距離はありそうだし」

「君の口振りから察するに、この地下通路を管理している当の王族ですら総てを把握してはいないようだが、その辺はどうなのだね」

 サラは立ち止まり目を閉じ大きく深呼吸をする。地下道の淀んだ空気は、サラに対して過去の記憶を急激に再生させた。閉じた瞼の裏には血と炎の赤が限りない現実味と共に再生される。

(やっとここまで来ることが出来た。私は、この国のために生き残ることを許容されたんだ)

 それを再確認したサラは、目を開け、口を開き、歩き始めると同時に言葉を紡いだ。

「みんなは『ダモクレスの剣』って知ってる?」

 その問いに対して、最初に回答したのはカリムだった。

「……天井から髪の毛一本で吊るされた剣、とかだったか?」

「ええ、その通り。大昔の王様の逸話よ。絶大な権力を誇る王様の座る玉座の上には、常にそこを狙うかのように一本の毛髪で吊るされた剣が存在した。要するに絶大な権力者は、その華やかさとは裏腹に、常に命の危機を伴うものだということよ」

 史実、と言うよりは権力者がその心の内側に隠す恐れや、地位の危うさを表す一種の寓話と考えるのが妥当だろう。

「この国、トルバラド王国にはそのままズバリの『ダモクレス』という秘密組織が存在するわ。彼等はこの国の王の権力に対抗するための組織として存在するの。そして、王ではなく『トルバラド王国』という存在を守るために行動するわ。悪政を行う王が現れたとき、彼等はそれを排除する為に行動する。この地下道は『ダモクレス』によって管理されていて、王族はここの全ての詳細を知ることが出来ないようになっているのよ」

 サラの言葉に対して全員がしばらくの間沈黙していた。あまりにも突拍子もない話だが、その真偽を疑う者はいなかった。ただ、この国の裏側に存在する秘密の一端に圧倒されていた。

 最初に口を開いたのはボリスだった。

「それが独裁体制のこの国における、権力腐敗の抑止力というわけか」

 サラはそれに対して決意と憎しみを滲ませながら答えた。

「ええその通りよ。本来であれば『ダモクレス』は今すぐにでも現王、ガダル=トルバラドを討ち取りたい。だけど、総ての王位継承可能な人間に対して処刑や権利剥奪が行われたことで、ガダル王の死が国の滅亡に直結する状態を作り出し、『ダモクレス』の動きは封じられた。そして私はこの通路の地図を託されたのよ。講堂に続くこの地下道を」

「講堂!?」

 ライルが素っ頓狂な声を上げて足を止めた。

「王宮じゃないのか!? どうして講堂に行くんだ!? いや、もう完全に王宮に乗り込むモンだとばっかり思ってて、その辺は話半分で聞いてて、だってガダル王は今、王宮にいるんだろ!? 何で講堂に行くんだ?」

「ガダル王が王宮ではなく講堂にいるからよ。講堂には、この国最大の防衛装置が存在するのだもの。そのことを知らない人間の裏をかけるという点でも、この国で最も安全な場所よ。あの臆病者は必ず講堂にいるわ。前に王国側の工作員を問い詰めた時に確認出来たのよ。ボリスが彼に「白の守りは万全か?」と聞いたとき、その工作員の男は確かに笑みを浮かべていたわ。だってそうよね。王が最後に隠れる場所が城じゃないと知っていれば、城の守りについて聞いてくるような間抜けには、絶対に王を殺せないと思うもの」

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